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ナツメナツミ  作者: かに
21/25

早起きは二回のキス

 わたしは夏目くんと一緒に駅まで歩きながら、昨夜携帯電話で連絡を取れなくなった理由を話した。ついでに春休みに補習を受けることも話した。

 朝は補習、午後はバイト。なんて暗黒の春休みなんだろう。


 いや、ちょっと待てよ。

 クリスマス前だったら、全然OKだったはず。

 家でごろごろヒマをしているなら、その時間をお金に換える。

 クリスマスにバイトをした理由が、まさにそれだった気がする。


 でもいまは、わたしの隣には夏目くんがいる。

 夏目くんに会いたいのに会えないから暗黒の春休み。

 裏を返せば、暗黒の春休みは幸せの証しなのかもしれない。


 いやいや、むりやり前向きに考えてみても会えないのは会えないわけで。

 やっぱりイヤなもんはイヤだ。

 しかも、こんな、わたしが全面的に悪くていたたまれない。


 夏目くんは不機嫌そうな様子もなく。それも不安をかきたてられる。

 会わなくても平気なのかなあとか。


 あろうことか

「ちょうどよかった。俺も春休み補習受けるつもりだったから」

「なんで!? 頭いいのに?」

「勉強しなきゃついていけないのは同じだよ」

 そうは言っても『ついていけない』のレベルは違うんだろうな。

 そういえば、前に夏目くんの部屋に入ったときに、机の上に参考書が広げっぱなしになっていたっけ。

 普段から勉強してるんだ。

 そりゃ、わたしも勉強しなきゃダメだな。


 駅に着いた。

 改札口の電光掲示板を見上げ「今日は一本早い電車に乗れそうだね」と夏目くんが言った。

「うん」

 わたしは朝食を途中で止めて家を出たから、今日はいつもより早い時間になった。


 西高と夏目くんの家の最寄り駅に向かう電車に乗った。

 夏目くんは中間の駅で乗り換える。つかの間のわたしと夏目くんが会える時間。

「バイトは決めたの?」

「これから探す。ホントすぐにでも見つけたい。電話使えないもん」

 わたしは通学カバンから一九七〇年一月一日〇時〇分を示す携帯電話を出した。

 それを見て夏目くんが吹きだした。

「ナツミちゃんのお母さん、すごいね」

「携帯電話に妙に詳しくてムカつく」

 携帯電話ごと取り上げられてアドレス帳が無くなるのはもっと困るけど。


「そっかー。春休みはあんまり会えないかもしれないんだね」

 ええ、もう。ガッカリです。

 夏目くんの表情を盗み見たけど、表情の違いはわからなくて、いつも通りのステキなお顔だった。

 やっぱり見惚れてしまうなあ。


 電車内アナウンスが、夏目くんが降りる駅名を告げた。

「今日は一本早い電車だよね」

「そうだね」

「だから……」

 夏目くんに腕をとられ、グンと引っ張られた。そのままわたしも夏目くんと一緒に電車を降りた。


 わたしたち以外の電車を降りた人たちは早々に改札に向かい、電車を待っていた人たちは電車に乗り込んで、ホームに人はいなくなった。

 線路を挟んだ向かい側のホームには人がチラホラ見える。でもすぐに夏目くんが線路に背を向けてわたしの前に立ったので、向かい側のホームは見えなくなった。


 夏目くんは、わたしを見つめていた。

 わたしの腕を掴んでいた夏目くんの手が離れ、わたしの手を握った。

 こ、こりゃあ、もしかして、もしかすると……


 ゴクリ。

 思わず音を立てて生唾を飲み込んでしまった。

「くっ……」

 夏目くんは吹き出した。

「ナツミちゃんって空気読むけど、ぶち壊すよね」


 確かにいまはそうだったけど、いつもは夏目くんが……

 と言い返そうとしたが唇がふさがれて言えなかった。

 初めてのときのような一瞬かすめるだけではなくて、唇に柔らかい感触があって、唇が重なり合っているのを感じた。


 ほんの二,三秒だったかもしれない。

 でも、ちゃんとしたキスだった。



「家の電話番号教えてね。携帯通じないんでしょ」

「わたしから掛けるし」

「えー、俺が電話したいときに困るじゃん」

「誰が電話に出るかわからないよ」

「そうだね」

 そういうの、気にしない人なのかな?

 わたしはノートの端を破いて家の電話番号を走り書きしたものを渡した。


 乗り換えのホームに行こうとする夏目くんを引き留めた。

「さっき、なんで……」

 夏目くんは周囲をサッと見回してから少し屈んだ。

 今度はさっきよりも短いキスだった。


「理由はナツミちゃんが考えて。春休みの終わりに答え合わせするからね」

 爽やかな笑顔で手を振って駆けてゆく夏目くんを見送った。


 答え合わせってなに?

 勉強だけでも手一杯なのに課題を増やすな!

 ていうか、こんなところで二回もキスして、わたしを一人置いていくな!


 恥ずかしくて、他人に見られていないか周囲を見回すこともできない。

 頬が熱い。きっと顔は真っ赤だと思う。

 わたしは下を向いたまま電車がくるのを待った。




ひとまず<おわり>

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