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第19話

 私は豪商ブラッドバーン家の養女になったのだけど、家族がどのような仕事をしているのか、いまいち分かっていなかった。


 私はいずれどこかに嫁ぐことを前提として養子に迎えられたので、商家の娘として辣腕を振るうとか、商業会を牛耳るとか、そんなスキルを身につける必要はない。


 とはいえ、「お父様はどんなお仕事を?」と問われて、「よく分からないけど商売と、カジノの経営をやってます」と答えるよりは、ある程度触れておいた方がいいと思っている。


「明日、四番街の工房の職人との打ち合わせがある。キーリにも手伝いを頼んでもいい頃合いだろう。うちのお得意様も、養女入りした君のことを知りたがっていたからな」


 そう語る養父は、今日も今日とてマフィアのボスのような身なりをしている。

 顔はどうしようもないのだから、せめてそのキンキラした服とか金の指輪とかをやめればいいんじゃないかと思うけど、この世界の基準ではそれほど奇抜な格好ではないそうだ。


 日本だったら絶対に、裏界隈の人間だと思われるよな。……今頃、日本はどうなっているかな……両親や友だちは、心配していないかな……。


 感傷に浸りかけた私は、養父の声で我に返った。


「なに、心配することはない。基本的なことはセリーナやシャノンに任せるから、君は彼女らの補助を頼む。といっても、職人たちを控え室に案内したり、挨拶をしたりする程度だ。商談は私とアラスターで行うから、安心なさい」


 どうやら郷愁にふけっていた様子を見て、違った意味で解釈されたみたいだ。

 とりあえずその誤解に乗ることにして、私は頷いた。


「分かりました。よろしくお願いします、お父様」

「うむ、勉強の成果を存分に発揮しなさい! ……そういえば、最近セリーナたちと一緒に町に出かけているようだが、少しは男性に慣れたか?」


 養父の言うように、最近私は数日に一度くらいの頻度でお出かけしている。まだ一人での散策は早すぎるからセリーナやシャノン同伴だけど、回数を重ねるにつれて口説かれる回数が増えた気がする。

 一昨日なんて、一度もセリーナたちに頼らずに会話をクリアできたんだ!


 ちなみに散策中、私たちは名乗らないことにしていた。相手の男性も、名乗らない方が多いくらいだ。

 口説く側も口説かれる側も、名前や立場はそれほど関係ない。前にセリーナが教えてくれた禁止事項に触れなければ、自由にナンパすればいいのだ。


「はい。初めてこの国の恋愛作法を聞いた時は、故郷との差に驚いたものですが……今では、これが人と人との関係作りであり、会話を楽しむことが一番なのだと実感することができました」

「おお、キーリも成長したな。確かにかつての君は異性慣れしていなくて私も不安になるくらいだったが、表情もよくなっている。これも、ユーインの教育のたまものだな」


 ユーイン、の名が養父の口から飛び出し、不覚にもどきっとしてしまう。


 最近の彼はちょっと忙しいようで、「授業」をする頻度が落ちている。それでも時間に余裕ができたら抜き打ちの「授業」をしてきて、私の報告もまめに聞いてくれる。


 ……ちょっと意地が悪いところはあるけど、彼はとてもいい人だ。

 相変わらず、不意打ちで甘ったるい言葉を囁かれたり、青紫色の目で見つめられたり、指先にキスされたりしたら緊張して顔が熱くなってしまうけれど。











 翌日、屋敷に数十名の客が来訪した。執事が玄関ホールで「四番街の職人をお通しします」と言っているのを、私は柱の陰に隠れて聞いていた。


 王都は合計八つのエリアに分けられ、一から八までの番号を振った名前で呼ばれていた。

 四番街は、王都の北東に広がる職人のエリアだ。ここは市場が広がる一番街や貴族や裕福な市民の邸宅が並ぶ二、三番街と違い、狭い場所にみっしりと工房が軒を連ねているという。


 工房と一口に言っても色々種類があるようで、執事に案内されて控え室に向かう職人たちはそれぞれ手に、様々な大きさの箱を持っている。

 多分あの中に、養父に見せる自工房の作品が入っているのだろう。大きいものだと、弟子二人がかりで持たせているところもあった。


 ……それにしても、四番街……か。

 どこかで聞いたことがあるような……。


 全員が控え室に入ったところで、執事が順番に職人たちを応接間に通す。応接間には養父とアラスターが待っているから、工房ごとに商談を行うそうだ。


「……私たちは職人の接待をするとのことだけれど、こういうのって使用人の仕事だと思っていたわ」


 衣装部屋で着替えをしながら私が呟くと、隣で爪の手入れをしていたセリーナが頷いた。


「貴族なら、そうしますね。でもうちは豪商といえど、職人たちと同じ一般市民階級です。それに、お父様は彼らのことを目下の者としては扱いません。同じ、リベリアの繁栄を目指す者同士として接しているとのことなのです。だから、わたくしたちもブラッドバーンの娘として、職人たちとほぼ対等な立場で接するべきなのです」


 ……そういうことか。

 セリーナの説明を聞くと、大商人の娘という立場に傲っていた自分が恥ずかしくなってきてしまう。


 養父にとっての職人たちは客でも部下でもなく、仲間。

 そりゃあ、商会を牛耳る側と下請けとでは財力や立場の違いが生まれるのは仕方ないけれど、「しっかり稼ぎ、リベリアの経済を回したい」という点では目的が一致している。

 だから養父は彼らの接待を使用人ではなく、娘である私たちに託すのだ。


 ……こういう考え方もあるのかと目から鱗が落ちる気持ちだけれど、私の物差しだけで物事を判断してはいけないのだという戒めにもなった。


 話をしながら、私たちはお揃いのドレスに着替えた。これまたお尻が膨らんだデザインだけれど、職人の案内をするということもあり、袖は七部の長さでスカートの裾もブーツの足首部分が見えるくらいの丈だった。


 髪もきゅっと捻り、グローブや胸元のスカーフと同じデザインの、白地にフリルが付いたリボンでまとめている。普段着よりもすっきりしている活動用のドレスだけど、商家の娘らしい気品と華やかさは削がれることなく備わっていた。


 身仕度が整ったところで、応接間の様子を見に行っていたらしいシャノンが戻ってきて、私を呼んだ。


「応接間にいらっしゃるお義父様とアラスター様へのお茶出しと補助はセリーナがするから、わたくしたちは手分けして、控え室の方々に挨拶をして回りましょうねー」

「は、はい。……緊張します」

「大丈夫よー。実際にお茶を淹れたりするのは侍女たちがするから、わたくしたちはワゴンと一緒に入室して、挨拶して、何か先に伺っておくことがないかだけを確認すればいいのよー」


 シャノンはこういう接待にも慣れているようで、滑らかに言った。

 彼女が言うには、私たちが特段変わったことをする必要はなく、挨拶に行くことで職人たちに、「私たちはあなたと対等に関わりたいと思っています」というアピールさえできればいいそうだ。

 つまり、ブラッドバーン家のマスコット的に振る舞えばいいってことかな?


 それでは、と意気込んで衣装部屋を出たところで、私たちは背の高い従僕の後ろ姿を見かけた。


 ……ああ、そういえば今日は彼も屋敷勤務で、職人の接待をするって言っていたっけ。


「あら、ユーインね。階下の様子はどうだった?」


 真っ先にセリーナが気さくに声を掛ける。

 ユーインは結わえた灰色の髪を靡かせて振り向くと――なぜかこっちを見て少し驚いたように目を丸くし、そしていつものように如才ない笑みを浮かべた。


「おや、お揃いのドレスがとても似合っていますよ、セリーナ様、シャノン様、キーリ様。……私もこれから案内に向かうところですが、職人たちは各自商談のための最終打ち合わせを行っているようです。これから、ご挨拶に行かれるのですか?」

「ええ。わたくしはお父様とお兄様のところにお茶を運ぶわ。職人への挨拶はお姉様たちがしてくださるのよ」

「左様ですか。シャノン様なら何も心配はありませんし、キーリ様は……」


 そこでユーインは、セリーナから私へと視線を滑らせた。

 緩く細められた青紫の目に見つめられ、別に後ろめたいことがあるわけではないけれど不思議と私の背中に緊張が走る。


「……キーリ様も、きっと大丈夫ですね。僭越ながら助言を申し上げますと……少し表情が硬いようなので、肩の力を抜いて笑顔を心がけるとよろしいでしょう」


 ……あ、ユーインにしてはすごくまともな指摘だった。


 知らないうちに籠もっていた力を抜くべく肩をすとんと落とし、私はマダムから教わった淑女らしい笑みをユーインに向けた。


「助言ありがとう。……あなたたちから教わったことを胸に頑張ってくるから、陰ながら応援してくれると嬉しいわ」

「はい、応援しています。……でも、どうか無理はなさらないように。セリーナ様、シャノン様、どうかキーリ様をよろしくお願いします」


 ユーインはおじぎをしてそう言うけど……う、んん?

 今って、ユーインが私のことをセリーナたちに託すような状況だっけ? というか、ユーインはそういうことを言える立場なの?


 でも、彼の振る舞いに疑問を抱いたのは私だけだったようだ。セリーナもシャノンも、「もちろんよ」「ユーインも頑張ってねー」と、さらっと受け流し、ユーインは颯爽と去っていった。


 ……私の感覚がおかしかったのかな?

 ああ、それよりも接待だ、接待。


 気持ちを切り替えていかないと!

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