表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/47

第27話

「……おや、可憐なお嬢様を見つけました。私とちょっとお話をしませんか、可愛い人?」


 ……こうして不意打ちで口説かれるのも、久しぶりだな。


 ゆっくり振り返るとそこには、いつも通り食えない笑みを浮かべたユーインが。今日の彼は従僕のお仕着せ姿で、もったいぶった仕草でおじぎをして私を見つめていた。


「……これから部屋に飾る花を選びに、庭に行こうと思っていたのだけど」

「そうでしたか。では、このユーインをあなたの護衛に任命していただけませんか? これでも魔法だけでなく武術も得意なので、もしならず者が現れようとお嬢様には傷一つ付けませんよ」


 屋敷の敷地内でならず者が現れることは、ないんじゃないか。


 でもまあ、荷物持ちくらいならさせればいいだろう。私が頷くとユーインは嬉しそうに微笑み、私が持っていた籠をそっと取った。


「では参りましょうか。……ああ、足元に気を付けてくださいね。絨毯に足を引っかけて転んだりしたら、大変ですから」

「そこまで鈍くさくないから大丈夫よ」

「そうですか? でもご安心を。もしあなたが倒れそうになればこの腕で、お体をお支えしますからね」


 この人は私をなんだと思っているんだ。歩き始めたばかりの乳児扱いか?


 でも無駄口は叩かず、私はさっさと足を進めて庭に出た。すかさずユーインが玄関ホールに置いていた日傘を取って広げ、私の肌を夏の日差しから守ってくれる。

 日本ほどじゃないけど夏はそこそこ気温が上がるし日差しも強いから、正直日傘はありがたい。この世界の日傘、なぜかやたら取っ手が持ちにくくて手に食い込む感じがするから自分ではあまり持ちたくないんだよね。


「……ありがとう」

「いいえ、これも従僕のつとめですから」


 ユーインは如才なく笑う。本当に、いつも通りのユーインだ。腹が立つくらい、その笑顔は完璧だ。


 ユーインという大きなおまけを従えつつ、私は当初の目的通り花壇に向かっていくつかの花を切った。窓辺に置いていた花が枯れかけているので、せっかくだから自分の手で花を選んでみたいと思ったんだ。


 世界が違うだけあり、花壇に咲く花はどれも私の想像を超えてくれる。見た目が似ているものはあっても、いざ花が落ちて実になると考えていたのとは全然違うものになっていたり、花は違うけど実はリンゴそっくりだったりと、私の予想をいい意味で裏切ってくれた。


 花を切り取って、ユーインが差し出した籠に入れる。

 それを何度か繰り返して、いい感じに花が集まったところで体を起こした――けど、いきなり立ち上がったからか一瞬目の前がくらっとしてしまう。


「あっ……」

「キーリ様!」


 がさっ、と音がして、私の体が抱き寄せられ、顔が広い胸に押しつけられた。

 言うまでもなく、ユーインの胸元だ。ふわっとコロンの香りがして、私は目を白黒させてしまう。


「……あ、ごめんなさい、ユーイン」

「お気になさらず。……立ち上がったことで、貧血になったのでしょう。涼しいところで休みましょうね」


 ユーインはそう言うと片手で日傘と籠を持ち、もう片方の腕で私を抱き寄せたまま近くのベンチにエスコートしてくれた。

 もう貧血は治まってちゃんと歩けるから大丈夫、と言ってもユーインは、「無理はしないでください」といつになく頑固に突っぱねてしまう。


 ベンチの脇には藤棚のようなものがあり、青い花を付ける蔦植物がびっしりと生い茂ってベンチに濃い日陰を生み出してくれていた。

 ユーインは私をそこに座らせると、心配そうな顔で私の前に跪いた。


「もうくらっときたりはしないですか? まだ、顔色はよくないようですが」

「大丈夫だってば。私、血の気は多い方だから平気よ」

「そういう問題ではないです。……あなたがお転婆なのは分かっていますが、もう少し御身を大切になさってください。いずれ、嫁がれる身なのですからね」


 ああ、説教か……とうんざりしていた私は、最後の一言で冷水を浴びせられた気持ちになった。


 結婚、嫁ぐ、相手……養父やアラスターたちが言うのは仕方ないにしても、この従僕もそれを私に言うのか。


「……ユーインは、私に早く結婚してほしい?」


 ぼそっと問う。多分、「そうですね」と当たり障りのない返事をするだろうなぁ、と思っていたけれど、なかなか言葉が返ってこない。


 おや、と思って顔を上げると、そこにはいつになく真剣な表情をしたユーインの顔があった。何かを考えるように少し伏せた彼の顔を見、心臓がどきっと大きく脈動する。


 ……どうして、彼はこんなに悩んでいるんだろう? いつものように飄々と軽口を交えて返事をすればいいのに。


「……ユーイン?」

「私は」

「う、うん」

「……あなたには、幸せな結婚をしていただきたいと思っています」


 そう、かなり真面目な声音で言われたものだから、私はごくっと唾を呑んで自然と背筋を伸ばした。


「春に初めてあなたと出会った時と比べ、あなたは随分成長されました。礼法や読み書き、ダンスはもちろんのこと、初対面の男性ともうまく渡り合えているようですね。……ミルズ領主、でしたか。彼と挨拶をする姿、見ていましたよ」


 ……どくん、と目の前が白くなる。


 そういえばあのカジノの夜、ミルズ領主と合流した私たちは別室に移動したけれど、最初に挨拶したのはホールだった。

 その時にはもうユーインはこっちを見ていないと思ったけれど、ちゃんと私たちの方に意識を向けていたんだ……。


「見ていたのね」

「はい。そのため……つい手元への注意がおろそかになってしまい、その時の客を勝たせてしまいました。予想外ではありましたが、かえって客は調子づき、結局その晩は想定以上のお金を落としてくれたので一石二鳥でしたがね」


 勝たせてしまった、って……いや、それはいいや。


「あなたはもう、立派な淑女です。まあ、私の前では跳ねっ返りな面も見せますが、それは私が悪いのでしょうからいいとします」

「自覚あったんだ……」

「ありますとも。……とはいえ、すぐに結婚して屋敷を出るべきだ、なんてことは申しません。いくら政略結婚とはいえ、旦那様はあなたのお心を大切になさるはず。夫となる方とゆっくり語らい、愛情を深めて、満を持して結婚する方がお互いのためになるはずです」

「……」

「そんなむっつりとした顔をしないでください。……ほら、笑って。私は、あなたの笑顔が大好きです。そしてあなたの夫となる方もきっと、笑顔のあなたを何よりも愛してくれるはずですからね」


 ――どくん、どくん、と心臓が痛いくらい跳ね回っている。


 ユーインは、ひどい人だ。

 笑顔で、こんなに優しい声で、残酷なことを言うのだから。


 私の笑顔が大好き、と殺し文句を言っておきながらその口で、私の未来の夫の話をする。

 ぐっと私に迫っておきながら、いきなり突き放す。


 彼にそんなつもりはなく、全部社交辞令、「授業」の一環なのだろうと分かっていても、彼のことが恨めしく思えてしまう私は、心の狭い馬鹿者だ。


 彼はちっともずるくない。

 ずるいのは――彼のことを格好いい、と思ってしまう私の方だ。


 ユーインはまばたきすると、ぱちんと指を鳴らせた。次の瞬間には彼の手元にはきれいな白いハンカチが現れていて、ユーインはそれでそっと私の目元を拭う。


「泣いていますよ、可愛い人」

「泣いてない」

「意地っ張りなところも可愛いし泣くお顔も大変そそられるのですが、このお顔のまま屋敷に戻らせるわけにはいきませんので」

「不細工な泣き顔を晒すなってこと?」

「なんであなたはいちいち私の言葉を疑うのですか。前にも言ったと思いますが、私は女性を鳴かせたいとは思っていても、泣かせたくはないのです。特に相手があなただと、いっそう――泣いてほしくないです」


 どうしてそんなことを言うの? いつもの「授業」の一環なの?

 それとも、泣いている私を励ますために茶化しているの?


 まばたきをすると、水滴が頬を伝うのが分かった。

 私、本当に泣いていたんだな。


「……あなたはどうして泣くのですか」

「泣きたくて泣いたわけじゃないから、分からない」

「泣くほど、私の言葉が辛辣でしたか?」


 ……そう尋ねるユーインは心配そうで、ザカライアと打ち合わせをした日のことを思い出す。

 またしても彼は、従僕として失格なことをしてしまったのかと不安になっているのだろう。


「そうじゃないよ。あなたは悪くない。あなたは……私にはもったいないくらいのいい先生で、素敵な人だから」


 それだけはちゃんと伝えたかったからはっきり言い、私は立ち上がった。

 驚いたように見上げてくるユーインの瞳を見下ろし、私はマダムに教わったとおりの鉄壁の笑みを浮かべる。


「心配させて、ごめんなさい。もう大丈夫だから、屋敷に戻りましょ」

「……キーリ様」

「……そういえば、ユーイン。明々後日の盛花祭の日、時間は空いている?」


 振り返って、尋ねる。日傘を広げていた彼は少し不思議そうな顔をしつつ、頷いた。


「その日は旦那様のお付きの仕事がありますが……夜なら」

「よかった。……それじゃあ、ちょっとでいいから時間をちょうだい」

「……」


 ユーインは黙っていた。でもすぐにはっと息を呑むと目を丸くし、一歩私に詰め寄ってきた。


「あ、あの、お嬢様。もしかして、俺に……」


 あれっ、焦りのあまりか、一人称が変わっている。こっちの方が自然な感じがして、似合っているかも。


 私はそんなユーインに微笑みかけ、背を向けた。

 なんだかすごく胸の奥がすっきりしていて、気分がいい。


「さ、行くわよ。花が枯れてしまうから、早く水に浸けないとね――」

「……キーリ様」


 呼び止められ、私は口を閉ざした。

 後ろは振り向かず、夏の日差しを浴びる庭を見ながら、ユーインの言葉を待つ。


「……盛花祭の日……楽しみにしています」

「……あなたはこういう行事にあんまり興味がないらしいって聞いたけど」

「ええ、皆にはそう言っています。でも、あなたが関係してくるなら手の平を返します」

「そんなんでいいの?」

「いいのです。あなたのためなら」


 それは、どういう意味?

 どういう意図でそんな殺し文句を吐いたの?


 振り返らないまま、私は頷いた。それを返事だと理解したユーインが近づき、私に日傘を差してくれる。


 何も言わないまま、私たちは歩き出した。

 何も言わないけれどきっと、今私たちが考えていることは同じだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ