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第23話

「それじゃ時間ももったいないですし、ちょっと計らせてもらいますね」

「ええ、お願いします」


 幸い、今日の髪は簡単にまとめているだけだった。中年女性の手を借りて髪を解き、ブラシを手にしたザカライアが背後に立って癖の付いた髪をとかしてくれた。


「……えっ。……あ、あの、すごいきれいな髪ですね。癖がほとんどないし、きれいな漆黒です」


 背後でザカライアがちょっと驚いたような声を上げるから何事かと思ったら、髪を褒めてくれた。

 私はブラッドバーン家遠縁の母と異国人の父を持つという設定になっていて、黒髪もそこまで珍しいわけじゃない。

 でもこの国の人は癖毛持ちが多いから、私みたいなほぼ直毛の黒となるとレアなのかもしれない。


 ザカライアは続いて、巻き尺を当てて髪の長さを測ってくれた。ここしばらくでますます髪が伸び、肩胛骨を越えるくらいまで届いていたようだ。


「うん、これくらいなら髪紐一つでもかなりアレンジが効きそうですね。お嬢様は髪の量が多いので、紐が重みに耐えられるようちょっと太めに作りましょう」

「はい、ありがとうございます」


 そこでちょうど侍女も戻ってきたので、ザカライアが設計用紙を広げて髪紐の図案を描き始めた。

 侍女がざっと目測で測ったところ、ユーインの髪を下ろしたら、私とほとんど同じくらいになるとのことだ。ただし私よりも髪が細いみたいだから、同じように括ってもユーインの方はそれほどもっさりしないみたい。


 図案を描き、それぞれの髪の色にぴったりになるような色、デザインをザカライアと一緒に考える。

 案が形になった頃にはそこそこ時間が経っていたけれど、終わった時には私もザカライアも笑顔だった。


「本当にお疲れ様でした。完成が今から楽しみです」

「俺こそ、楽しく仕事ができそうですよ。盛花祭までに必ずお届けしますので、今しばらくお待ちください」


 玄関ホールの前で見送りする時にザカライアはそう言い、ふと真面目な顔になった。


「……その、お嬢様。お嬢様はブラッドバーン家の養女だそうですが……お屋敷での生活は、楽しいですか?」


 真面目な顔で何を言うんだろうと思いきや。

 私は微笑み、頷いた。


「ええ。とても楽しいし、皆にもよくしてもらっています」

「……ですよね。お嬢様、とても素敵な笑顔をされています。俺、あなたがもっと笑顔になれるような品を作りますので……待っていてくださいね」

「はい、よろしくお願いします」


 おじぎをすると、ザカライアは顔をくしゃっとさせて笑った。そして「では、また!」と元気よく言い、門のところで荷物を持って待っていた中年女性のもとへ駆けていった。


 もっと笑顔になれるように……か。


 やっぱりザカライアもリベリアの男だな。ユーインみたいなことをさらっと言っちゃうんだから。ユーインも、すました顔をしてさらっとすごいことを言うんだけどね。


「……そうですか。それは嬉しいことです。いつか、可愛いあなたと一緒に過ごす夜が来ればいいですね」


 そうそう、こんな感じで……って、本物?


 ぐりん、と首を捻ると、門から少し離れた路上で語り合う男女が。男の方はユーインだ。後ろ姿だけど、見間違いじゃない。

 相手の女性は……誰だろう? ユーインの陰になって、スカート部分しか見えない。


 ……いや、さっきの話って?


 つい興味を惹かれ、私はそそっとカニ歩きして門伝いに移動し、彼らの背後を取れる位置に身を潜めた。

 ちょうどいい感じの庭木があったのでそれの陰にもぐり、門の向こう側にいる男女のやり取りに意識を向ける。


 ……いやいや、決して変質者じゃありませんからね!

 これは、そう! うちの使用人がヘンなことをしていないか見張ってるだけです! 使用人を監督するのも私たちの仕事だからね、うん! 決して下心があるわけでは!


「そうなの? あなたってとっても格好いいから、そんなことを言われたら本気になっちゃうわよ?」


 女性――思ったよりも若い女の子のはしゃいだ声がする。頬を赤らめて興奮気味に話す様子が目に浮かぶようだ。


「ふふ、本気にしてくれたら私も嬉しいですけどね。……空の瞳を持つ麗しいお嬢さん、よかったらまた話をさせてください。今度はもっと、君のことを知りたいから……ね?」


 ――甘ったるいユーインの声とその内容に、一瞬意識が遠のきかけた。


 ユーインが、女の子を口説いている。


「やだぁ、嬉しい! それじゃあね、素敵な従僕さん!」


 女の子の声に続き……くしゃっ、と布が擦れる音。

 ここからはユーインの斜め後ろ姿しか見えないけど――ユーインが、エプロンドレス姿の女の子を抱きしめていた。


 ――どくん、どくん、と耳の脇で大きな血潮の流れを感じる。


 女の子が去っていき、ふうっと息をついたユーインもきびすを返して門の入り口の方へ向かっていく。

 そのまま、盗み見する私には気づかずに屋敷の方に行ってしまった。


 ……。

 ……あ、はは。ばっかみたい。


 好奇心を擽られて盗み見した結果、勝手に傷つくなんて、本当に馬鹿だ。


 男性が女性を口説くのは、リベリアの男性としての挨拶のようなものだ。ユーインは独身で、多分相手の女の子も独身。

 若い男女が恋の駆け引きゲームをしている姿なんて、これまで何度も町で見かけてきたじゃないか。


 だというのに、私は頭の中で勝手にユーインを、「私だけを口説く男」として認識していたってこと……か。

 あはは、馬鹿じゃん?


 私がユーインと顔を合わせるのは、屋敷の中だけ。つまり、彼は仕事中で、周りにいる女性は主人格か仕事仲間。屋敷の中で口説くわけがない。ただそれだけだ。


 ユーインは何も間違っていない。

 むしろ、彼の口説きテクはやっぱり見事なんだと、生徒として感心するべきなんじゃないかな。


 ……どうしようもないことだと分かっているし、もしユーインがあの子と本気で恋愛をしても、私がとやかく言う権利はない。


 それなのに……吐きそうなほど、胸が痛かった。

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