未知との遭遇
遅かれ早かれこういうことになるかもしれないと覚悟はしていた。同じ高校であれば早くて即日、遅くとも一週間以内に。
私が東高のイケメン夏目君と付き合い始めて二ヶ月半。はい、私は今、西高の近くのファミレスで東高の女生徒に囲まれて座ってまーす。何たるお約束な展開。
私を取り囲むように座る女子高生は五人。五対一なのだから、どういう位置で座っても私は囲まれるわけだ。
五人は西高の校門の近くで私を待っていた。私の名前と高校は知っていても顔は知らないみたいで、手当たり次第に「川島菜摘さんですか?」と聞き回っていたらしい。私で十七人目だったそうだ。勘弁して欲しい。きっと明日には「振られて逆上して蹴りを入れた」の噂話に「イケメンを巡って修羅場」が付け足されているはずだ。
私は平凡なごく普通の女子高生だったはずなのに男を巡って喧嘩だとか、まるで荒くれ者じゃないか。
私を取り囲む五人はお互いを突き、ごにょごにょ囁き合っている。「誰がきくの?」「行こうって言ったのサワじゃん」
詰め寄られて吊し上げられると覚悟していたのに。なかなか切り込んでこない。
ようやく「え~っと」口火を切ったのは「サワ」。この取り囲みの言い出しっぺらしい。小さな顔に大きな瞳。口角は上がっていて髪はふわふわで顎のラインの長さ。
「野口佐和です。川島菜摘さんですよね」
「はい」
「斎藤君の彼女ときいたんですけど」
「ええ、まあ」
どよめく五人。ほら~! やっぱりー! とか囁き合っている。
「西高……ですよね」
「ええ、まあ」
何言ってんだ。西高の前で私を待ってたのに。何を言いたいのかは想像つくけど。
「川島さんからですか?」
「なにがです?」
目的語が抜けてるので質問返しだ。何を聞きたいのかは想像つくけど。
「つきあうって」
「私じゃないですよ」
五人は顔を見合わせた。私には聞こえる『そんなバカな』という声が。
「なんでですか?」
「それはですね」
明確な回答はある。
『足フェチだからです。私の足に惚れたそうですよ』
しかし寸前で言うのを止めた。言っちゃってもいいのかわからない。
私は黙った。
沈黙に耐えられなくなったようで質問が続く。
「おうちがお金持ちとか?」
「違います」
金に目がくらんだというのか。
「親が決めた許嫁とか?」
「違います」
因縁めいたものはあったけれど、親の干渉はないわ。
「西高だし……」
「ええ、西高ですね」
悪くもないけど良くもない平々凡々な西高です。てか、さっきも西高って確認してましたね。
「顔……」
「じゃないですね」
自分で言ってやるわ。
私は側らにおいた通学鞄から携帯電話を取り出した。
「本人に聞いてみますか?」
「電話番号……」
「知ってますよ」
私は着信履歴の一番目、夏目君の名前を選択して発信ボタンを押した。
この失礼な女子高生の皆さんの後始末は、原因の方に何とかして頂かないと。
電話で回答でもよかったんだけど、夏目君はちょうど帰宅したところで、この状況を説明すると「すぐに行く」と返答がきた。
「二十分くらいで着くそうです」
五人一斉に「えー!?」と叫んだ。口々に「わざわざ来てもらうのも」とか「悪いよね」なんて言っている。「か、帰ろうか」とも。
「『勝手に解散するな』と言ってました」
さっきとは違う沈黙がのしかかった。
ただボーッと待つのも間が持たないので東高での夏目君の様子でもきいてみましょうか。
「斎藤君は東高ではどんな感じなんですか?女の子に人気あったりします?」
あるだろうねえ。人気があるから彼女の私を囲む会ができちゃっているわけだし。
五人の女子高生は顔を見合わせた。
「モテてる……よね。カッコイイし」
「話しかけたら普通に答えてくれるもんね」
「普通に優しいよね。高いところの本とか取ってくれるし」
やたら普通普通と連呼されるのは、『イケメンなのに』という前置きが省略されてのことだ。私を評する『普通』とは意味が違う。イケメン補正またの名を『ただしイケメンに限る』で多少横暴であっても許されるだろうに、夏目君の人柄は普通に真っ当なようだ。
顔がよくて、頭がよくて、人当たりもよくて、ご親切にも高いところの本を取ってあげるなんて、どこのラブストーリーのプロローグだっつーの、コノヤロー。そりゃモテるわ、モテねえわけねえわ。私の心の呟きはやさぐれた。聞くんじゃなかった。
「わたし、バレンタインデーにチョコ置いた」
佐和の隣に座っていた子が手をあげた。
「私も置いた」
「置いた置いた!」
「なんだみんな置いてんじゃーん」
なんだなんだ。ずい分人気者だなー、夏目君は。嫉妬心メラメラで後頭部がキリキリ痛むのを堪えながら、私は自己申告する女子高生の皆さんに尋ねた。
「『置いた』って、『渡した』でなく?」
「だってねー、14日午後いなくなっちゃったから」
「そうそう、それでわかったんだよね」
「斎藤君がいないから机の上にチョコ置いたら、近くの男子に『彼女いるよ』って」
夏目君に私がいることを知っている男子と言えば「もしかして上田……君?」
「そう! 上田!」頷く女子高生。
う・え・だ~~!!
あいつが情報源か! 初詣に一度会ったきりの相手を憎々しく思い出した。
……でも、上田君が口を滑らせたから夏目君に彼女がいるという情報が流れたわけで、もしもそれがなかったら、夏目君は未だにフリーと思われていたのかな。
私がいるのにな。
そう思うと、やるせない気持ちになった。
電話をかけてから15分後に夏目君が現れた。少し息が切れているのは急いで来たからだろう。着替える間もなく家を出たようでコートの下は東高の制服だった。六人掛けのソファに座った私たちは揃って夏目君を見上げた。ここに夏目君が座るスペースは無い。
「なんで付き合っているのか知りたいそうです」
私は真っ直ぐ夏目君を見て言った。
「足に惚れたから。この人いい足してるでしょ」
夏目君は即答だった。
五人の女子高生の皆さんの視線が私に集中した。正確に言うとテーブルに隠れた私の足の辺りに。
「俺、足フェチなんだよね。ナツミちゃんの足が超好きなの」
女子高生の皆さんの表情は固まっている。この反応。皆さん夏目君の嗜好を知らなかったわけね? 引いてる、引かれてるよ、夏目君。ところが夏目君は意に介さず
「最初に俺のツボにハマったのはふくらはぎから足首のラインで、太ももはまだそんなに見たことないから、この前チラッと見えたときは超ラッキーだったなあ。この前って14日サボった日ね。あ、そういえばショートパンツの時にたっぷり見たっけ。形もいいんだけどやっぱり生足の肌の色は最高だよね。まだ撫で回したことはないけど、膝まくらの感触からいって……」
この人は一体何を言い出すの!? 端正な顔立ちと、変態的な言葉のチグハグさがハンパ無い。
それ以上語らせてたまるか! 私は席を立って夏目君に近寄り腕を掴んで屈ませ、手で口を塞いだ。
振り返って女子高生の皆さんの様子を伺うと、私を見る目に哀れみの色が。もしかして私『かわいそうな人認定』されてる?
ただ足だけを目当てにされている気の毒な人……と。それは否定できませんが。
私は財布の中からドリンクバー代を出してテーブルの上に置いた。
「というわけなんで、帰ってもいいでしょうか」
ただ頷く皆さん。はい、さようなら。
私はまだまだ言い足りなさそうな夏目君を引きずってファミレスを出た。
私は駅に向かってずんずん歩く。その後を夏目君が追いかけてくる。
駅に着く手前で私は立ち止まった。夏目君も立ち止まる。
「あんなこと言っちゃっていいの!?」
「ごめん。ナツミちゃんの足の生々しい話をしちゃった」
ええ、生足の肌色とか言いましたね。でも、それはどうでもよくて
「違うよ、私に謝るんでなくて! 足フェチばれちゃったじゃん」
「隠してないし」
「でもみんな知らなかったみたいだよ。引いてたもん!」
「それがどうしたの?」
「どうしたのって……」
「知ったこっちゃないんだけど」
「だって、格好良くて普通に話して普通に優しい夏目君のイメージが……」
「みんなに同じ態度をとっていただけだよ。無愛想だったりすると却って興味を引いちゃうからね。誰にでも優しく、誰とでも話すよ、平等に」
さりげなく酷いこといいましたね。かなりの上から目線でいけすかない野郎ですね。でも、みんな平等で特別はない、それは夏目君なりの恋愛トラブルを避ける防衛策なのかもしれない。女生徒の皆さんの人気者にはなっても、個人的に絡まれることはないように。
「ドン引きされようがどうでもいいよ。
俺は東高の誰の前で格好つける必要があるの?」
私は息をのんだ。
「俺が好きなのはナツミちゃんだよ」
期待通りの台詞に私の胸は撃ちぬかれたのだった。
ひとまず<おわり>
誤字訂正と若干改稿しました。




