第22話
ザカライアとの打ち合わせとして、三日後を設定した。
これも一応商談になるので、先日職人たちの接待をした時と同じドレスを着た。鏡をよく見てドレスに皺がないか、グローブの裾が折れ曲がっていないかを確認し、部屋を出る。
「……あ」
「こんにちは、キーリ様」
部屋を出たところで、ユーインと鉢合わせした。アラスターのものらしきコートを抱えているから、何かの手伝いをする途中なのだろう。
仕事の邪魔をしたらいけない、と思った私は「お疲れ様」とだけ声をかけて脇を通り過ぎようとしたけれど、名を呼び引き留められた。
「キーリ様はこれから、四番街の工房の職人と打ち合わせですよね。一つ、お伺いしてもよろしいですか」
「……何か?」
ユーインの顔を見上げると、彼は少しだけ眼差しをきつくした。
……いつも人当たりのよい笑みを浮かべていることの多い彼にしては珍しい表情で、胸がどきっとする。
「……打ち合わせには、侍女のシンディを同伴するそうですね。シンディ曰く、最初旦那様は私の名を挙げたそうですが、あなたの希望で変更になったとか」
「そうだけど……」
「……もしその変更に何か理由があれば、お伺いしたいのですが」
至極真面目に聞かれ、私は言葉に詰まってしまう。
あいにく今日は朝からセリーナもシャノンも出かけているので、同席を願い出ることはできなかった。
だから若い侍女のシンディを連れて行くことになったのだけど……。
いや、ユーインの気持ちも分からなくないよ? 養父は自分を推薦してくれたのに、私が却下したと聞けば、理由が気になるのも当然だろう。
彼は職務に忠実だから、自分に何か落ち度があったのではないかと心配になっているんじゃないか。
……でも、ねぇ?
「……あー、たいした理由じゃないから、気にしなくていいわよ」
「……」
「え、えっとね。別に、あなたに何か不満があるわけじゃないの! ちょっと、色々と事情があって……ユーイン以外の人の方がいいなぁ、ってなっただけで、うん」
「……そう、ですか。かしこまりました」
少しだけユーインの表情が緩んだ。「おまえでは力不足だ」と言われたわけではないと分かってくれたようで、私もほっとする。
ユーインには悪いけど、やっぱり盛花祭当日までは内緒に進めたいからね。
「それじゃ……そういうことで、打ち合わせに行ってきま――」
「お待ちを、キーリ様」
す、と言おうとしたら遮られた。
そしてユーインの長い腕が伸びて私の左の頬に触れ、そっと撫でてきた。
「……御髪が乱れていました」
そう言うユーインの青紫の目は、揺れている。
髪が乱れているって言うけど……変だな。私、部屋を出る前にちゃんと確認したのに。
まばたきして、ユーインをじっと見上げる。
彼は柔らかく笑うと腕を下ろし、おじぎをした。
「お引き留めして、申し訳ありませんでした。……行ってらっしゃいませ」
「……う、うん。行ってくる」
ちょっとどもってしまいそうになりながらも答え、私は背を向けた。
歩き出しても、妙に胸がざわめく。
これから打ち合わせだ、ザカライアに会わないと、と思いつつも、私の胸の中では、少し切なそうに微笑むユーインの顔がこびりついて、なかなか消えてくれなかった。
「あっ、こんにちは、キーリお嬢様! 今日は本当にありがとうございます!」
応接間に入った私を見て、ザカライアが立ち上がった。ぱりっとしたシャツに黒いカマーベストのような上着を着ていて、腰から下げたウエストポーチには鋏などが入っているのが見えた。
今日の彼は先日挨拶した代表者ではない、中年の女性を伴っていた。どうやら縫製工房の責任者の一人らしく、まだ新人のザカライアがちゃんと仕事ができるかどうか側で見るために同伴を願い出たそうだ。
「こちらこそ、お越しくださりありがとうございます。早速、盛花祭の贈り物について相談してもよろしいですか?」
「はい、もちろんです! まだまだ下っ端ですが、お嬢様のご希望に添う品を作れるよう。頑張ります!」
ザカライアはぱあっと笑って言った。くるくるの茶色の髪に活発な様子なので、わんこのようなイメージがある。ちなみにユーインは灰色のツンとしたにゃんこだと思う。
侍女が人数分のお茶を淹れている間に、ザカライアは私に薄い冊子を見せてくれた。
この世界はまだ印刷技術が発展していないみたいなので白黒印刷に色鉛筆で着色したものみたいだけど、ハンカチや靴下、グローブやネクタイなどが描かれる様は日本でも見かけたカタログと大差ない。
「若い男性向けとなりますと、この辺ですね。それも使用人相手となれば、あまり重すぎないハンカチとかが好まれます」
ザカライアが言うには、盛花祭で服飾小物を贈るとなったら、「素肌に触れるものかどうか」が一つの判断基準となるそうだ。
靴下やスカーフ、グローブなどの肌に触れるものは恋人や夫に贈るもので、そうじゃない男友だちや兄弟、使用人に贈るのならハンカチや髪紐などがおすすめなのだという。
「他にも、魔法仕掛けの品も人気ですね。……これは見ただけだとただのお守りですけど、中に小さな魔石を入れています。魔石に魔力を送り込むことで、持ち主の身を物理的に守ってくれるのですよ」
そう言ってザカライアが見せてくれたのは、小さな巾着袋のようなお守りだった。
私は魔法を使えないからその手の知識には疎いけれど、魔法使いたちは魔石という石に自分の魔力を注ぎ込み、道具などで活用しているという。この世界に電化製品はなく、たいていの家電は魔石と魔石に込めた魔力で動かしている。
お守りに入っていたのはシャーペンの先で突いたくらい小さな魔石で、ザカライアの手の中できらきらと光っていた。
ザカライア曰く、これくらいの魔石なら比較的格安で手に入るので、お小遣いの少ない子どもがよく好んでこのお守りを買い、両親や友だちに贈るそうだ。
それはそれで素敵だと思うけれど、残念ながら私はこれっぽっちの魔力も持っていない。だから魔力がらみのは魅力的だと思うけれどやんわり却下し、普通の身だしなみ品から選ぶことにした。
「ハンカチ……髪紐も素敵だな……」
「あ、髪紐なら男女兼用なので、お嬢様の分も作れますよ。複数注文してくださったら割引も対応しますし、色違いで同じデザインとか、結構人気なんです」
ザカライアは言うけれど……えっ?
私とユーインが、お揃い?
「……そ、そういうのってアリなのですか?」
「はい! お嬢様はとてもきれいな黒の御髪をお持ちです。相手の男性の髪の色や長さを教えてくだされば、お嬢様のものと対になる髪紐をお作りします。こういう注文はわりとよく入るので、お嬢様が男性使用人にお揃いの髪紐を贈るの、別に全然変じゃないですよ!」
ザカライアはカタログの該当のページを示しながら、説明した。
……そういえばこの国は、「色違いのお揃い」をよく見る。私やセリーナやシャノンのドレスもそうだし、親子でお揃い、きょうだいでお揃い、もちろん恋人同士でお揃いも町でしょっちゅう見かけた。
そして男女でお揃いだとしても、必ずしも恋愛関係にあるというわけではないみたいだ。
……そっか。ちょっと焦ってしまったけれど、女性が使用人男性にお揃いのものを贈るのは、おかしなことじゃないんだな。
べ、別に、ユーインのことが好きだからとか、そういう理由じゃなくて、安くなるならお得だし、カタログに載っている髪紐が素敵で自分もほしいな、と思ったからだけど!
「それじゃあ、髪紐でお願いします。男性の方は灰色の髪で、長さは……多分下ろしたら肩胛骨くらいまでです。私は……」
「あ、よかったら今簡単に計りますよ? あと、男性の方もできたら正確な長さが知りたいので、ちょっと調べてもらってもいいですか?」
「分かりました」
私はお茶を淹れてくれた侍女を呼び、「こっそりユーインの髪の長さを測ってきて」と頼んだ。彼女はちょっと困ったような顔になったけれど、「すぐに見てきます」と言って部屋を出て行った。
……よし、これでユーインの方は大丈夫だろう。




