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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
第二幕 邂逅、依頼、行動
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2-1 不殺の万屋・火門再牙

『良い子にしているんだぞ』


 それが、少女が最後に聞いた父の言葉だった。父は柔和な笑みを浮かべると、その大きな掌で少女の頭を包み込むように優しく撫でた。


 心が落ち着く。何時までもこうしていて欲しい。いつまでも甘えていたい。そんな少女の切実な願いとは裏腹に、父は家を出て行った。


 母と、娘と、そして二人が暮らすには大きすぎる家だけが後に残された。少女の髪の毛に残された温もりは、あっという間に冷たくなった。


 ――お父さん、いつ帰ってくるの?


 母は答えない。


 ――お父さん、どこに行っちゃったの?


 母は答えない。


 ――会いたいよ。お父さんに、会いたいよ。


『もう、会えないわ』


 母は答えた。それは感情の欠片もない、冷たい響きだった。


 ――どうして?お母さん、どうして?


『嫌なの?』


 ――嫌って、なにが?


『お父さんに会えない事が』


 ――嫌に決まってる。


『嘘よ』


 ――嘘じゃない。


『お母さん、嘘をつく子は嫌いよ』


 ――嘘じゃないッ!


『さあて、どうかしら』


 ――お母さん、どうしてそんないじわるするの?


『だってあなた』


 夢幻の世界で、母はゆっくりと振り返った。


『お父さんのお葬式の時に、泣かなかったじゃない』


 底意地の悪い目付きで、ニタニタと嗤う母。


 いや、母ではない。


 嗤っているのは、少女自身だ。





△▼△▼△▼△▼





 悪夢から飛び起きた琴美の眼にまず飛び込んできたのは、紺碧の瞳を湛えた少女の顔だった。


「ぎょえっ!?」


 突然、目の前に見知らぬ人物の顔が飛び込んできたものだから、琴美は驚きから頓狂な声を上げ、態勢を崩し、頭からフローリングの床に勢い良く転げ落ちてしまった。赤く腫れたおでこを擦りながら顔を上げた時、彼女はそこで初めて、自分がついさっきまでソファーに寝かされていた事に気がついた。


「大丈夫ですか?」


 琴美の顔を覗きこんでいた少女は、台詞の中身とは裏腹にひどく冷たい鉄のような声色で囁くように問いかけると、床に座り込んだまま茫然としている琴美に手を差し出してきた。少女の五指は細くしなやかで、陶磁器のような光沢があった。


 琴美はしかしながら、目の前に差しだされた少女の手ではなく、その美麗な体つきに視線が釘付けになっていた。


 感情の見えない澄んだ紺碧色の双眸と、ショートボブにカットされた金髪が、雪の様に白い肌に良く映えている。少女の華奢なボディラインを包み込むのは、胸元が大きくはだけた純白のボディスーツだ。


 視線を少女の下半身に移して、琴美は更に息を吞んだ。際どいデルタラインによって股間部が強調されているためか、適度に肉のついた大腿部が色っぽく見える。腰元には花柄の金刺繍があつらえられた黒い帯広のベルトをきつく巻いていて、ボディスーツに良く似合っていた。


 黒いベルトには二丁の自動拳銃の納められたホルダーがぶら提げられていた。きっと護身用だろう。琴美は電車の中で見かけた人々が、同様の武装をしていたことを思い出した。


 少女の格好は実にいかれていた。まともな服装にはとても見えない。だが、その非日常性を思わせる服装であるが故か、少女の均整のとれたプロポーションは妖しい雰囲気を放射していた。


 しかしながら、更に琴美を驚かせる意匠が少女の肉体に施されていた。


 二対の『腕』。少女の肩甲骨付近から生えているその機械式腕部は、上腕、及び前腕部に相当する部分がゴムチューブのように細長かった、先端部には、白い装甲で象られた巨大な電子制御式機械拳が取り付けられている。拳のサイズは、少女の顔よりやや大きめに造られていた。華奢な体格にそぐわぬパーツである事は、言うまでも無い。


「……カ○リキー?」


 昔、父親にねだって買って貰ったゲームソフトの登場キャラクターを目の前にいる少女の姿に被せ、琴美は無意識のうちに呟いていた。されど、言われた当の本人は言葉の意味する所が理解出来なかったようで、無表情のままで小首を傾げた。


 少女の反応を見て、琴美は『しまった』と内心焦りだした。初対面の相手を前にして、自分がとんでもない事を口走った事に今更ながらに気が付いた。


「すみません! 私ったら、凄く失礼な事を……」


「いえ、お気になさらず」


 眉一つ動かす事無く、ボディスーツ少女は言った。その可愛らしい小顔は能面のように無表情。猫の様に丸い瞳からは、感情の一切が読み取れない。


 もしや、さっきの不用意な発言のせいで機嫌を損ねてしまったのだろうか。心配になるも、言われた本人は表情一つ変えやしなかった。不審に思いつつ、琴美は恐る恐る少女の手をとって立ち上がった。思わず寒気を覚えてしまうくらいに、冷たい手だった。


「今お茶を御用意いたしますので、どうぞソファーにお座りになって下さい」


 そう言い残すと、謎めいた美少女はいそいそと台所へ向かった。琴美は言われるがままに、黒革製のソファーに腰掛けた。背もたれに体を預けると、それまで身体に蓄積されていた疲れが、どっと湧き出るのを意識した。


 どこかのアパートの一室だろうか。視線の先には、脚の短いガラス張りの簡易テーブルが置かれている。その奥には、琴美が座っているのと同じ黒革のソファーがある。丁度、二対のソファーにテーブルが挟まれる格好になっていた。

 

 それらを取り囲むようにして、部屋には様々な家具家電が配置されていた。小型の簡易ベッド。クローゼット。壁面スクリーン。蔵書が詰め込まれた本棚。冷蔵庫。電子レンジ。ゴミ箱。洒落っ気の欠片も無い小さな事務机。時代遅れなデスクトップのパソコン。細かな部品(パーツ)が幾つも散らばっている作業台。その傍らに置かれた姿見。


 十五畳程のリビングに、これらの日用品がぎっしりと収められていた。


「あれ」


 姿見に映る自身の格好を見て、琴美は目を丸くした。この街に来た時と、着ている服が全く異なっていたからだ。


 鏡の中に映る琴美は、ピンクのキャミソールの上から白い長袖のカーディガンを羽織っていた。下には水玉模様のホットパンツを履いており、黒と赤のストライプ模様の二―ソックスも身につけている。


「な、何この服。私、なんでこんな服を……」


 訳が分からない。鏡の中の琴美は、ただただ、困惑の表情を浮かべるばかり。そこで不意に、スリッパの足音がした。先ほどの少女が、湯呑茶碗をお盆に載せて運んで来た。「粗茶になりますが」と、慣れた動作でテーブルの上に湯呑を置く。


「どうかされましたか?」


 琴美の様子がおかしいことを訝しんだのか、少女は感情の読み取れない紺碧色の瞳で彼女の顔を見据えると、冷たい声色でそう口にした。


「あの、私の服は?」


「取り換えさせていただきました。あのままでは、風邪を引くかと思いまして」


「風邪?」


「ここに運ばれた時、全身びしょ濡れだったんですよ」


 覚えていらっしゃらないのですかと言いたげに、少女の瞳はじっと琴美を捉えて離さない。そこで彼女は(ようや)く、自分がこの街に来て早々どういう目に遭ったのかを思い出した。


「そうだ! あたし、確か変なおじさんに誘拐されかけて、抵抗したんだけど気絶しちゃったんだっけ……あ、それに確か、傷もあったはず……」


 しかしながら、太腿に痛みは感じない。軽く擦ってみるが、高電磁ナイフで付けられたはずの火傷は、跡形もなく治癒していた。


「どうやら、思い出したようですね。傷の具合も良さそうで、何よりです」


「も、もしかして、貴方が助けて下さったんですか?」


「私ではありません」


「へ?」


 予想外の返事に、自分でも驚くほどの間抜けな声が漏れた。


「それに、『助けた』というのも正確に言えば違います。あなた様が路地裏で倒れていたところを、偶然その場に居合わせたこの部屋の主が発見し、介抱したのです」


「部屋の主って、貴方じゃないんですか」


「私ではありません。火門再牙(かもんさいが)という男です。私は唯の同居人で、エリーチカ・チカチーロと申します。挨拶が遅れまして、申し訳ございません」


 機械的に頭を下げ、エリーチカと名乗る少女は非礼を詫びた。見た目の年頃十二、三歳程度の女の子にしては、大層に大人びた雰囲気を醸し出している。


「私、獅子原琴美って言います」


 そう口にして立ち上がり、「初めまして」と頭を下げる琴美。されど、エリーチカは無表情のままで、特にこれといった反応を寄こしてはこなかった。


 だが何を思ったか。「失礼します」と一言だけ告げると、彼女は琴美の隣に静かに腰を下ろしてきた。肩から生えた機械の腕に頭をぶつけそうになり、琴美は慌てて距離を開けた。


「テレビを点けても宜しいでしょうか」


「あ、ああ。どうぞ」


「では」


 自分の部屋なんだから、わざわざ許可を取る必要もないだろうに。どうやらエリーチカと名乗るこの少女は、感情を露わにしない独特の態度とは裏腹に、客人として招いた琴美に対して、相当な遠慮をしている様だった。


 エリーチカは素早くリモコンを手に取ると、電源スイッチを押した。白塗りの壁に嵌めこまれた壁面スクリーンが、公園の芝生でじゃれあう数匹の子猫達を映し出す。なんともほっこりした可愛らしい映像だが、一体何を意図して制作された番組なのかは分からない。


「何の番組ですか、これ」


「『今日のニャンコ』ですよ。たった十五分間の番組ですが、とっても癒されるんです。見ていると、幸せな気分になれます」


「(とてもそんな態度には見えないけど……)」


 眉一つ動かさず無感動な表情で食い入る様に画面を凝視し続けるエリーチカ。しばらく見入っていたが、思い出したようにリモコンを再度手に取ると、別のスイッチを押した。途端に、二次元で映し出されていた映像が三次元に展開され、エリーチカと琴美の眼前に迫ってきた。


「わわっ!」


 立体映像(ホログラフィック)の洗礼を受け、琴美は驚きからひっくり返りそうになる。が、あくまで実体化したのではなく、それっぽく見えているだけだと分かると、直ぐに落ち着きを取り戻した。試しに触れてみようと手を伸ばしかけた所で、エリーチカがやや大きめの声で言う。


「画面に被さらないでください。ネコちゃん達の顔が見えなくなるので」


「あ……ご、ごめんなさい」


 横目でエリーチカをちらりと盗みつつ、琴美は気まずさに耐えきれなかったのか、湯呑に口をつけて場の雰囲気から逃れようと試みた。胃袋がじんわりと暖かくなるのを感じ、ほぅ、とため息をつく。


 琴美に構う事無く、エリーチカは子猫達の立体映像(ホログラフィック)から、決して視線を逸らそうとしなかった。姿勢正しく、両膝の上に手を重ねて置き、じーっと、子猫達の戯れを眺めている。


 彼女の肩から生えている白い腕が、どうしても琴美は気になった。しかし、今それを問い質しても無視されそうな予感がしたので、取り敢えず黙る事にする。


「(この人、一体何なんだろう)」


 エリーチカの話す言葉は、独特の韻律を刻んでいた。普通の人間が話す言葉と比べて、どこか異質に聞こえるのだ。言葉に温かみを感じなかった。多分、普通の人間じゃないんだろうなと、琴美は思った。第一、肩から腕が生えている時点で、大分人間離れしているではないか。


 その時ふと、琴美は自分が浅はかな知識の下で、この状況を判断しかけている事に気が付いた。ここは何が起こるか分からない渾沌の神域・幻幽都市だ。肩から腕を生やした人間がいても、おかしくはないだろう。そういうものの考え方があっても、別に不自然なことではないのかもしれない。


 しかし仮にそうだとしても、エリーチカの言動は、人間にしてはどこかおかしいと思わざるを得ない。何故ここまで感情を表に出さないのか見当もつかない。いや、感情を出さないと言うよりは、『感情そのものが欠落している』かのようにも思える。喜怒哀楽は勿論、悪意といった負の感情すらも。


 まるで、動く人形のようだ。


 もしかして、何らかの精神病の類に罹っているせいで、感情を思うように出せないのだろうかとも思ったが、初対面の相手にそんな個人的な事を質問できる程、琴美はずうずうしい性格ではない。


 普通、年頃の女二人が顔を突き合わせれば、自ずと会話も弾むだろうに、この二人に関して、それは当てはまらないと言って良かった。


 エリーチカは決して、戯れる猫の映像からから視線を逸らそうとしない。まずそんな気配すら見せない。片や琴美と言えば、特にこれといった感想も持たずに立体映像(ホログラフィック)をぼーっと眺め、時々、思い出したように湯呑に口をつける。


 そうこうしているうちに、あっという間に時間は過ぎていく。エリーチカにとっての至福の時は終わった。立体映像(ホログラフィック)が途切れ、続いてサイボーグ手術のCMが流れる。「ああ、終わっちゃいました」と、エリーチカがリモコンを手に、壁面スクリーンの電源を消した時だ。


 唐突に、玄関のチャイムが鳴った。


「どうやら、帰って来たようですね」


 スリッパをパタパタ鳴らして、まるで仕事帰りの夫を迎える新妻のように、エリーチカはリビングを抜けて台所を通り過ぎ、玄関へ向かった。電子ロックを開錠してドアを開ける。隙間からのっそりと、黄色いコートを着た長身の疵面男が顔を見せた。


 このアパートの一室――109号屋の主・火門再牙。巷では、スカー・フェイスという通り名で知られている、人相の悪い男。


「聞いてくれよ、チカチ」


 実にやぶからぼうな口調で。再牙は何事かを口走った。帰り道の途中で人間の死体にでも遭遇したのか。道中何者かに絡まれでもしたのだろうか。機嫌悪そうに顔をしかめている。顔に刻まれた刀創のせいで只でさえ悪い人相に、益々の凶悪さが立ち込められていた。


 エリーチカは再牙の話に耳を傾けなかった。それどころか、逆に彼の発言を訂正しにかかる。もう何百何千と繰り返してきた台詞を、部屋の主に向かって吐いた。


「再牙、私の製造愛称(メーカー・ネーム)はエリーチカ・チカチーロだって、何時も言ってますよね?」


「耳にたこが出来るぐらい聞いたぞ、その科白。とにかく俺の話を聞いてくれってば」


 乱暴に靴を脱ぎ散らかし、スリッパに履き替える事無く廊下を歩く。その後ろをついて歩くエリーチカ。マネキンのような無感動な表情を崩すことなく、問い質す。


「そんなに疲れた顔をして、一体どうしたというのですか?」


「三田健吾の友人だよ。あの野郎、人肉嗜好者(カニバリスト)だったんだ。伊原の腕を差し出したら目の前でバリバリ喰いやがってさ……恨みを晴らすついでに、ヤク漬けの人肉を、一度で良いから食ってみたかったんだよ」


「蓼食う虫も好き好き、というやつですね」


「人肉なんて、闇市場を隈なく探せば見つかるだろうによぉ。喰いたきゃ自分で探せってんだ。クソ、あんな様を見せつけられたら食欲失せちまうよ」


「……その割には、しっかり買ってきてるじゃないですか」


 エリーチカの視線が、再牙の右手に吊り下げられている白いビニール袋に映る。何を買って来たのか、彼女はあえて聞かなかった。十年も同じ部屋で毎日暮らしていれば、互いの趣味趣向など、自ずと把握出来るからだ。


「こいつは別腹なんだよ。俺にとっての精神安定剤。今風に言うなら、自分へのご褒美って奴かな」


「人間は、いくらそれが好物だとしても、毎日同じ食事を摂っていると自然に飽きる生き物だと思っていましたが、再牙、あなたには関係の無い話のようですね」


「そりゃあ俺の場合、普通の人間と比べたら、生まれも生い立ちも特殊だからな……おや。君、起きてたのか」


 部屋に足を踏み入れた再牙と、ソファーに座る琴美の視線が交差した。男の顔を見て、一瞬、その小さな身体を強張らせる琴美だったが、直ぐに立ち上がってお辞儀をした。


「お邪魔しています」


「そのままくつろいでいて構わないぞ。こっちが勝手に介抱したんだから。そんなことより大丈夫かい?」


「ええ、この通り。火傷まで治療して頂いたみたいで、どうも有難うございました」


「礼には及ばないさ。困った時はお互い様って言うだろ?」


 当然の事をやったまでだと言わんばかりの態度を取る再牙。手早く両腕からガントレットを、腰からホルスターを外して作業台に置く。続けて、クローゼットのハンガーにオレンジ色のコートを引っ掛けると、手に持った消臭スプレーを丹念に拭きかけていく。


 黒い長袖シャツ一枚の姿になると、その肢体の逞しさがより強調された。再牙は琴美の対面に位置するソファーに腰を落ちつかせた。エリーチカに「お茶」とだけ告げると、疲れからなのか、大きく溜息をついた。


「足の怪我、痕が残らなくて何よりだ。それにしても災難だったな。あの男、一度キレたら平気で女も傷つけるって、この界隈じゃ有名だったから」


「あの男って、誰の事ですか?」


 再牙の顔に刻まれた疵痕に只ならぬ気配を感じ取りながらも、察しの悪い琴美は問い返す。


「君を攫おうとした男に決まってるだろうが。名前は伊原誠一。長い事、この練馬区で麻薬の売人をやっていた札付きのワルさ。蒼天機関(ガルディアン)の取締が厳しくなってから秋葉原へ姿を消していたんだが、ここ最近、古巣に戻っていやがったんだ」


「随分とお詳しいんですね」


「一応、こう見えても『万屋』をやっているからな。手前味噌になるが、練馬区界隈の事に関しちゃ、これでも結構詳しい方なんだよ」


「万屋、ですか」


 聞き慣れない単語を耳にして、琴美の反応が鈍る。その様子を見て、再牙は「ああ」と、納得のいく声を出した。


「君、もしかして《外界》の人か。だったら知らなくても当然だ」


「すみません。何も知らなくて」


「謝るなよ。自分が特別悪い事もしていないのにいちいち謝るのは、悪い癖だぞ」


「す、すみません――あ」


「ほら、またぁ」


 再牙はまっ白な歯を覗かせると、ケラケラ笑った。醜い疵痕が目立つにも関わらず、彼の笑顔は何故かとても魅力的なものに、琴美の瞳に映った。


「(なんだか、不思議な人だな)」


「一応俺の仕事について説明しておくよ。万屋って言うのはだな、金さえ払ってくれたら、犬の散歩から人殺しまで何でもやってのける、所謂『何でも屋』って奴さ。幻幽都市じゃ、れっきとした職業として認知されている。あ、でもウチの場合、殺しはご法度なんだけどな」


「なんでも、ですか?」


「金さえキチンと払ってくれれば。且つ人殺し以外ならね」


「…………それでしたら一つ、お願いがあるんですけど」


 ソファーから立ち上がり、琴美は真剣な目つきで頼み込んだ。切羽詰まった様子だった。表情からは、先ほどまで見せていた気弱な雰囲気は消えている。


「助けて頂いたついでに、こんな事をお願いするのはずうずうしいと分かっています。でも私、あなたのような方を探しに、この都市にやってきたんです」


「ほう」


「私の依頼、受けて頂けますか?」


「そいつは内容によるな」


「えぇ、そんなぁ……」


 薄い眉毛をハの字にして、一転して泣きそうな表情を浮かべた。そこへ丁度、エリーチカが湯呑を運んでリビングへ戻ってきた。先程の二人の会話をキッチンで耳にしていたのだろう。エリーチカは、その何を考えているのか分からない冷たい双眸で、同居人の意地悪をぴしゃりと窘めた。


「再牙。年頃の女の子を泣かせて良いのはプロポーズの時だけだと、涼子先生が何時も仰っていたのを忘れたんですか?」


「おいおい、ムキになるなよ。冗談に決まっているだろ? お嬢さん、その選択は大正解だ。ウチは殺し以外の案件なら何でも引き受けるから安心しな」


「あ、有難うございます!」


「そういや、自己紹介がまだだったな」


 おもむろにソファーから立ち上がると、疵面の男は、浅黒い無骨で大きな手を少女に向かって差し出し、身の上を明らかにした。


「俺の名前は再牙。火門再牙だ。『火』の『門』に『再』びの『牙』で、火門再牙」


「私、獅子原琴美です。動物の『獅子』に、原っぱの『原』で、獅子原です」


「はぁ、獅子原ね。結構変わった苗字だな」


「良く言われます」


「それで、依頼っていうのは?」


 再牙は再びソファーに腰を下ろし、対面に座る様に促した。少女は言われるがままソファーに体を預けると前かがみになり、単刀直入に切り出した。


「亡くなった父がこの街で何をしようとしていたのか、それを明らかにして欲しいんです」

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