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第32話

 おはようございます、ではなく、おそようございます、かな。

 窓の外はきれいな青空だから、今日は盛花祭当日だろうか。


 無理矢理魔法で眠らされたもんだから、寝起きはちっともすっきりしない。それどころか頭痛はひどいしお腹は空きまくっているしで、吐きそう。


 これ以上ハンガーストライキしても死ぬだけだと察した私は、ついに白旗を揚げた。

 例の黒い女性がワゴンに乗せてきたのは、サンドイッチのような料理とジュースだった。これまでブラッドバーン家で色々なリベリア料理を食べてきたけれど、手づかみで食べるものが提供されたのはこれが初めてだった。


 ……もしかして朝食に出されたおにぎりやたくあんと同じように、このサンドイッチも私より前の代の使者が広めたものだろうか?

 最初に召喚されたのは黒髪の女性だったということだし、その人が日本で食べていたものを教えたのかも。


 サンドイッチもジュースも普通においしかったしものすごくお腹が空いていたので、残さず食べた。

 黒い女性は私がちゃんと食事をしたことに満足したのか、布越しでもほっとした表情が読み取れるようだった。


「……それで、私に何をさせるつもり? というかここってどこ?」


 ぶっきらぼうに問うと、食器をワゴンに乗せた女性が振り向いた。


「ここはリベリア王城でございます。使者様には、まず体力回復に努めていただきます。そして魔力が十分に生成されましたら、再び吸引を行います」


 女性は相変わらず淡々と言うけれど……あれ? 寝る前に聞いた声よりも高いから、別人なのかな?

 真っ黒のドレスは同じだし黒い垂れ布で顔が見えないから、同じ人だと思っていた。


 それにしても、魔力吸引って……まさか、あのでかい水晶玉に触れたやつか?

 あれに触れたら一瞬で意識がぶっ飛んだんだけど?


「……拒否権はないの?」

「ありません。これも全て、リベリア王国のためです」


 いや、国のためとか知らんがな。


 どうやら私から搾り取った魔力で国を栄えさせているみたいだけど、それってただの搾取じゃん。

 ここは例の宙に浮く城の内部らしいけど、まさかここに私を監禁して飼い殺しにし、魔力が回復したら吸い取って……を繰り返すの? 死ぬまで?


「……そういえばさっきの人に聞いたけど、私をこの世界に召喚したのは城の魔法使いなんだよね? えっと、二百年以上前にいたナントカって人の跡継ぎみたいなのがいるんでしょ?」

「大魔法使いサイラスのことですね。彼は最初こそ救国の英雄と崇め奉られましたが、今ではその存在は忌み嫌われており、男児にサイラスという名を付けることさえ禁じられています。ただ、彼が遺した異世界人召喚魔法は今日でも城の魔法使いによって伝えられています」


 ……あれ? そうなの?


 てっきりサイラスってのは今でも崇め奉られているのだと思いきや、何かやらかしたんだろうか。

 そういえば、リベリアの歴史を習っていてもサイラスなんて名前は一度も聞いたことがないし……。


「……それじゃあ、私が魔力吸引とかをしていれば、いつか元の世界に返してくれるの?」


 養父たちは、森に落っこちてきた異世界人が元の世界に帰る術はないと断言していた。

 でもそれは養父が国と敵対する立場にあったからで、城の魔法使いとやらに掛け合えば、帰る方法が見つかるんじゃないか……?


「ええ。これまでの使者様も、ある程度おつとめをされたら元の世界に戻られました。……ブラッドバーン家でどのように吹聴されたのかは分かりませんが、おつとめを果たしてくだされば、使者様のご希望に添うようにしておりますので」


 女性の単調な言葉に――私の胸に何かの炎が灯った。


 ――一度は、この世界で生きることを決心した。帰れない、と言われて泣くし喚いたけど、どうしようもないのだと諦めた。


 でも……あの世界に、帰れるのなら。

 職場であの腹立つ同僚にこき使われるのは嫌だけど、家族や友だちは恋しい。


 だけど……それで本当にいいのか、ともう一人の私が叫んでいる。

 ブラッドバーン家の皆は私にたくさんの嘘をついたみたいだけど、私は彼らが偽ってきたことを恨みきれない。それに、ブラッドバーン家の皆を嘘つき呼ばわりして、国の言うことばかりを信じてもいいのかも分からない。


 無力で、頭がいいわけでもない私は今を乗り切るために、その時その時で頼る相手を変えている。そんな私が皆を嘘つきだと糾弾することなんて……できるはずがない。

 ユーインとかに知られたら、軽蔑されてもおかしくない生き様だ。


 ……何にしても、生き延びなければならない。


「……分かった」

「それはようございました。城の者も、使者様を心から歓迎しております」

「……。……あ、そ、そうだ! あの、ブラッドバーンの皆は大丈夫なの!?」


 自分の振る舞いについてはひとまず考えを付けた。

 というかそんなことより、養父たちの方が危ないじゃないか!


「さっきの女の人は、皆を殲滅するとか言ってたけど……」

「ええ、もちろん一人残らず始末します。既に屋敷も包囲しているので、夕方までには決着を付けますね」

「やめて! 皆は今日まで私を養ってくれた! 裏切り者とか、嘘つきとか、そんなのどうでもいいから、殺さないで!」


 私は立ち上がって女性にかじりつ――こうとしたけど、いきなり体がくらっとしてしまった。

 かろうじて女性の魔法で体が浮いたけれど、間に合わなかったら顔面から床に激突していただろう。


 あ、あれ? ご飯は食べたはずなのに……ふらふらする。

 女性はそのまま私の体を椅子に逆戻りさせ、肩を落とした。


「……魔力吸引後の体は、使者様が思っていらっしゃる以上に疲弊しています。急に動かないようにしてください」

「わ、分かった。でも……そう! 皆を殺すのはやめて!」

「わたくしにおっしゃっても、どうしようもありません」

「だったら、もし皆にひどいことをしたら魔力吸引なんてしてやらないって、偉い人に言ってよ!」

「もしあなたが拒絶されても、こちらが魔法であなたの体を動かしますので無意味です」


 くそっ……本当に嫌な魔法の使い方だ! ユーインみたいにひょいっと本を浮かせたりセリーナみたいにぽんぽんと手の中に花を咲かせたりっていう、平和な使い方だけで十分だ!


 ……やっぱり皆に死んでほしくないし、会いたい。


 魔力が豊富なだけで無力な私。

 自分がこの世界においていかに非力なものなのか、痛いほど実感した。









 しばらくして、白いローブ姿の人たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。

 することがなくて時間をもてあましていた私はいきなり十人以上の人に囲まれ、ソファの上で悲鳴を上げてしまう。


「なっ、な……何!?」

「ご休憩中失礼します。使者様の魔力値を測定しに参りました」


 先頭に立っていた男がそう言って、背後にいた人から丸い水晶玉のようなものを受け取った。


 それはバレーボール大で、純度が高いらしく周りの景色がちょっと歪んで映っていた。

 きれいな球体だけど、それを目にすると妙に胸の奥がぞわっとして、私はずりずりと尻で滑って後退する。


 あの青白い部屋で球体に触らされた時ほどの嫌悪感はないけど、この水晶からも嫌な気配がムンムンしている。


「ご安心を。触れていただくだけで、痛くも痒くもありません」

「そ、それでも拒否する!」


 口では啖呵を切ったけれど、残念ながら私の右腕が何者かに引っ張られたかのようにぐいっと前に突き出された。

 くそっ……本当に、この人たちの魔法の使い方は嫌らしい!


 せめてもの抵抗で、注射嫌いが予防接種をされる時のようにのけぞり、思いっきり顔を背ける。

 それでも私の右手の平はぺたりと水晶に触れ、ほんの少しぴりっとするような感触があった。おい、痛くも痒くもないって言ったのはどの口だ。痒い。


「ふむ……まだ半分も回復していませんね」

「しかし、全体の容量としてはかなりのもの。本人も健康そうなので、もう二日もすれば全回復するのでは?」


 白ローブたちが話している。二日で全快ってことは、少なくともそれまでの間はあのでかい水晶に触れて魔力を奪われずに済むのかな? 連日じゃないから、まだ安心できる……のだろうか。


 白ローブたちはクリップボードのようなものに何かを書き込んだり、水晶を磨いたりし始めた。……痛くも痒くもないって言っていたくせにぴりっとしたし、なんだか疲れた。


 私がソファにぐったりしているからか、白ローブたちはお喋りをしている。

 うるさいな。雑談ならよそでやってくれ。


「……ではこの結果を、陛下に」

「後でいいだろう。どうせ陛下は何も分かっていない」

「兄王の時は城の着陸の危機かと焦ったが、今の陛下は扱いやすい。ありがたいことだ」

「ああ。……今回の使者様は、『長生き』しそうだからな。しばらく召喚魔法を使わずに済むから、助かるよ」

「今度のは『壊れず』に、『長持ち』してくれればいいんだけどな」


 今、不穏な言葉が聞こえた気がする。

 でも私の体は言うことを聞かなくて、本日何度目になるか分からない不快な眠りに落ちていった。

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