通学時間
私、川島菜摘はごくごく普通の女子高生。通っている西高のレベルもごく普通。
クリスマスからお付き合いを始めた斉藤夏目君はイケメンで足フェチで通っている高校は地域トップクラスの東高。
違う高校に通う私たちが、学校が始まってから平日に会うにはどうすればいいのか話し合った結論は「かなり無理」だった。
今日から三学期。私は等身大の鏡の前で身だしなみチェックをしていた。
制服はタータンチェックのベストとプリーツ、タータンチェックは決してAKB48を彷彿させるようなものではなく、暗いモスグリーン。リボンは緑、赤、ゴールドからお好みで。上着は紺のブレザー。
制服のスカート丈を調整するには、ウエストを折り返す方法と、裾をちょん切ってしまう方法がある。私は裾を切るほど短い丈にする覚悟はなかったので、ウエストの折り返しで調整していた。
今まで二つ折り返していたのを思い切って三つにしてみた。
足のスースー具合が増して心許ない気分だが、中途半端な長さの方が野暮ったいことを夏目君に教えてもらった。
念のために鏡の前でくるりと回り、下着が見えないことを確認する。うん、大丈夫。
家を出て登校する。西高の最寄り駅に着いた。夏目君が住んでいる町だ。
もしかしたら夏目君に会えるかもしれない町。この町は私にとって大事な町になった。
夏目君はここから東西にのびる電車で東高に行く。今ごろは電車の中だ。
だから会うはずはないけれど、私はやっぱり背筋がのびるような気分だった。
この日、夏目君には会えなかった。
翌日、私は自宅の最寄り駅の改札で驚いた。夏目君がいたからである。
夏目君が東高に行くには東方向に向かう電車に乗ればいいわけで、北方向にある私の自宅の最寄り駅は遠回りもいいところである。
人通りのジャマにならないよう駅構内の端に夏目君を引きずり、問いただす。
「ちょっと、何で?」
「やっぱりナツミちゃんの足を拝ませてもらわないと」
下向き加減で両手を合わせる夏目君。
「やめてよ」
人目を気にする私。
見てくれのいい男子高校生が女子高生の足に向かって拝んでいる光景は滑稽だ。
本当は「たかが足のために来るな」と言ってやりたいところだが、冬休み中に会っていたときに「そんな大した足ではない」と言ったが最後、如何に私の足が素晴らしいかを延々と語られたので、足については触れないでおく。
「とにかく、学校遅刻しないようにね! もう来ちゃダメだよ」
「えーもう?」
嘆く夏目君を無視して私は西高に向かう電車のホームに行った。
そのまた翌日、私の自宅の最寄り駅のホームに向かう上り階段の脇に夏目君がいた。
そのまた翌日も。今日は木曜日。これで三日連続。私はとうとうキレた。『無理すると続かない』と言ったのは貴様じゃないのか斉藤夏目!
会いに来てくれて嬉しい。そういう気持ちは確かにあるのに、毎朝遠回りさせているという申し訳なさの方が強かった。
しかし私じゃなくて私の「足」に会いに来ているわけだし。情け無用だ。私は腹を括った。
「明日は絶対ダメ。ホントにダメ。真っ直ぐ学校行くんだよ、わかったね!!」
ああ、何で子どもを叱るような言い方をしなければならないのだろう。
夏目君の顔には「それでも行く」と書いてあったので、
「もし来たら、土曜日はダブダブのカーゴパンツ穿くからね!」
本来は「会わないからね」と言ってやるべきなんだろうが、会えないのは私が辛い。
夏目君は渋々、本当に渋々と「わかった」と答えたのだった。
翌日、金曜日。
駅の改札にもホーム付近にも夏目君はいなかった。土曜日カーゴパンツが相当効いたらしい。
私 < 足を改めて思い知らされたような気がする。
まあ、今後何かあっても足を武器に交渉すれば一〇〇%私が勝てるとわかっただけでもヨシとするか。
この一週間、夏目君が来てくれたおかげで、寂しくなかったのも事実だった。
……と一週間を締めくくれない事件勃発。
電車内で痴漢発生。というか、痴漢されてます今!
混んでいる電車内で妙に密接してくる人がいるなあと思っていたら、膝の裏から太ももにかけて撫でられた。
鞄がぶつかったとか、ぎゅうぎゅう詰めで押されたとかじゃない。明らかに人の手の感触。
一撫でされて怖気が走った。声が出ない。後ろを振り返って痴漢と目を合わせるのも怖い。
どうしよう、怖い。何とか足をガードしようと手を後ろに回す。
気持ち悪い。
極度の恐怖と緊張で電車の車輪の音も車内アナウンスも何も聞こえなくなった。
だから「すみません」という声も人混みを掻き分けて近づいてくる気配にも気づかなかった。
目をつぶって体を硬直させ、早く駅に着いてと祈っていたとき、私の後ろで男の叫び声がして密着していた体が離れた。
「この足はなあ、お前みたいなゲス野郎が触っていいもんじゃねえんだよ」
この二週間ですっかり聞き慣れた声。でも、こんな汚い言葉は聞いたことがなかった。
安心して後ろを振り返ると、中年の背広を着た男の人の腕を掴んでいる夏目君がいた。
イケメン高校生、痴漢を御用!
周囲の気づかぬふりをしていた人、本当に気づいてなかった人たちが賞賛の声をあげる。
しかし
「俺だってまだ触ったことないのに!」
本音をもらした夏目君に、車内が微妙な空気になった。
すみません。こう見えて、この人は私の彼氏で足フェチなんです。
次に着いた駅で痴漢を駅員に引き渡し、被害届を書いたりして、学校はもう遅刻決定。
駅のホームで電車を待つ私と夏目君。
「ありがとう」
「いえ」
夏目君はなんだか居心地悪そうだった。
出てきたタイミングはスーパーマンのようだったけど、出てくるはずなかったのだから。
「遅刻しちゃうね」
「うん」
「少し時間もらってもいい?」
「いいよ」
私は夏目君の手を引いてホームの端のベンチに連れて行った。
夏目君を座らせて、その隣に私が座った。
「どうぞ」私は自分の太ももを軽く叩いた。
夏目君はキョトンとしている。
「高さが合わないけど、少しの間なら大丈夫でしょ。膝まくら」
夏目君は何も言わずに、おそるおそる私のスカートの上に頭を乗せた。
「いいなあ……」
ウットリした声に私は笑う。
そのまましばらくして夏目君が切り出した。
「スカートさあ、もうちょっと長くしたら?」
わざわざ短くしたのに。
「だって前に「美しいものは万民で愛でるべきだ」って言ったじゃない」
美しいかどうかはともかく。
「俺の目の届くとこならばだよ、バーカ」
クリスマス報告会のときの「アホ」といい今の「バカ」といい、夏目君が罵る言葉はいつも優しい。
ひとまず<おわり>




