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第24話

「カジノに行ってみません?」とセリーナに誘われたのは夏真っ盛り、四月の半ばのことだった。


 盛花祭まであと十日ほどで、祭に参加するために観光客たちが少しずつ王都に集まりつつある頃のことで、魔法のおかげで涼しい室内でくつろいでいた私は、セリーナの顔をまじまじと見てしまった。


「……カジノって、ブラッドバーン家が経営しているっていう?」

「そう、それです。お姉様はまだ一度も、カジノにお越しになっていないでしょう? 秋から冬にかけて、うちのカジノは特に盛り上がります。ですので、まだお客が控えめな今の時期に一度様子を見に来られてはいかがかと思うのです」


 室内用のサマードレス姿のセリーナはそう言い、隣に座っていたアラスターも頷いた。


「僕も賛成だ。別に、賭け事をしろと言っているわけではない。酒を飲みながら歩くだけでもなかなか学べることは多いし……それに、ミルズ領主とも顔を合わせておいた方がいいだろうからね」

「ミルズ領主?」


 聞いたことのない名前に首を捻ると、セリーナがすすっと寄ってきた。


「ミルズというのは、リベリア東部の地方の名前です。そこの領主は今、お姉様の結婚候補としてお父様が検討なさっている方ですよ」


 ふむふむ、私の結婚……結婚候補!?


 い、いや、そりゃあ私だって、養父が私を引き取ってくれた理由は重々承知している。遠からずどこかに嫁ぐことになるから、そのために勉強しているということも分かっている。


 でも、これまで一度も養父の口から具体的な結婚候補について聞いたことはなかった。「私がよい相手を探す」と言っていたっきりで、本当に相手が見つかるのかなぁ、なんて他人事のように思っていたけれど……。


「え、えっと、そのミルズ領主という方は、カジノにも来られるの?」

「普段は領地にいらっしゃるけれど、もうすぐ盛花祭だからね。毎年早めに王都に入って、うちのカジノにも顔を出してくださる常連です。あ、でも金遣いが荒いとか、博打好きとかというわけではないそうなので、安心してくださいね」

「ミルズ領主は僕よりも五つほど年上だが、穀倉地帯の領主だけあり、穏和で誠実な方だ。貴族ではあるけれど身分を鼻に掛けたりしないし、何より我らが商会とも懇意にしてくださっている。僕としても、君の夫として文句のない人だと思っている」


 アラスターも熱を込めて語った。


 どうやらそのミルズ領主という人は、色狂いでも中年オヤジでもろくでなしでもないようだ。

 地方領主夫人なら結婚しても、あまり社交に出なくて済む。私は素肌に触れられるわけにはいかないけど、領主夫人なら常に手袋を装着し、人と触れあう機会も減らせられる。

 問題持ちの私の嫁ぎ先としては文句ないだろう。


 ……でも、いざ目の前に「結婚相手」というものが飛び込んできたら、戸惑ってしまう自分がいた。

 いずれこの屋敷を出て結婚するのだと分かっていたけれど、それはずっとずっと先のことだと思っていた。


 でも私も二十一歳だし、この世界では結婚していてもおかしくない年齢だ。養父だって、早いうちに結婚することを望んでいるだろう。


「……つまりカジノに顔を出すついでに、そのミルズ領主という方にもご挨拶するということですね」

「うん、そういうこと。父上は君とミルズ領主の縁談はぎりぎりまで伏せたいらしいから、領主を屋敷に呼ぶより、カジノで自然に接触を持った方がありがたいんだってさ」


 そういうことなら、断るわけにはいかないだろう。


 それに……ミルズ領主とのお見合いというのを抜きにしても、初めてのカジノはわくわくする。

 おいしいお酒も飲めるみたいだし、カジノで働く使用人たちの姿も――


 ……ふと脳裏を、色っぽく笑う従僕の顔が過ぎる。

 彼は最近多忙らしく、ここしばらく顔を見ていない。最後に見たのは確か、ザカライアと打ち合わせをした日の夕方、門の前で――


 ……。

 ……うん、忘れよう。


 今、私は何も考えなかった。よし、それでいい!










 数日後、私はシャノンと一緒に馬車に乗り、カジノに向かった。


 ブラッドバーン家が所有している車ではなくて原始的な馬車を使ったのには、理由がある。

 今日、ブラッドバーン家の者としてカジノに行くのはアラスターとセリーナだけ。彼らは車で堂々と乗り込み、皆の注目を浴びながら視察を行う。

 そして彼らに隠れるように、一般客に紛れた私たちが遅れて参加する予定なのだ。


「キーリも聞いただろうけれど、お義父様はミルズ領主との関わりを表沙汰にするのはなるべく後にしたいそうなのー。だから今回もキーリと私は一般客として参加して、アラスター様たちが皆の注意を惹いている間に領主と合流するのよー」


 そう言うシャノンは、いつもとは全く趣の違う黒のドレスを着ていた。

 ドレスの胸元はベアトップで、ふっくらした胸の形がきれいに見えている。その分ウエストからお尻にかけてはかなりタイトなラインを描いていて、スカートは膝下丈だった。

 町中ではあまり見られないデザインのドレスだけど、カジノを訪れる婦人の礼装としては標準的なものらしい。


 対する私は、同じ黒地でもデザインは全く違った。ホルターネックとAラインのスカートで、釘にでも引っかけたら一撃必殺だろうレース編みのロンググローブを嵌める。髪はまとめて、チュールの付いた黒のヘッドドレスを被る。


 このヘッドドレスはちょっと特殊で、これを被っている女性は口説いてはならないそうだ。おかげで今日は誰かにナンパされることなく、カジノ見学に集中できるはずだ。


 私は「カジノ」と聞いて漠然と、ネオンがぺかぺかしていてシャンデリアとかがすごい、でかい建物を想像していた。つまり、パチンコ屋のテーマパークサイズバージョンみたいなものだ。

 実物は見たことがないけれど、ネットでラスベガスの写真を見たことがあるから、この世界のもあんなのなのかなぁ、と思っていた。


 でも、全然違った。


「えっ……建物小さい……」

「それはそうでしょうー。カジノは地下にあるのだからー」


 私の呟きを、シャノンが拾ってくれた。


 私たちの乗る馬車が停まったのは、駐車場みたいな場所だった。だだっ広くて、あちこちに馬車や車が停まっている。

 周りに大きな建物はないから、ここで降りてしばらく歩くのかな、と思ったら、私たちの足元が地下帝国になっているらしい。


「ほら、王都って土地代が高いでしょう? だから最初にカジノを提案した人が、地上を馬車止めや休憩所にして、地下にカジノを作ることにしたのー。その方が土地が安く済むし、強盗とかも防げるからねー。他のカジノも全部、地下構造なのよー」

「……確かに」


 どうやら「カジノ=見た目がど派手」というのは地球のみのルールだったみたいだ。

 まあ、セリーナの魔法のおかげで私の頭の中に「カジノ」という単語で届くだけであり、モノは全然違っても仕方ないよね。

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