3-18後悔と涙
10月半ば――――
私は私立新美浜高校の内定をもらい、
涼華ちゃんと美優ちゃんと居酒屋でお祝いパーティーをしていた。
「紗英ちゃんおめでとう!!」
涼華ちゃんがお酒の入ったグラスを掲げて言った。
私は同じように掲げて「ありがとう」と言ってお酒を一口飲んだ。
「これから東京暮らしになるんだよね…寂しくなるなぁ~…。」
「気が早いよ。三月まではこっちにいるからいっぱい遊ぼう?」
涼華ちゃんは嬉しそうに頷くとお酒を飲んだ。
美優ちゃんがリスのようにポテトを食べている。
「でもこれで東京組は紗英ちゃんに本郷君でしょ。あと美優ちゃんもだっけ?」
「うん。私は東京の楽器店。圭祐君はこっちの院に残るから、離れ離れなんだぁ。」
美優ちゃんが寂しそうに笑った。
「大丈夫だよ!そんなに離れてないし、休みの日とか会えるから!!」
「あはは。ありがとう。涼華ちゃんも院に残るんだよね?」
「うん。せっかくだから残って大学の講師でも目指そうかなってとこ。
てっちゃんはこっちの企業に就職するみたいだからちょうどいいしね。」
涼華ちゃんは一時期留学していたのもあって、まだ勉強を続けるみたいだ。
コンクールの入賞経歴もあるから、音楽を諦められないんだろう。
「みんな彼氏と仲良しでいいなぁ。」
私はグラスの淵を指でなぞりながら言った。
すると涼華ちゃんと美優ちゃんが体をテーブルにのりあげて私に詰め寄ってきた。
「何言ってんの!?紗英ちゃんには本郷君がいるじゃない!」
「そうそう!!」
「へ?翔君は彼氏じゃないよ?」
「まーだそんなこと言ってるの!?他人から見たら二人は付き合ってるようなもんだって!!」
「お互いの家を行ったり来たりしてる関係で友達なんてあり得ない。」
美優ちゃんまで私をそんな風に見ているなんて驚きだった。
「だって…友達だから…、そんな付き合ってるっていうような甘い雰囲気になった事ないよ!」
「紗英ちゃんの鈍感!!そんなの本郷君が遠慮してるからに決まってるじゃない!!」
遠慮!?
翔君とは高校のとき色々あったけど、今は浜口さんもいるし安心していたのにそんな事を言われると意識してしまいそうだ。
「でも、翔君…浜口さんと仲良いし、浜口さんと付き合ってるんじゃないかな?」
私の言葉に二人は顔を見合わせてから笑った。
「浜口さんかぁ~…あの二人の関係はよく知らないけど、付き合ってる感じじゃないよね?」
「うん。本郷君は紗英ちゃんといるときの方が男の顔してる気がする。」
男の顔がどんなものか想像できなかったが、翔君にどう思われていようと私の気持ちは一つだ。
「でも……私、翔君の事そんな風に思ったことない。」
そう答えると涼華ちゃんが大きくため息をついた。
「まだ待ってるの?」
私は涼華ちゃんの問いかけに夏のことを思い出した。
東京駅ですれ違った吉田君のことを――――
「……どうかな…。今はわからない…かな。」
私はまっすぐ二人を見れなくて、視線をテーブルに落として答えた。
「いつ帰ってくるのか分からない人を待つより、私は近くの人に目を向けた方がいいと思うよ。」
「あ、本郷君がダメなら夏に仲良くなったあの人は?」
美優ちゃんが私に気を使ったのか吉田君のことから話を逸らしてくれた。
「そうあの人、山本君だっけ?」
山本君の名前が出て私は心臓がドキッとした。
「あー!!いいね。紗英ちゃん海で仲良くなってたよね?」
「そう。だから、お似合いかな~なんて。」
私と山本君をくっつけようと話す二人の声を聞きながら、
私は夏に彼にしてしまった事を後悔していた。
最後に見た彼の顔はすごく悲しそうな顔をしていた。
震える声で言った彼の言葉が耳に響く。
「山本君はダメだよ。」
盛り上がっていた二人の視線が私に向いた。
私は顔を上げて笑うと場を和ませようと口を開く。
「それよりさ、美優ちゃんと圭祐君の馴れ初めが聞きたいなぁ~。」
二人とも何か察してくれたのか、話題にのっかってくれた。
涼華ちゃんが美優ちゃんをからかって、美優ちゃんは照れている。
私はグラスに残ったお酒を一気に飲むと、二人の話に耳を傾けた。
***
その日の11時過ぎに二人と別れて自分のアパートに帰ってきた私は、フラつく足取りでソファまで辿りつくと倒れ込んだ。
倒れ込んだまま、私はさっきの二人の幸せそうな顔を思い出して、嫉妬で胸の中が黒くなっていくのを感じた。
どうして…私の隣には吉田君がいないんだろう…
今まで何度考えたか分からない事が、頭の中でグルグルと繰り返される。
吉田君は何で私に会いに帰ってきてくれないんだろう…
今、どこで何をしているんだろう…
私のことを…忘れてしまったのだろうか…?
東京駅で会った吉田君の姿が瞼の裏にこべりついて離れない。
彼は私の声に何の反応も示さなかった。
私は今まで彼を忘れた日はなかったのに…
彼は私を忘れてしまったようだった…
その事実が胸に収まって何かが終わる予感がした。
私はクッションに顔を埋めると、両手でクッションを握った。
強くクッションを握りしめながら、涙が出そうになるのを必死に堪える。
何で…どうして…
その言葉ばかりが浮かんで、嫌になってくる。
吉田君を信じたい…
必ず帰ってくるって…いつか…きっと…
でも、山本君に言われた言葉が響いて、私の決心を鈍らす。
『あいつが帰ってこない理由なんて一つだ…あいつには他に大事な奴ができたんだよ。』
そんな事ない…そんなはずない…
否定したいのに、吉田君に会えない現実が重くのしかかって、私は息が苦しくなってきた。
気分はどんどん泥沼に落ち込んでいって、私は久しぶりに気持ちの悪循環に陥った。
***
それから一週間が経ち
私は気分転換がしたくなり、今まで来たことのない駅に降り立った。
私の大学のキャンパスと翔君のキャンパスの間ぐらいの駅だ。
この駅の近くにも大学があるのか、大学生っぽい人たちがたくさん歩いている。
紅葉の綺麗な道を歩きながら、私はすれ違う楽しそうな人たちを見て微笑んだ。
なんかほっとする…
私はしばらく歩くと左手にお洒落なカフェを見つけた。
私はちょっとクラシックな外観に惹かれて入ってみることにした。
中に入ると外観と同じで店内もアンティークな置物が置かれていたりと私好みな様相だった。
店員さんにお一人ですかと聞かれ、答えるとお好きな席にどうぞと言われた。
私は店内を見回して窓際の紅葉の見える席に行こうとしたら、見覚えのある人が目に入った。
思わず私はそのテーブルの傍で立ち止まった。
二人掛けのテーブルに座って不機嫌そうな顔をしているのは山本君だった。
向かいに女の子が座っていて深刻そうな話しているようだった。
山本君は私に気づいたのか一瞬こっちに目をやったあと、驚いたように顔を向けた。
私は夏以来彼に会っていなかったので、動揺して思わず避けるように背を向けた。
来た道を戻って、店員さんにすみませんと言って店を出ようとしたら、入り口手前の段差につまずいて転んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
店員さんが驚いて私に手を貸してくれたが、私は恥ずかしくて痛む足とぶつけたおでこを押さえて逃げるようにお店から出た。
とりあえず逃げたかったので、下を向いたまま痛む足を動かす。
落ち着け…何でもない…
そう言い聞かせていたときに、後ろから声がかかった。
「沼田さん!!」
私は無視するわけにもいかないので足を止めて、ゆっくり振り返った。
動揺を出さないように隠す。
山本君が駆け寄ってきて私を見つめた。
「久しぶり。」
「……うん。」
気まずい沈黙が流れる。
私は山本君が私を追いかけてきた理由が分からずに、じっと彼の顔を見た。
山本君は私から目を逸らしながら、何を言おうか考えているようだった。
「……誰かと一緒じゃなかった?」
私はさっき見た一緒に座っていた女の子のことを思い出して、あの子を置いてきたんだろうかと気になった。
山本君は言いにくそうに口をもごつかせると、「元カノ。」と言った。
夏に会ったあの子だろうかとその子の顔を思い出そうとしてやめる。
「待たせるの可哀想だよ。私はこれから帰るから戻ってあげて。」
精一杯の気遣いのつもりで笑顔で言う。
「それじゃ」と逃げるように横を通り抜けようと思ったら、すれ違いざまに手を掴まれた。
私はびっくりして顔だけ彼に向けた。
「くそっ!!ほっとけねぇんだよ!!」
彼は吐き捨てるように言ったあと、私の手を引っ張っていく。
「え…?へっ!?」
私はどこに連れていかれるんだろうかとさっきの動揺も合わさって半ばパニックだった。
山本君は怒っているのか、手に力を入れたままどんどん勝手に歩いて行く。
5分ほど歩いたところで、とあるマンションに着いた。
山本君は自動ドアをくぐって中に入ると、一階の端の部屋の前でやっと立ち止まった。
そして鍵を取り出したのを見て、山本君の家だと分かった。
山本君は「入って。」と私に言ってくる。
私はさすがに男の子の家に入るのは躊躇われた。
山本君は動かない私に痺れを切らしたようで、背中を押して強引に中に連れ込んだ。
部屋の中は物が散らかっていて汚かった。
山本君は散らばった服や本を部屋の端に集めているようだった。
私はそれを玄関で眺める。
「何やってんの!こっち来て!!」
声をかけられてビクッとするとしぶしぶ靴を脱いで中に入る。
山本君は「ここ座って」というと何か手に持っている。
私はその様子を伺いながら椅子に座った。
すると、山本君は手に持っていたものを私のこけたときにできた傷にかけた。
そこで手当をしてくれているんだと気づいた。
「……あ、ありがとう。」
山本君は「ん。」と怒ってるのか表情を変えずに手を動かしている。
そんなさりげない優しさに私は夏の後悔を思い出して謝った。
「…花火のときは…ごめんなさい…。」
山本君は手当しながら、黙っている。
私は言い訳したくて続けた。
「あのときは…誰にも頼りたくなかった…っていうか…迷惑かけたくなくて…」
「知ってる。」
手当を終えた山本君が私の言い訳を遮るように言った。
山本君は私の前にしゃがんだまま私を見上げた。
「きっとそうなんだろうなって思ってた。だから、いいよ。」
彼の強い言葉に私は自然に涙がこぼれた。
傷つけても許してくれる相手がいる。
それが嬉しくて…私は涙が止まらなかった。
ここから少しずつ前進していきます。




