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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
幕間<過去遡流> 2040年3月
13/78

山橋道元の謀略-外界から見た幻幽都市-

 二〇四〇年、三月。愛知県中央都。


 日本国の新たな首都として隆盛の極みを迎えている、新世紀の大都市。そのシンボルであるセントラル・タワーから一キロ程離れた場所にある、新国会議事堂の一室――『特別会議室』と銘打たれたプレートが掲げられた部屋で、とある会合が開かれようとしていた。


 特別会議室は、異様な緊張感に包まれていた。部屋を照らす光源は、巨大なスクリーンから放たれる白光だけで、それ以外は全て消されていた。そこそこの広さがある室内は、男女合わせて三十名程のスーツを着た人々で埋められていた。規則正しく並べられたパイプ椅子に座る彼らの胸元には、これまた規則正しく、金色に輝く議員バッジが縫い付けられている。


 一体如何なる理由で、現与党の幹部は自分達をこの場へ呼びつけたのか。内閣参与の発表が明日に迫っているが、まさか、その事と関係があるのだろうか。憶測は多々あれど、しかし、正確な理由を知る者は誰一人としていなかった。具体的な説明も無しに、ただ『来い』との通達があったから来たに過ぎない。全員が同じ状況だった。


「やぁ諸君。遅くなった」


 会議室のドアを開けて、一人の恰幅の良い男性がのっそりと姿を見せた途端、室内に蔓延る緊張感が、更に重くなる気配があった。


 男の名は、山橋道元。現与党の民政党副総裁を務めるベテラン議員。次期首相候補の呼び声高い敏腕代議士。年は六十に差しかかってはいるものの、老人にしてはかなりの偉丈夫だった。これまで幾多の政局を乗り越えてきた事を如実に物語るかのように、山橋の佇まいには落ち着きがあった。


 黒ぶち眼鏡から覗く眼光が、鋭く周囲を一瞥した。山橋はスクリーンの白光を背にする形で壇上に立つと、居並ぶ議員らを睨めつけたまま姿勢を正し、低い声を張り上げる。


「諸君、まずは先日行われた国政選挙を無事に勝ち抜き、我が民政党の国会議員として、政治家としての第一歩を踏み出した事、全く以てめでたい事である。民政党所属の全議員を代表して祝福の言葉を贈らせてもらう。本当におめでとう」


 一旦言葉を区切り、咳払いを一つ。

 眉間に皺を寄せて一際険しい表情を浮かべて、


「さて、諸君らも実生活で既に身に染みて感じていると思うが、この国はいま、様々な問題を抱えている。長期に渡る景気低迷、加速する少子高齢化、消費税の増大、東アジア諸国との外交摩擦……解決しなければならない問題は山積みだが、それら諸問題の先陣を切っていると断言しても良い『大問題』が、これだ」


 山橋は言葉を区切り、手元のリモコンを操作した。スクリーンにとある都市の外観が映し出される。空撮映像だ。何処かの都市が四方八方を巨大な白壁に覆われている光景が、議員達の目に止まった。


 まるで、中世ヨーロッパ時代の城郭都市を思わせるような都市構造と言わざるを得ないであろう。カミソリ一枚の隙間も無く街を取り囲む巨壁群は、外敵からの侵入を拒んでいる様にも、何らかの秘密を都市の中に封じ込めている様にも見えた。


 議員らの中には、その映像を見て昔を懐かしむように眼を細める者や、目を伏せて画面から視線を逸らす者がいた。厳しい顔つきで画面を睨む者の数は、それらよりずっと多かった。


 画面に映っている大都市の正体は、あの東京都である。しかし既に、日本の首都としての役割は放棄されていた。今の東京は『幻幽都市』へと名称を変えている。怪力乱神に満ち溢れた、政府から見捨てられた土地へと変貌している。しかしながら、都市では未だに多くの人々が暮らしていた。


 だが、暮らしぶりに関する情報は全く耳に入ってこない。人海戦術と電子的防護を駆使した情報規制が敷かれている為だ。壁の向こう側でどのような生活圏が築き上げられているのかまでは、分からない。


 その為、根も葉もない噂が、《外界》の人々の間でまことしやかに囁かれていた。


 大禍災(デザストル)が東京で発生して以降、週刊誌や新聞を始めとしたマスコミ連中は面白おかしく、変わり果てた東京の姿を伝えた。その大部分が、出所の分からない捏造記事だった。世間は、記事の捏造を責めなかった。


 あれは既に死んだ街で、過去の遺物に過ぎない。

 もう、日本の一部ではない。東京都は死んだのだ。

 だから誰が何をどう書いたって、別に構いやしないじゃないか。

 そんな風潮が、世間に蔓延していた。

 ここにいる議員の大部分も、そう思っていた。


「二○二〇年一月一日午前三時、東京都の霞ヶ関を中心に発生した謎の超極大発光現象により、東京都一帯が甚大な被害を受けて壊滅した事は、諸君らも既に存じている事だろう。あれから二十年。被災した直後は無数の死体と瓦礫の山々に覆われていた土地も、今では再開発と生活技術の発達を経て奇蹟的な復興を果たしている。さて、ここで問題なのは、現在の東京――もとい、『幻幽都市』が、我々が嘗て知っていた東京と異なり、全く『異質な存在』となってしまった事だ」


 一呼吸置いて議員達をみやる山橋。皆、真剣な表情で耳を傾けているが、その瞳には若干の困惑の色が見て取れた。


 この場にいる全員の脳裏に、それは確かに焼き付いていた。

 大禍災(デザストル)の発生直後にテレビ画面に映し出された、東京都の惨状が。


 崩れたビル群から湧き上がる黒煙。あちこちで上がる火柱。大きく脱線した電車。うねり、陥没し、奇妙なモニュメントの如く変形した首都高速道路。応力に堪え切れずに飛び出たマンホール。乗り捨てられた自動車。泣き叫ぶ人々の狂騒。幾つにも折り重なった焼死遺体。超高温の炎に長時間晒され続けた事で、只の木炭の塊と化した木々。廃虚と化した皇居に国会議事堂。根元から崩れ落ちた東京タワーにスカイツリー。

 

 事実上の東京都壊滅――それは一寸の狂いも無く、日本の国力低下を意味していた。あの当時、日本国民は誰しもがこう思った筈だ。『これは果たして、現実に起きている出来事なのか?』と。悪い夢であって欲しい。誰もがそう願ったに違いない。しかし、悪夢は目覚める事無く、この国に依然として君臨し続けている。


 会議室に集められた議員の中には大禍災(デザストル)に遭遇しながらも、命からがら東京から脱出した者もいる。だが、そんな幸運の持ち主はほんの一握りだ。多くの人々は逃げ遅れ、襲いかかる炎に焼かれて蒸発していった。


「何故今になって、突然こんな話をするのか、諸君らは疑問に感じている事だろう。しかし、今一度、この日本に『異物』として認知されている幻幽都市と、そこに潜む『彼ら』の存在をしっかりと意識しておくことも、我々の重要な仕事なのだ。あの災害を無事に生き抜いた結果、超常の力を手に入れた発現異常者――ジェネレーターと呼ばれる能力者達の事をな」


 山橋が再度、手元のリモコンを操作する。瞬時に画面が切り替わる。スクリーンに新しい映像が現れ、ループ再生される。隠し撮りの映像だ。画質はそこそこ良いが、手ぶれがひどい。画面には、手から炎を出して周囲を焼きつくす、異様な男の姿が映し出されていた。


 一連の動作が何度も再生される度に、会場の空気が異質なものに変化していく。皆、どのような反応をして良いものか、分からないのだ。


「この映像は、とあるジャーナリストが幻幽都市に潜入し、極秘に撮影したものだ。あの街からこういった内部情報が外部に流出するのは極めて稀な事だからな、皆、よく見ておく様に。因みに撮影者の証言によると、街中を歩いていた時に、偶然にもジェネレーターの犯罪現場に居合わせ、とっさに撮影したものらしい。手ぶれがひどいのはその為だ」


 映像を見た途端、それまで静かに耳を傾けていた議員達が、俄かに色めきたった。議員の一人がスマートフォンを取り出して映像を撮影しようとする。しかし周囲に立つ警備員達に制止され、議員は已む無くポケットにスマートフォンを収めるに留まった。


「見て分かる通り、ここに映っている男性は掌から火炎を発射し、一般人に危害を加えているのが分かる。これがジェネレーターの一例だ。常人には到底不可能な、人間の力を超えた力を宿す人間。幻幽都市にはこういった、驚天動地の業をその身に宿した者が、少なくとも一万人はいるとの話がある。いいか?手品なんかの類じゃないぞ。混じりっ気無しの、現実の、本物の映像だ」


「あの、一つ宜しいでしょうか?」


 中列に座っていた一人の男性議員が手を上げた。


「なにかね?」


「この映像に映っている男はその後、どうなったのですか?」


「件のジャーナリストの話によると、このすぐ後に蒼天機関(ガルディアン)の機関員が駆け付け、男はその場で殺害されたらしい。蒼天機関(ガルディアン)の存在自体は、耳にした事くらいあるだろう?」


「確か、幻幽都市の政治経済を牛耳っている最高枢密院直属の治安維持部隊の事ですよね? 創設されたのは大禍災(デザストル)の発生から二年後の、二〇二二年頃と聞いていますが」


「創設時期についてはそれで合っているが、実情に関してはちょっと違うな。蒼天機関(ガルディアン)が最高枢密院の唯一保有する、武力行使の権利を有する公的機関である事は事実だ。しかし、都市の治安維持活動を実質的に行っているのは、蒼天機関(ガルディアン)直属の戦術治安維持部隊・呪工兵装突撃部隊(イシュヴァランケヱ)だと言われている」


「副総裁。私も質問を一つ、よろしいでしょうか」


 続けてもう一人、今度は前列に座る、銀縁の眼鏡をかけた男性が挙手し、質問をぶつける。


「先程、最高枢密院が幻幽都市の政治経済を牛耳っていると仰っていましたが、具体的に住民達の生活源となる金は何処から生まれてくるのですか? 今やあの都市はその特異性から、ある種の特別経済特区であると世界各地から認知され、他国との交流を一切を突っぱねている状態ですが……」


「中々いい質問だ。良い質問だが、残念ながらその問いには憶測でしか答えられない。何故なら、幻幽都市の情報統制力は現在のところ、世界中のどの国々よりも勝っているからだ。故にその全貌は掴めず、私がこれまで諸君らに話した内容も、厳正な情報検閲を『運良く』掻い潜って来た、断片的なものに過ぎない。あそこで人々が一体どんな暮らしをしているのかという部分は、完全なブラックボックスに包まれている。だが、推測という前条件を付け加えるなら、君の質問に答える事は出来る」


「どういった答えでしょうか」


「特産物だよ」


「…………と、仰いますと?」


「まぁ口で言っても分からんだろう。そう思って用意してきた。今日は特別に、諸君らにも見せてあげよう」


 含みを持たせた笑みを浮かべると、山橋はその場におもむろに屈み込み、足元にあらかじめ用意していた箱を、壇上に静かに置いた。


 議員達の視線が、一斉にその箱へと注がれる。それは帝政ロシア時代のアンティーク品にも似た骨董品の箱で、大変豪華な金細工の意匠が施されていた。


 山橋はポケットから鍵を取り出し、箱の鍵穴に差し込んだ。開錠音を確認すると、そっと、勿体つけるように蓋を空ける。


 箱の中から姿を見せたのは――――透明感の高い球体の品である。スクリーンの光を浴びて、なんとも幻想的に輝いて見えた。さぞや価値のある宝石なのであろう。そう『錯覚』してしまうほどの、例えようの無い神々しさを放っている。


「水晶ですか?」


 前列の議員の一人がそう尋ねるも、山橋は首を振って答えた。


「宝石ではない。これは氷だ」


 ――――氷だと?

 幾人かが、悟られぬように失笑を洩らす。そんなものが幻幽都市の特産品だとでも言うのだろうか? そう言いたげな議員達の視線を感じつつも、山橋はそれ以上、口で何かを説明する事はしなかった。ここから先に起こる出来事に、言葉はいらない。


「諸君。今から私が行う事を良く見ておくように」


 周囲を一瞥してから、ポケットに手を突っ込んで箱の鍵を取り出す。そして今度は反対側のポケットから、ジッポ・ライターを手に取った。慣れた手つきで火を点け、氷をを丹念に炙り始める。


 氷をあんなに炙ってしまって、副総裁は一体何を自分達に伝えたいのだろうか。自分の手が水滴で濡れる様を見せつけたい訳でもあるまいに。会議場の椅子に座る議員達が、困惑と分かる表情を浮かべていた。誰一人として球体から眼を離す者はいなかった。





△▼△▼△▼△▼





 ジッポライターで氷を炙り始めてから、一分、二分と経過した頃だ。

 ――何かがおかしい。

 氷の『異変』に気付く者たちが現れた。


「氷が溶けない……どうして?」


 前列に座る誰かが、そう呟いた。無意識に口から出た呟きだった。

 それが合図だったかのように、さざ波の如く静かに巻き起こった喧騒は、やがて大きなうねりを伴って会議場を包み込んだ。


 驚愕に目を見開く者もいれば、なぜだどうしてだと疑問を大声で口にする者もいた。後列に座る者達は無意識のうちに椅子から立ち上がり、目の前で起こっている非物理的現象を目に焼き付けようと首を伸ばす。


 珍妙なデモンストレーションは五分と短かったが、その間、火に炙られた氷が融解する様子は、全く無かった。会場が、水を打った様に、しん、と静まり返る。


 たったの五分間。

 そのたった五分間で、新人議員達の常識は否応なく反転させられたのだった。


「諸君、お分かりいただけただろうか」


 氷を箱に戻して鍵を掛け、山橋は得意そうに笑みを浮かべた。予想通りの反応が返ってきて、ご満悦なのだ。


「先ほど見せた氷は、私が偶然手に入れた、幻幽都市でしか確認されていない特別な氷だ。原理は全く以て分かっていないが、超高温の熱を半永久的に与え続けても全く融解しない」


『半永久的』というワードを口にした途端、この場にいる全員が息を吞んだ。


「この氷はその性質上から、現地では凍果実(リザシオン)という名で呼ばれている」


「果実? 人工物ではないのですか?」


 と、最前列に座る新人議員。またもや予想通りの質問が飛んできたことで、ますます山橋は機嫌を良くした。


「幻幽都市の遥か西部、魔界が如きジャングルと化したデッドフロンティアに自生する氷結大鬼樹(ギガ・グラース)と呼ばれる奇樹に実る果物だ。人工物ではない」


「なんと……」


「驚いているようだが、これは氷山の一角だ。あの都市には他の国々には無い、数多くの珍品やお宝が眠っていると聞いている。いずれも、あの大禍災デザストルを契機に誕生した『異物』だという話だ」


 室内には、息を呑む音さえ響いていない。皆、真剣な様子で山橋の言動に耳を傾けている。一言も漏らすまいという風に。


「世間には、ありすぎて困る金を日夜放出しているセレブリティーな人種がいる。珍妙な物を蒐集するのにご執心な好事家も、山ほどいる。そういった輩に、幻幽都市でしか手に入らない『モノ』を特産品とPRして売り捌けば、かなりの金を稼げると思わないか?」


「確かに、理に適っています。都市の経済を支えているのは、特産品の輸出産業という事ですか」


「その通り。だが幻幽都市は現在、特定国との貿易は行っていない。これを考慮するに、輸出ではなく『密輸』と言い換えた方が正しいだろう」


 スクリーンの画面をスライドさせていく山橋。新たに二枚の画像を映した所で、リモコンを操作する手をとめた。


 画面の右半分を占めているのは、幻幽都市上空の画像だった。空模様は青空でも、曇天でもなかった。自然界ではまずありえない、黄金色の雲天がスクリーン一杯に広がっている。


 対して左半分に映し出されているのは、どこかの工場内部の写真だろうか。土気色の床に設置されたハイドロプラントの上部を、無数の配管類が複雑に入り組んで設計されている。


 更にもう一枚、別の画像へ差し替える。今度は幾人かの技術者と思しき人達が、量産レーンに載せられている人型の機械人形の調整に従事している画像が流れた。人間を模したものにしては、余りにも精巧に造られ過ぎていた為だろう。議員達の目には大層不気味に映った。


「幻幽都市の特異な点はまだまだある。現在の自然科学では説明不可能な特殊な自然現象の発生。これまでSF小説や映画の世界でしか語られる事の無かった、ナノマシンを駆使したサイボーグ技術の発達。『不気味の谷』を越えた、人工魂魄を宿すアンドロイドの開発に製造、及び運用技術の確立。加えて、我々の想像を絶する軍用科学兵器も、多数開発されている」


「ちょっと待って下さい、軍用科学兵器ですって?!」


 一人の新人議員が、思わず声を荒げた。


「軍事技術に明るい識者の話では、あの街の科学技術力は、我々の存在している世界と比べて、五十年は進んでいるとの事だ」


 会議室が、再びのざわめきに包まれる。


 五十年だと? 馬鹿な。何かの間違いじゃないのか?とてもじゃないが、信じられない。副総裁は、我々の想像力を試していらっしゃるのだろうか。


 疑念に満ちた会話が、室内のあちこちから聞こえ始めた。驚愕に目が点になる者。五十年先の科学技術を夢想して、難しい顔を浮かべる者もいた。山橋の発言を一笑に付し、せせら笑う不遜な新人もいたが、その顔は若干引き攣っていた。


 それら有象無象の反応を、山橋は右手をサッと挙げる事で押し留めると、毅然とした態度で言い放った。


「私の発言をどう受け取るかは君達次第だ。だが、断言しよう。私はこの会議室に入ってからここまでの間、一度も嘘の発言はしていない。証拠を出せ、と言われたらそれまでだが……しかし、事実として、幻幽都市の科学技術力は、世界水準を遥かに上回っている」


 静まり返る会議室。異論を唱える者は、誰一人としていなかった。


「何故そんな事態になっているのかまでははっきりしていないが、これも、未だに謎の多い大禍災デザストルの成せる業と言ってしまえば、ややこじつけではあるが納得はいく。あの災害は、東京という街の在り方そのものを、根底からひっくり返したのだ……ほう、勘の良い者は気がついたようだな。そうだ。幻幽都市の経済が他国への密輸で成立しているとするならば、その恐るべき科学技術によって生み出された数々の兵器だって例外じゃない。選挙を勝ち抜いた聡明なる諸君らなら、これが大変に由々しき事態である事は、言わなくても分かるだろう。万が一にでも、開発された兵器の密輸先が、原理主義に奔る極悪非道のテロリスト共だとしたら――我々も国家を預かる立場上、これを黙って見過ごす事は出来ないのだから」





△▼△▼△▼△▼





 新人議員向けのイントロダクションを終え、山橋道元は一人、帰路についていた。


 時刻は、午後の五時に差し掛かっていた。中央都を薄い夕闇が包む中、駅周辺を行き交う人の数は昼間と変わらず多い。先日完成したばかりの駅前複合商業施設・ういろうモールの巨大モニターには、生活消耗品類の広告が次々にうたれている。


 スクランブル交差点の歩道は黒山の人だかりで溢れている。タクシーがテールライトを点滅させながら鈍行運転を続けている。その様相はさながら、大禍災(デザストル)前の渋谷や池袋を彷彿させるに十分な街並みだった。


 この街も、随分と賑やかなものになったものだ。すれ違う人々とぶつからぬように上手く避けながら、山橋はそんな事を思った。


 首都になる以前から、名古屋はそれなりに活気づいてはいた。日本の首都となった今では、それ以上の活気で満ち溢れている。


 その源となっているのはやはり、国際貿易港たる名港の存在であろう。都機能を盤石のものとするために更なる開発と拡大を続けていった結果、名港の貿易額と貨物取扱量は、今も世界第一位を維持し続けている。 


 運輸産業だけではない。中央都は観光業にも力を入れている。嘗ての東京ディズニーランドを模して建造されたテーマパークも、今年で営業開始から十五年を迎えていた。


「(これでいい、これでいいのだ)」


 人々が浮かべる笑顔を見て、山橋は強く己に言い聞かせる。自分は、この笑顔を守るために政治家になったのだと。


 税金を私的な理由で使いこみ、謝罪に追い込まれるような間抜けな代議士とは違う。本物の政治家を志す為に、この世界へ飛び込んだ。


 三八歳の時に初当選して以来、無我夢中で仕事に没頭した。家庭もプライベートも犠牲にしてきた。忙しさにかまけるあまり、妻からは三行半を突きつけられた。旧友達は離れていった。それでも後悔はまるでなかった。


 今が勝負時だ。


 中央都が日本の首都として世界に認知されたとはいえ、東京を失った事による国力低下は否めない。復興という目的のみに終始していては、いつか世界の荒波に、この国は呑まれてしまう。


 それでは駄目なのだ。もっと、先を見なくては。日本を強い国に生まれ変わらせる事が、山橋が己に課した使命だった。


 携帯電話が鳴った。


『もしもし?』と口にするよりも先に、関西弁口調の年若い男の声が聞こえてきた。随分と陽気な調子の声だった。


『わいや。さっき入金を確認したで。毎度おおきに。ホンマ助かるわ』


「……その事なんだがな」


『なんや? まさか打ち切りとか抜かすんとちゃうやろな』


「そうじゃない。もうちょっと、何とかならんものかと思ってな。何時も指を食い千切られないかヒヤヒヤしてしまうのだよ」


『仕方ないやろ。あれでも結構頑張った方なんやぞ?』


「確かに、以前と比べたら大分マシになっているとは思うが……」


『こっちの技術は確かに優れとるけど、万能やないんや。話はちと逸れるが、死者蘇生は未だに不可能やしな。それに君、勘違いしとるようやが、アレに手を突っ込んでも、君の手が吹っ飛ぶ訳やない。ワシの金庫に君の指が、にょろんと顔を出すだけや』


「それでは、前に君が説明していた《崩天・果てなき絶海獄(ナインスゲート・リヴェリオン)》の効果と違うじゃないか。私に嘘をついていたのか?」


 泡を食ったかのような山橋の驚きを耳にして、電話口の男が面白げに笑った。


『効果が一つだけとは限らんで。ま、なんにせよ、君はあの異相空間に手を突っ込んでも死ぬことはない。安心せぇよ』


「そうか……すまんな。素人が変な事を聞いて」


『かまへんかまへん。こっちの技術は、そっちの世界から見たら魔法の類やからな。それはそうと、懐の具合はどうや?』


「少なくとも、百億円は追加資金として用意してある。それで足りるか?」


「恐らくはな。しかし、いやぁ、まったくかなわんわ。どうにも。金がかかる一方でなぁ」


「礼には及ばないさ。君には、この国の未来の為に頑張ってもらわねば困るしな。それに、礼を言うのはこちらのほうだ」


『どういう意味や?』


「君から買い取った、あの果実のことさ」


 山橋は意気揚々と、今日の会議室で起こった出来事について話した。電話口の男は一通り話を聞くと、『随分と気に入っとるみたいやな』と口にする。


「当然だ。なにせあの幻幽都市でしか手に入らない珍品だからな。さすがに、五千万を支払っただけの価値はある。それに――」


『それに、何や?』


「この先一生、手に入らなくなるかもしれない代物だしな」


『かもしれないじゃなくて、なるんやろ?』


「……そうだ、そうだったな」


 苦笑を洩らす山橋。冷たい夜風が、彼の髪を撫でつける。


「ところで、研究の方は順調だろうな?」


『あんさんから資金援助してもらっとる手前、しっかり働いとるでぇ。軍鬼兵(テスカトリ)は漸く量産の目途がついた所や。切り札はもうちょっとで完成させるさかい。まぁ、そうやな。作戦決行は恐らく、今年の秋くらいになるやろうな』


「二〇四〇年の秋か。なるほどな。上出来だ」


 男の回答を受けて、山橋の浅黒い顔に安堵の笑みが零れる。一時は計画頓挫の話も出たが為に、喜びも一入なのだろう。そんな山橋の想いを感じ取ったのか、電話口の男が釘を刺す。


『あくまで、順調にいったらの話や』


「いくに決まっているさ。何しろ、人工血液を開発した稀代の科学者が、計画を主導しているんだ。上手くいかない筈が無いだろう?」


 それは手放しの称賛だったに違いない。だがしかし、電話の男は特に照れた様子も見せず、これまた淡々とした口調で念を押す。


『褒められるのは嬉しいんやけど、あんまり周りに吹聴せんといてや。変な噂が立ったら、落ち着いて研究できへんわ』


「そんなに研究に適した所なのか? 幻幽都市は、やたらと物騒な事が多いのだろう?」


『場所によるわな。蒼天機関(ガルディアン)の管理が行き届いてる所やったら、それなりに治安は上々やけど、そうでない所は犯罪者の巣窟や。まーそうやな、割合で言うたら、半々っていう具合やな』


蒼天機関(ガルディアン)か……我々が突破せねばならない障害だな。まぁ、かなりの強敵であることに違いはないはずだろうが……」


 噛みしめるように呟く山橋。彼の心情を知ってか知らぬか、電話の男は実にあっけらかんとした様子で、


『まぁ安心しぃや。いくら幻幽都市の守護者たる奴らが相手と言えども、ワシの傑作達がものの見事に粉砕してくれるわ』


 男の快活な声を聴いて、山橋は内心で安堵していた。半年程前、突然のハプニングが、彼と、彼の所属する『組織』に大打撃を与えた直後は、随分と気落ちした様子だった。それが、よもやここまで気丈さを取り戻すとは。


 だが、そうでなくては困る。山橋は思う。自分達はこれから、一つの街を潰す。何十万という人間を殺すのだ。その為にこれまでの長い間、数え切れないほどの苦汁を舐めてきた。


 それがようやく、実ろうとしている。


『ま、そういう事やから、あんたはドーンと構えて、日本の未来の事だけ考えておけばええ。計画は必ず成功させるさかい』


「そうでなくては困る。上役達も、そのつもりで今後の段取りを進めているのだからな」


『まかしとき』


 そこで電話は一方的に切られた。山橋は暫くの間、スマートフォンのホーム画面眺め、ひとりごちる。


蒼天機関(ガルディアン)大禍災(デザストル)の死に損ない共が創り上げた、幻幽都市の治安維持機構……ふん、よもや、ここまで目障りな存在になろうとはな」


 ふと、ある思いが彼の頭を過った。結局、大禍災(デザストル)とは一体何だったのだろうか。


 そんな単純な、しかし未だに納得のいく回答が得られていない疑問に、思考を巡らせる。


 あれだけ多くの被害を東京に出しておきながら、隣接する県には全く、何の被害も出なかったというのが、未だに信じられない。


 埼玉でも山梨でも神奈川でも千葉でも、一人も死傷者が出なかったばかりか、ビルや民家も、無傷だった。


 不可解な点はそれだけではなかった。災害の直接的原因とされる、謎の発光現象。あれの正体に関しても、はっきりとした事は分かっていないままだった。


 世界中の著名な気象学者、自然科学者、物理学者達が知恵を絞っても、万人が納得するような答えは出せなかった。


 UFOの仕業であるとか、異星人の侵略行為であると述べるオカルト論者も大勢いるが、それらの主張は、どれも説得力を欠いていて現実味に乏しい。


 あまりにも、謎が多すぎる事件だった。出来る事なら、それを明らかにしてから計画を実行に移したかったが、そうも言っていられなかった。


 山橋は、秘めたる決意を胸に秘めながら、都会の雑踏の中に消えていった。

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