お昼ご飯
あれは、よく晴れた日曜日のお昼少し前のことだった。
夏目くんが言った。
「今日、お昼なに食べるか決めてる?」
わたしは首を横に振った。
「だったら、おにぎり作ってきたから、どっか外で食べない?」
夏目くんの台詞の意味を理解しかねて戸惑い、理解して驚いた。
「お弁当作ってきてくれたの!?」
「そんな大層なもんじゃないよ。ホントにただのおにぎり。テキトーだから」
「いや、でも……」
手作りの何かを持ってこようとする心意気に恐れ入った。
わたしと夏目くんがいるショッピングセンターの二階には、フードコートに続くテラスがある。そのテラスで夏目くんお手製のおにぎりを食べることにした。
テラスは混んでいてテーブル席は満杯で、ベンチに二人並んで座った。おにぎりだからお弁当を広げるスペースもいらないので問題ない。
それに、向かい合わせに座るのもいいけど、隣同士に座るのもわたしは好き。
夏目くんは斜めがけのボディーバッグを膝に下ろして、中から紙袋を出した。更に紙袋の中からアルミホイルに包んだおにぎりを三つ出した。
「大きい!」
「テキトーって言ったでしょ。小さいのいくつも作るの面倒だからね」
「うはは」
面白いのと安心とで声を上げて笑ってしまう。ここで、おかずから何まで完璧な弁当箱を広げられたら、彼女の立場ない。
おにぎりの具は全部キュウリの漬け物だった。
しっとりした海苔と、ギュッとしまったご飯と、パリパリの歯ごたえの漬け物がよく合う。
なにより、この晴天の空の下。隣には夏目くん。夏目くんが作ってくれたおにぎり。
こんなにおいしいお昼ご飯には、なかなかありつけるもんじゃない。
口にいっぱい頬張った。飲み下すお茶は、わたしがお礼にと買った五〇〇ミリペットボトル。
「おいしいねえ」
「作ってよかった」
「どうして作ってくれたの?」
「なんとなく気が向いたから。朝にご飯炊いたときについでにね」
「夏目くん、朝ご飯作るの!?」
「うちの親、休みなんもしないよ。米炊くところからセルフ。いつもはめんどくさいから食パン焼くけど、今朝何もなくてさー」
わたしの親もお金に厳しくて大概だけど、夏目くんの両親もなかなかくせ者みたい。
いつか、夏目くんが風邪を引いた日に会った夏目くんのお母さんを思い出した。
「ごちそうさま。今度はわたしが作るね」
「いいよ。今日は気が向いただけだし」
「わたしも気が向いたときに作るから。好きなものある?」
『初めて相手にお弁当を作る』は夏目くんに譲ってしまったけれど、『おかずも入れて一式きちんと作る』はまだ残っている。
夏目くんの好物をたくさん入れて作るんだ。
夏目くんは即答した。
「大根」
「だいこん?」
わたしは、何となく、何となく、視線を自分の膝下に向けてしまった。
今日の服装は初めてのデートで夏目くんに買ってもらったショートパンツで、わたしの足が膝頭から露わになっていた。
足を食べたいと言われているような気がしてしまい、自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。
「なんかヤダ。すごいヤダ」
わたしの言葉に夏目くんは首をかしげた。
そのあと、しつこく「なんで? どうして?」と聞かれ続けたけど、答えられるわけがなかった。
◇◇◇
そして、わたしはいま、そんな出来事を思い出しながら、お昼ご飯を食べている。
今日は春休み初日だけど夏目くんとは別行動。
携帯電話のSIMカードを取り返すために、わたしはアルバイトを探している。
短期で手っ取り早く稼げる都合の良いアルバイトはなかなか見つからなくて、小休止。
公園のベンチで一人おにぎりを食べている。おにぎりは今朝自分で握ってきた。
考えてみれば、休みのたびのお昼代も節約しようと思えばできるんだよね。
家で用意してきたほうが安上がり。
夏目くんもそういうのをケチくさいと嫌がらないみたいだし。
アルバイトを見つけて、携帯代も返して、また二人で出かけられるようになったら、お弁当を作ろう。
大根は入れないけど。
「夏目くんのおにぎりの方がおいしいなあ」
わたしは、つけ合わせの沢庵をパリンとかじった。
ひとまず<おわり>




