オマケ:ケリ姫とチョコ山の王子
いつも以上にショートショートな話です。
ケリ姫編は菜摘の一人称、チョコ山の王子編は三人称で書いています。
<ケリ姫編>
私の名前は川島菜摘。イケメンで頭が良いが、足フェチという変わった趣向を持った彼氏がいる。
彼氏は特徴的だけど私自身は普通で平凡で成績もスポーツもこれといって目立たず、かといって悪すぎることもなく、可もなく不可もない高校生活だった。二月十四日の放課後になるまでは。
二月十四日の放課後に彼氏――夏目君に校門で待ち伏せされ、私は夏目君の耳を引っ張って怒鳴るような告白をし、スカートの中よりも足を愛しているという夏目君を蹴飛ばした。その一部始終を野次馬に見られた。会話はたぶん……聞かれていなかったと思う。
翌十五日、私は一躍有名人というか、名物扱いされていた。誰も彼もが私をケリ姫と呼んだ。
ケリ姫とは『ケリ姫クエスト』というスマフォの人気ゲームで「姫さまを操作して兵士たちを蹴り飛ばし、モンスターを撃退していくアクションRPG」の姫さまのことである。
地味な私もついに姫と呼ばれるようになったか。ケリがついても姫は姫。きっと身近に格好良い人(夏目君)がいたから地味な私も少しは……
何とか好意的に解釈しようとしたのを、気の置けない友達が木っ端微塵に打ち砕く。
「王子様みたいに格好良い人を蹴り飛ばしたからよ」
そうですか。王子様あっての姫なんですね。わかってましたけど。
事実は「蹴り飛ばした」ってほどではなかったのだが、夏目君が大げさに引っ繰り返ってくれたおかげで噂は尾ひれをつけて校内を駆け巡った。
かくして私はケリ姫というありがたくない称号を頂いた。
私は地味な女子高生。決して、朝っぱらから「ケリ姫おはよう」などと挨拶されるような、ひょうきん者ではなかったはずだ。
私の地味で平和な高校生活が音を立てて崩れていく。恋ってすごいね。人生変えちゃうね。こんな変わり方とは思わなかったけど。
クリスマスに現れたサンタクロースは王子様で、バレンタインデーに私を姫にしてくれた。
そうやってロマンチックな物語風にオチをつけようと必死な私を嘲笑うかのように、足フェチ王子は私をコメディの世界に いざなってくれたのだった。
願わくば、もう少しラブを増量していただきたい。
<チョコ山の王子編>
二月十五日に夏目が東高に登校すると、廊下で担任教師に呼び止められた。
「斎藤、授業が始まるまでに机の上なんとかしとけよ」
「はい」
とりあえず従順に返事をしたが何の事やら。しかし教室に入って自分の机を見て理解した。これはダメだろう。
夏目の机の上は山のようにチョコレートが積み上げられ、不用意に触ろうものなら雪崩を起こしそうな状態になっていた。たとえるならば夏目の机上は将棋盤上でチョコレートは将棋ゴマ、将棋崩しのゲーム開始状態だ。迂闊に席にも座れない。イスを引いた振動で山が崩れる。
聞いてもいないのに上田が昨日の状況説明を始めた。
「お前が午後サボって学校からいなくなるからだ。
しばらくは女どもも牽制し合っていたけど、勇気ある1人目が机の上にチョコ置いた途端に我も我もであの通りよ。ほら、祭り会場とかで、誰かが空き缶一個捨てたらみんな捨てだしてゴミ捨て場になっちまうという、アレだよ」
夏目は無神経なたとえをした上田をたしなめつつ、どこからか手提げ袋を探してきてチョコレートの山を袋に移した。
手伝いもせずに夏目がチョコレートを片づける様子を眺めていた上田が「そんなに嬉しいのかよ」とからかった。
夏目は首をかしげる。
「スゲー笑顔で不気味。昨日まで背負ってた悲壮感はどうした?」
夏目は自分が今どんな顔をしているか見えなくてもわかる気がした。
たやすく自分を地獄に突き落とし、あっさりと天国へいざなった あの子は今頃どうしているだろう。
まさか自分のせいでケリ姫と呼ばれているなど夏目は知るよしもない。
ひとまず<おわり>




