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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
第四幕 幻幽都市の人々
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4-3 色彩嗅覚(レザボア・ドッグ)

 運ばれてきた飲み物に各々が口をつけていた時だ。本題に入ろうと、捜索屋が藪から棒に切り出した。


「それで火門、今回の捜索対象はなんだ? 物か? それとも――」


「人だ。この子の亡くなった父親の足跡を洗い出して欲しい」


 再牙は琴美から預かっていた写真を、捜索屋に見せつけるかのようにテーブルに置いた。写真を手に取ると、捜索屋は品定めでもするかのように、そこに映っている男性の姿を眺めた。


「頭の良さそうな御仁だな」


「そりゃあなんたって、あの王都大学で教鞭を執っていた人だからな」


「とすると、《外界》からの入都者と言う事か? 幻幽都市に自らやって来るとは、学者というのはまた随分と物好きだな。一体何があってこの街に?」


「さぁ?」


「さぁ? って……」


「それを今調査中なんだよ。その人物に関する詳しい話は……」


 再牙が琴美の肩に優しく手を置いて、口にした。


「良ければ、君の方から説明してもらっても、構わないかな」


 強要するような言い方ではない。あくまで少女の自主性を優先して行動すると告げているようだった。君の心に刻まれた傷をぞんざいに扱う気は、さらさらないという風にも聞こえた。


 この風貌厳めしい万事屋は、依頼人が望まないことを進んでやるような人ではない。出会って僅かしか経っていない琴美にも、それがはっきりと感じられた。それは必ずしも、甘やかすという意味ではないのだが、今の琴美にそこまで思考を巡らせる余裕はなかった。


 自分の意見を尊重してくれる大人。両親以外にそんな人物がいることを知らなかった分、湧き上がる嬉しさもひとしおだ。遅れて自信が甦ってきた。


「分かりました」


 この人の要求に応えたいという想いと共に、琴美はうなずいた。


「そうか。なら」


 再牙はオルガンチノの裾ポケットから紙とペンを取り出してテーブルに置き、琴美の耳元で小さく囁いた。


「悪いが依頼内容の説明は筆談で頼む。周囲に盗み聞きされる可能性があるからな。落ち着いて、なるべく簡潔に書くんだ」


 琴美は視線だけで了解の意を示した。言われるがままに右手でペンと紙を受け取り、先日、再牙に説明したのと同様の内容をなるべく手短に、しかし要所要所は押さえて紙にしたためはじめた。


 琴美が紙と睨めっこしている間、再牙はドロっとした苦みの強いソリッドコーヒーが注がれたカップを口へ運びながらも、自然体を装って周囲を満遍なく警戒していた。


 こういった大勢の人がいる場で仕事の話をするのは、正直言って再牙の好みではない。依頼内容が全く無関係の他人へ漏れ伝わる危険性が無い訳ではないからだ。だが、捜索屋に協力を要請すると決めた以上、そう我儘も言っていられない。


 捜索屋の自宅が分かれば、無理矢理押し掛けるという選択肢もある。しかしながら、彼は己のプライバシーに関わる内容を一切口にしない事で有名だった。捜索屋の居場所について唯一分かっている事と言えば、何時もこの時間帯に、この喫茶店にいるという点だけだ。


 再牙は不振がられないよう何でもない風体を装って、店内を目ざとく観察する。怪しい素振りを見せる者はいない。夢中で相方とのお喋りに花を咲かせている一般客が殆どだった。それでも琴美がペンを止めて、依頼内容を捜索屋が黙読し終えるまで、再牙は周囲への警戒を決して怠る事は無かった。


「お願いします。どうか力をお貸しください」


 書き終えると、琴美は切羽詰まった様子で頭を下げた。捜索屋がゆっくりとした動きで紙を手に取り、書かれた内容を精査する。


 いたいけな少女を前にして、彼が口にすべき答えは一つしかなかった。


「分かった」


 短い、はっきりとした了承の意。琴美の表情が明るくなるも、そこへすかさず捜索屋が釘を刺してきた。


「だが最初にはっきりと言っておくが、お嬢さん、俺の力に過度な期待は寄せないで欲しい……再牙から聞いていると思うが、俺はジェネレーターだ」


「はい。それは存じています」


「能力について、再牙から詳しい説明を受けたか?」


「大体は聞いてますけど……」


「なら詳しく話しておこう。《色彩嗅覚(レザボア・ドッグ)》。それが俺の能力名称だ。人や物の放つ『匂い』を『色』として捉え、居場所を探し出す事ができる」


 一呼吸置いて、捜索屋は続ける。


「人間に限って言えば、俺の能力は特殊な作用を持つ。生者なら今現在の居場所を。死者なら死亡時から一週間前までに遡り、その足取りを追う事が出来る。だが、それだけだ。俺に出来るのはせいぜいそのくらいのものだ。死者の足取りを追えるのは一週間という制限つきだし、亡くなった人物の行動を追体験する事は出来ない。分かるのはあくまで、死ぬ前の行動ルートのみ。亡くなった人物が生前、誰と出会い、何を話し、どんな目に遭ったのかまでは、俺の力の及ぶ所ではない。それら一切の真実を明らかにするのは、コイツの役割だ」


 そう口にして再牙に向かい、顎をしゃくる。話題に上った当の本人は平然としていた。「このソリッド、あまり美味くないな」と愚痴を零しつつ、尚も周囲への警戒心を怠らない。


「ふん」


 捜索屋は視線を少女へと戻すと、並々に注がれた熱々の琥珀茶を味わうかのようにゆっくりと口につけた。そして再度、釘を刺すかのように言った。


「そこの所を履き違えないでくれ。超常の力を宿すジェネレーターといえども、万能ではない。何かしらのデメリットを抱えているものだ。その事を、頭に叩きこんでおいてくれたまえよ」


「は、はい」


「……ちょっと言い方が悪かったかな。すまないな。これは、一種の保険のようなものでね。たまにいるのさ。俺の能力を勝手に過大評価して、無理難題を吹っ掛ける奴らが。だから納得して貰う為に、君にこうして説明している訳だ。分かってくれたか?」


「ええ。良く分かりました」


 コクリと、琴美は素直に頷いた。まるで社内研修を受けている新入社員の様なな態度。捜索屋は暫くの間、黙って琴美の姿を観察していた。だが突然、何が面白いのか、クスリと笑みを浮かべて、


「君、中々良い奴だな。退屈な俺の身の上話を聞いても、嫌な感情一つも見せないなんて」


 心中を全て見透かしているかの様な物言いである。少女の脳裏にちょっとした悪戯心が芽生えた。初対面の相手に対しては用心深い姿勢を見せるが、一度何らかのきっかけで距離が僅かでも縮まれば自然と軽口の一つでも叩きたくなるのが、琴美の長所あり短所でもあった。


「案外、顔に出してないだけで、心の中ではそうは思っていないかもしれないですよ?」


「いや、それはない」


 琴美のとぼけたかのような挑発的物言いに、捜索屋は静かに、されども断定的な口調で答えた。その自信に裏打ちされた言い方を怪訝に思ったのだろう。琴美は不信感を抱きつつも、質問を投げかける。


「なんで、そんなキッパリと言い切れるんですか」


「君の感情が、嘘をついていないからだ」


「だから、なんでそんな事が――」


「君の感情変化を完璧に把握した……そう言えば、納得してくれるか?」


「…………それ、私の心を読んだってことですか?!」


 言葉の意味はおぼろげではあるが理解出来る。それでも驚きの声を上げずにはいられなかった。思わず腰を上げ、琴美は瞳を大きく見開いた。


 琴美の大げさな反応がツボに入ったのか、今度はさっきよりもややボリュームを上げて、捜索屋は笑い声を洩らした。その態度に少女は戸惑いつつも、若干むっとした様子で唇を尖らせる。


「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」


「いや、済まんな。そんなに新鮮な反応を見せてくれるとは思わなかったのでな。まさか、《外界》から来た人間と話すのがこんなに楽しいとは、思わなかったよ」


 目を細めて、捜索屋は言った。彼が人前で滅多に見せる事の無い、愉しそうな感情。少女の隣でソリッドを啜っていた再牙が、思わず面食らったのは言うまでも無い。


 そんな万屋の様子に気付く事無く、「別に、大したことじゃないんだ」と口にすると、捜索屋はつらつらと話し始めた。


「能力の副次的効果によるものだ。俺は、喜怒哀楽を始めとした人間の感情や、その人の心の昂りの変化を、『色』として視認する事も出来る。それっぽい台詞廻しで言えば、心の『匂い』を『色彩』として感じ取る、といった具合だな」


「つまり、その人が何を考えているのかが分かると?」


「そう言う事だ。人や物を探す本来の能力にくっついてきた、言ってしまえばオマケみたいな能力さ」


「オマケにしては、随分と豪勢ですね。というか、人の心が読める能力があるなら、占い師や心理カウンセラーの方が向いていると思いますけど」


「それならコイツ、やったことがあるぜ」


 横で話を聞いていた再牙が割り込んできた。「そうなんですか?」と、琴美が尋ねる。


「心理カウンセラーを一年。もう七年も前の話になるがな」


 捜索屋の表情が曇る。それは、少女との会話を、無遠慮な横やりで邪魔されたからではない。いや、もしかしたらそれもあるのかもしれないが――実際の所は、カウンセラー時代に良いとは言い難い出来事が多かったのに由来した。


「今はやられていないんですか?」


「ああ。カウンセラーなんて仕事は、俺にはまるで合わないって事が良く分かったからな」


「どうしてです? 人の心が分かるのに」


「カウンセリングは所詮、原因論の枠を出ない。原因が分かっても、解決策を見いだせなきゃ意味がないだろう? 俺には、そういった力が欠けているんだ。患者が負った心傷の根源が判明しても、それを癒す手段が俺にはなかった。赤の他人と最低限のやりとりで済む捜索屋の方が、よっぽど俺には合っている」


 言い終えて、再び琥珀茶に口につける。能力を駆使して苦しみの元が発見出来たとしても、患者が精神を病んでいる直接的原因が手に取る様に分かったとしても、それを解消出来る力が捜索屋にはなかった。心を病んだ相手に一体どういうアドバイスを与えるべきか、まるで分からなかったのだ。


 総じて、彼は口下手で人付き合いに貧していた。その辺りがカウンセラーとして不適格たる所以なのだろうという事は、彼自身が一番理解している。


 カウンセラーに最も必要とされるのは、患者との健全な信頼関係の構築だ。だが、この街で長く過ごしている内に人間の醜い部分を山ほど目にしてきた捜索屋からしてみれば、他人と密接な繋がりを構築するという行為自体が無理な話だった。


 何時から自分は他人との積極的な付き合いを忌避するようになったのだろう。昔はそんな人間じゃなかった。沢山の友達がいたし、自分を愛してくれた女だっていた。人を疑う事無く、人の悪意よりも善意を尊ぶ性格だった。


 そんな価値観が一変したのは、二〇二〇年一月一日の午前三時以降の事だ。あの未曽有の大災害は、東京を悪鬼羅刹の跋扈する万魔殿へ変貌させただけではなかった。それまで平和に毎日を謳歌していた人々の価値観や思想も根底から覆したのだ。


 その余波を、当然のことながら捜索屋自身も受けている。


 災害の洗礼をその身に浴びた結果、『人間』からは程遠い姿へと変わり果てた彼を、道行く人は怖れ、口汚く罵り、次々と石を投げつけた。友人達は何も言わず離れていき、恋人から向けられていた愛情は、別の見知らぬ男へと鞍替えされた。


 人間は、なんと心の醜い生き物なのだ。こんなにも、こんなにもどす黒い感情を心の奥底に溜めこんでいたとは思わなんだ。


 人々の悪意に打ちのめされ、この世に絶望し、死ぬことを考えた時期もある。それでも彼は生きたいと願った。生きなければならないと。死への恐怖心がそうさせたのか。あるいは自らが変わり果てた姿となっても、馬鹿の一つ覚えの如く人間の善性を心のどこかでは信じようと思っているのか――彼自身、良く分かっていない。


 捜索屋は琴美を見て思った。彼女とは出会ってまだ間もないが、実際に話してみて分かった事がある。この少女は、獅子原琴美は『良い子』だ。自分の話を疎んじる事無く、真剣に聞いてくれた。正直なところ嬉しかった。


 だがしかし、捜索屋はこうも考えた。


 もし今自分がこの場で、己が全身を纏っている包帯を取り払い、その姿を見せたら――彼女はどう思うだろうか。きっと、怯え泣き叫び、『化け物ッ!』と、口煩く侮蔑するだろう。そうに違いあるまい。そうならざるを得ない姿をしているのだから、仕方ない。


 一度、胸の奥で静かに湧いた過剰なまでの自己否定が、捜索屋の心に重い陰を落とすのに時間はかからなかった。それまで抱いていた琴美へのささやかな興味心はあっという間に水泡へ帰し、普段通りの無愛想なひねくれ者へと戻る。


「話が脱線したな。本題に戻ろう。お嬢さん。この写真、ちょっと借りても良いか?」


「別に構いませんけど、何に使うんですか?」


「嗅ぐのさ」


 食い入るような視線で、捜索屋は写真の中の獅子原錠一を睨みつけた。息を詰めてじっと何かに耐えるかの如く、錠一氏の顔を、体を、視線でねぶり倒す。それが、彼の能力発動に必要な条件だった。


 無から有が生み出せない様に、何の手掛かりもなしに人や物を探し出すなど、さしもの捜索屋にも出来はしない。警察が証拠をかき集めて犯人を追い詰めるのと同じく、彼が能力を用いて人や物を探し出すのにも必要となる『鍵』がある。


 その鍵こそが写真である。《色彩嗅覚(レザボア・ドッグ)》は、探し物や探し人が映っている写真を見つめる事で発動する。フィルム越しに立ち昇る対象の『匂い』を瞳で感じ取り、視覚化するのだ。


 捜索屋の口から、うめき声に似た音がした。『匂いの視覚化』には、莫大な集中力と体力が必要なことを感じさせる声だった。現に今の捜索屋の姿といったら、まるで湧きあがる業火を前に護摩供養を唱える僧坊が如き出で立ちだ。包帯越しにじっとりと汗が滲みだし、瞳は血走っている。写真を握る手に力が込められ続け、皺が出来る。


 その鬼気迫る姿勢に琴美はもちろん、さっきまでコーヒーを啜っていた再牙も思わず手を止め、目を奪われてしまう。


 一分ほど経過した後、張りつめた緊張の糸が解れて捜索屋が大きく息を吐いた。能力発動の儀式を終えた彼の目には、錠一氏の体臭が色となって映しだされている。


 それは、錆ついたかのような鈍色をしていた。死者に特有の色だ。写真から立ち昇る鈍色は細い糸の形状をとり、するすると店内にひしめく客を透過して店の外へと続いていた。


「上手くいったみたいだな」


 能力発動の儀式を見守っていた再牙が得意げに笑った。捜索屋は何の感慨も無く「ああ」とだけ呟くと、僅かに残った琥珀茶を飲み干した。写真を琴美に返すと、おもむろに椅子から立ち上がる。


「火門よ。早速だが俺は出かける。今日中には連絡を寄こすから、何時でも電話には出られるようにしておけ」


「期待してるぜ」


「それで、依頼金の事だが――」


「わぁーってるよ。前金の五万はいつもの口座に払っておく」


「必要経費は――」


「別途請求、だろ?」


「ああ、それでいい」


 そのまま、レジへ向かって歩き出す。途中で何か大事なことを思い出したのか、振り返って尋ねるようだ。


「火門、三日前のニュースは見たか?」


「そんな前の話、覚えているわけがない」


 アホな事を抜かすなと言うが、しかし構わず、捜索屋は話を止めない。


「三日目の夜、歌舞伎町で呪工兵装突撃部隊(イシュヴァランケヱ)の機関員が、二名殺されたらしい」


「…………ふん?」


 人が殺された? だからどうしたと言うのだ。


 再牙には捜索屋の意図がまるで読めなかった。なんでそんな事を突然言ってきたのか、皆目見当がつかない。


 幻幽都市で人が殺し殺される事など、もはや珍しくもなんともない。むしろ半日常化していると言っても良い。街中を歩いていれば殺人や強盗の現場に居合わせることだってある。特に呪工兵装突撃部隊(イシュヴァランケヱ)に所属する機関員ともなれば、犯罪者が振り翳す凶刃の前に倒れる事なんてのは良くある話だ。


 なんと感想を口にして良いものか。そりゃ悲しいな、とでも言えばいいのか? 再牙が戸惑いの色を隠しきれないでいると、意外過ぎる内容が捜索屋の口から発せられた。


「報道によれば下手人の身元は不明とされていたが、巷ではベヒイモスがやったんじゃないかと、専らの噂だ」


「……お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?」


「ああ」


 静かに頷く。戯言を宣っているようには見えない。茫然として、再牙は嘆声を吐いた。


「証拠は?」


仮想空間(ヴァーチャル・スペース)鑑賞部屋(ムービールーム)に動画が上がっていた。投稿者は不明で、たった三十分で削除されたが、多くの電脳ユーザーが見た筈だ。額に紅い宝玉を嵌めた怪物が、機関員を喰い殺す様をな」


「……それだけか」


「それだけだ。だが、立派な証拠になると思わないか?」


 真面目くさった顔で言い放つ捜索屋。再牙は肩から力が抜ける感覚を覚えた。本気で言っているのかと、問い詰めたい気分だった。


「今時動画加工なんざ素人にだって出来るだろうが。というかそれ以前に可笑しいだろ常識的に考えてよぉ。今の時期に、ベヒイモスがわざわざ人里に下りてきて人を襲うなんて話はよぉ、眉唾ものにも程があるぜ」


 はなから彼の発言を信じていないのか、再牙が一笑に付す。だがそんな彼に腹を立てる事も無く、捜索屋はニュースの内容を伝え続ける。


「それが眉唾ものどころか、どうにも真実味を帯びているようでな。付け加えるなら、その機関員を殺したベヒイモスは従来の種と異なり、人間と同じ外観をしていたらしい。正確には餓鬼……地獄絵図に出てくる獄卒に大変似ていたそうだ」


「ますます胡散臭いな」


「嘘だとでも?」


「当然だろ」


「何故だ」


「さっきも言ったろ? ありえねーからに決まっているからさ。元旦でもねーのにベヒイモスが、それも人間の姿で化けて出てくるなんざ、これまであったか。ねぇだろ?」


「しかしだからといって、それが起こらないという保証は何処にもない。仏魔殿と化したこの都市では、ありえないことなんてのはありえない。俺はそう考えている。ここは神に呪われた土地だ。住む人全てが皆、何かしらの呪いをその身に受けている。そんな奴らが蠢く都市で、何があろうと不思議じゃない」


「……」


「近々、何かでかい事が起こるやもしれん。俺には、そう思えてならない」


「でかい事って、何だよ?」


「そこまでは分からんな」


「また、何時もの『勘』ってやつか」


「そうだな」


「勘、ねぇ」


 お前の勘は結構当たるんだよなぁと、本人には聞こえないくらいの小声で呟く。


「まぁとにかく、お前も身辺には十分気をつけろ。幻幽都市で何が起こるかなんてのは、神や悪魔でさえ、予想のつかない事なのだから」


「嬉しいねぇ。俺の事を心配してくれているのか?」


「勘違いするな。別にお前の為を思って言った訳じゃない」


 捜索屋は手早く支払いを終えると、再牙と琴美の方を振り向きもせずに、たった一言呟いた。


「大事な金づるに死なれたら、困るだけだ」


 その台詞が、果たして本音から飛び出たものなのか、それとも単なる照れ隠しなのか。何故か、呟いた本人さえはっきりとは分からなかった。

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