第20話
階下では、ティーセットの載ったワゴンと侍女たちが私たちを待っていた。
まず、応接間に行くセリーナが侍女を連れて去っていき、私とシャノンは控え室のある廊下へ向かう。
「それじゃあ、キーリはここから奥までの部屋をよろしくねー」
シャノンに言われ、私はこっくり頷いた。ユーインに言われたとおりの笑顔は心がけているけれど、初めての「仕事」に緊張しまくっている。
……落ち着いて、落ち着いて。
シャノンに言われたとおりのことをすればいいんだ。
深呼吸をして、侍女にも励まされながら、私は最初の部屋に向かった。
そこにいたのは、時計の製作を専門とする職人たちだった。
代表者らしい中年くらいの男性と、弟子らしき若い男性が二人。テーブルには大きな置き時計が据えられていて、弟子たちが布で磨いているところからして、これを持って行って養父にアピールするのだろう。
代表者はすごく腰が低くて丁寧な物腰で、舌を噛みそうになりながら挨拶した私に心の籠もった挨拶を返してくれた。
……挨拶は、すぐに終わった。お茶の準備は侍女たちがやってくるので、言うことだけ言った私はすぐに部屋を辞して、廊下で大きく息を吸い込む。
……よ、よし! 一発目の挨拶はきちんとできた!
職人からは、「大きめのものを持って行くので、台座か何かを使わせてほしい」という要望もちゃんと聞けた。
要望は廊下に控えていた執事に伝え、侍女たちが出てくるのを待つ。しばらくして廊下に出てきた侍女たちは私を見ると、「その調子ですよ」と茶目っ気を込めた言葉をかけてくれた。
褒められれば、やる気が出る。
人間、いくつになっても褒められたいよね。
その調子のまま、私はどんどん部屋を訪問していった。
どの職人も、ブラッドバーン家の娘である私に丁寧に対応してくれたし、彼らが持参した工房品を見るのも楽しかった。
最初は時計で、次は織物。焼き物に、木工に、そして――
「お初にお目に掛かります。わたくし、キーリ・ブラッドバーンでござい――」
「えっ!? 君って、前の……!」
本日五度目になる自己紹介は、素っ頓狂な男性の声に遮られた。
おじぎの姿勢から体を起こして見ると、養女とはいえ商家の令嬢の自己紹介を遮る猛者は両側から頭と背中を、仲間に押さえつけられていた。
代表者らしい初老の男性はいきなり声を上げた弟子を振り返り見、「この馬鹿者が!」と怒鳴っている。
「おまえは下がっとれ、ザカライア! ……も、申し訳ありません、お嬢様! うちの馬鹿弟子が無礼を……!」
「い、いえ、気にしないでください」
今にも土下座をしそうな勢いの代表者をなだめつつも、私の頭の中でかちっとスイッチが鳴った。
……そうだ。四番街、に聞き覚えがあると思っていたんだ。
「あの、もし人違いなら申し訳ありませんが……もしかしてあなた、以前私に声を掛けられませんでしたか?」
私が問うと、同僚に押さえつけられていた青年は顔を上げ、「えっ」と小さな声を上げる。
ああ、やっぱりこの顔、見覚えがある。
「あ、あなたも覚えていてくださったんですか!?」
「ええ。半月ほど前でしょうか。広場で、私の靴紐を結んでくださったザカライアさんですよね?」
いや、正直名前は忘れていた。すまない。
ユーインの教育を受けるようになって初めての散策で、一番最初に声を掛けてくれたのがザカライアだった。その時に彼は、四番街のナントカ縫製工房で働いているって言っていたんだ。
「また会えたら」みたいなことを言って別れた気がするけど、まさかこんな形で再会するとはなぁ、と私はほのぼのと思っていたけれど、それを聞いたとたん、代表者が立ち上がってザカライアの頭をスパン! と叩いた。
うわ、痛そうな音!
「おまえは! まさか、ブラッドバーンのご令嬢を口説いたのか!?」
「ち、違います! いや、違わなくはないんですけど、その時はご令嬢だって知らなかったんです!」
「あ、あの、ザカライアさんのおっしゃるとおりです。その時の私は名乗らなかったので……ザカライアさんは悪くありません!」
こういう時にもっと気の利く言葉を言えたらいいのに、私のボキャブラリーは貧相だ。
それでも代表者にはちゃんと言葉が届いていたようで、彼は毒気を抜かれたような顔になると、慌ててソファに戻った。
「そ、そういうことでしたら……。しかし、ザカライアの馬鹿が何か失礼なことはしませんでしたか?」
「いいえ。むしろ、まだにぎやかな場所に慣れていない私にも丁寧に接してくださり、とても楽しくお喋りができました。彼にはこれからも頑張っていこう、という勇気ももらえたので、むしろ感謝しております」
これは事実なので、急いで述べた。
緊張しつつ口説かれるのを待っていた私のもとに来たザカライアは気さくで話し上手だったので、これなら頑張れそうだと私のやる気スイッチをオンにしてくれた。全然失礼なところもなかったし、好青年だと思う。
そういうことで初っぱなの挨拶はちょっとごたついてしまったけれど、改めて自己紹介をして、侍女にお茶を出すよう指示することができた。ちなみに彼らが今日持ってきたのは布で作ったコサージュだった。
「我々シルヴェス縫製工房では、布製の小物を専門に製作しております。今月末に控える盛花祭でも、たくさんの注文をいただいているのですよ」
代表者がそう説明してくれた。
盛花祭とは、リベリア王国で毎年四月の下旬に行われる行事のことだ。
一年を通して涼しい気候であるリベリアでは夏に、多くの花が開花期を迎える。緑豊かな自然に感謝するということで、この祭ではたくさんの花で町が飾られ、魔法で花が宙を舞う。
外国からも多くの観光客がやってくるのでかき入れ時なのだと、養父がほくほくの笑顔で語っていたっけ。
シルヴェス縫製工房などはこの日のために、花を模した商品をたくさん作る。市場では生花もよく売れるけれど、造花や布で作った花、花を刺繍したスカーフなども人気だという。
仲のいい人に花に関連したものを贈るとずっと幸福でいられるというジンクスもあるらしく、早いうちから注文する人も多いとか。
……そうか。仲のいい人に贈る……ね。




