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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
第八幕 正しさと、幸福と
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8-12 死闘 その2

 驚愕と恐れ。それ以外に、今の再牙の心境を正しく定義する言葉はなかった。奇襲が失敗し、同様の攻撃をしても未然に防がれてしまう。そんな不吉な予感が、彼の表情を硬いものにさせていた。


「何も、そんなに驚くことないでしょう?」


 不敵な笑みを浮かべつつ、バジュラは静かに、その灰色に濁った長髪を掻き上げて言った。


「ジェネレーターの能力は五つの観点から細分化され、価値化される。破壊強度、効果範囲、発動時間、応用性、そして螺旋進化……私の場合、螺旋進化は最高値のA級判定を受けている。私の能力が、あの頃から更なる進化を遂げていても、不思議じゃない」


 言い終えると同時、バジュラの周辺に再び異相空間の孔が一つ二つと現出した。


「アヴァロ。確か貴方の螺旋進化判定は、最低のE級判定。土壇場で能力が進化する可能性は極めてゼロに近い。つまりこの勝負……更なる高みに上り詰めた、私の勝利ということッ!」


 バジュラが腰を落とす。足元の地面が衝撃で陥没し、信じられない速度で再牙目掛けて突進を敢行した。てっきり異相空間の攻撃が来るものと思っていた再牙の予想は外れ、動揺が筋肉に伝わり、ほんの少しだけ回避動作が遅れた。それを逃さぬバジュラではなかった。再牙の懐近くまで急速に接近。鋭く呼気を吐き出し、右の腕を鞭のように振るった。


 再牙は咄嗟に両腕を十字に重ね合わせ、辛うじてこれを凌いだ。だが、バジュラが纏う運動量の力はあまりにも凄まじかった。衝撃の残渣が腰と脚部に伝わり、膝が笑う。


 またもや生じた隙を今度こそは逃さないとばかりに、槍を突き出すかのようにして、バジュラが神速の蹴りを見舞った。直撃であった。再牙の顔面に激しい痛みが広がった。額が割れて血が噴き出す。慌てて視界を確認するが、既にバジュラの姿は眼前から消えていた。


「(まさか――)」


 ぞっと悍ましいものを肌で感じた。再牙は背後を振り向くことなく、反射的に屈み込んだ。瞬間、髪の毛先を爆裂するかのような摩擦熱が襲う。バジュラの正拳突きだ。能力で肉体を強化しているとはいえ、直撃を受けたら背骨に深刻なダメージを被っていただろう。ギリギリのところで、再牙の命は明日へ繋がった。


()――ッ!」


 獣の如き咆哮と共に、再牙は屈んだ姿勢のまま両手を素早く地面につけ、倒立ぎみの姿勢から左足を蹴り上げた。バジュラの姿は目で確認できてはいないが、すぐそこにいるのは分かった。極限まで鋭敏化された再牙の皮膚が、空気の流れと大気の温度を介して標的の位置を完璧に掴んでいた。


 バジュラは再牙の一撃を避けきれなかった。彼女の鳩尾に、再牙の左足先が深くめり込む。口から、血の泡が噴き出した。肋骨の何本かがイカれた。だが、バジュラは昏倒することなく、逆にその瞳から禍々しい光が漏れた。


 明確な殺意の波動。判断は一瞬のうちだった。俊敏に地面を蹴り、再牙が鳥のように宙を飛んだ。僅かに前後して、地面が波立って歪みを生じさせた。そこから大小さまざまの異相空間が次々に現出し、爆速で上方へ伸長した。もはやその様は、全てを破壊して薙ぎ散らしていく破壊光線さながらであった。再牙は、なんとかこれを上体を反らすことで躱した。


 運動量の効果があるとはいえ、近接戦闘は再牙に一日の長がある。攻撃手段を変えたバジュラの判断は賢明と言えた。


 間を置かずして異相空間が芒と輝き、虹色の破壊光線が幾条にも放たれた。軌道上にある壁が、柱が、ごり、という異物音と共に跡形もなく消失していく。圧倒的だった。生半可な力で応じてはならぬ、魔の力であった。


 触れれば死が待ち受ける光線の嵐の中、再牙は全ての筋肉を総動員して回避に徹した。全ての感覚を白刃が如く研ぎ澄まし、壁を蹴り、宙を舞い、柱から柱へと飛び移る。足場が削られ行く前に別の足場へと跳躍する姿は、さながら飛翔であった。


 異相空間は地面のみならず、宙空にも、更には再牙の頭上にも展開して光線を放った。だがそれすらも、彼は軽やかに避けてみせた。頭上から、足許から、左右から、前後から。ほぼ全方位三百六十度より絶えず襲い来る虹色の死光線をほとんど紙一重のところで躱し続ける。入神の域と呼ぶに相応しい体捌き。


 再牙の弛まぬ回避作戦が実を結んだのか。ふっと、全ての異相空間がぼやけ、立ち消えた。見ると、先ほどまで余裕の笑みを見せていたバジュラの額に大粒の汗が滲み、その表情に苦悶の色が浮かんでいる。さしもの彼女もこれだけ多くの異相空間を長時間保持し続けるのには、心気を大きく消耗する。限界が来たのだ。


 再牙の双眸に青白い火花が散った。自身と相手との正確な距離を目測で瞬時に導き出し、絶対の好機を逃さんとする気迫が感じられた。もう二度と巡ってこないかもしれないラッキーチャンスを、死に物狂いで奪いにかかる。


 再牙は空中で身を翻すと壁に両足をつけ、とんでもない脚力で蹴った。体内の赤血球。その酸素含有量を引き上げ、骨密度を上げ、血流速度を向上させ、鋼の肉体をより強靭とす。再牙は今、確かに一つの砲弾となり、打ち破るべき障壁を目指して急速で突撃した。


 しかし――そこで、バジュラが咆哮した。己の限界を乗り越えんとする叫びだった。


 バジュラが右手の平を突き出した。するとあろうことか、その少し前方に異相空間が一つ揺らめいて現れた。


「私の……覚悟を舐めるな……ッ!」


 まるで夜叉である。その麗しき灰色の髪からも、均整のとれた体躯からも、恨み節を語る吐息からもどす黒い風圧が発せられていた。鬼気迫る魔女の精神力が、能力の限界を超えた瞬間であった。


 再牙は止まらない。このまま直進すればまず間違いなく異相空間に呑まれるというのに。されども、その瞳には驚きの色はありさえすれども死を覚悟した者の表情ではなかった。恐るべき反撃を受けてもなお、勝利を勝ち取る自信は一片も揺らぎはしなかった。


「死ねッ! アヴァロッ!」


 処刑の号令と同時、異相空間が虹色の光を放つ。極大の死光線が再牙目掛けて超速で発射された。今になって減速するこは許されない。避けることはどう考えても不可能のように思えた。


 いや、違う。再牙にはもとより、光線を避ける気など更々無かった。逆の行動に出ようとしていた。即ち、受け止めようとしたのだ。


 ギリギリまで死光線が迫ったところで、再牙は空中で素早くコートを脱ぎ去り、闘牛士のようにそれを構えた。黄色いコート。オルガンチノ。いつも一緒にいてくれた火門涼子の形見。それこそが再牙の命を懸けた戦法。確証は無かったが、僅かな可能性に全てを賭けた。


「なにッ!?」


 バジュラが信じられないといった顔になる。あらゆる物体を分解する異相空間の破壊光線を、オルガンチノが散らしていた(・・・・・・)。サンダーの火花が防火布で散らされるようにして、オルガンチノの生地が虹色に輝く光線を遮断し、完全に無力化している。


 オルガンチノは、そのポケットが異相空間と繋がっている。言い換えれば、異相空間の影響に呑まれず空間の形状を保ち、一か所に留めようとする力が働いている事になる。つまり、エントロピー増大の効果を打ち消す能力があることになる。


 検証したことはない。失敗する可能性は十分にあった。だが、やる価値は十分にあった。重要なのは、最悪の手札を捨てて最良の手札を揃えることだった。オルガンチノの特性に勝負の流れを賭けた再牙の勝利だった。逆転の刃が、静かに振り上げられた瞬間であった。


 大きく目を見開き、あり得ない事態に焦るバジュラの眼前を轟と風圧が襲った。ひとたまりもない衝撃と共に床が完全に陥没した。一個の砲弾と化した再牙の足が地面を踏み抜いたのだ。


 バランスを失って、更に地下へと落下するバジュラ。完全に宙へ投げ出されている。周囲は暗黒で、空気は冷え、更なる地の獄へ落ちていく。掴める物もなく、放り棄てられた人形のような状態の彼女の左脇腹を、鋭い何かが貫いた。熱い衝撃。血が噴き出す。


 たまらず声を上げるが、それすらも暗闇に消えていく。攻撃の主は再牙であった。脇腹を抉った衝撃の正体は彼の貫手であった。再牙は攻撃の手を緩めることなく、壁から壁へ飛翔しながらバジュラの全身に乱打を浴びせ続けた。圧倒的であった。骨が何か所か折れたが、それでもバジュラは気を失わない。絶対にこの殺し合いを制するのだという矜持が、気絶することを、敗北を許さなかった。


 そうして一通り拳を喰らわせ続けたのち、再牙はバジュラが地面に激突する前に、空中で彼女の右足を掴んだ。其のまま遠投の要領で壁に投げつける。全力でなく、やや力を抜いた投撃である。


 衝撃が大気を揺らした。闇の中に舞う黒い粉塵。ここまでくると月の光もごく僅かしか差し込まない。バジュラが起き上がる気配は無い。ただ不気味な静寂のみが場を支配していた。


「……何が起こった……」


 再牙がバジュラを投げ飛ばした先を見つめ、呟いた。傍から見れば、明らかに再牙の方が優勢に戦闘を進めている。しかし、彼の顔からは血の気が失せていた。寒気立っているようにも見える。


 不意に、鼻先を異臭がついた。


 血の匂いだ。再牙の血だ。


 いったいこれはどういう事か。肘から下を眺めて、苦い顔になる。


 潰れた右腕。オルガンチノの裾を伝い、鮮血が滴っていた。

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