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第17話

「あなたに会えるのを心待ちにしていたわ、ユーイン!」

「嬉しいお言葉をありがとうございます。しかし、まるで決闘でも挑まれるかのように言われるのは、少々残念ですね」


 この男は本当に、何を言っても人を食ったような態度を取る。一応、私の方が立場が上のはずなんだけど。


 セリーナたちと一緒にお出かけをした翌日、私の呼び出しに応じて居間にやって来たユーインは、いつものように余裕のある微笑みを浮かべていた。

 夜勤明けだけど従僕のお仕着せはぱりっとしていて、それを着こなすユーインはちょっと腹が立つくらい格好いい。


「時間が空いているならすぐに来てほしいとのことでしたが……そんなに私に会いたかったのですね」

「……ええ、ええ、その通りよ! 約束通り、昨日の報告をするからね!」


 ふふん、ちゃんと実践に生かせたということを、教えなければならないもの!


 立ったままではなんだから座ってもらおうと思ったけれど、やっぱり使用人の立場で着席はできないと言って、私の斜め手前に立っている。

 ユーインは背が高い分脚も長いから、私がソファに座っていたら目線の先に彼のお腹があった。


「……無事に行ってこられたとは、旦那様から伺いました。女性のみでのお出かけは、楽しめましたか?」


 ユーインはさっきのような挑戦的な物言いはどこへやら、スマートに尋ねてきた。「授業」中は駄々漏れになる色気も引っ込めていて、こうして見れば普通の優しいお兄さんだと感じられる。


 ……いや、油断しちゃだめだ!

 今までにもこの「いい人」の面に何度も騙されてきたじゃないか!


 私は脚を組んで座り直し、ふふんと自信のある笑みを見せてやった。


「ええ、とっても楽しかったわ。最初は帽子のつばを下ろしていたのだけど、途中から上げたの。そうしたら、結構たくさんの男の人に話しかけられたのよ」

「ほう、何人くらいですか?」

「えっ? ……えーっと、五人くらい?」


 具体的な人数を聞かれるとは思っていなくて、ちょっと躊躇いつつ答えてからはっとする。

 ……こ、これはもしかして、「えっ、たったそれくらいの人数なんですか?」って煽ってくるパターン!?


 じ、実は私よりセリーナやシャノンの方がたくさんの男の人と話していたんだよね……多分、私はどうしても後ろに引っ込みがちだったからというのも理由の一つだろうけど。


 そういえば前、マダムが「わたくしも若い頃は、半日町を歩いて二十人近くに声を掛けられたことがあります」って言っていた。マダムは上品で柔らかい感じの方だから、なるほどと納得したものだけれど……。


 もしかしなくても、五人という人数は……少なすぎ?


 思わず、私は口を閉ざして俯いてしまう。だからこの時、ユーインがどんな顔をしているか分からなかった。


「……そ、その。話しかけられた人数は少ないだろうけど、ちゃんと受け答えはできたわ。側で見ていたセリーナたちからも合格をもらえたし……遊びに行こうって誘われたのは全部断ったけれど、話をするのは楽しかったし……」

「……そうですか」

「……」

「それなら、十分及第点でしょう。……よく頑張りましたね、キーリ様」


 思いがけず優しい声が降ってきて、私はえっ、と顔を上げた。


 ……ユーインは、私を見ていた。

 柔らかくて親しみが持てる、穏やかな眼差しで。


「一ヶ月前、男性に話しかけられて硬直していたという頃から比べると格段の進歩です。よどみなく受け答えができたのはもちろんですが、あなたが異性との会話を楽しめたということを聞けて、私も嬉しく思います。ご立派ですよ」

「……」

「せっかく褒めたのに、無反応ですか?」

「……あ、ううん。まさか褒められるとは思っていなくて」


 素直に言うと、ユーインが柳眉を少し跳ね上げて物問いたそうな顔をしたので、私は言葉を続けた。


「セリーナやシャノンと比べると、話しかけられた回数は少ないし……本当は、途中でシャノンに指示を出してもらったりしたの。だから、偉そうに言ったけれど本当は皆の手を借りてやっと乗り越えられたんだし、ユーインは『それくらいですか?』って言いそうだと思って……」

「……あなたの中での私は、とんでもない冷酷人間なのですね」

「そ、そういうわけじゃ……」

「ふふ、分かってますよ」


 ユーインはくすくす笑い、私の足元にしゃがんだ。

 そして一言断ってから膝に乗せていた私の手を取り、労るようにそっと手の甲を撫でる。


「……あなたが頑張っていることを、私は誰よりも知っているつもりです。昨日は、あなたの普段の頑張りを存分に発揮できたのでしょう。……確かに、半日で五人というのは少ない方です。しかしそれは決して、あなたに魅力がないからではないはず。それに、三十人の男を適当にあしらうより、あなたの魅力に気づいた五人の男としっかり話をし、お互い楽しめたというのなら、そちらの方が価値があると私は思っています」


 そう語る声は穏やかで、私を見つめる青紫の目はどこまでも優しい。一言一言を、まるで祈りの言葉のように丁寧に告げる彼はなんだか眩しくて、捻くれたことばかり考える自分が情けなく思えてくる。


 ……なんで私は、ユーインの言葉を邪推したんだろう。


 彼はこんなに真摯で、私のことをよく見てくれている。そりゃあ、たまに意地悪になることはあるけど、匙を投げたり見捨てたりはしない。

 今だって、卑屈になっていた私を励まし、長所を見つけ出して褒めてくれているじゃないか。


 ……きれいな顔で、きれいな言葉を告げられていると、だんだん顔が熱くなってきた。


 そもそもこの人は凄まじく顔がいい。

 そんな人がゲームに出てくる騎士様のように跪いてじっと見上げてくるものだから、眼福ではあるけど体には悪い。

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