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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
第六幕 幻幽都市壊滅計画、始動
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6-15 血風推参 その1

 はるか後方で凄まじい地鳴りが轟き、村雨了一は思わず振り返った。遠くで、通い慣れたショッピングモールが粉塵の柱を上げて崩落していくのが見えた。


「七鞍……!?」


 彼女の正確な位置は、依然として特定出来ていない。それなのに何故か、村雨には確信めいた予感があった。土煙を天に舞い上がらせて崩れ行くショッピングモール。妙な胸騒ぎがあった。


「あ……あァ……そんナ……ル、ルビー……お前まデ……」


 巨体に似つかわしくない愕然とした様子のキリキックが、視線を宙に預け、うわごとを呟く。眼球に張り付いたARCL(アークル)の疑似視界情報は無情に満ちて、同胞の死を告げていた。そうしているうちに、キリキックの黒い双眸に、圧倒的な憤怒の感情が怒涛の勢いで押し寄せてきた。


「……あの小娘だナ?」


 苦しげに呻くようにして、キリキックが叫んだ。ギリギリと奥歯を噛み締めれば、その髪の毛一つない頭に、次々と青筋が浮かび上がった。


「貴様と一緒にいたあの連れガ……ルビーヲ……!」


 怒り、哀切、後悔。あらゆる感情が混合され、ついに爆発した。キリキックは飢えた野犬のように吠えると大地を駆け、村雨との間合いを一気に詰めてきた。右腕のチェーンソー型機械製義手《ジェイソンGV》の回転速度が急速に上昇。殺意のプレッシャーが込められた一撃が、横薙ぎに振るわれた。


 村雨は、超硬性セラミック・ブレードの柄を掴む手に力を入れ直し、キリキックの獰猛な一撃を辛くも受け止めた。激しい金属音が鳴り響き、火花が舞い散り、接戦を繰り広げる両者の足元に落ちていく。


 キリキックは泣いていた。泣いて、怒り猛っていた。大切な存在を喪ったことにより生じた甚大な精神的疲弊が、彼の肉体をバラバラに砕こうとしている。いや事実、何もせずにただじっとしていれば、本当に砕けるだろうと、彼自身そう思っていた。戦闘は、彼なりのストレス発散法だった。心と体の均衡を保つための野蛮な儀式。死んだ仲間たちへ捧げる、血なまぐさい鎮魂歌(レクイエム)


 それを象徴するかのごとく、キリキックの攻撃が纏う乱暴さと激しさが、加速度的に上昇していった。接近戦では、ほんの少しの気の緩みこそが命取りになる。村雨もキリキックも、首の皮一枚スレスレの戦いを繰り広げていた。


 あらゆる入射角から襲い来るチェーンソーの刃を受け止め、いなして払う。そうしているうちに、村雨に絶好のチャンスが微笑んだ。キリキックが繰り出してきた一撃を、ブレードの背で巧く払いのけた拍子に、キリキックの胴体ががら空きとなったのだ。


 一時の迷いも無かった。

 考えるよりも先に、身体が反応していた。

 セラミック・ブレードの柄に力を込め、鋭く腰を捻りながら逆袈裟に斬撃を放つ。


 が――


「蚊ほども感じねぇんだよォッ!」


 渾身の一撃を完全に喰らったというのに。上半身には一切の防具を装着してないというのに。岩鉱を一刀の下に断ち割る超硬性セラミック・ブレードの澄んだ刃は、キリキックの肌に浅く食い込んだ(・・・・・・・)だけで終わった。傷らしい傷をつけることは、できなかった。


「オラァッ!」


 怒号と共に、キリキックの左腕に移植されたギロチン型機械製義手《キングクラブ》が、村雨の喉元目掛けて鋼の牙を剥いて突進してきた。分厚い金属板の内側に付けられた二枚の鋭い刃が、月の光を浴びて輝く。


 震慄が走るも、村雨はすんでのところで上体を逸らして躱し、地面に片手を付いて、後方へ軽やかにバク転を決める。両者の間に、幾分かの間合いが生じた。


「(野郎め、いくらなんでも頑丈過ぎるだろうがッ!)」


 キリキックの浅黒い皮膚の下に隠された人工筋肉の防御性能に、思わず村雨は舌を巻いた。


 都市において一般的な人工筋肉――衝散性筋繊維(スラッシュ・マッスル)は、高い運動神経アシスト機能のみならず、衝撃吸収と拡散性能を実現している。早い話が、機能性高分子が素材に使われている。これを移植しておけば、よほど打ち所が悪くない限り、五階建てのビルから落ちてもほぼ無傷で済む。


 だが、キリキックの体内に詰められている衝散性筋繊維(スラッシュ・マッスル)は、一般的な専門病院で移植されるそれとは異なり、前述した効果に加えて高い防刃性を有していた。軽く、扱い易く、高威力がモットーの超硬性セラミック・ブレードを以てしても、この、鋼のごとき筋繊維を断ち切るのは至難の技だ。


「(なら……)」


 セラミック・ブレードを背中の鞘に納め、両腰のホルスターに手を突っ込む村雨。素早く拳銃を一丁ずつ引き抜き、静かに深呼吸を繰り返しながら、大げさな構えをとった。


 両手に吸い付くようにして握られているそれは、自動拳銃とは姿形が似ていても、内部構造がまるで異なっていた。六角形の銃口から発射されるのは、実弾ではない。機構内で何千回も乱反射を繰り返し、エネルギーが高められた光の銃弾。


 即ち、熱光線である。


「小型の中量級メイサー砲……なるほどなァ、手の内を変えてきたって訳カ。だガ……」


 腰を低く落とし、キリキックが怒りの形相のまま、口角を上げた。


「たかが拳銃如きで、俺の怒りを鎮められる訳がねぇだろうがッ!」


 アスファルトの地面が陥没した。軍靴と地面との間に生じた摩擦煙だけを置き去りにして、キリキックが右腕の《ジェイソンGV》を前方へ突き出して突進した。自らを一つの弾丸に模した、破壊的進撃だった。清々しいまでの直線的な攻撃だった。力で一方的に押し切ろうとする、彼独自の殺しの作法。黒めく光るチェーンソーの刀身が青白く放電を繰り返し、歯刃にこびりつた血の汚れを焼き消していく。


 たかが拳銃如き――キリキックは確かにそう口走った。しかしながら数刻の後、彼は自身が放ったその言葉が、まるで見当違いであったことを、身を以て知る事となる。


「死ねや雑魚ガッ!」


 大気が、無残に切り裂かれる。無限回転を続ける無数の刃。チェーンソーの鋭い突きが、迦楼羅に包まれた村雨の土手っ腹目掛けて繰り出された。


 その刹那、キリキックがその身に覚えたのは手応えではなく、撃ち抜かれたという確かな衝撃だった。顎に、強烈な一撃が叩き込まれたのである。衝撃で脳が激しく揺さ振られ、キリキックの視界が激しくブレた。


「かッッ……!」


 何が起こったか、理解する間すら無かった。唯一分かったのは、切り刻まれる筈の村雨の姿が一瞬にして目の前から消え、どういう訳か攻撃を仕掛けた筈の自分が、逆に攻撃を受ける側になっていた。ただ、それだけだった。


 どんなに頑強な肉体を宿していても、人間は脳を揺さぶられてはひとたまりも無いに違いない。自信はあった。だから村雨は仕掛けた。ギリギリまでチェーンソーの一撃を引き付けた所で体を横に開き、右肘でカウンター気味にキリキックの顎をかち上げたのである。


 顎に受けた一発は、相当な威力を誇っていた。膝の力が抜け、キリキックの巨体が揺らいだ。隙をものにせんと、村雨が攻撃を浴びせる。拳ではなく、小型メイサー砲のマズルスパイクを駆使して。短く頑丈な刃の波が、キリキックの顔面に、首元に、胸板に打ち付けられ、肉を削いでいく。銀色の血が飛び散るのを確認しながら、村雨は身を屈ませ、腰を捻り、双腕を繰り出し、しつこい程に打撃を見舞わせ続けた。


 たまらずキリキックが右腕を振り上げる。それを待っていたかのように、二丁拳銃の銃口が光熱を迸らせた。超高温の熱線がキリキックの腕を焼き、痛々しい火傷の痕を残していく。衝散性筋繊維(スラッシュ・マッスル)の焼ける独特の甘い匂いが、場に満ちた。致命傷には程遠いが、ダメージは確実に蓄積されていった。


「こ……ノ……ッ!」


 俄に反撃の色を見せ始めた村雨を睨みつけ、キリキックは大蛇の如く迫る村雨の右腕を切断してやろうと、《ジェイソンGV》よりも禍々しい闘気を放つ、左腕の《キングクラブ》で反撃を試みた。


 しかし、村雨は攻撃の初動を見切っていた。己が感じるタイミングでマズルスパイクを《キングクラブ》の超大な鋏にかち当て、ごく自然な力の流れに任せて、いなした。同時に腰を下げつつ捻り、下顎を狙いに定めて蹴りの一撃。軍靴に包まれた村雨の踵が、深く深く、キリキックの鳩尾へと突き刺さる。痛烈な一撃だった。キリキックの口の中に、血の味が広がった。


 どれほど優勢な戦況下であっても、攻撃は必ず上下に散らせ――超実戦式近接戦闘術・銃拳柔術の鉄則を、村雨は忠実に守っていた。マズルスパイクの棘が少しずつキリキックの肌を破り、衝散性筋繊維(スラッシュ・マッスル)に傷をつけていっても、それは変わらなかった。


 拳を使う際には、強く足を地面に叩きつけて下半身を固定し、威力が十分に伝わる様にした。逆に蹴りを見舞わせる際には、必ずマズルスパイクの一撃で上体を崩し、あるいは引き寄せてから放った。村雨の武闘は、実に基本に忠実な動作だった。


 蒼天機関(ガルディアン)の機関員全てが習得を義務付けられている銃拳柔術の訓練を、ここ一か月の間、村雨はみっちり取り組んでいた。言うまでも無く、スカー・フェイスを打ち倒すためだ。それが、意外な形で役に立っている事に、誰よりも村雨自身が驚いた。


 村雨の一方的な攻撃はまだ続く。殴り、払い、撃ち、蹴る。戦闘術というよりも、どこか舞踏に近い軽やかさがあった。だが、見た目の動きが優美であるのとは対照的な程に、攻撃そのものは決して軽くない。寧ろ重い。小型メイサー砲の熱放射とマズルスパイクの殴打が、容赦なくキリキックの全身へ食らいつく。


 しかしながら、何時までもやられっぱなしのキリキックではなかった。


「邪ッ!」


 荷電粒子に包まれた《ジェイソンGV》の歯刃が、一際強く輝いた。異常な程の光量。荷電粒子の激しい瞬き。目くらましを狙った放電である。危険を察知し、村雨は目を瞑って宙を飛び、素早く後方へ跳んだ。その際に、二丁の小型メイサー砲で威嚇射撃を見舞わせる。が、荷電粒子の散布により形成された即興の電磁バリアにより、銃口から放たれた熱線は散らされた。


 それでも十分だ。自然と、表情に冷静さと真剣味が帯びる。村雨は、深く息を吐いた。両手に小型メイサー砲の確かな重みを感じつつ、ボクシングのファイティングポーズを彷彿とさせる構えを取る。銃拳柔術の基本的な構えの一つである。


 近接戦闘術・銃拳柔術。その要諦は文字通り、銃と拳であり、根底を支えているのは柔術だ。つまり、至近距離における拳銃の有用性を最大限に発揮した戦闘術と言えよう。


 特徴的な構えから繰り出されるその銃技・拳技は、磨けば磨くほど、効率的に人体を破壊する魔の柔術となる。村雨はまだその境地には至っていないが、こうして、両腕を機械製義手に挿げ替えている敵と対等に渡り合えるくらいの技量は身に着けていた。


 対等――なるほど、確かに一見してみればそうだろう。だが実のところを言うと、村雨はこの状況に少しだけ違和感を抱えていた。


「やりやがったなァ……」


 黒い上半身。その至る所から、血が滲み出している。見かけのダメージ量はそれほど大したことはない。それでも、銃拳柔術の間断無き攻撃を受け続けた結果、内部に蓄積されていった痛みが、キリキックの肉体を蝕んでいた。


 だが、その態度から、あの力無き者を蔑むような気配は消えていない。寧ろ、まだまだこれからだと言わんばかりに、闘気を漲らせている。


「(この男、あれだけの猛攻を受けてもなお……立ち向かってくるのか……ッ!)」


 キリキックの首からこれ見よがしにぶら下っている、血に濡れたペンダント。練馬支部の支部長が身に着けていたペンダントだ。村雨の意識は、自然とそこへ引き寄せられた。この街を長年守護し続けていた男の死。受け入れようとすればするほど、村雨は今の状況に不自然さを禁じ得ない。


 支部長は、自分よりも遥かに格上の銃拳柔術習得者だった。その支部長を惨殺したキリキック。そのキリキックと互角に渡り合えている自分――どう考えてもおかしい。確かにここ一ヶ月の間、取り組んできたのは近接戦闘方面の体術ばかりだったが、だからと言って、ここまで優位に状況が運ぶものなのだろうか。


 村雨了一は、生真面目な男だった。七鞍朱美を除いて、誰に対しても謙虚な姿勢を崩さない。それは普通に考えれば、社会的通念を守って生活していく上で、一番大事な要素であろう。だが忘れるな。ここは、異形に支配された街・幻幽都市。時と場合によっては、謙虚さをかなぐり捨て、心の内に沸いた疑念に惑わされる事無く我儘に振舞わなければ、死に至る危険を孕んだ魔界の都市。生来の生真面目さ故なのか、村雨には出来なかった。自分という人間の殻を破り、もう一段階、精神的な高みへ到達しようとする度胸と覚悟が無かった。


 拳銃を握る手に、じんわりと汗が滲む。視線は依然として支部長のペンダントに向けられていたが、それは彼自身の内面にも通じるところがあった。村雨は、自らの内に湧き上がる疑念から、目を背ける事が出来なかった。


「(このキリキックとか言う男……まさか、まだ本気を出していないッ!?)」


 冗談じゃない。今の状況でも、ややこちらが優勢気味なだけだというのに。もし本気にでもなられたりしたら、一体どうすれば良いのだろうか。疑念と不安が、村雨の心の中で渦を巻く。最初は小さな黒点でしかなかったそれは、だが刻一刻と時が移ろっていく中で、急激に大きさを増していった。


 こっちは出来ることはほどんとやり尽したというのに、それなのに、敵がもし、まだ本気を出していないとしたら……その可能性が僅かでもあるというのなら……疑念の渦は、何時の間にか『恐怖』に成り変わった。まだ手の内の全てを見せていない、目の前の敵への恐怖。それを無意識下で自覚するかしないかの、ほんの刹那の瞬間。


(シッ)――!」


 村雨は走った。


――死にたくない。


 恐怖感に煽られ、そんな想いが脳裏に浮かぶ。


 駆けながら、迦楼羅の倍力補正を最大出力。生体を流れる微弱電流を各装甲部が感知し、後背面の装甲に内蔵された高性能CPUが補正を加える。全身の筋肉が強く締め付けられるような『錯覚』と共に、迦楼羅に内蔵された超高分子性人工筋肉が、限界まで駆動を開始。


 背面から曲線を描いて伸びる四対のマフラーから蒸気を上げて、加速、加速、更に加速。残像を残して至近距離まで一気に間合いを詰める。そのまま風を切り、またもやキリキックの顎目掛けて、右手に力強く握りしめた拳銃を振るった。


 だが、同じ手が二度通用する程、甘い相手ではなかった。初動を見切ったキリキックは、上体を逸らしてこれを回避。反動をつけてバク宙を決めつつ、右足を蹴り上げる。

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