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勘違い系○○  作者: 流音
第三章:大学生
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3-15なぜ、いなくなったのか


私は紗英がこんなに怒ってる姿を久しぶりに見た。

今も山本君ともめて言い争っている。

なんだか高校のときのように生き生きとしている姿にホッとする。

それは夏凛も同じだったようで、私と同じように二人を見て微笑んでいる。


「なんか…紗英、楽しそう。」

「そうだね。もしかして…山本君のおかげなのかな?」

「そうかも…。吉田君と一緒にいたときの紗英が一番好きだけど、今の紗英も悪くないかな。」


夏凛は嬉しそうに笑っている。

私は吉田と一緒にいたと言われて、高校の時の事を思い出した。

あの頃の紗英は本当に幸せそうだった。

バレンタインチョコ渡せたとか、ホワイトデーに花束もらったとか…遊園地でデートしたとか…

私は思い出せば出すほど、あのときの紗英の姿が思い返されて目の奥が熱くなってくる。

そんな私に気づいたのか、夏凛が私の背中を優しくトンと叩いた。


「紗英は大丈夫だよ。」


夏凛の言葉は短かったが、心強いものだった。

私は泣きそうになるのを堪えると力強く頷いた。

夏凛はいつも客観的に周りを見ている。

だからいつもさり気なく周りをフォローしてくれる。


中学のときもそうだった。

吉田と話せなくなって落ち込んでいる紗英を見守っているときに、さらっと言ってほしい事を口にする。

よく状況を見ているから、ここぞというタイミングで相手を気遣う事ができる。

これは夏凛の長所だ。

私はいつも紗英の視点に立ちすぎてしまうので、夏凛のそういう面は見習いたいと思った。


「ねぇねぇ、花火見るのこの辺でいいかな?」


前を歩いていた紗英が私たちに振り返って言った。

私は周りを見回して、そこまで人の数も多くないし落ち着いて見られるのではないかと感じた。

今は開始前なので人通りがあるのが気になるが…


「うん。ここでいいよ。」

「じゃあ、私何か飲み物買ってくるよ。」


紗英がそう言うと周りも見ずに歩き出して、横を歩いてきた人にぶつかりかけた。


「さっ…紗英っ!!」


私は慌てて声をかけたが、それより早く山本君が紗英の腕を引っ張って難を逃れた。

隣の紗英は呆然として、目をパチクリさせている。

これは完全に目に入ってなかったという顔だ。

彼は歩いてきた人に「すみません。」と頭を下げている。

私はそんな彼の姿が吉田と重なって見えて目をこすった。


「ったく。周りに目を向けろよなぁ…。飲み物は俺が買ってくるから、ここでじっとしてろ。」


彼はそう叱咤すると、人の流れにのって歩いていってしまった。

残された紗英が怒られた子供のように肩をすくめて笑った。

私はつられて笑顔を浮かべる。


「怒られちゃった。なんかいつも山本君には心配かけてるなぁ…。」

「いつも…?」

「うん。この間も海に行ったときに散々迷惑かけてさ…山本君には醜態ばっかり晒して恥ずかしいのなんのって…。」


紗英は自嘲気味に笑っている。

私は二人の関係がよく分からなくて、紗英に訊いてみた。


「紗英。もしかして山本君の事、好き?」


紗英は目をパチクリさせると、吹き出した。


「あははっ!それはないよ!!山本君はなんていうのかな…友達…ってわけでもないし…知り合い?みたいな。」

「そっか。」

「うん。腹の立つ事も言ってくるし、現に今もただの邪魔者だよね?」


私は本気で山本君のことを貶している紗英に違和感を持った。

紗英がこんな風に他人のことを言うのは初めてだった。

相手を傷つけることを極端に嫌う紗英が、人を貶すなんて…

紗英は余程山本君に心を許している気がしてならない。

口では知り合いなんて言っているけど、どう見ても知り合い以上…いや友達以上な関係に見える。

紗英が変わってきている。

私はそう感じて嬉しかったが、少し複雑だった。


「誰が邪魔者だ。」


話をどこから聞いていたのか、山本君が戻ってきた。

手には缶ジュースを4本持っている。


「早っ!!もう買ってきたの?」

「すぐ近くに自販機があったんだよ。」


山本君は私たちの分まで買ってきてくれていて、一人ずつジュースを手渡した。

お礼を言って受け取る。

代金を払おうとしたら笑顔で「いいよ。おごり。」と返されて、不覚にもドキッとしてしまった。

男らしくスマートな姿に相当モテるだろうなぁ…と思った。

私の横の夏凛もじっと山本君を見てときめいているようだった。


「夏凛?」

「…あ、ううん。ちょこっとだけカッコいいなって思ってさ。」

「あははっ!確かに。婚約者のいる私でさえそう思っちゃったよ。」


そう。私は高校のときにアタックし続けた服部誠一郎先生と婚約中だ。

高校を卒業するときに付き合い始めて、大学を卒業する来年三月に結婚式を挙げる予定だ。

紗英や夏凛を置いて、一足先に幸せになってしまう自分が後ろめたくもあったのだが…

二人は心から喜んでくれているので、今はそれほど苦痛ではない。

むしろ三月が待ち遠しくてわくわくしている。

大好きな人と結婚する。

こんなに幸せなことはないと私は思う。


「紗英…やっぱり…吉田君のこと忘れられないのかな?」


夏凛がジュースの種類でもめている二人を見て、ボソッと呟いた。

私はさっき感じた紗英の違和感がひっかかって、すぐには肯定できなかった。

でも、知り合いと言った裏には絶対に吉田の事があると思った。


「…そうかもしれないね…。あの頃は良かったのになぁ…。」

「麻友…。麻友が気にする事ないんだよ?」

「分かってる…分かってるんだけど…。どうしても思っちゃうんだよね…紗英の隣に吉田がいたらいいのにって…。」


私は高校のときに見てきた吉田を思い出した。

中学のときは紗英を拒否した吉田がただ憎かったが、高校のあいつは紗英の事だけ考えて我武者羅に動いていた。

公開告白の噂を聞いたときは驚いたものだ。

あの吉田が一人の女の子のために必死になるなんて誰が想像できただろう。

そして紗英と付き合いだしたあいつは変わった。

真面目に授業に出るようになって、担任と進路の話をしている姿を何度も目撃した。

昔の姿を知ってるだけに変貌ぶりには目を見張るものがあった。

それだけ紗英との将来を考えてると分かって安心していたのだけど…


まさか、あんな事になるなんて…

今でも信じられない…


今まで毎日真面目に学校に来ていた吉田が、急に学校に来なくなったと噂になった。

吉田の取り巻きの男子たちは明らかに不安そうな顔で、吉田の行方を探っているようだった。

そのとき私はそこまで深く考えてなかったのだが、あるとき紗英が私に泣いてすがってきた。

吉田が帰ってこない…

行方が分からない…

紗英は吉田から預かったという鍵を握りしめて、今までにないほど取り乱していた。

紗英に懇願されて学校の先生に吉田の事を聞いてみたが、どの先生も口を閉ざした。

ただ唯一、あいつの担任である増谷先生だけが信じて待っていなさいと強い目で言っていた。

私はそれを紗英に伝えたけれど、紗英は諦めたように笑っていただけだった。

あのときの紗英は今にも心が折れてしまいそうで心配したけれど、今の元気な姿を見ていると少しは吹っ切れたのかと思う。



吉田がいなくなって四年…

紗英は今もずっと吉田を待っているのだろうか?


私は誠一郎さんがいなくなった事を考えて、体が震えた。

大好きな人が目の前からいなくなるなんて、どんな恐怖だろう…

私が紗英の立場だったら、きっと耐えられない。


紗英はこの苦しさや辛さから立ち直ってすごく強くなったと思う。


私は目の前で楽しそうに笑っている紗英を見て少し安心する反面、

どうか近くにある幸せに気づいてほしいと願った。





麻友視点のお話でした。夏凛も久々の登場でした。

一番の驚きは麻友の結婚ではないでしょうか?

服部先生の事を考えると、ふっと出てきた流れでした。

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