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アナザポリス・オリジナル-怪力乱神幻瞑録-  作者: 浦切三語
第二幕 邂逅、依頼、行動
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2-5 暴虐胎動

 黄金氷柱(エクレール)が都市の至るところで観測され、再牙が日課のトレーニングに精を入れ始めた頃。即ち、午後十時過ぎの千代田区周辺。旧後楽園ホールから有明方面へかけて並び立つ無数のビルディングは、都市経済を支えている大企業の力を誇示してあまりある。幻幽都市の歪な発展と共に、高層ビルの建設棟数は年々増加傾向にあった。


 悠然と立ち並ぶ八百メートル級の超高層ビルの壁には、電磁パルスを散らす為のシリコン塗料が施されている。このシリコン塗料は、月光を浴びる事で独特の色模様を浮かび上がらせる特性も備えていた。そして、今宵は満月ときた。故に、超高層ビルの外壁は万華鏡もかくやと思わんばかりの激しい色彩変化を起こし、その様といったら瀟洒絢爛以外の何物でもない。


 加えて、街中を七色の燐粉で化粧する奇紋蝶(アロマチョウ)の群れ。光子元素(フォトニウム)を主食とする彼らにしてみれば、ネオン光に溢れ、深海に煌めく夢幻の宝石箱のように輝く都市の夜は、恰好の餌場であった。


 高層ビル群の隙間という隙間から天高く聳え立つ長大な煙突からは、極炎のファイアスタックが断続的に奔っている。間欠泉にも似た灼熱の飛沫は、のたうちまわる蛇のように暗黒の空中でくねり、踊り、黒と金の色彩が色めく天空へ、激しく舞い上がらんとしていた。


 未来的造形の建造物群を避けて架かる高速道路(ハイウェイ)や高架橋は、今この時も、都市の殺人的物流を支え続けている。その螺旋を思わせるかのような形状で、ビルというビル、煙突という煙突の隙間を縫っている。複雑に入り組んだ道路を走行しているのは、無線給電タイプの電気自動車。全て、大手製薬メーカーや電気機器メーカーが保有している『金銭的には勝ち組』な営業車であった。


 中央分離帯に埋め込まれた受送電クラスタが、車体へ無線給電を行う度に七色に光った。その七色の光が、車体フレームに仕掛けられた立体映像(ホログラフィック)が創りだす幻の美少女の出で立ちをより華やかに演出する。車自体を発源体として夜の闇に浮かび上がる企業宣伝美少女(カンパニー・キャット)達は、社訓を述べ上げたり、歌と可愛らしくも艶のある踊りを交えて、自社商品を宣伝したりと大忙し。競合会社に負けじと、他の営業車も乗っかってくる。だれが開始の笛を鳴らしたわけでもないのに、高速道路(ハイウェイ)を舞台にした、営業マン同士の宣伝合戦が勃発した。いつものことだ。


 高速道路(ハイウェイ)に、一陣の黒い風が吹いた。反重力出力系統を備えた浮動(エアロ)バイクの集団が、高速道路(ハイウェイ)に乗り込んできたのだ。バイクはマフラーから翡翠色の排気ガスを撒き散らし、三車線の道路を時速三百キロで疾走。吐き出されたガスが美少女の立体映像(ホログラフィック)に吹き掛かり、映像に白いノイズがはしった。


 浮動(エアロ)バイクの運転に、遠慮は無かった。速度を増す度に前輪と後輪が若干路面から浮かび上がると、乗り手は前傾姿勢を取って、前輪部をわざと沈ませた。あるいは後部へ体重を掛けて、空中ウィリー状態を持続したりと様々だった。当然スピード違反だ。悪質な暴走行為と言ってもいい。


 誰かが通報したのだろう。バイクの直ぐ後ろを、三台の自走人型二輪駆動機が、注意勧告の電子汽笛音を鳴らして猛追してきた。スピードスケート競技者の様に道路を駆るその動きは、しかし優雅とは程遠い激しさを伴っていた。自走人型二輪駆動機のコックピット内は無人である。それは、脹脛の関節部分から生えた排気口から黒煙を撒き散らして、稼働を止めぬ。無線給電式且つ無人駆動の追跡者。その所有権は蒼天機関(ガルディアン)に帰属していた。


 また始まったよ。いい加減にして欲しいよなぁ。

 

 宣伝合戦に水を刺された営業車達が、仕方なく自走人型二輪駆動機に道を譲る。不穏な気配を察知して、慌ててギアを上げる浮動(エアロ)バイク。それを追う自走人型二輪駆動機。この街では特に珍しくもない。毎晩の如く繰り返される光景(カーチェイス)だった。


 都市の一角で、そのような激しい出来事が起こっているにも関わらず、皇居跡地に悠然と聳え立つ『巨塔』の周囲は、実に落ち着いた雰囲気に包まれていた。全高一千二百メートル。都市唯一にして、世界唯一の超々高層建築物(ハイパービルディング)。都民なら、誰でも一度は目にした事のあるこの尖塔こそ、幻幽都市の守護組織たる蒼天機関(ガルディアン)の本部庁舎に他ならない。


 その佇まいは、絶大な程に雄々しく、重苦しい圧迫感を人々へ覚えさせた。建築に使用されている資材は融合璃鉱物(アマノイロカネ)である。ガラスと金属の性質を持たせた人工鉱物だ。それを、百メートル大の三角柱状に切断して成形し、数理美的観念の下に組み上げていた。


 未来的超々高層建築物(ギガロスカイ・トライスクレイパー)、あるいは、王皇ノ柱塔(ギガストス・バベル)と呼ばれるその尖塔は、外観もさることながら、内装にも大変に惹きつけるものがあった。


 庁舎一階内部は、中世ヨーロッパもかくやと思わせんばかりのゴシック装飾が誂えて豪華絢爛。されど、一階部分に相当する外壁から人々を見守るは、慈愛の聖母、父なる神の御子にあらず。


 大広間へと続く正面玄関入り口。その丁度真上に粛々と安置されたるは、ブロンズ彫像の釈迦である。仏教の礎を築きし独覚の周囲に陣取り、道を行き交う数多の都民へ優美たる視線を投げかけ、力強くも現世の儚さと諸行無常の理を永々と説くは、かの高名な十大弟子の彫像である。その精緻さたるや、全く以て見事と言う他なかった。


 一転して、正面入口の真反対に陰の如く存在するは、頭身の毛も太る程凄惨に刻まれた、八大地獄道の大彫図である。


 天網恢恢(てんもうかいかい)が信条の蒼天機関(ガルディアン)。その決意を現して余りあるか。灼かれ、煮られ、凍え、貫かれ、阿鼻叫喚の渦中にあって永劫の苦しみにのたうつ咎人の群れ。都市に潜む悪党共の目に、それは如何様に映っているのであろうか。





▲▽▲▽▲▽





 その本部庁舎から目と鼻の先程度の距離にあるのが、新宿区歌舞伎町だった。大禍災(デザストル)以前も以降も、歌舞伎町の本質はしばらくの間変わらなかった。どこもかしこも猥雑としていた。人間の夥しい性欲と支配欲にあふれる街。虚構の賑わいに人々が踊らされる、夜の都。


 幻幽都市創設後、歌舞伎町は電子麻薬と違法カジノの楽園として、闇の中で栄えていた。しかし三年前に、蒼天機関(ガルディアン)主導の下、大規模な清浄化作戦が為された。作戦は三日三晩続いた。店側と機関側との小競り合いで、多くの死傷者が出た。


 それでも、何も変わっちゃいない。歌舞伎町がという意味ではなく、都市が、という意味で。乱痴気騒ぎを望む者や、自ら破滅的快楽を求める者は、五反田や新大久保に進出した。彼らの背後に隠れ、莫大なアングラ・マネーを生み出すフィクサー達は、《新世界》と呼ばれる、広大な地下街へと逃れた。


 なんにせよ、地上の歌舞伎町は閑散としていた。清浄化作戦で、人の数がだいぶ減った。町は、不気味なぐらい静まり返っていた。呪工兵装突撃部隊(イシュヴァランケエ)・新宿支部が抱える負担は、昔に比べて随分と減っているのは言うまでも無い。


 だがそうは言っても、毎日の警邏を怠る事は決してない……というのは、一応の建前だ。誰が言い出したか分からない、暗黙のルールだ。肩をいからせ、大股で歌舞伎町の大通りを歩く二人の機関員も、それを理解していた。理解して、ルール通りに適当な仕事をしているから、いつまで経っても上にいけない。三十半ばを過ぎても、支部の平機関員に甘んじているというのは、社会的に言えば負け組だった。


「何時見ても綺麗だよなぁ」


 二人組の片方、長身の機関員が、間抜けな面で空を仰いだ。闇の彼方から降り立つ黄金雲の氷柱を愛おしげに見つめては、洩らすように呟いた。対して、相方である小太り機関員の反応は対照的だ。つまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らすのみ。


「本部庁舎の方が、随分とマシだと思うが?」


「確かにね。でもこっちも十分綺麗だよ」


「ふざけるな。何が綺麗なもんか。あれのせいで、どれだけこの街が煮え湯を飲まされ続けて来たと思っているんだ」


「地下に潜っちゃえば関係ないさ。そうだろう?」


「そういう事を言ってる訳じゃねぇ」


「偏屈になるなよ。本当に綺麗なんだから仕方ないよ」


「呑気でいいな。そんなんだからいつまでたっても出世出来ねぇんだ」


「お互い様さ」


 長身の男は連れの皮肉を軽くやり過ごすと、名残惜しそうに黄金氷柱から目を離し、今度は街中へと視線を向けた。目に付くのは路地裏で死んだように眠っているホームレスか、行き場を無くした麻薬中毒患者が関の山だ。健常者は見当たらなかった。


 だが、事件というのは得てして、こういう時に勃発するものである。


 長身の男が「あれ?」と上ずった声を出し、不意に足を止めた。シャッターの閉まった寂れた風俗店。その隣に建てられた古ぼけたアパートの外壁へ、目を凝らしながら近づいていく。アパートの外壁に取り付けられた空間干渉測定器(ボーア・カウンター)の針が、異常な数値を指しているではないか。


「どうした」


 同僚の反応が気になったのであろうか。後ろから、小太りの男が声をかけた。同僚が見せたおかしな反応が気になったらしい。


「いや、これ……」


「んん?」


 促され、まじまじとメーターを見つめる。メーターが、危険領域を示すレッドゾーンを振り切っていた。何らかの強い次元干渉が、この近辺で起きている事の証拠である。本来ならこういう場合、直ちに支部へ異常を報告するのが定石だ。周辺住民へ注意喚起をせねばならない。


 しかし、


「ありえないな。こんな数値」


 小太り男は、興味なさげに吐き捨てた。


「どうせ故障だろ」


「そうかなぁ。カウンターが壊れるなんて話、聞いたことないぞ」


 異を唱える長身の男だったが、小太り男は聞く耳を持たない。相方の心配を杞憂と決めつけ、即座に却下した。


「機械なんだから壊れる事ぐらいあるだろ。そんな事より、さっさと警邏を終わらせるぞ」


「あ、ああ……」


 愚かなことに、彼らは異常を見逃した。

 この街では、非常識こそが常識。身の回りでどんな不可思議な現象が発生したとしても珍しくはない。二人はそのことを、すっかり失念していた。機関員にしてはあるまじき心持ちと言える。


 だが、そんな鈍感な彼らでも、嫌がおうにも気づかざるを得なかった。

 何の前触れもなく突然周囲に立ち込めた、濃密な殺気に。


 気配を察して、長身の男が背中の鞘から超硬性セラミック・ブレードを引き抜き、腰の辺りで構えを取る。一方の小太り男は、緊張した面持ちで腰に差したホルスターに手を回している。銃把は、まだ握り締めていない。


「な、なんだ……?」


 ブレードの柄を固く握り、長身の男が呟く。相方の返事は無い。両者とも、ピンに刺された蜘蛛のごとく、動けずにいた。


 不気味な気配は、尚も眼前のはるか彼方――寂れた風俗店が連なる歌舞伎町の奥の奥から、こんこんと湧き出して止まらない。


 途端に、殺気が異様な膨らみを見せ始めた。それまで一か所からしか感じていなかった死の気配が、道の真ん中に佇む彼らをぐるりと一遍に取り囲んだ。


 そうして闇の奥から、店の影から、テナントの屋上から、ぞろぞろと這い出てくる異形の者共。


 その数、十――二十――三十――いや、五十匹以上!


「な……んだ? ありゃあ、一体……!」


 茫然として言葉を発するのさえ容易でない。


 人間の子供程度の体格。大きく歪に膨れ上がった下腹部。肉が削ぎ落とされたかの様に細い首。深い皺の刻まれた、獰悪極まる貌は鬼面を思わせる。暗闇でも辛うじて判別出来るその体格は、地獄絵図に登場する餓鬼そのもの。


 餓鬼達の眼が、二人を捉えて離さない。爛々と不気味に発光し、揺らめく双眸。額には、異形の証である紅煌の石。


――――額に、紅煌の石だと!?


「まさか……お、おい、マジか!?」


「ベヒイモスだとッ!?あ、ありえねぇぞ! な、な、なんでこんなところに……!?」


 狼狽し、どうして良いか分からず、ただただ慌てるばかりの機関員。先ほどまでとは打って変わり、二人の顔は死の恐怖に冒されていた。滝のように流れ出る冷や汗。奥歯をがちがちと鳴らし、忍び寄る絶命の気配から、逃げ出すことも叶わない。


 餓鬼の群れが、粗野な嗤いを浮かべた。

 ゴロゴロと喉を鳴らし、一斉に咆哮を上げる。


 地の獄を思わせる壮絶な哭き声であった。

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