第14話
――今から約二百年前。当時まだ中規模国家だったリベリア王国は軍事大国として有名な隣国と衝突を繰り返しており、ついに全面戦争の危機に陥った。
当時の国王は国民を守るため、魔法の研究に全力を注いだ。そしてその結果、彼は新しい魔法の術式を編み出し、強固な隣国を打ち破ったのだった。
そのままリベリアは快進撃を続け、大陸のほとんどの国家を属国に従えるに至った。国王は権力の表れとして王城を魔力で宙に浮かせ、「大陸の覇者は、リベリアなり」とその名声を轟かせることになったのだった――
ということが、王都の中央広場に据えられた石碑に書かれていたみたいだ。
あいにく私はまだ簡単な単語しか読めず、しかも石碑の文字は古文っぽくて普通の人でも解読が難しいようなので、ほとんどはセリーナとシャノンに読んでもらった。
「なるほど……つまりリベリア王国は今、この大陸で一番の権力国家なのね」
「そういうことです。……とはいえ、二百年の時が流れることで昔ほどの独裁的な組織ではなくなり、各国との関係も和らいでいます」
「それでも、大陸で一番文明が発達しているのがリベリアなのよねー。大陸のほぼ中央に位置しているし、交通も便利だから、魔法に頼らずとも栄えていったそうなのー」
セリーナとシャノンが教えてくれたので、私は頷いた。
三人プラス一人の先生からは、生きていく上で最低限必要な知識だけを教わっている。だから、リベリア王国の歴史とか二百年前の出来事とか、そういうのをきちんと学ぶことはなかったのだ。
たまにマダムとの雑談で出てきたり、富田さんが課題で出した書き取りにちょっとだけ歴史に触れたものがあったくらいだ。
今日、私たちは女三人だけで王都の散策をしていた。「豪商の娘だとばれたら、窮屈ですからね」ということで、中流階級の女の子が愛用するようなドレスを着ている。
シャノンの「お揃いがいいわよねー」という意見により、ドレスのデザインは三人とも同じだ。
生地の色は私は深緑、セリーナはローズピンク、シャノンは暗めのオレンジ色と分けて、胸元のコサージュやカフスボタンなどでそれぞれの個性を出していた。
ちなみに今はまだ三人とも、帽子のつばを顔の前面に倒している。これは「私は体調不良なので、口説かないでください」というアピールになる。
まあ、別に体調不良じゃなくてもとにかく、「今は口説かれたくない」という意思表示になるので、どんな理由であっても男性は帽子をこのように被っている女性にモーションを掛けてはならない。
屋敷を出て、広場に到着するまではこの格好で移動していたけれど、ここからはつばを上げる予定だ。セリーナたちは慣れっこだろうけど、ここからはいよいよ「男に口説かれる」ことを前提とした散策になる。
唯一既婚者であるシャノンだけど、彼女もあえてつばを上げる予定だという。
彼女にはアラスターという夫がいるからもちろん浮気は厳禁だけど、お喋りする程度なら全く問題はないそうだ。アラスターも「楽しんでおいで」と言っていたから、浮気にならない程度にコミュニケーションを楽しむつもりだってさ。
「……胃が痛い」
「あらー、無理をしてはいけないわよー?」
「シャノンお姉様のおっしゃるとおりだけれど……キーリお姉様は昨日、かなり意気込んでらっしゃったわよね?」
セリーナに指摘され、私は口をきゅっとつぐんで頷く。
「ユーインにいい報告をする」と誓ったからには、胃痛を理由に尻尾を巻いて屋敷に帰るなんてできない。たとえ敗走しても何かを失うわけではないし、ユーインだって私の神経を逆なでするようなことは言わないだろう。
でも、逃げれば私が悔しい。悔しいし、一ヶ月間ユーインに教わったことを発揮できなければ、彼にも申し訳ない。
ユーインは本来、従僕とディーラーとして働いている。昼も夜も予定がきつきつだろうに、そこに私の教育というプラスアルファの仕事を任された――つまり彼の時間を私が奪っていることになる。
だったら、彼に報いるだけの成果を発揮したい。
きりきり痛む腹部をさすりつつ、私は顔を上げた。深呼吸を二回して、広場を見回す。
夏に近づきつつある時季だけど、今日は空がうっすら曇っているおかげで気温は低めだった。過ごしやすい気候であればすなわち、外出する人も多くなる。
今こうして三人で広場の中央に立っている間も、あちこちで男の人が女の子を口説いている様子が見られた。中には五人組の男が二人組の女性に話しかけ、誰が女性に選んでもらえるか競っているような場面もある。
男性がぽんっと魔法で手の中に生み出した花を女性が受け取り、嬉しそうに頬を赤らめていたり……見ているこっちが恥ずかしくなってくるな。
……とはいえ、郷に入っては郷に従え、だ。
「……よ、よし。頑張る」
「お腹は大丈夫なのー?」
「まあ、何かあればすぐにわたくしたちに言ってくださればいいですからね。……それじゃあ、つばを上げましょう」
セリーナに促され、私はぐいっと帽子のつばを上げた。
『キーリ様はすぐに態度が顔に出ます。まずは、いつどのタイミングで話しかけられても、困惑しないように努めてください』
ユーインの言葉が頭の中に蘇る。
リベリアの男は、帽子のつばを上げている女性を見たら花の蜜に群がる蜂のように集まってくる。美醜とか体型とか年齢とかはほとんど関係なく、目に付いた女性を口説くのだ。
そういうことで、ユーインも「模擬授業です」とか言って、廊下のど真ん中で口説いてきたり、すれ違い様にさらっと殺し文句を投下してきたりした。
私はなかなかそういう不意打ちに慣れなくて、彼に何か言われるたびに赤面して脳の活動をストップさせてしまっていた。
『リベリアの男がなぜ女性を口説くかというと、たくさんお喋りがしたいからです。つまるところ、交際するとか結婚するとか家に連れ込むとか、そういうところまでいかなくても、楽しく会話ができればたいていの男は満足なのです。そして、男性との会話を楽しめるようなスキルを持った女性を魅力的だと思うのですよ』
その説明は、私にとっては目から鱗だった。てっきり婚活の一環として口説いているのだと思いきや、「楽しくお喋り」が一番の目的だったとは。
『もしあなたを口説いてきた男があなたの好みから逸れていたとしても、素っ気ない態度を取ってはなりません。お茶の誘いを断るにしても、にこやかに、やんわりと断ります。そして断ったあなたも断られた男も、会話ができて楽しかった、という気持ちで別れられるべきです』
そういう説明を受けていると、「男が女を口説くのが当たり前の国」ということにそれほどカルチャーショックを受けなくていいのかも、と思えるようになった。
コミュニケーションの取り方が日本とはちょっと違うだけで、男女とも行動の根本にあるのは「楽しいお喋り」だと思えばいいんだね……よし!
「……お姉様、右手前方から三人、こっちに来ていますよ」
こそっとセリーナに耳打ちされ、私は現実に引き戻された。促されてそちらを見ると、十代後半くらいの若者が三人、こっちに歩いてきていた。
えっ、確かに三人いるけど、あの人たちは本当に私たち目当て? と半信半疑だったけれど、本当に迷いない足取りで私たちのところまで来て、にっこり笑った。
「こんにちは、可愛らしいお嬢さんたち。お揃いのドレスということは……姉妹かな? その夕焼け色のドレス、とってもよく似合っているよ」
「雑踏の中に妖精が舞い降りてきたのかと思ったよ、お嬢さん?」
三人のうち早速二人は、それぞれシャノンとセリーナに話しかけた。すごいな、ちゃんと自分のターゲットが被らないようにしているんだ。
ちらっと横目で二人を伺うと、セリーナもシャノンも慣れた様子で受け答えしている。
「あら、嬉しいわ」「ふふ、そうでしょう。夫も褒めてくれたドレスなのですよー」と言うと、男性は「こんなに可愛い妖精を放っておく手はないからね」「おや、ご結婚なさっていたのですか。あなたのような方を妻にできるとは、幸せな男ですね」とさらりさらりと会話を続けている。
セリーナの方はともかく、シャノンが既婚者だと分かっても相手の男性は一切動じた様子はない。
しかも既婚女性だからか恋愛モーションを掛けるのはやめて、「お菓子は何が好き?」「旦那さんはどんな人?」と会話の方向をシフトチェンジしている。
……いや、すごいわ。
これがリベリアの男なのか……。




