3-17境界線
俺は今一通の封筒を目の前に正座していた。
封筒には俺の第一希望の会社の名前が印字されている。
中身は見なくても分かる。
先日の最終面接の結果だ。
俺は手に取るのをためらうと、一度手を合わせて祈った。
どうか採用になってますように!!
そして気合を入れると、封筒を手に取り一気に封を開けた。
少し厚みがあったので期待が膨らむ。
俺は用紙を取り出して目を通した。
「……この度は……」
声に出しながら読みながら、一番知りたい欄を見つけた。
「……採用…!!」
太字で書かれたその二文字を見て、俺は用紙を持ったまま手を振り上げた。
「やったーーーー!!!」
嬉しすぎてその場に寝転んだ。
にやけた顔のまま天井を見上げる。
そのとき一番に報告したい人の顔が浮かんだ。
俺は寝転んだままケータイを取り出すと、電話をかける。
何回かコールした後、いつもは一回でつながらない相手が珍しく電話に出た。
「あ、紗英!?俺!!」
『翔君?どうしたの?』
「聞いてくれよ!!俺、第一希望の会社の内定決まった!!」
『本当!?おめでとう、翔君!良かったね!!』
紗英は自分の事のように喜んでくれた。
俺は自分が誇らしかった。
「ははっ!!これも実力の賜物だな!」
『お祝いしなきゃだね。私、ご馳走作るよ!』
「マジ!?やった!!」
紗英と二人でお祝いを想像して、また顔がにやける。
紗英は楽しそうに笑った後、少し間を空けてから言った。
『……あの…山本君って元気?』
俺は紗英の口から竜也の名前が出て驚いた。
「竜也?…元気だと思うけど?」
『そっか、ならいいんだ。ごめんね。じゃあ、またお祝いの日とかメールするね。』
紗英は最後の方は慌てた様子で電話を切った。
俺は紗英の様子が変だったので、電話が切れた後もケータイを見つめた。
何なんだ…?紗英が竜也を気にするなんて…
二人に何があったんだ…?
俺は二人の関係を想像して、嫌な予感がした。
海で浜口が言っていたことを思い出す。
紗英が竜也を好きなる…?
そんな事…ないと思いたいが、さっきの電話の様子でははっきりと否定できない。
さっきまでの浮かれ具合が嘘のように、俺は頭を抱えて悩んだ。
そんなときインターホンが鳴った。
俺は疲れた顔のまま「はいはい」と返事をしながら扉を開けた。
そこには俺と同じように疲れ果てた顔の竜也が立っていた。
「竜也?珍しいな。俺の家に来るなんて。」
「ああ…ちょっと入れてくれるか?」
竜也はフラフラと俺の部屋に入ると、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
俺はそんな竜也の背を見つめて訊いた。
「何だよ。何があったんだ?」
竜也はうつ伏せのままズボンのポケットを探ると、ケータイを取り出してある画面を俺に見せた。
俺は見せられた画面を見て、口を開けたまま固まった。
見せられたのは着信履歴だった。
そこには同じ名前の子からすごい回数の着信があることを表していた。
下手したら10分おきぐらいに着信の時間が表示されている。
「…元カノ…。毎日、嫌ってほどかかってくるんだ。」
「うげ…。最悪だな。ちゃんと別れたんだろ?」
「あぁ…そのつもりなんだけど…伝わってないみたいだ…。」
竜也はケータイを見せていた腕をだらんと下げると、心底疲れているようで大きなため息をついた。
俺は今までそんな経験をしたことがないので、良いアドバイスができない。
何か対策案はないかと唸っていると、竜也がベッドから起き上がって今度はテーブルに突っ伏した。
「元カノもやっかいなんだけど…もっとしんどい事があってさ…」
「しんどい事?」
竜也は顔だけ俺に向けると死んだような目で言った。
「沼田さんに拒否られた。」
「は!?」
拒否られたってなんだ!?
俺は二人の関係が見えずに混乱した。
「な…お前…、紗英のこと好きだったのか!?」
「ちげーよ…。力になりたくて、勇気出してケー番聞いたんだよ。したら、拒否られた。」
「なんだよ…。そんだけかよ…驚かせんな…。」
俺はホッとして腰を落ち着けた。
紛らわしい言い方しやがって…
竜也は目を細めると少し寂しげに笑った。
「…翔平。…沼田さんは何を怖がってるんだろな?」
「―――…怖がってる?」
俺は竜也が何を見て言っているのか分からない。
竜也は目だけで俺を見上げて言った。
「お前、沼田さんに頼られたことあるか?」
「……頼られた…事?」
「ああ。たとえば…竜聖のこととか。」
「そんなの紗英が言うはずない。」
俺はこれには断言できた。
紗英は俺には一切竜聖のことを言ってきた事はない。
いなくなった後も俺から心配することはあっても、
紗英の口から寂しいとか竜聖に対する弱音を聞いたことはない。
「だよな。」
竜也は分かったような顔で言った。
俺には竜也が紗英の何を見ているのかが分からなかった。
何だか竜也の方が紗英を理解しているようで悔しい。
竜也はテーブルから体を起こすと、ベッドを背もたれにして天井を見上げた。
「あれは…すごいバリア張られた感じだったなぁ…」
何かを思い出しての言葉だったようだ。
「バリアってなんだよ?」
「境界線だよ。ここからは入るなーって感じのやつ。
あれ…どうやったら壊せんのかなぁ…。」
竜也は体を起こすと俺を羨ましそうに見てくる。
「お前はいいよな。そんな境界線感じたこともねぇんだろ?」
紗英との間に境界線なんか感じたことはない。
「ないけど…でも……。」
俺はさっきの電話の紗英を思い出していた。
紗英は竜聖がいなくなってから、気持ちを隠すことが多くなったように思う。
辛くても、悲しくても周りに相談なんかしている姿を見たことがない。
そういう意味では境界線というものが存在する気もする。
「でも、なんだよ?」
竜也は体を起こして俺を見た。
俺は言葉にできなくて悩んだ。
境界線なんてはっきりしたものじゃない…と思うけど…
あいつがいなくなってから…
紗英は皆に囲まれていてもずっと独りぼっちのように感じる…
遠くを見て、ずっとあいつを待ってる
悲しくなっても、辛くなっても、笑顔でそれを隠す。
これは俺に限らず、周りの人間に対してみんなそうだ。
紗英が心を開く人間がいるとすれば…それは一人しかいない。
俺は今はいないあいつの背中を思い出しかけて、かぶりを振った。
「いや、きっと俺にもお前にも…踏み込めないことってのがあるんだよ。」
「踏み込めない…ねぇ…。でも、そんなのしんどいだけだと思うんだけどなぁ…。」
竜也は頭の後ろで手を組むと天井を見上げた。
俺は紗英の力になれないことが悲しくて…寂しかった。
竜也に言われて気づいた。
俺だって紗英のために何もできていないこと…
そばで支え続けるって誓っていたって、紗英がそれを望んでいない事…
いまだに大きなあいつの存在を感じて
俺はどうすればいいのか分からなかった。
竜也の元カノ恐ろしいですね。
本当にあったら恐いなと思って書きました。あくまでフィクションです。




