6-4 巨獣殺しの大血界(インビクタス)
青光灯に照らされた広い廊下を、マヤは決死の表情を剥き出しにして歩いていた。心なしか床を叩く靴音は重く、どこか覚悟めいた迫力を醸し出していた。
時刻は既に午後七時を回っている。『作戦』が開始されてから、大凡一時間は経過しただろうか。
今、茜屋の研究室へと続くこの広い廊下を歩いているのは、マヤ・ツォルキン唯一人。《黒きジャグワール》に連なる他の人造生命体達の姿は、どこにも見当たらなかった。理由は明白だ。既に出撃した後だったからだ。幻幽都市壊滅作戦という名の、彼らにとっての『卒業試験』に。
『ワクワクしてきたなァ、マヤ兄』
壁面スクリーンが映し出す、都市の惨状。あちらこちらで次元が歪み、火の手が上がり、醜悪なる軍鬼兵達の一糸乱れぬ統率の下に行われる虐殺の光景を前にして、キリキックは興奮気味に口角を歪めて、そう口にした
《黒きジャグワール》の中でも、特に血の気が多いのがキリキックだ。ただ『強さ』だけを求め、『強さ』のみに固執し、『強さ』を磨くことが、己の運命を切り開く手段だと考えている。そんな滅茶苦茶な奴でも、マヤからしてみれば大切な家族の一人。愛すべき弟のはずだ。
それなのに、キリキックのギラギラとした凶暴な目つきを前にして、マヤは何も答えることが出来なかった。頷き返す余裕すらなかった。空恐ろしささえ感じた。キリキックから、二度と後戻り出来ない茨の道を喜々として突っ走っていくかのような、そんな危うさを感じたからだ。
危うさを滲み出していたのは、何もキリキックだけではない。アハルも、スメルトも、ルビーも、皆が壁面スクリーンに映し出される軍鬼兵の軍団が織り成す魔業を目にして、血を熱くさせていた。これが俺たちの望む『卒業試験』なのだと自分に言い聞かせているように、マヤの瞳には映った。
彼らは実に乗り気だった。マヤがいくら説得しても、耳を貸す事はなかった。罪九郎の言葉を鵜呑みにし、彼の言う通りにすれば自由を手にすることができる。そう、心の底から思っていた。
兄妹達の中で不安そうな表情を浮かべていたのは、マヤとチャミアの二人だけであった。キリキック達は血に飢えた狼のように張り切っていたが、チャミアは兄妹達と離れて一人で戦うという卒業試験合格の為の条件に、言いようのない恐怖感を覚えているようだった。
一方で、マヤが乗り気でない事の理由は、チャミアとは異なる。
埃一つない薄緑色の床を叩くマヤの表情は、依然として厳しいままだ。彼の頭の中で、罪九郎が発した一言が渦巻いていた。
『卒業試験の全員合格を祈っとるで』
数刻前の事だ。キリキック達を戦地へ送り出す際、罪九郎はそんな激励の言葉を掛けてきた。あからさまに怪しかった。笑顔なんぞ浮かべやがって。普段の彼からは絶対に口にしないであろう激励の言葉。穿った見方をしない事の方がおかしい。
つい先日、アナザの死を経験してからずっと、マヤは気が気でならなかった。自分たちの身に、何か良からぬ事が起こりそうな気配がする。いや、既に起こっているのか。とにかく嫌な予感がして仕方なかった。
「(茜屋。一体、貴様は何を企んでいるのだ。卒業試験と言っておきながら、実のところは自分たち人造生命体を、都市を沈める為の体の良い駒として扱おうとしているだけではないのか)」
卒業試験とは詰まるところ、『作戦終了までにどれだけ多くの血を流せたか』というのが争点になってくる。茜屋はそう言っていた。腕に彫刻された電子タトゥーにより、自分が殺害した人間の流血量が測定できる仕組みになっているとも口にしていた。
ふと、マヤは己の右手の甲を憎々しげに見た。ダビデの星をモチーフにしたのであろうと思われる、三角形が重なり合うようにして掘られた電子タトゥー。一刻も早く取り払いたいと願うばかりである。
試験に合格したら、自由の身にしてやる――その科白を、素直に信用しろと言うのか? マヤの脳裡に疑惑の念が渦巻いていた。彼は、罪九郎が人徳ある人物だとは思っていなかった。
むしろ、その逆だ。あの男は、己の好奇心や欲望を満たす為なら、幻幽都市そのものすらも利用しかねない奴だ。暴走する好奇心に服を着せたような存在だ。そんな男が口にする言葉を、一体どうやって信用しろというのだ。
「(あんな奴に俺たちの……俺やチャミアの人生を蔑ろにされて、たまるものか)」
下唇を強く噛む。キリキック達と次元の穴を通って戦場へ出る際、チャミアは何度も何度もマヤの方を振り返っていた。その瞳は助けを求めているようにも見えたし、一人遅れて出撃する手筈となったマヤの身を案じているような眼差しにも見えた。
マヤ兄、無理はしないでね――そう、瞳が訴えかけていたように思う。
「(大丈夫だ、チャミア)」
心中で、幻幽都市のいずこかで戦っているであろう、愛しき妹を想い、マヤは決意を改めた。
子が親を選べない様に、人造生命体も創造主を選べない。人が人を創造するという、本来なら然るべき存在にのみ許された行為に手を染める人間に、まともな倫理観を持った者はいない。茜屋罪九郎も漏れなく、その部類に入っていた。
勝手に名前を付けられ、勝手に殺しの作法を教えられ、毎晩毎晩、意味も分からず人を殺し続ける毎日を強いられた。苦痛だった。自由は無かった。束縛は、あらゆる面に及んだ。
マヤはもちろん、《黒きジャグワール》の面々は生まれてこの方一度も、太陽を拝んだことがなかった。『万屋殺し』の実戦は、常に人々が寝静まった後の深夜だったから、月の光の眩しさは良く知っている。でも、太陽の暖かさは知らない。
思えばこれまでの人生、マヤの周囲に暖かみは存在しなかった。いや、罪九郎の言いなりになっている以上、死ぬまで知らないままだろう。
そこにきて、今回の『卒業試験』だ。もうウンザリだった。マヤは、人を殺せば殺すほど、自分という存在が希薄になっていくような気がした。それは、錯覚ではないように思えた。己の手を血で汚せば汚すほど、自分という存在が曖昧になっていく。もしこのまま何もせずにいれば、そのうち自我が消失し、只の殺戮マシーンと化してしまうだろう。
もう我慢がならなかった。自分だけではない。チャミアもいずれそうなるのかと思うと、マヤは、背筋の凍る思いがした。
生まれてきた意味も知らないまま、道具に成り下がって一生を終えるなんてのは、まっぴらごめんだ。
「(茜屋。必ず貴様の命を――)」
暫く歩いていると、扉が見えてきた。近未来的な幾何学模様のプリントされた自動ドア。茜屋の個人研究室のドアだ。壁に設置されたインターホンのボタンを押すと、耳障りな関西弁が聞こえてきた。
『マヤか?』
「ああ。話がある」
『……入れや』
圧縮空気の抜ける音がした。開かれた自動ドアを跨いだ先に広がっていたのは、広大な研究室だった。地下施設とは思えない程に天井が高く、床には足の踏み場もないほどに先端機器の数々が設置され、華麗に点滅を繰り返していた。
目立った明かりはそれだけだ。部屋全体はどちらかと言えば、ぼんやりとした暗闇の中に浮かんでいる印象が強い。
その暗闇の中心に、罪九郎がいた。マヤへ背を向けて丸椅子に腰かけている。彼はテキパキと手元を動かし、先端機器同士が複雑に組み合わさって形成された、一つの巨大な装置と対峙していた。
「(いける)」
室内を包む暗闇の濃さを再確認し、マヤは軽く顎を引いた。
「(この暗さなら、気づかれない筈だ)」
「まだ出撃しとらんかったんか」
機械と対峙したまま、茜屋がぶっきらぼうな口調で言った。暗がりに隠れて表情は伺えないが、ご機嫌斜めなのはニュアンスから把握出来た。
「まぁええわ。それで、話っちゅうんは? 今忙しいんや。手短に済ませてや」
お前のような出来損ないなんぞに構っている暇はない。そう言いたげな様子だった。仮に罪九郎の本心がそうであったとしても、今のマヤにはどうでもよかった。
これから殺すであろう人間のご機嫌立てなんて、している場合じゃない。
マヤはその場から一歩も動かず、おもむろにジーンズのポケットに仕込んでいたものを弄りはじめた。
「貴様、何を企んでいる」
「あ?」
「今回の作戦、俺は納得できない。なぜ普段の訓練のようにチーム単位で行動させるんじゃなく、単独でやらなければならないんだ?」
「仲間とはぐれるのがそんなに辛いか」
暗闇の中、罪九郎が肩で嗤うのが気配で伝わった。相手を逆撫でするような態度だ。それが罪九郎の悪癖であると知っていたから、マヤの心がさざめくことは無かった。あくまでも慎重に、言葉を選ぶに終始するように努める。
「お前の真の狙いはなんだ? 街を壊滅させることが目的なら、何故俺たちをチームで活動させないんだ。俺たちを……お前は、俺たちをどうしたいんだ」
「どうもこうもあらへん。そもそも、あんさんは勘違いをしとるで」
「なんだと?」
「わしの目的は街を壊滅させること。それで間違いない。ただ、ワシは科学者や。科学者なら独自の視点と手段を以て、物事を成し得てこそ一流や。いつものようにチームで活動させとったら、つまらんやろ」
それにと、罪九郎は背中をマヤへ向けたまま続ける。
「お前さんらが個々で動くことにこそ、意味がある。駒は駒らしく、黙って働いとけばええんや。それが理解できたならさっさと――」
「ああ、理解した」
言葉が終わるのと同時、罪九郎の足下が突如として盛り上がり、凶器へと変形した。床の一部が、先端部分の鋭く尖った槍の形状になり、躊躇なく罪九郎の体を下から突き上げた。
「お前の存在が理解できない事を、今、やっと理解したよ」
暗がりの惨劇。変形したのは床だけではない。壁や機材やテーブル……部屋に存在するありとあらゆる物質が凶器へ変貌し、恐るべき刃の数々となって、宙吊りの体勢になった罪九郎の全身を四方八方からズタボロに貫き、切り裂いた。
赤と黒に塗り潰された研究室。幾多の槍刃に全身を甚振られた罪九郎に、呻き声を上げる余裕はなかった。足元から血を滴らせ、息も絶え絶えに全身を痙攣させている。暗闇に紛れて詳細な様子までは掴めないが、まさかこの危機的状況下で薄ら笑いを浮かべている訳でもないだろう。
「暗闇に、足元を掬われたな」
マヤの右手からは血が滴っていた。そして彼の左手には、ジーンズのポケットから取り出した小型ナイフが握られている。ナイフの先端は、水銀じみた銀色の血に濡れていた。マヤの血だ。罪九郎と話している最中、ばれない様にこっそりと取り出したナイフで、己の右手首を掻っ捌いたのだ。
何故そんなことをする必要があったのか。無論、能力を発動させるためだ。ジェネレーターとしてマヤが授かった能力――《巨獣殺しの大血界》を発動させるには外的な痛みを加え、血を流す事が必要不可欠だった。
マヤは、この能力がえらく気に入っていた。罪九郎の手で植え付けられたというただ一点のみを除けばの話であるが、それでも気に入っているという事実に変わりはない。体を傷つけ、血を流し、能力を行使する度に自覚出来る。痛みを伴わずに運命をこじ開けるなんて、おとぎ話の世界でもありはしないのだという事を。
マヤは思い出したように、血で汚れた己が右手を前方へ振るった。銀に光る血滴が手首から飛び散り、近くに置かれた機材へ付着。芒、と血が朧に光ったかと思いきや、機材の一部が棘の様な形状となって飛び出し、勢いよく罪九郎の顔面を貫いた。
恐るべき形状変化。しかし能力の源を考案したのが罪九郎なれば、容易にこれを凌げたはず。そうは上手く事が運ばなかった要因の一つは、ひとえに、研究室が明かりらしい明かりに乏しかったことが挙げられる。
マヤは罪九郎と会話をしていた最中、それとは悟られぬように血を周辺へ振りまいて、布石を打っていたのだ。部屋全体が暗がりに覆われていたからこそ決行可能な奇襲戦法。思い切って賭けに打って出て良かった。マヤは、心の底から安堵した。
ふぅ、と溜息を一つ。首が吹き飛ばされた罪九郎の亡骸を前にして、マヤの心から靄が消えていく。
「俺は、俺たちはお前の駒なんかじゃない。俺たちは、俺たちの道を行くまでだ」
捨て台詞を残して、立ち去ろうとした。
だが、そうはいかなかった。
何時の間にか、研究室の自動ドアが閉じられていたからだ。
気づいた時には、全てが手遅れ。
『ミイラ取りがミイラに成りよったなぁ?』
ハッとして、マヤは宙吊りになっている亡骸を見た。今、確かに茜屋罪九郎の声がした。信じられないことに。
「馬鹿な……」
驚きを隠せない。まさか、まだ生きているというのか? 首を吹き飛ばしたというのに? いや、生きている筈がない。首を吹き飛ばしたんだ。生きている筈がない。
混乱と恐怖が頭の中で堂々巡りをしていた時だ。突如として洪水の如く、フロア全体に爆音の不協和音が響き渡った。何処からか放たれたその不協和音は、至るところで反響を繰り返し、マヤの精神に深く深く干渉し出した。
「かっ……!は……!」
耐え難い不快感が、怒涛の津波となってマヤの精神を侵し始めた。不可視の触手に、直接心臓をいやらしく撫で回されているような。大量のミミズが鼓膜を突き破り、三半器官を破壊して、今にも脳へ迫ってくるかのような。そんな身の毛もよだつ凄絶な恐怖感に、マヤの精神は掌握されてしまった。
たまらなくなって、ついに吐いた。床にまき散らされた黄緑色の吐瀉物が、どういう訳か歪んで見える。
『お前さんの耳元に聞こえとるその特殊音響は、思考攪拌の効果を持つ以外にも、視界にも影響を及ぼす力がある。さながら今のお前さんは、複雑な軌道を描くジェットコースターを休みなく一千周しているような感覚に陥っているはずや。ん~? どうや? どんな気分なんや、マヤ。是非とも感想をお聞かせ願いたいのぉ~♪』
卑劣な高笑いを響かせる罪九郎。しかし、マヤにはもう何も聞こえていなかった。全身を激しく痙攣させて胃の内容物が空っぽになるまで嘔吐を続け、鼻水と涙をまき散らす。酸っぱい刺激臭が鼻孔を突くが、それも、曖昧模糊とした意識の彼方へ消えていく。
先ほどまでの優勢は、既に露ほどの欠片も無かった。既にマヤはまともな思考をすることすら叶わず、部屋に響き渡る特殊音響の餌食になっていた。
我慢の限界だった。特殊音響はマヤの鼓膜から脳神経系統を侵略し始め、運動野にも甚大な影響を及ぼし始めた。足腰に力を入れるのもままならなくなり、ついにうつ伏せに倒れた。倒れた衝撃で弾ける吐瀉物の欠片も、認識能力を失った今のマヤには、只の『モノ』としてしか映っていない。
『一応説明しとくとな、お前さんが得意げに殺したのは、ワシやない。ワシの影武者や。こうなることを予想して、あらかじめ準備しておいた甲斐があったわ。本物のワシは別の部屋におる。もちろん、どの部屋かは教えんけどな』
部屋を暗くしたのも、全ては罪九郎の計算の内だった。先にマヤに手を出させて、油断させたところで部屋に閉じ込め、好きに料理をする算段だったのだ。
マヤが反逆の狼煙を上げるのも含めて文字通り、全ての行動が罪九郎の計算の下で行われた茶番劇だったと知った今、マヤの心境は絶望の淵に立たされたも同然の惨状。
『マヤよ。お前、このワシを殺せると本気で思っとったんかぁ? 覚醒者であるこのワシを、お前さん如き羽虫が殺せるわけないやろが。全く、本当におめでたい奴やなぁ』
引き攣る笑い声が、特殊音響に乗って部屋に充満する。それがますます、マヤの意識を混濁とさせていった。
恐るべきは外道科学者・茜屋罪九郎だ。彼は、手塩にかけて育てたホムンクルスに裏切られたというのに、その声色には動揺の色が見えない。寧ろ、この状況を愉しんでいる様だった。
『しかしまぁ、ホンマよく動いてくれたで。ワシの思惑通りや。なぁ、マヤ。マヤ・ツォルキン……お前さん、自分の名前の由来について、考えたことがあるか?』
その問いかけが何を意味するのか、思考能力を失いつつある今のマヤには分からなかった。何かを口にしようとするが、平衡感覚まで破壊された状態では、口を動かそうにも動かせない。
『お前さんは知らんかもしれんが、幻幽都市では、名前は絶大な力を持つ。この街では、名付けは非常に重要な意味を宿すんや。何故なら、人や動物は名前を与えられる事で、初めてその存在が定義づけされるからや』
我々が事象を認識出来るのは、我々がその事象の名称を知っている場合に限られる。どこかの国の言語学者が唱えたその主張が、幻幽都市では歪んだ形となって現出してしまう。
人が力を持つのではない。人は、名を与えられて初めて力を持つのだ。名前には、魂のあるべき姿を整える役割と、その魂が本来宿している秘めた力を最大限に引き出す効力が備わっている。無論、この異形渦巻く魔境じみた都市に限っての話であるが。
親が子に名前をつける際、決まって彼らは『願い』を込める。こんな子に育ってほしい。こういう人生を歩んでほしい。多くが期待の眼差しを我が子へ向け、真剣になって命名を考える。そして、親が子へ向けるその願いは、『名前』という形となって子の魂に刻まれる。
名前を与える事で魂の属性を固定化し、魂に宿る潜在能力を最大限に引き出す。この、まるで『魔法』のような術を行使出来るのは、幻幽都市広しと言えども、覚醒者と呼ばれる強大な頭脳を宿した科学技術者のみに限られていた。
罪九郎は覚醒者だ。都市の発展に尽くすのではなく、都市の破壊に全身全霊を傾ける異端の覚醒者だ。
狂気の領域に片足を突っ込んだ罪九郎が、己に宿った能力を試さない訳にはいかない。彼は『とある特別な願い』を込めて、人造生命体の連中に名前をつけた。
『マヤ・ツォルキン……古代マヤ語で《暦》の名を冠する人造生命体よ。なんでワシがそんな名前をつけたか、わかるかぁ?』
罪九郎の言葉が雑音の塊となって、マヤの耳に届く。
『暦とはすなわち時間。時間とは、万物を支配する象徴や。簡単には支配できへん。反逆の精神を敢えて植え付け、それを乗り越えて支配する事にこそ意味がある……これは、《切り札》をより完全な状態で召喚するための、大事な、大事な儀式なんや』
含み嗤いを込めて、罪九郎は告げる。その言葉の意味を、マヤはついぞ掴むことが出来なかった。
特殊音響の周波数が変化する。不協和音はその性質を変えて、再度マヤへ襲い掛かった。
『お前さんにはまだ働いてもらうで。反逆はお終いや。ワシへの反抗心を、今ここで全て削り取ってやるわ』
それが、マヤが耳にした最後の罪九郎の声だった。




