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第30話

「当時の王国魔法師団に、リベリア史上最強と謳われる魔法使いがおりました。彼の名は、サイラス。国王の信頼も篤く、その人格で多くの信奉者を集めた大魔法使いでした」


 この女性、淡々と語るわりに言葉の繋ぎ方はうまい。

 悔しいと思いつつも話の続きが気になり、私は身を乗り出した。


「ついに隣国と全面衝突するしかないとなった時、当時の国王陛下はサイラスに、己の知恵と魔力を駆使して敵国軍を壊滅せよ、と命じました。サイラスは類い希な魔法の才を発揮し――異世界から人間を呼び出す術を発動させたのです」

「……は? なんで?」


 つい声が出てしまった。

 だって、異世界から人間を呼び出す術って……まさか……。


「使者様が生まれ育った世界には、溢れかえるほどの魔力が存在していました。しかしあいにく、使者様たちはその魔力を感じることも、魔法という形で出力することもできません。サイラスは研究によってそのことを知ってまずは、異世界から動植物を連れてくる魔法を編み出しました。それらが保有している魔力を吸収し、魔石に注入する。そうすることで我々は、異世界産の魔力を貯めて有効に活用してきたのです」

「……そんなこと」


 女性が言っている内容はあまりにも信じ難くて、鼻で笑いたくなった。


 私が生まれ育った世界――地球には、魔力があった?

 でも私たちはそれを使えていないだけだった?

 サイラスとやらは、地球から連れてきた動植物から魔力を抽出していた?


 そんなの、あるわけが――


「サイラスは、人間を連れてきたらより多くの魔力が取り出せると仮定しました。動植物はあまりにも弱く、一度魔力を抽出するとそれだけで力尽き、新しい魔力を生み出せなかった。しかし人間ならば一度抽出しても、食事や睡眠を与えることで魔力が回復し、再び魔力を吸い出せるはずだ。……そうして、彼は異世界人の召喚に成功したのです」


 ――どくん、と心臓が拍動する。


「呼び出したのは、あなたによく似た黒髪の女性だったそうです。彼女は最初こそ驚き戸惑いましたが、国の危機が迫っているとサイラスが説明すると同情し、力を貸してくれました。そうして彼女の魔力をもってして、リベリア軍は隣国の大軍を撃破しました。それが今から、約二百年前のこと。先ほどの朝食にお出しした料理も、彼女が考案したそうです」

「……」

「それから今に続くまで、我々リベリア王国は異世界人を召喚し、その力を借り、国を発展させてきました。異世界人は召喚の儀を終えた後、王都の南に広がる『使者の森』に現れます。しかし、広大な森のどこに現れるのかは分からず……本来ならばすぐに我々があなたをお迎えするところでしたが、余計な手が入りました。そのせいで長らくお迎えに上がれなかったこと、お詫び申し上げます」

「……えっと、ちょっと待って」


 私が片手を挙げて口を挟むと、女性は小首を傾げて私の言葉を促した。

 今、この女性は私のような異世界人が召喚されるに至った経緯を説明した。でも……。


「……それって、本当なんですか? それに私、リベリア王国に協力するなんて一言も……」

「あなたはこれまでの二ヶ月ほど、『裏切り者』たちによって監禁され、誤った知識を擦り込まれていたようです。あの者共はリベリアに反旗を翻す腫瘍です。二百年間、我々の先祖はあのウジ虫共を駆逐すべく心血注いでいましたが、まだ生き残っていたようです。ご安心ください。御身を穢す輩は我々が駆除いたします」

「は? いや、やめてくれない?」


 つい、最低限でも敬語は心がけようと思っていた心にひびが入ってしまった。

 だって……この人がウジ虫扱いしているのは、養父やセリーナたちのことでしょう?


「私はあの森に落ちてからというものの、彼らにとてもよくしてもらった。……確かに教わった内容はちょっと違うかもしれないけど、監禁された覚えも穢された覚えもない。それどころか暖かい寝床とおいしい食事、きれいな服や安全な場所を与えてくれた。それを駆除とか、あり得ないんだけど?」

「ご安心ください、使者様。我々はこれから、使者様がお心安らかに過ごせるよう心を尽くさせていただきます。先ほどの食事がお気に召さなかったようでしたら、何でも好きなものをお作りします」


 いや、そういうわけじゃないから。

 ブラッドバーン家並の待遇をしろって言ってるんじゃなくて、皆を侮辱するなって言ってんの。


「それに、『裏切り者』ってどういうこと? 皆はリベリアの発展のために仕事をしている。リベリアの経済が発展したのは、皆の努力あってのものだって聞いているんだけど」

「それは連中がリベリアに巣くい、あなたたち異世界の使者様を誘拐する上での隠れ蓑を作るためでしかありません。我々も、経済界で辣腕を振るうブラッドバーン家が裏切っているとは思ってもいませんでした。……しかし、連中の悪事もここまでです。使者様を冒涜したことは許し難い反逆行為。必ずや、殲滅いたします」


 せ、殲滅って……要するに抹殺だよね?


「やめてよ! みんなが裏切り者か反逆者か知らないけど、そんなことしないで!」


 私が立ち上がって詰め寄っても、女性は一切動じなかった。呼吸にあわせて顔の前の黒い布が揺れるだけで――ますます不気味だ。


「だいたい、今の偉い人は異世界人が嫌いなんじゃないの!? 私は……魔力を持っているとか持っていないとかよく分かんないけど、異世界人を嫌う人は私を見せ物にしたり他国に売り飛ばしたりするって……」

「落ち着いてください、使者様。何度も申しますように、それはブラッドバーン家のついた真っ赤な嘘。我々は二百年にわたり儀式を続け、召喚した使者様のほぼ全員を保護しております。あなたが我々に見つからないようにするため、ブラッドバーンの連中があなたを騙したのです」

「……騙した?」


 養父が、セリーナが、私を騙した?


「調べて分かりましたが、ブラッドバーン家はあなたを遠縁の娘だと偽り、養女に迎えたそうですね。そうして雛鳥のように純粋なあなたに嘘を吹き込み、外に出られないようにする。いずれ『裏切り者』仲間のもとに嫁がせ、一生屋敷の中に閉じこめておくつもりだったのでしょう。本当に、知恵と金があるだけ厄介な者たちです」

「……」


 ぐらぐらと頭の中が揺れる。


 この女性が言っていることと養父たちが教えてくれたことは、大部分が食い違っている。

 どちらかが嘘をついて――いや、両方嘘をついているかもしれない。もしかすると、私は本当に養父たちに騙され、いいように扱われてきたのかもしれない。


 ……でも。


「……嘘でもいい」

「はい?」

「たとえ、お父様たちがおっしゃったことが嘘でも……私は、あんたとお父様だったら、お父様たちの方を選ぶ!」


 意を決して叫んだ言葉は、一度飛び出るともう歯止めがきかない。


 確かに養父たちは、私に隠しごとをしてきたのだろう。私を極力屋敷の中から出さないようにしたし、一人での町の散策を許されたこともない。


 ……でも、たとえそうだとしても。


「お父様たちは、私を魔法で無理矢理連行したりしなかった! 足を鎖で縛ったことも、気持ち悪い物体に触れさせたこともない!」


 彼らが見せてくれる魔法はどれも、不思議で、驚きに溢れていて、素敵なものばかりだった。

 彼らなら、私を意のままに操るために魔法で閉じこめたり四肢を操ったりすることもできたはず。

 彼らが本当の悪人だったら、私の人権なんてまるっと無視して意のままに扱っていたはずだ。


「……何が『裏切り者』なのかなんて、私は知らない。知ったとしても、異世界人の私に関係はない」

「いいえ、関係があります」

「うっさいな! 力ずくで人を動かすことしかできないような人間に、とやかく言われたくない! 結局は人徳の差でしょ! あんたたちに本当に人徳があれば、私だって納得して協力したかもしれないのにね! 残念!」


 そう叫んだ瞬間、ぴくっと女性の顔が動いた。

 明らかな怒気が感じられ、あ、やっちまったわ、と思うと同時に、図星を指されてざまあみろ、と冷笑したい気持ちも湧いてくる。


 でも、女性はその怒りを言葉や態度には表さなかった。ふーっと大きく息をついた後、立ち上がる。


「……使者様はどうやらお疲れのようですね。次のおつとめまでに、お休みください」

「断る」

「お休み、ください」


 イライラしたように言われた直後、私の体からがくっと力が抜け、ベッドに倒れ込んでしまう。


 ……やっぱり、魔法でしか物事を解決できないんじゃん……ぐぅ。

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