6-8 燃えよ双剣~VS.アハル・ダンヒル〜 その2
今や仮想世界において、量子機動戦闘体は欠かす事の出来ない存在として、認知されている。
それを証明しているのが、VRG分野だ。仮想世界における格闘ゲーム、戦争シュミレーションゲーム、果てはロールプレイングゲームに至るまで、量子機動戦闘体は最高のギミックとして、その地位を確立している。
量子機動戦闘体データがインストールされていない対人ゲームなど、肉が入ってない肉まんのようなもの。そう吹聴する輩もいるくらいに。
その造形は、思春期を迎えた少年の心を昂らせるような設計のものが殆どだった。詰まるところ、二足歩行による移動を可能とする、多彩な装備を持つ人型兵器。それが量子機動戦闘体の大まかな特徴である。
だが量子機動戦闘体は、最初からVRG用アプリとして開発されたわけではない。
きっかけとなったのは、今から八年前に全工学開発局が推進した、超現実仮想空間で運用可能な新規軍用アプリの開発計画だった。その時に製作された設計データが数年の時を経て、ゲーム産業に移植されたのである。
電脳部隊における最上級の特殊軍用アプリ開発。それが、量子機動戦闘体のそもそもの始まりだったのだ。今、VRG分野で使用されている量子機動戦闘体に関する基礎データは全て、これら『軍用に開発されたブツ』のお下がりでしかない。
VRG分野における量子機動戦闘体は言わずもがな、遊戯用の調整が為されている。対して、電脳部隊が操るのは、当然の事ながら殺傷機能を備えた軍用だ。それらは一様にして『電量羅漢』と、そう呼称されている。
蒼天機関創設時に《法力》と呼ばれる特殊能力を宿した僧坊達が尽力した縁からか、機関の組織構造及び兵器関連の名称には、仏教に関連するネーミングがされているものが多かった。
本部が保有する十の大隊なんかは、まさにそれだ。各部隊名称が、釈迦十大弟子から取られている。
そして今、司狼と不知火がその身に纏った量子戦闘体も、例に漏れず仏教関連の専門用語――阿羅漢の名を冠していた。
阿羅漢。
御仏に許しを請い、日々の修練を怠らずに続けた結果、解脱寸前の領域にまで届いた仏僧のことを指す言葉である。『阿羅漢型』の銘板が刻まれたこの量子機動戦闘体は、その由来に勝るとも劣らぬ程の性能を宿している。
使いこなすには気が遠くなるほどの訓練テストと適正診断を何十回も繰り返さねばならない。五百名の電脳兵士からなる電脳部隊において、この『阿羅漢型』を扱えるのは、司狼と不知火を含めて、たったの二十人だけだった。
今、そのうちの二機が、広大な砂漠に包まれた仮想空間の大地に、静かに佇立している。
真船司狼が纏った白い鋼鉄の肉体・白羅漢は、全体的に筋骨隆々とした、どちらかというと肉体的雰囲気を醸し出した造形をしていた。白一色を基本調とし、各フレーム部の淵には黒模様が施されている。
首からぶら下げているのは、大極図を彷彿とさせる球体を特殊強化ワイヤーで一繋ぎにした巨大な『数珠玉』である。ぱっと見た感じ、どういった立ち回りを得意としているのかまでは、把握出来ない。
その一方、不知火澪が駆る炎后楼は、実に役割がはっきりとした形状をしていた。全体的に見て、尖りのあるフレーム。真紅の基本色調。脚部、肘部、背面部にそれぞれ取り付けられた、合計十二基の加速ブースター。
全体的に見て、鋭い印象を与えるデザイン。どう見ても、機動力に長けたような感じに思える。
さて、その実力や、如何程のものか――
『手筈通り、私から行きます!』
隣に立つ白羅漢に向けて一方的に念話を飛ばし、合図も待たずに不知火の纏いし炎后楼が、砂塵を置き去りにして宙空へと舞い上がる。
『(なるほど、かなり速いね……)』
照準を当てる機会すら損なわせる、一瞬の加速であった。その証が、炎后楼の背面で燃え盛る豪炎の翼に他ならない。
両脚部と背面部に装備されたブースターから噴射される、莫大な排気熱。それが内包する過剰な熱エネルギーが、炎翼という形で具象化されているのだ。
不知火の思考はクリアだった。適度な高度まで上昇を終えて滞空状態を維持。
『輝炎双剣』
音声入力で武装換装を実行。赤く頑強なフレームに覆われた右と左の腕に、炎渦を散らして一本ずつ大剣が現出した。
炎后楼が電子眼の輝度とブースター出力を引き上げ、そのまま一直線に空を駆ける。狙うは当然、クロガネの頭部である。
『そう簡単に大将首は取らせないよ、多体分裂ッ!』
アハルが叫ぶ。分厚い装甲に覆われた黒騎士の姿がブレた。
『(ほう)』
クロガネの全身から質量を伴う蜃気楼が幾つも発生し、ゆらりと砂上に立ち上がる。その黒い蜃気楼は形を自在に整えていくと、あっという間に形成を完了。
それは、クロガネが己の戦闘データをコピーして造り上げた、精巧な分身体だった。その数は十機。炎后楼の行く手を阻むかのように、移動を開始する。
いや、それは『移動』などという生易しい物ではなかった。蹂躙が付与された高速移動と言うべきか。砂塵をまき散らしながら駆動しつつ、分身体は一か所に留まらない様に各方向へ散らばって行く。
炎后楼を取り囲むように、分身体の群れは事も無げに陣を形成し終えた。標的に狙いを定めると、背中に背負った巨大な機関砲を肩の位置で支えて、トリガーを引いた。唸りを上げて回転する銃口から、幾千、幾万ものデリート・バレットが、疾風迅雷の勢いで射出される。
十対一。形勢は不利と見て妥当か。
だがしかし、炎后楼は、不知火澪は退かない。
退こうとしない。
臆病風に吹かれはしない。
『行け、不知火』
『ウィルコ』
炎后楼が加速を重ねる。デリート・バレットの乱射攻撃が生み出す弾幕の迷路。その中を、まるで針の穴を縫うかの如く、巧みに紅い軌跡を描いて、空中を変則的に高速移動。命を絶たんと肉薄するデリート・バレットの攻撃を、すんでのところで回避し続ける。
爆発するかのように吹き荒れる銃弾の中を掻い潜っていると、やがて、獲物の一体が炎后楼の眼前へ迫ってきた。不知火は落ち着いて立ち位置を確認した。逸る気持ちなど微塵も無い。すれ違いざまに素早く大剣を振るい、それを発動。
『紅蓮一閃』
目にも止まらぬ斬撃であった。分身体の頭部目掛けて炎剣が鮮やかに描くは真紅の円弧。一閃を斬り放った刹那、分身体を中心にして超大な爆炎が周囲へ吹き荒れる。
不知火は、その爆炎すらも利用した。背中にかかる爆圧に上手く機体を乗せて、再加速、再浮上。広大な砂漠地帯を照らす太陽光を背に受けて、急直下を決める。
仮想の重力を味方につけた炎后楼の連鎖攻撃は、留まるところを知らない。赤々と熱を纏う双剣を華麗に振るい、薙ぎ、滑らせ、切り伏せ、割断。一体を屠り、続け様にまた一体。脚部ブースターの微妙な出力制御を難なくこなし、敵から敵へシームレスに飛び掛かる。休む間も無く刃を盛大に繰り出して爆炎を量産していくその姿は、もはや入神の域にあった。
『調子に乗り過ぎだよ』
七体目の分身体を切り伏せた時だ。残る三体が、隙を見てデリート・バレットの照準を炎后楼へロックオン。
黒く巨大な影が、不気味な嗤いを漏らす。三方向から襲い来るであろう同時射撃の気配を咄嗟に察知した不知火だったが、時既に遅し。三機の分身体が極太機関砲のトリガーへ、力強く指を掛けようとしている。
一分間に八千発ものデリート・バレットを射出可能な機関砲。その銃口が合計六つ、淡々と炎后楼の首を狙っている。蜂の巣にされるのは時間の問題であった。
『油断したね、《電子の女神》』
アハルが鋼鉄の肉体の内側で、不敵な笑みを零す。
しかし、それでもなお、不知火は動じない。
なぜか? 当然、信じているからだ。
この場にもう一人いる、頼もしい電脳兵士の援護を。
『白衝狙撃』
何処かより届く声とほぼ同時に、一条の熱線が虚空に閃く。
彼方から放たれし、その白銀迸る熱線は、炎后楼の右肩すれすれをあっという間に駆け抜けると、機関砲の引き金を今まさに引こうとしていた分身体の一つに命中。あっさりと、その黒い両腕を吹き飛ばした。
熱線はそのまま勢いを殺す事なく、分身体の遥か後方に陣取っていたクロガネをも強襲する。
『大防御ッ!』
クロガネが重々しい音と共に右腕を前方へ突き出した。掌を中心に発生した不可視の防御壁が、熱線を鮮やかに散らす。
だがその隙に、残りの二体の分身が炎后楼の振るう双剣の餌食となった。動揺が招いた緩慢な動作に、つけ入る隙を与えてしまう形になったのだ。実に呆気ない最期である。
『くっ……分身体じゃ力不足か……!』
焦りを覚えつつ、アハルは索敵センサーを拡大し、周囲の戦闘状況を探った。だがアハルの予想に反し、レーダーに映るのは、炎后楼の居所を教える赤い光点のみだ。もう一体――白羅漢の居所は掴めない。位置欺瞞の効果を持つスキルを発動しているのだろうか。
迂闊だった。アハルは完全に読み違えていたのだ。何となくの印象で、司狼と不知火の役割を決めてしまっていた。それが裏目に出た。
司狼と不知火が好んで使う戦法。それは、まず派手な攻撃と機敏な動作で敵の目を炎后楼が引き付けている隙に、白羅漢が遠く離れた場所まで移動し、そこから射撃による援護を敢行する。アハルはまんまと、彼らの術中に嵌ったのだ。
不知火が近接戦闘を担当し、司狼が後方支援を行う。
それが、この『世界』における彼らの戦い方だった。
『死になさい』
振り翳された燃え盛る大剣が、クロガネへと襲い掛かる。
アハルが、咄嗟に音声入力。
『機銃戦斧』
暗黒色に輝く光の粒子が、クロガネの全身から立ち昇る。粒子は黒き騎士の両掌に収束し、一つの武具へと変化した。
それは巨大で禍々しく、妖しい黒光を放つ変形式戦斧であった。人間の首など豆腐同然に断ち切れそうなその肉厚過ぎる刃には、神話性を予感させる壮大な彫刻が施されている。
鑑賞にも十分耐えうるであろうその一級品の戦斧を、これから殺人の道具に使おうというのだから恐ろしい。クロガネは躊躇う事無く、暴力的な刃を纏った戦斧を軽々と振るい、眼前の大剣に思い切りかち当てた。
クロガネの大振りな動きには、戦闘術も何もあったものではなかった。無遠慮で単純な薙ぎ払いだ。それでも、叩きつけるかのような武骨な一撃には、十分過ぎる威力が込められていた。
炎を纏う双剣と黒威の戦斧が、真正面から切り結んだ途端、大気が痛いほどに鳴動。漠砂が泡の如く波立ち、暴力的に巻き起こった空振が、二つの機体を容赦なく包みんだッ!
『うお……!』
『ぐぅッ……!』
両者ともに、重々しい衝撃を受けてたたらを踏み、軽く仰け反る。先に体勢を整えたのは、機動性に勝る炎后楼だった。ブースターの出力を更に上昇させて突進。鬼気迫る立ち回りで、双腕を力の限り振るい、重厚な連撃を重ねていく。
がしかし、クロガネも負けてはいなかった。重心を落として脚部に力を溜め、戦斧を巧みに操り出しては、嵐の如く我が身に降りかかる致命的連撃を徹底して捌き続けた。無慈悲に襲い来る二対の大剣を、機銃戦斧の斧刃と柄に当てて受け流す。先ほどの戦斧による武骨な一撃からはとても想像出来ない、小回りの利く防御術だ。
埒が空かない。そう感じつつも、しかし不知火は強情にも作戦を変えるつもりはなかった。持ち前の機動性を最大限に発揮する為、あくまでもヒット&アウェイに拘り続ける。
炎后楼の鋭利なフォルムが陽炎の如く揺らめき、クロガネの視界から立ち失せる。
死角へ回り込み、二撃を加える。クロガネの攻撃が届く前に、今度は反対側の死角へ回り込む。脚部ブースター目掛けて放つは、神速の二連撃だ。咄嗟に自身の背面を守る様に得物を回し、これを凌ぐクロガネ。衝撃で吹き飛ばされる炎后楼だったが、宙空で一回転し、衝撃を殺す。
仕切り直す。
再度上昇、やや加速。
今度は、頭部目掛けての二連撃。
戦斧の柄を炎刃目がけて突き上げ、防御。
陽炎。死角。
高速の飛翔。背後へ斬りつける。
だが今度は、薙ぎ払いで攻撃の軌道を逸らされる。
負けじと、肩越しにもう二撃。
鬼神を彷彿とさせる容赦ない炎后楼の斬撃。
その『全て』をクロガネは精緻に防御し、時に躱す。
その巨体かには似つかわしくない、圧倒的なスピードで。
『だったら……龍征軍ッ!』
殻を破る。刹那よりも疾く突き出されしは、数瞬の刻を削り取るかのような十二の連続刺突だ。暴力的速度を伴い、空間を細切れに切り裂いてしまうほどの瞬間的な連続攻撃。
その決死の攻撃が、クロガネの防御を掻い潜って胸部装甲に命中。炎片が周囲にまき散らされ、ぐらりと五メートル近い巨体がふらついた。休みを与える間もなく、双剣を頭上まで振り上げ、一気に振り下ろす。
『甘いね』
戦斧の柄が輝炎双剣の一撃を受け止め、斧刃の面を上手く擦り当てて力を逃がす。そのままカウンター気味に戦斧を振り上げるクロガネだったが、空中で受け止める炎后楼には大したダメージにならない。
炎后楼の飛翔速度が、また更に一段階上がる。縦横無尽に刃を繰り出しながら、時折、ワザとフェイントをかけてカウンター外しを狙った一撃を放つ。しかしどうしたことか、それすら予め分かっていたかのように、容易く斧刃に防がれてしまう始末。
『(まだよ、まだまだ……ッ!)』
まだ勢いと威力が足らない。
更に加速。更に攻撃。
『熱量増大ッ!』
壕、と炎が迸り、双剣に付与された炎熱効果の威力が、最大レベルまで高まる。脚部ブースターが排熱を続ける。音速を超える推進力を駆使して突進を敢行。斬撃の速度を神速の領域にまで持っていき、叩き込む。
炎刃と斧刃の激しい応酬。まき散らされる火花。滾る火炎。鳴り止まぬ剣戟音。仮想世界における魔術師同士の殺し合いは、凄絶を極めていた。
はたから見ればこの戦い、炎后楼の一方的な立ち回りのように見える。だがその実、二刃による空中攻撃を見舞い続けているにも関わらず、クロガネはあらゆる攻撃を、まるで見切ったかのように凌ぎ続ける。
不知火の額に、焦りからだろうか、汗が沸々と湧き出ている。
『援護するぞ、三尉』
再び、地平の彼方から一条の光線が発射された。クロガネの死角となっているであろう首の付け根辺りを狙っての、超遠距離狙撃だ。当てる自信は、勿論ある。
というか、きっと防げない。司狼は確固たる自信を持っていた。今この時点で、司狼が纏う白羅漢とクロガネの距離は、凡そ一キロメートルは離れている。白羅漢は位置欺瞞のスキルを発動している為、肉眼でもセンサーでも、その存在を捉えられてはいない。
『(今、敵の意識は完全に炎后楼へ向いている。このチャンスを逃すわけにはいかないッ!)』
不可視の遠距離射撃。これを防ぐ手を、果たしてクロガネは――
『反射迎撃』
恐るべき事に、宿していた。クロガネは左手で握った戦斧のみで炎后楼の攻撃をやり過ごしながら、左手の平から鏡じみた透明な壁を展開。白銀の熱線を散らすのではなく、逆に跳ね返した。
『どこに潜んでるかは分からないけど、ねぇ、反射されちゃったら、どうしようもないよねぇ?』
反射された熱線はそのまま発射点、即ち、白羅漢のいるポイントまで突き進んでいく。なんとかすんでの所でこれを避けた白羅漢。思わぬ反撃を喰らう形になってしまったが、しかしこれこそが、司狼の狙いだったのだ。
『殺れッ! 不知火ッ!』
『ウィルコッ!』
クロガネの注意が熱線へ逸れた事で生じた隙。その僅かな隙を見逃す不知火ではない。瞬時に一定の距離をクロガネから置くと、燃える双剣を高く天空へ掲げた。
上官が作ってくれた、僅かな攻撃の隙間。
水泡へ帰す訳にはいかなかった。
もう二度と、こんなチャンスは巡って来ないかもしれない。
そう直感し、今まさに、最大最高の技を発動せんとする。
『六魂聖炎天狂刃舞踏乱ッッ!!!』
蒼天に展開されしは、紅き奥義。
掲げられた双剣の周囲に現出する、四十六本の巨大炎剣。灼熱に燃え滾るそれは、一本一本が攻性量子ミサイル十本分の威力に匹敵する。
致死性電子蜂十五体を一本で屠り去る攻性量子ミサイルは、仮想世界において、人間状態の情報体が操作できる、最大の攻撃とされている。
それが十本で百五十。
合わせて六千九百ッの威力ッ!
現実世界に換算するなら、RPG七千七百発分の破壊力に相当する。
想像を絶する破壊威力であることは、言うまでもない。
『くたばりやがれぇぇーーーーッッ!』
不知火が叫ぶ。裂帛の気合が響き渡る。炎后楼の頭上で真円を描き、高速回転する四十六の炎剣が複雑怪奇な軌道を描いて、黒騎士を切り裂こうと襲い掛かる。
『大防御ッ』
すかさず防御壁を展開するアハル。しかし、分厚い不可視の壁を展開したところで、炎后楼の勢いは止まらない。炎を纏った巨大剣が赤き軌跡を描いて嵐のように舞う中、徐々に防御壁に亀裂が入る。
『馬鹿なッ……僕の大防御がッ……!』
驚愕、する暇もない。
死の舞踏を繰り広げる四十六の炎剣全てが、微塵の容赦も無く獰猛に襲い掛かかる。クロガネの巨体は、灼熱と爆炎、そして、耳をつんざく程の爆響に瞬く間に包み込まれた。天高く、どこまでも奔る獄炎の火柱。その中で、黒い影が苦しげにのたうち回る。
『蒼炎終』
追加音声入力。攻撃の手は緩めない。
炎后楼の両手に握られた双剣が光を放出、やがて収束。
一本の青白く光り輝く剣が、その手にしっかりと握られる。
『終わりなき永遠の炎を、与えてあげる。貴方を地獄に叩き落とす、永遠の炎を、ね』
身の丈以上もある光剣を振りかざす。狙いは、依然として爆炎に包まれたままのクロガネ。
そして――爆発が、広がった。
濛々と立ち込める黒煙。
振り下ろされた極炎の一撃。
喰らえば、絶命は必然。
しかし、
しかしながら――である。
『……そんな……ッ!』
不知火が、顔面蒼白を浮かべ、絶望を呟く。
今、彼女の手元に伝わっている『この』感覚。
光剣の柄を握っている両手に残る『この』感覚。
敵を焼き切った感覚とは、なんとしたことか、遠く離れていたのである。
それは……防御された感覚だったッ!
『しゃらくさいんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーッッッ!!!』
反撃の絶叫が、火柱の中から木霊する。瞬間、まるで霧が晴れるかのように、クロガネを包み込んでいた厚い炎の網が、一遍残らず霧散した。
地獄の中から姿を現したクロガネ。その黒々とした装甲にも、左手に握られた機銃戦斧にも、なんと、なんとしたことか。一切の傷が無かった。
そればかりではない。
信じられない事に、クロガネは受け止めている。
電脳部隊のエース中のエースが操る量子戦闘体が放った必殺の一撃を、驚愕すべきことに、何の武装もされていない右腕で受け止めている。完全に、完膚なきまでに。
『あ、有り得ない……』
ガタガタと奥歯を鳴らす不知火。ぶわりと寒気立ち、軍服に包まれた全身が粟立った。一連の流れを何処かで伺っていた白羅漢――司狼も、閉口せざるを得ない。
『演算能力の違いさ……』
光剣の重みを右腕に感じながら、クロガネから音声機能を通じ、アハルが言う。
『最初に言っただろう? 僕は、僕の致死性電子蜂で汚染させたルートブロックを全て掌握したってね。これだけの数のルートブロックを手に入れたんだ。演算能力は、君たちの遥か上を行っていて当然じゃないか。ま、この一撃には、すこーし焦ったけどね。それでも、演算能力で機体の『強度』を上げれば、どうってことはない。至って平和さ』
仮想空間における闘いの基本。
それが演算能力である。
演算能力とは、情報体や量子戦闘体が繰り出せる技の威力や強度、反射神経に直結する能力だ。全ての電脳ユーザーが無意識下に宿しているその力が、仮想世界においては勝敗を左右する最大の要素と言っても、過言ではない。
不知火は何も、アハルの言葉を忘れていた訳ではない。それでも、勝ち目があると踏んだから戦いを続けたのだ。
しかし、事態は彼女の予想の、遥か上を行っていた。ルートブロックを掌握したのと、掌握したルートブロックからエネルギーを抽出し、演算能力を強化するのとは、また別の話である。
『使いこなせているというの……!? 一つならまだしも、これだけのルートブロックから溢れる演算能力。普通だったら、廃人になるところよ……!』
『ギリギリ、間に合ったのさ。君が僕の展開した防御壁を破りかける少し前に、演算能力が僕の方に馴染んでくれた。それとも、この事実を前にしても、君はまだ、僕が廃人になっているとでも思うのかい?』
『くっ……!』
こんな事があって良いはずがない。そう口にする代わりに、光剣を握る手に力を込める不知火。だが、全くびくともしない。
『無駄なことを、良くもまぁやるものだね。何度だって教えてやる』
クロガネが動いた。右手に握った機銃戦斧の、刃が装着された部分の柄の先端を、炎后楼へ鋭く向けた。
『君は、僕には勝てない。どんなに足掻いても』
先端部が、勢い良く変形。その名の通り、刃の部分はそのままにして、柄の先端部分だけが、口径一メートルの巨大な機銃と化した。
『聞き分けの悪い子は、おしりペンペンの刑にしてやんよッ!』
機銃戦斧の柄を強く握り込む。慟、と轟音が迸り、爆発と共に黒い光弾が機銃から射出された。光弾は抉る様にして、炎后楼の腹部に当たる部分に衝突し、盛大に爆発した。
『ぐぅ……クッ……!』
後方へ吹き飛ばされ、砂上に叩きつけられる炎后楼。光弾が命中した箇所から、小規模の爆発と黒煙が上がる。
『翼をもがれた天使ほど、醜いものはない』
進むべき道を確信したかのように、禍々しい戦斧を高く掲げるクロガネ。
『僕は勝つッ! 君達という障害を乗り越えて、必ず勝って見せるッ! 勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝ってッ! この卒業試験に合格してみせるッ! 新しい人生へのスタート、その為に今ッ! ここで君達を葬り去ってやるッ!』
アハルが、高らかに宣言する。
『卒業証書を手にするのは、この、アハル・ダンヒルだッ!』




