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ナツメナツミ  作者: かに
11/25

バレンタインデーからはじめよう

 夏目君はカッコいい。10人の女子に尋ねたらきっと10人とも、そう答えると思う。

 顔の造作もさることながら、180cm弱の身長は女の子と並んで歩いて見栄えのいい高さで上背と足の長さがバランス良く、どんな服でも着こなせるスタイル。

 服も髪型も凝ったことは何もしていないし、人工的な香りがするわけでもなく、ただ清潔にしているだけで夏目君は眩しいくらいカッコいい。天性の格好良さだ。

 だから、私も夏目君に誘われて断れず、ノリで付き合い始めてしまった。

 そしていま、私はそのことを後悔していた。


 夏目君と付き合い始めてから1ヶ月ちょっと。出会ったときには赤と緑のクリスマスカラーだった街並みは、赤やピンクのバレンタインカラーに変わっていた。

 ノリで交際を始めると終わるのもあっけないかも、という不安はもう無い。

 夏目君は驚くほど誠実だった。

 クリスマスの夜こそ、自分の容姿に自信満々(でも決して自信過剰ではない)な口ぶりだったけれど、一緒に出かけるようになってからは自分の容姿を鼻に掛けることは一切なかった。

 夏目君にとって抜群の容姿は、例えば「英語が得意」や「料理が得意」のように自分の特徴としてしか捉えていないようだ。

 むしろ格好良さに気づかぬ鈍感さで周囲を振り回すいわゆる天然さんよりも、自分をわきまえていて立ち回りが上手い。


 そして格好良さは外見だけでなく、内面からも滲み出るものだと、夏目君を見て知った。

 夏目君に会うたび、夏目君を知るたびに、私はノリで付き合ったことを後悔する。

好意が相手に届くか判らない不安さ、届いたときの嬉しさと充足感、そういう段階を吹っ飛ばしてしまった。まるで棚ぼたのような恋。

 ちゃんと好きになって想いを告げて付き合いたかったな。



 土曜日。夏目君と一緒に歩く冬の道。出会ったときから季節はまだ変わらない。

 私と夏目君は歩調を合わせて道を歩く。私が足を止めたのは、かつてクリスマスにアルバイトをした洋菓子店の前だった。

 店頭のディスプレイはバレンタインデー仕様。店外からでも見えるように置かれた、バレンタインデー用に作られた手のひらサイズのチョコレートのオブジェ。人気アニメのキャラクターや、クマや犬といった動物の造形には、『予約済』の札が貼られている。


「残念だねえ、ほとんど売り切れだよ」

 夏目君が言った。私がチョコレートのオブジェを欲しがっていると思ったようだ。

 私が無言でいると、更に言葉を続けた。

「俺、甘いもの全部OKだから」

 私は更に無言。バレンタインデーってどんな日だっけ。わかりきっていることを思い返していた。

 夏目君が不安そうに「ナツミちゃん、きいてる?」返事を催促した。

 私はやっと話しかけられていることに気づいた。

「ごめん。全然きいてなかった」

「いいです、大した事じゃないから」

 大した事じゃなくてよかった。

 このとき私は夏目君の言葉を額面通りに受け取って「大した事じゃない」と思っていたが、夏目君にとっては大した事だったと後ほど知ることになる。


 私の目は洋菓子店の店頭に釘付けのまま。

「バレンタインデーって女の子が好きな男の子に告白する日だよね」

「一般的にはね。

 義理チョコとか友チョコとかもあるけど」

 私は夏目君に告白をしていない。好きになる前に「付き合って下さい」と言われてしまったから。

 それから改めて言うこともなくて今日まできてしまった。これはチャンスだ。

 ちゃんと言おう。好きだと言おう。

 イベントの力を借りるのはズルかもしれないけど、私の背中を押してくれているのだと都合良く解釈する。


「今年は好きな人にチョコレートをあげるんだ」

 思わず口からこぼれた決意表明。『今年は』も何も本命チョコをあげるなんて生まれて初めてだ。クリスマスのバイトをするまでは『クリスマスやバレンタインデーとは全く縁のない女子高生』だったのだから。

 後になって思い返してみると、このとき私は浮かれていた。

 だから隣にいる夏目君の顔が青ざめているのにも、「ちょっ……それどういう意味……?」消えちゃいそうな声で問われているのにも全く気づいていなかった。


「明日は、花ちゃんたちとお出かけするね」

「わかってる。俺も上田らと会うし」

 上田というのは、初詣で会った『夏目君偽名疑惑』という爆弾を落としてくれた夏目君の友達だ。

 私は花ちゃんたちと会ったときに、みんなどんなチョコレートを用意するのか聞いてみようと考えていた。



 それから一週間半。夏目君に会っていない。

 毎日ではないけど一週間に何度かは(毎日来ると私が怒るから)駅で待ち伏せされていたのに、それもない。

 電話をかけると受け答えはどこか上の空で。

 夏目君の様子がおかしい。どうしたのだろう。


 二月十三日。いくら何でも明日は会いたい。でも夏目君の携帯に電話をかけたら歯切れが悪かった。

 会いたいと言っても「明日、補習があるし」と答える始末。

 二月十四日の放課後に補習をする東高は鬼か。空気読まなすぎだろう。

 見えすいた嘘だとは思うけど、トップレベルの進学校の方針は私の理解の範疇を超えているので、本当に補習なのかもしれない。

「じゃあ、待ってる」

 ここで躊躇無く『待ってる』と言えちゃうのは彼女特権だと気づいて言い換える。

「待っててもいい?」

 明日告白するまでは私は片想いだということにする。

 電話での沈黙は表情が見えない分、不安も倍増だ。

「わかった」夏目君が答えた。声色で渋々仕方なく返事をしたのだと伝わった。

 明日、バレンタインデーだよね?この重苦しい空気は一体何!?


 翌日のバレンタインデー。

 西高は朝から夕までチョコレート一色。学校内では主に女生徒同士の友チョコ交換で盛り上がっていた。

 私もあの洋菓子店で売っていたラッピングも可愛いクマ型のチョコレートを花ちゃんとみっちゃとともちゃんに渡した。

 本来の目的、女の子から男の子への告白は下駄箱の中や、人目につかないところで繰り広げられているっぽい。

 みんな頑張れ。私も頑張るよ。

 ちゃんと告白をしようと決めたときには、ある意味答えのわかっている出来レースのようで(彼氏彼女の関係なので)、余裕もあった。

 しかしそれからの一週間半の夏目君の態度を考えると、答えがわかっているなんて自惚れも甚だしいと思い直した。

 夏目君は誠実だ。しかし誠実と心変わりは関係無い。

 私の決戦は放課後。


 教師まで浮き足立っていた西高の一日が終わる。

 表向きは教師とのチョコレートのやりとりはダメと言われているが、しっかり教師も巻き込んで義理チョコ友チョコ本命チョコが飛び交っていたようだ。

 私は通学鞄の中のチョコレートを確認する。

 隣の列の男子生徒が話しかけてきた。

「川島さんは、あげるアテなんてあんの?」

「あるよ」

 サッサと会話を切り上げて、一人で教室を出た。いつも一緒に帰る花ちゃんたちには既に事情を伝えてある。


 待ち合わせ場所は決めてなかった。見えすいた夏目君の嘘でも東高は補習ということになっているので、補習が終わり次第連絡をもらう約束だったから。

 たぶん、私が東高まで行くことになるだろう。

 グズグズと校内に居残っていたら引きずり出してやる。いやいや、こんな強気な考えも『彼女特権』に他ならない。

 私は東高の校門で夏目君を待つんだ。いつまでも。

 私が東高で待つはずだったのに。



 西高の校門に近づくにつれて、ざわめきが聞こえてきた。遠巻きに人だかりもできている。

 ジャマだなあ、通りづらいなあ、私は人を掻き分けて校門を出た。

「ナツミちゃん」

 遠巻きな人だかりの中心から話かけられた。夏目君だった。

 私の周囲からサーッと人がひいていって遠巻きが大きくなった。

「ちょっ……と、なに、してんの? がっ……こうは?」

 驚きのあまり言葉がぶつ切りになる。

 西高は、ついさっき学校が終わったんだよ。西高より始業時間が遅い東高は終業時間も遅いんじゃないの?

「午後の授業サボった」

 サボるなよ!


 メチャクチャ他人の注目を浴びていると気づくくらいの冷静さは残っていた私。

 夏目君のコートの袖をグイグイ引っ張って校門から離れた。

 まるで校門が結界のように、野次馬が校門を出て近づいてくることはなかった。


 ここで告白?こんな野次馬が見守る中で?

 いいじゃない。やってやろうじゃないの一世一代の大告白。さあ聞いてちょうだい夏目君。

 私がこんな意気込んでいるというのに、夏目君ときたら目を閉じて両耳を手でふさいでいる。

 ちょっと!どういうつもり!?

「夏目君きいて。お願いだから」

 耳をふさいだまま首を横に振る。とりあえず聞こえているようだ。

「好きだよ」

 答えがない。

「好きだよ、夏目君」

 やっぱり答えはない。三度目の正直。

「好きです」

 言い方を変えても無駄だった。聞こえてないの?聞く気がないの?

 私は夏目君の右耳をふさぐ手をおろして背伸びして耳を引っ張った。

「好きだっつってんの!!」

 ああもう、何でこういう言い方になっちゃうの。

 夏目君が左耳を抑えていた手を下ろした。

 私はその手首を掴んでチョコレートを手渡した。

 夏目君はチョコレートを見て私を見る。深く息を吐いた。そして尻もちをついた。


「どうしたの?」

「……腰抜けた。……安心して気が抜けた」

 声までも脱力していた。

「ナツミちゃんが好きな人にチョコあげるって言ってたから、俺はてっきり……」

 そんな悲しい勘違いを最後まで言わせてなるものか。

「私は夏目君が好きなの!」

 さっきまで固まっていた夏目君の表情がくしゃくしゃに崩れた。


 夏目君は尻もちをついたまま私を見上げた。

「これは、いい眺めだ」

「きゃあ!」

 私は実に女の子らしい叫び声をあげてスカートの裾を抑えた。

「大丈夫、パンツは見てないから。

 俺が愛して止まないのはその、おみあし……」

 お前は足か、やっぱり足なのか!?

 私は軽く、ほんのかる~く、夏目君を蹴飛ばした。

 当たるか当たらないか程度のケリだったのに、夏目君は大げさに引っ繰り返って笑った。


 翌朝、私はケリ姫というありがたくない通り名がつき(スマフォの人気ゲームの主人公の名前だ)、

 夏目君の机の上はチョコレートの山で将棋崩しのようになっていたという。




ひとまず<おわり>

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