第25話
私たちは一般客として参加するので、他の客に混じって列に並んだ。やっぱり賭博と社交の場だからか、周りにいるのはどれも身なりがよくてお金を持っていそうな人ばかりだ。
ほとんどが中年以上で、私たちは一番若い部類に入るだろう。それでもちゃんとドレスを着ているからか、若いからといって変な目で見られたり注意されたりすることはなかった。
受付と休憩所だけが地上にあり、受付を通った人から地下に降りるそうだ。
他の客たちは受付で身分証明書のようなものを提示した後いくつか質問されていたけれど、私たちの時にシャノンが何かカードを見せると受付の人ははっとして、「どうぞ」とほぼ顔パスで通してくれた。
この受付の人もブラッドバーン家に雇われている人だから、私たちが当主の養女と次期当主の妻だと分かってくれたようだ。
「あっ、エレベーターだ……」
地下に降りるのには階段を使うのかと思ったら、魔法で動くエレベーターもどきが待っていた。
シャノン曰く、エレベーターのように箱が上下に移動するのではなく、箱が一番下の階まで降りたら真横に滑り、昇る人を乗せて上階まで移動する。
最上階でまた横に滑って降りる人を乗せて下階に行き……というように、ぐるぐると一定の方向に回って客が乗り降りできるようにしているみたいだ。
ちなみに魔力供給のために、担当者たちが別室にいて魔力を注ぎ込んでいるらしい。まさか奴隷船の漕ぎ手方式か……と思ったけれど、担当者たちはお喋りをしたり食事をしたりしながら魔力を注ぎ込んでいるそうなので、疲れるけれどなかなか人気のポジションらしい。
ブラッドバーン家がブラックバーン企業じゃなくてよかった。
さて、エレベーターもどきで階下に降りると、そこは巨大なホールでした。
魔法で降りたからここがいったい地下何階相当なのかは分からないけど、とにかく天井が高い。
魔法の灯りがあちこちに灯り、きらきらした光の粉が降り注ぐ。それらは時に光の粒となり、時に雪の結晶のような形になり、時に優しい雨のようになって、客たちに降り注いでいる。
おそらくこのホールだけで、ドーム一杯分くらいの面積はあるだろう。
王都の地下に築かれた巨大カジノは、人々のざわめきと何かを回す音、チップやお金が転がる音、グラスがぶつかる音などでさざめき、ひしめき、私の身に襲いかかっていた。
「……すごい」
「でしょうー? 王都にも複数カジノがあるけれど、ここは王都でも一番の面積と集客数を誇るのー。わたくしも昔はここで下働きをしていたのよー」
懐かしいわーと呟くシャノンは元職場だけあり、慣れた様子だ。後ろのエレベーターからどんどん人が降りてくるので押しつぶされないよう、私の手を引っ張って壁際まで移動してくれる。
ホールで客を集めているのはカードゲーム台やルーレット台だけでなく、私もゲーセンで見たことのあるビリヤードもどきやパチンコもどきの競技台もある。
また壁際の椅子席では神経衰弱のようなものをしている紳士がいるし、ワイングラスを片手に談笑する人もいる。
壁際にはステージがあり、煌びやかな衣装を纏った女性が見事なダンスを披露し、観客からおひねりをもらっているところも見られた。
……なんだか、すごい。
おのぼり感は凄まじいけれど、でも妙に胸がざわざわして、わくわくして、気分が高揚してくる。まだお酒を飲んでいないのに頭がふわふわしてくるのは、場酔いってやつだろうか。
ここに長い時間いたら、周りの雰囲気に呑まれて倒れてしまいそうだ。
「ここならゆっくり座れそうねー。わたくしはミルズ領主を捜してくるから、キーリはここで待っていてねー」
空いている席を探して確保してくれたシャノンはそう言うと私を座らせ、ドレスを翻して人混みの中に突っ込んでいった。私はここまで来ただけで精神的に疲れたのに、シャノンはまだまだ平気みたいだ。
ありがたくソファに沈み、シャノンが帰ってくるまで周囲を観察することにした。
それにしても、すごい人、人、人だ。ドレスコードなのか、どの人も黒を基調とした服装だけれど、ジュエリーの輝きがすごいし、なんとなく圧も感じる。
私が黒のヘッドドレスを身につけているからか、話しかける人はいない。いい感じに皆私のことを放置してくれるので、私は首を伸ばして周囲を見回してみる。
「……あら、あちらにいらっしゃるのはもしかしてブラッドバーン家の……?」
「そのようだな。滅多にない機会だ。せっかくだから、ご挨拶に伺おう」
目の前にいた婦人と紳士がそう言い、人混みの中に消えていった。
「ブラッドバーン家」と聞いて一瞬びくっとしてしまったけれど、そういえば私たちよりも先にアラスターとセリーナが堂々と入場しているんだ。
次期当主様とその実妹と聞いてみんな、自分の名を売るために挨拶に行きたがっている。おかげで私の周辺にはあまり人がいなくなったので、人混みに埋もれて息苦しい思いをせずに済んだ。
……ふと私は、近くにあった台を見てみた。
それはカードゲーム台のようで、貴族風の身なりをした男性が椅子に座り、なにやら難しい顔で台を睨んでいた。彼の周りには友人らしき同じ年頃の男の人たちがいて、「そっちだろ!」「いや、あっちじゃないか?」と声を上げている。
ああ、彼はきっとお金を賭けてカードゲームをしているんだな……と思い、少し身を乗り出した。
そうすると、さっきまでは柱の陰に隠れていた台の反対側が見え――灰色の髪を持つディーラーの姿を認め、私の心臓が一瞬止まるかと思った。
白のシャツに黒のジャケット。いつもよりも高い位置で髪を結び、細い指先でカードを弄びながら客の判断を待つ男――ユーインの姿がそこにあった。
――どくっ、と心臓が活発に動き、体が熱くなる。
彼はまだ私の存在に気づいていないようで、薄い微笑みを浮かべて正面の客を見つめている。
彼は、今まで私には一度も見せたことのない――態度は慇懃ながらもどこか挑戦的な瞳をしていて、客に何か言っている。多分、「いかがいたしますか?」と聞いているんだろう。
とうとう意を決したようで、客が一つのカードをめくる。私にはいまいちルールが分からないけれど、どうやら彼にとっていいカードではなかったようで、男性の呻く声と仲間たちのはやし立てる声が上がった。
ユーインは微笑んで持っていたカードを台に置くと、クリップボードらしきものに何かを書き込んだ。多分あれに勝敗数を書いているんだろう。客はまだ諦められないようで、「もう一戦だ!」と言っている。
それに対し、ユーインは何か言っている。多分、「その前にお酒でもどうぞ」って勧めたんだろう。貴族の客たちはウエイターに酒を注文して、周りにいた野次馬たちもお喋りを始めた。
……私は少し移動し、ユーインの横顔を眺めてみた。
彼は手元のカードを見ていて、私には気づいていない。そうして台に散らばっていたカードをかき集めると、カードを切り始めたのだけど――その仕草があまりにも華麗で、私は目を奪われた。
マジシャンがするような手つきでカードを繰り、さっと台に並べる様は手慣れている。周りで見ていた貴婦人たちも、美貌のディーラーが披露した見事なカード配りに、ほうっとため息をついているようだ。
その時、様子を見ていた貴婦人たちの中から、まだ若そうな女性が身を乗り出した。十代後半くらいと思われる彼女はかなり大胆なデザインのドレスを着ていて、ユーインを見るとぱちっとウインクをして微笑んだ。
ユーインは彼女に気づくとそちらを見て、片手をひらりと振った。ここからだと、彼らの会話も聞き取ることができた。
「……欲望に満ちた遊技盤に、天使が舞い降りたかと思いました。迷子の天使さん、どうかなさいましたか?」
ユーインの声に……つきっ、と胸が痛む。
女性は明らかにユーイン狙いみたいだ。しなを作るように台に肘を突き、カードを配り終えたユーインの左手に自分の右手をするりと乗せ、指を絡めた。
――胸の痛み以外の理由で、私は顔をしかめる。
あれは、マナー違反だ。基本的に、女性から男性へのボディタッチは避けるべきだと言われている。
女性は男性からのアプローチを余裕の表情でかわしてこそ一人前なのであって、女性の方からベタベタ触れるのは下品だと思われているのだ。
案の定、連れらしい周りの女性が彼女を止めようとしている。でもお酒が入っているのか、女性はユーインの手を握ったままイヤイヤしていて、離れようとしない。
……ぎり、と私の手の平でグローブが悲鳴を上げる。
それ以上、その人に触れないで、と喉から悲鳴が出そうになり、慌てて飲み込む。
この前の門の前の出来事だってそうじゃないか。
私が口を挟む権利は――




