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ナツメナツミ  作者: かに
14/25

押しかけ見舞い

「送ってくれなくていいから、まっすぐ帰ること。万が一、田辺と一緒になったら車両を変えること、気づかれないようにね!」

 ついさっき撃退した田辺君のことまで気を回してくれてありがとう。でも熱でうつろな目で言われても私は聞く耳持ちませんから、夏目君。

 私が改札を通るまで夏目君は私から目を離さなかった。私は一旦改札を通り、夏目君が背を向けて歩き出したのを確認すると、駅員のいる改札を通り定期券の入札記録を消してもらって駅を出た。

 夏目君は千鳥足でふらふらと歩いている。その後を追いかけた。

 まったく、そんな足取りでよく外に出たよね。その理由――ほんの少し前の出来事――を思い出して私は胸が締めつけられるような気持ちになった。夏目君、私はとっても嬉しかったんだよ。


 夏目君が家に入ったのを見届けたら帰ろう。

 駅を出てから西高と反対の方向に十分くらい歩いた。夏目君の家までは曲がり角も少なく、これなら私も一人で迷わず帰れそう。

 家は一戸建てで、夏目君は扉の前で上着のポケットに手を入れて鍵を出した。

 ホントに一人だったんだ。お母さん働いてるって言ってたもんね。一人で大丈夫かな。

 私がハラハラ見守っていると、夏目君がくるりと振り向いてバッチリ目が合った。夏目君がうつろな目のまま口だけニタニタして「バレバレですよ」と笑った。

「す、すみません」思わず謝ってしまった。

 夏目君は扉を開けても家には入らずこちらを向いたまま。

「どうぞ」

「……どうも」

 促されて玄関に足を踏み入れた。


 夏目君は玄関の上がり框に手をついて大きく息を吐いた。靴を脱いでヨロヨロあがる。

 あ! 転びそう! と思って私は手を伸ばしたけど、夏目君は壁に手をついて自力で体勢を立て直した。

 上着を脱いでマフラーも取り、一緒にハンガーにかけた。全部の動作が緩慢でだるそう。

「寒……、寝る」

 玄関をあがってすぐの階段を上り始める。私も慌てて後をついていこうとしたけど、とどまった。

「夏目君、喉渇いてない? なんか買ってこようか?」

 確か途中に自販機があったはず。

「いい」

 夏目君は階段を下りてきて私の目の前を通りキッチンに入った。冷蔵庫の開閉の音がして五〇〇mlのペットボトルを持ってきた。そして再び階段へ。私も後に続く。


 夏目君は階段を上りきって一番近くの扉を開けた。ここが夏目君の部屋なんだ。私はぐるりと見渡した。

 フローリングの床の上にラグマット。その上に小さなテーブル。勉強机とベッドと本棚。微妙に雑然としている。机の上で開きっぱなしのノートの横には参考書。小さなテーブルの上にマグカップ。夏目君の生活の息づかいがあった。

「その辺、適当に座って」

「う、うん」

 夏目君はペットボトルに口をつけて三分の一ほど飲んだあと、ベッドに潜りこんだ。

 私はベッドの近くに座って夏目君を見た。夏目君は私を見て目を閉じた。

 あ、寝ちゃう。

 風邪引いてるのだから寝なきゃと思う反面、寂しさも感じてしまって、自己中心的な自分がいやになる。

 私はラグマットの上で膝を突き、ベッドの端に両肘をのせて頬杖をついた。

 夏目君は熱のせいで頬が赤く、呼吸が浅くて荒い。私は吸い寄せられるように顔を近づけた。

 あともう少しで唇が重なる、その寸前で私の口を夏目君の手が塞いだ。


「!!!!」私は我に返った。

 いま自分がしようとしたことと、それを拒否られたことで頭に血が上った。

「『風邪がうつっちゃう』……とか?」

 そんな歌詞の歌があったよね、定番の科白。でも夏目君は目を閉じたまま首を横に振った。

 私は自分の顔が耳まで赤くなるのを感じた。恥ずかしい。バカみたい。病人にこんなことして、しかもイヤがられて。

 頭冷やそ。

 立ち上がろうとしたら、手首を掴まれた。掴む夏目君の手がひどく熱かった。

「朦朧としてる間にやられたくない」

 夏目君の手に力が入って、手首が締めつけられる。

「最初くらいカッコつけさせてよ」

「イヤだからじゃないの?」

「格好良く決まるタイミングを狙い続けて早二ヶ月」

 なんだそれ。出会った翌日に交際申し込んだ人が言うことか。

「私、待ってていいの?」

「待ってて。ジレて襲わないでネ」

 私は夏目君に掴まれていない左手で夏目君の頬をペチンと軽く打った。

 その手から夏目君の頬の熱さが伝わってくる。


 夏目君が私の手首を解放してくれたので、私は座り直した。ベッドに頬杖をついて夏目君の顔をのぞき込む。

「あんまり近づくと風邪がうつるよ」

「土日で治すもん」

「そしたら会えないじゃん。俺らの土日は超貴重よ?」

 気だるそうに喋りつつも調子の良い口調が戻ってきて私は安心した。

「そろそろ、帰ろうかな」

「送れなくてごめんね」

「ここで夏目君に送ってもらったら私が後をつけてきた意味ないじゃん」

「あ、ストーカーの自覚はありましたか」

「もう帰る!」

 口では帰る帰るといいながら、ベッドの側で座り込む私のお尻は重かった。


 夏目君は風邪で本調子ではなく、私も夏目君の家で緊張をしていて、玄関が開いた音に気づかなかった。

 誰かが家に入ってきたことに気づいたのは、ドスドスドスと音を鳴らしながら階段を上ってきたときで、帰宅者――夏目君のお母さん、に気づいたのは夏目君のお母さんの怒鳴り声が聞こえたからだった。

「夏目! あんた学校サボって女の子連れ込んで何してんの!?」

 勢いよく部屋の扉が開き、夏目君のお母さんが仁王立ちをしていた。

 私は飛び上がらんばかりに驚いた。


「何もしてません」ふてくされた声で答える夏目君。

「は、はじめましてっ。川島菜摘です」

 私は初対面の挨拶をしつつ、心の中で「何もしてくれません」と呟いた。




ひとまず<おわり>

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