これにておしまい(後編) かな
夏目くんはわたしの足に惚れたのだと言った。わたしもそれを承知で付き合い始めた。
足ばっかり見られたり、『足が』好きと言われるのは、最初こそ抵抗があったけど、すぐに慣れた。
慣れてしまえば、足フェチはわたしの安心の素になった。
夏目くんの側にどんな美少女がいようと、どんな頭脳明晰な女の子がいようと、平気だった。
夏目くんがバレンタインデーに山ほどチョコレートをもらっても、腹は立ったけど後にひかなかった。
東高の女生徒の皆さんに囲まれたときも怯まなかった。
だって夏目くんは足フェチだから。
ホワイトデーのときには足痩せしちゃって焦ったけど、なんだかんだで平気だった。ルーズソックスの偉大さも知った。
足はまぎれもなく、わたしの一部分。
一部分でも好かれていることが嬉しかった。
足への偏った執着心でも夏目くんをひとりじめできるのだから、わたしは満足だった。
ところが昨日、夏目くんは全く足に触れなかった。今までも触られたことはないけど、いつでも見られていたし、何かと話題になっていたのに。
もしかして飽きた? 足フェチ卒業しちゃった?
つまり、わたしには最強の切り札がなくなったということ?
他の女の子たちと、顔や頭の中身や、その他諸々を同じライン上で普通に勝負しなければならないということ?
これって相当のピンチだ。
足フェチ復活してくれないかなあ。
日が明けて今日、アルバイト先のスーパーで最後の仕事があった。
建て直しで建物を取り壊すため、屋内に置いてある台や細々したものを外に運びだすこと。
力が必要なので若い人が多く集まっていた。
和気あいあいと喋りながら片づけをする。厳しかった主任も無事に閉店して力が抜けたのか、声をあげて笑う場面もあった。
吉田さんも片づけに参加していた。
「ねえねえ、写メ見せてよ」
彼氏の写メを見せてと言われてから、バタバタ忙しくて休憩時間も合わず、見せていなかった。
ジタバタしても仕方がないので、潔く待受画面を見せた。
吉田さんは絶句した。それはわたしの予想通りの反応で。
「ホントにこの人? なんかの写真じゃなくて?」
雑誌の切り抜きか、アイドルのブロマイドとでも言いたそう。
気持ちはわかります。ええもう。ツッコミどころは足フェチだけでしてね。そこがわたしの安心ポイントだったのですけど。
「実物見てみたいなーー」
そう言わせてしまうほど外見も魅力的な夏目くん。
「いいですよ。今日バイト終わったら待ち合わせしてますから」
「ホントに!?」
「その代わり、お願いが一つあるんですけど」
吉田さんは渋々ながらも承知してくれた。
片づけのアルバイトはお昼ご飯の休憩を挟んで午後四時までかかった。
終わり次第、夏目くんの携帯に電話すると約束していた。駅前の公衆電話に行こうとするわたしを、吉田さんが引き留めて携帯電話を貸してくれるという。
ありがたくご厚意に甘えた。
駅前の公衆電話は、昨夜、人目もはばからずキスしてしまった場所なので、行くのに躊躇していた。
そうです。今朝になって我に返り、恥ずかしさのあまり、自分の部屋でのたうち回りました!
なんであんなことしちゃったんだろう、と今でも不思議で。勢いというか、辛抱たまらんかったというか。
バイトが終わったことを連絡してから二十分後に、待ち合わせ場所のファミレスに夏目くんがやってきた。
吉田さんは「うわーー、実物だーー、写真と同じだーー」と感嘆の声をあげている。
それから「おジャマしちゃってすみません」と小声で言った。
わたしは吉田さんに「お願いしますよ」と囁いた。うんうん、と吉田さんは二度うなずいた。
三人分の飲み物が揃ってから、吉田さんがおもむろに質問した。
「あのーー、川島さんの一番好きなところってどこですか?」
言ったあとに、わたしの脇腹を肘で突いた。
「なんなの、これは。新手のノロケ!?」
夏目くんに聞こえないように小声で責める。質問することで片棒をかつがされるのは不本意だと言わんばかりに。
一見、タチの悪いノロケで悪趣味きわまりないけど、わたしはこれでも必死だった。
以前に夏目くんは東高の女生徒のみなさんの前で、いかにわたしの足が素晴らしいかをとうとうと語ったことがある。
そのときには止めてくれーー! と心の底から思ったけど、今はその答えを望んでいた。
わたしの取り柄は足! 誰の足よりも夏目くんの理想通りの足! だよね!?
ところが夏目くんの反応はわたしの期待とは掛け離れたものだった。
真っ赤な顔をして視線を四方八方にさまよわせた。
「どこって言われると……困るなあ」
「えーー!?」
大声を出したのはわたしだ。だってこんなの夏目くんじゃない!!
「ですよねえ。変なことをきいちゃってごめんなさい」
吉田さんは空気を読んでごまかすのも上手かった。こんなことに巻き込んじゃって、こっちこそごめんなさい。
吉田さんと別れて、夏目くんと二人きりになった。
日も落ちて、雲一つ無い夜空に星が光っている。
夜になると肌寒いけど、わたしは敢えてミニスカートを穿いていた。
夏目くんに会う前には自分が着る服としては眼中になかったミニスカートも、いま穿いているものを除いて三枚持っている。
それなのに、手を繋いでい歩いていても、夏目くんの視線が腰から下には動かなかった。
どうしよう。全然見てもくれない。本当に飽きちゃったのかな。
どうしてかなあ。初めて会ったときから変わってないはずなんだけど。
正確に言えば全く同じなわけじゃない。
お手入れを欠かさずしているし、足を見せる服を着て足を意識しているおかげで、以前よりも『見られる』足になったと自負している。
前よりもキレイになっているはずなのに。
会話にも足の「あ」の字も出てこない。話している途中から、わたしはもう上の空。
「……でね。ナツミちゃんきいてる?」
「ごめん。全然聞いていなかった」
「どうしたの? アルバイトは無事終わったんだよね?」
「うん。お給料をもらえるのは四月の中頃だから、携帯使えるまでもう少しかかるけど」
「補習は?」
「テストもバッチリだったよ」
「他に心配事は?」
夏目くんがそれを聞くか!?
「ある。夏目くんがわたしを見てくれない」
「見てるよ」
わたしの目を見て答えてくれた。それでもわたしは不満だった。
「見てないよ。全然見てないじゃん。足」
夏目くんが息をのんだ。ギクリという音がきこえるくらいに。
「飽きちゃった? どうでもよくなった?」
「ナツミちゃん。俺はナツミちゃんが好きだよ。足だけじゃないよ。全部だよ。全部好きなんだよ」
「足は? 足に惚れたって言っていたよ」
「どうして、そんなに足にこだわるの?」
「だって足フェチの夏目くんが好きなんだもん。足フェチだから安心できるんだもん」
「そんなこと……言われても困るよ」
「どうして? ねえなんで? 気が変わっちゃったの?」
「こういうことだよ!」
繋いでいた手を強く引かれた。わけもわからず路地裏に引き込まれた。
道の両端をブロック塀に囲まれた細い道。ブロック塀に押しつけられて、塀に背中があたった。
膝から太ももに向かって夏目くんの指が這った。
てのひらと指先の熱が伝わってきて、背筋がゾクッとした。
何されるの?
と思う間もなく夏目くんがしゃがみ込み、膝に湿った熱が触れた。
夏目くんがわたしの膝に唇をつけていた。両方のてのひらで足を掴んで舌を這わせようとしていた。
「ちょっ……え!?……なに!?」
驚いた。メチャクチャ驚いた。夏目くんの行動に驚いて、その先を期待している自分に驚いた。
足が緊張でぶるぶる震えてきた。
「ぐっ……」
夏目くんが小さく呻いて足から離れた。立ち上がってわたしの右肩にアゴをのせた。
「ね、こうなっちゃうの。ヤバイでしょ。こんなところで何しようとしてんだって話ですよ。理性がね、簡単に吹っ飛んじゃうんだよ。今は正気に戻れたけど、次はどうなっちゃうかわからないよ」
耳元で囁かれた低音の台詞が身体の中を駆けめぐる。
どうなっちゃうか期待してしまったのはナイショだ。
夏目くんはわたしの足が好き。
はじめは見ているだけで満足だったのが、いつのまにか理性をとばす爆弾の導火線になっていた。
足を見たいけど見たらおかしくなるから見るのを止めた。それが真相。
見たっていいのにね。おかしくなってもいいのにね。
わたしは夏目くんが好きなのだから。
二年生の始業式まであと数日。補習も終わった。アルバイトも終わった。春休みはまだ残っている。
「とりあえず、明日からは足をかくしてくれる? 刺激強すぎ」
それは夏目くんの敗北宣言であり、わたしには甘すぎる囁きだった。
<おわり>




