第21話
全ての職人に挨拶をしたら、セリーナとシャノンと一緒にお茶休憩をする。
その時に盛花祭の話題を出したら、二人とも嬉々として乗ってくれた。
「そういえば、もうすぐそんな時季になりますね。キーリお姉様は、リベリアの祭に参加するのもこれが初めてになりますし、興味がおありですか?」
「うん。そういう行事があるっていうのは授業で聞いていたから、気になっていて」
「それならやっぱり、贈り物をするのがいいわよー。選ぶのも楽しいし、今年は誰に何をもらえるかって考えるのもわくわくするのよー」
シャノンが頬に両手を当てて、ふわふわと笑っている。
「ちなみにわたくしは毎年、アラスターからお花をもらっているのー。もちろん、お義父様やセリーナにもだし、いつも給仕をしてくれる侍女にも渡しているわー」
「あ、こういうのって身分は関係ないんですか?」
「んー、使用人が主人に贈るのはよくないそうだけど、逆はむしろ奨励されているわー。貴族の中では、盛花祭で使用人に贈り物をしないのはケチでみっともないことだとさえ言われているそうなのー」
……なるほど。ちょっと違うけれどバレンタインデーの義理チョコみたいなもので、日頃の感謝を伝えるという意味もあるのか。
私も少ないけれど、お小遣いがある。養父やアラスター、セリーナ、シャノンに贈るのは当然として。あとは勉強を教えてくれるマダムや森本先生、富田さんと――
「……ユーインは、こういうのに興味はないのかな」
私が呟くと、なぜか凄まじい速度でセリーナとシャノンがこっちを見た。
えっ、そんなにびっくりされるようなことを言った?
「……お姉様、ユーインに贈り物をしますの?」
「えっ? だめだった?」
「……だめではないわよー。でも、そうねぇ……彼ってあまり行事に興味がないみたいなのよねー」
「ないんですか?」
「ユーインはああ見えて節約家だし、物欲もないみたいなんです。だから盛花祭でも、誰かに贈り物をするところは見たことがないのです」
……そうなんだ。行事に興味がないのなら、何かを贈っても迷惑がられるかな……?
いや、でも彼も私の「先生」だし、遊ばれている時もあるけどものすごくお世話になっている。マダムたちには渡してユーインにだけ渡さないってのは、まるでイジメみたいだし……。
それに、あの森で迷っていた私を保護してくれたのも、ユーインだ。彼がいなかったら、私は意地の悪い人に捕まっていたかもしれない。
それなら、今までのことをひっくるめたお礼をしてもいいんじゃないかな。
全ての職人が商談を終えたようで、ぼちぼち帰途に就いている。
私はそんな彼らを門の前で見送りつつ、ある人物を捜していた。
「……あ、ザカライアさん!」
「あっ、えっと……キーリお嬢様?」
玄関ホールから出てきた茶色の髪を見かけたので声を掛けると、彼はおっかなびっくりの様子でこっちに来てくれた。
「商談お疲れ様でした。……お帰りになるところ申し訳ないのですが、盛花祭のことで相談がしたくて」
「え、本当ですか!? それは光栄です! ……親方! 俺、お嬢様と商談するので、ちょーっと待っててください!」
シルヴェス縫製工房の代表者はむっとしてこっちを見ていたけれど、ザカライアがそう言うと慌てて一礼し、「かしこまりました」と答えた。雑談ならともかく、商談をするなら……ということだろう。
「盛花祭に向けて、誰かに贈り物をされるのですか?」
「ええ、といってもさっき思いついたばかりで……若い男の人に、贈り物をしたいのです」
もちろん、ユーインのための贈り物だ。
さっき侍女に聞いたのだけど、シルヴェス縫製工房は若い男性向けの小物も得意としているそうだ。
工房にはザカライアのような若者も多く勤めていて、女性ばかりの工房よりも男心がよく分かっているということで、若い女性も恋人への贈り物をシルヴェス縫製工房で依頼することが多いらしいのだ。
私の言葉を聞き、ザカライアはちょっと驚いたようにくりっとした青の目を見開いた。
「えっ!? お嬢様、恋人がいらっしゃったのですか?」
「あ、違います。恋人ではなくて、使用人です。私が贈り物をする予定の中で独身の男性は彼だけなので、せっかくだからシルヴェス縫製工房にお願いしようかと思いまして」
誤解の内容にきちんと訂正を入れると、ザカライアは目に見えて安心したようだ。
「あー、そういうことですか。よかった。俺、恋人持ちのお嬢様に声を掛けちゃったんだと思ってヒヤヒヤしました。そういうことなら、お任せください!」
「ありがとうございます。私の方からそちらに伺えばいいですか?」
「いやいや、そんなのとんでもない! 連絡をくだされば、いつでもお伺いしますよ! もし相手の方に内密に、ということでしたら別の打ち合わせ場所をご提案しますし、あんなごみごみしたところにお嬢様をお通しできるわけないですよ!」
ザカライアは慌てて言った。実際に四番街に行ったことはないけれど、やっぱりこのあたりよりは治安も悪いのだろうか。
養父たちを心配させるわけにはいかないし、お言葉に甘えさせてもらおう。屋敷で打ち合わせをするのなら、いざとなれば監視も付けられるし、養父も安心できるだろう。
ひとまず連絡先代わりの名刺をもらい、私たちは別れた。
ザカライアは仲間たちのもとに駆けていき、弾んだ口調で何かを言っている。多分、ブラッドバーンの養女と契約が取れそうだと自慢げに報告しているのだろう。
……養父たちへの贈り物は他の場所に依頼するとして……ユーインへの贈り物内容も考えないとね。
彼、物欲がないらしいけど、何なら喜んでくれるかな……?
その日の夜、私は名刺を手に養父の書斎を訪問し、ザカライアのことを話した。
「……盛花祭に向けての贈り物、か」
「はい。おそらく、我が家に彼らを招いての相談になると思いますが……いかがでしょうか」
緊張しつつ問うと、養父はしばし考えた後、「いいだろう」と答えた。
「結婚した後も、仕立屋を呼んでドレスの採寸をさせたりする。その予行演習にもなるだろうから、やってみなさい」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、君一人で職人と話をさせるわけにはいかない。セリーナかシャノンを同席させるか……ああ、なんならユーインを連れて行けばいいのではないか?」
養父は明るく提案するけれど、私は頬を引きつらせて首を横に振った。
「……すみません。その、ユーインへの贈り物を考えているので、できれば本人は外してもらいたいです」
「ほ? ユーインに?」
「はい。彼には普段から世話になっていますし……あ、もちろんお父様たちへの贈り物も別個で用意します。シルヴェス縫製工房は男性向けの小物が得意だそうなので、ユーインのものだけ作ってもらおうと考えているのです」
「……ああ、そういうことか。それならよかったよかった」
一瞬養父の顔が強張ったけれど、すぐに弛緩させて機嫌よさそうに葉巻を吸った。
……もしかしなくても、私とユーインの仲を疑ったのだろうか?
いや、彼は仕事だから私を口説くのであり、そこに恋愛云々はちっとも挟まれていないんだけどね。
「そういうことなら、よかろう。ユーインには内緒にし、準備を進めなさい」
「……は、はい。ありがとうございます」
いけない、一瞬ぼうっとしてしまった。
……どうして養父との大切な話の途中にぼうっとしてしまったのか、理由は分かるような、分かりたくないような、そんな感じだった。




