3-12宇佐美さん
私は板倉さんの家に着く前に吉田君の家を眺めた。
彼女の家は吉田君の家のななめ前だった。
今も静かに佇む吉田君の家を見ているとグッと気持ちがこみ上げてくる。
そんな私の気持ちを知ってか、板倉さんが私の肩を叩いた。
「こっち。行こ?」
板倉さんは優しく微笑んで、私を促した。
私は彼女にこんなに優しくされる日がくるなんて思わなかった。
昔はすごく羨ましくて、吉田君の幼馴染というポジションに憧れていた。
ライバルだったし、こんな風に吉田君のために一緒に行動するなんて考えられない。
人って時間とともに変わっていくんだな…と感じる反面、
自分がまだ前に進めていないことに落ち込んだ。
板倉さんの家に入ると板倉さんのお母さんが出迎えてくれた。
あまりにも若くて板倉さんと並んだら姉妹のようだった。
板倉さんのお母さんは私に色々と尋ねてきたが、
板倉さんが私の手を引っ張ってお母さんから引き離してくれた。
そして板倉さんの部屋に案内されて、私は部屋を見回してからテーブルの横に座った。
彼女の部屋はすごくいい匂いがした。
部屋の基調も淡い色で統一されていてすごく可愛い。
美合さんは慣れたようにベッドに腰掛けている。
板倉さんはクローゼットからアルバムを探し出して、テーブルの上に置いた。
「あった、あった。えっと…どこにいるかな…。」
板倉さんは宇佐美さんを探すためにページをめくっていく。
私はその度に中学生の吉田君の写真が目に入って、胸が苦しくなる。
吉田君は目立つ人だったからたくさん写真にも写っている。
逆に私は大人しくて目立つ方じゃなかったので、数えるほどしか映っていない。
写真を見ていると吉田君に会いたくなってくる。
私は目頭が熱くなってきたので、堪えるために目をそらして俯いた。
何で…この笑顔が…今は見られないんだろう…。
考えても仕方がないのは分かっている。
でも、どうしても思ってしまうことを止められなかった。
そんなとき板倉さんが声を上げた。
「あ!!見つけた!いたよ!!ここ!!」
板倉さんの声に顔を上げて、私は彼女が指さしているところを見た。
そこは集合写真のページだった。
三年五組と書かれている。
板倉さんの指の先には宇佐美さんが映っていた。
駅で会ったときと印象が似ている…でも少し幼い。
髪も短くて私の中学のときと同じぐらいだった。
「やっぱり、私の記憶当たってたね。って言っても一度も同じクラスになったことないと思うけど…
沼田さんは一緒のクラスになったことある?」
「ない…と思う。本当に同じ中学だったんだ。」
私は彼女の写真を見つめて、改めて思った。
すると美合さんがアルバムを覗き見て言った。
「なんか宇佐美って紗英さんに似てない?」
「え?」
「ええー!?全然似てないよー!沼田さんの方が可愛いじゃん!美合のアホ!!」
板倉さんが笑顔で「ごめんね」と言ってくる。
何だか謝られると若干傷つく。
自分では似ているかどうかなんて判断できない。
美合さんはページをめくって私の写真を見つけると、指さして言った。
「ほら、顔じゃなくて雰囲気だよ。髪型とかそっくりじゃだろ?」
私と板倉さんは二つの写真を見比べた。
言われてみれば…髪の長さといい…笑い方も似てるかも…しれない。
板倉さんもそう思ったのか、立ち上がるとクローゼットを漁り始めた。
「…紗英さん…。竜聖さんって中学のときから紗英さんの事好きだったって知ってましたか?」
「え…?」
それは初耳だった。
「竜聖さんに一回聞いたことがあるんすけど、バレンタインに自分の気持ちに気づいたって…
だから中学のときから紗英さんのこと好きだったって…。」
「…うそ……」
そんな話吉田君から聞いたことがない。
私は中学のときに振られている。
あのときは板倉さんの事が好きなんだと思ってた。
じゃあ…中学のときはお互い好きだったのにすれ違ってたってこと…?
私は吉田君の何を見ていたんだろう…と自分が情けなくなった。
どんどん会いたい気持ちが募る。
「それで…ここからは俺の仮説なんすけど…、宇佐美が竜聖さんの気持ちに気づいてたとしたらどうですか?」
「どうって…どういうこと?」
美合さんの言いたい事が見えない。
私は美合さんの真剣な目に怖くなった。
「竜聖さんは紗英さんが好きだった。そして宇佐美は竜聖さんが好きだった。
なら、宇佐美が紗英さんに似ているのにも推測がつくんですよ。」
ここで私にも分かった。
「宇佐美は紗英さんみたいになりたかった。だから似てるんですよ。」
私も思ったことだ。
板倉さんみたいになりたいと…
でも、実際は憧れただけでなれるわけがないのは分かっている。
中学のときから宇佐美さんに見られていた…?
それが妙に怖くなった。
「あった!!」
すると板倉さんが今度は高校の卒業アルバムを持ってきた。
そしてサッとページをめくると、今度は目星をつけていたのかすぐに宇佐美さんを指さした。
「ほら!高3の宇佐美さん。やっぱり沼田さんに似てるね!高校からでしょ?髪伸ばしたの?」
「…う…うん。」
私は頷いてから写真の宇佐美さんを見た。
確かに高校の頃の私と似ているかもしれない。
「ちょっと!気持ち悪いんだけど!!美合、何見つけてんのよ!」
「だってパッと見て思っちまったんだよ!仕方ねぇだろ!!」
確かに怖い…
あのとき宇佐美さんに感じたヤバい空気は本物だったと確信した。
確信すると今も見られているようで背筋がゾクッとした。
「美合!加地に電話!!呼び出して!」
板倉さんが美合さんに命令している。
私は何をするつもりだろうと様子を見守る。
すると板倉さんは私に笑いかけて言った。
「加地が宇佐美さんを見たって言ってたって聞いたでしょ?だから、詳しく話を聞こうよ。」
「板倉さん…。」
「ここまで来たら、りゅー見つけなくちゃ気が済まないしね。」
自分のためのように言っているけど、私のために動いてくれてるんだと思って胸が熱くなった。
板倉さんが吉田君の幼馴染なわけが分かった気がする。
彼女はすごく強いんだ。
だから吉田君も板倉さんに頼れるし、いい関係でいられるんだろう。
そんな二人が私はやっぱり羨ましかった。
そしてしばらくすると、加地君が相楽さんと一緒にやってきた。
私は久しぶりにお二人に会って懐かしかった。
加地君のしゃべり方も全然変わっていなかった。
「わぁ~!!紗英さん!!お久しぶりッス~!!」
「あ、お久しぶりです。紗英さん。
加地君も相楽さんも変わってなかった。
そのまま背を伸ばしたような感じだった。
加地君は目を輝かせると私の隣にすり寄って来るように座った。
私は子犬のような彼を見て一気に高校時代に戻ったような錯覚を起こす。
「久しぶり。相変わらずだね。」
「いや~紗英さんは昔よりすごく綺麗になったッス!俺、メロメロッス!」
本気なのか冗談なのか分からずに笑って返すと板倉さんが加地君の頭を叩いた。
「口説いてる場合じゃないのよ。あんたに話が聞きたくて呼び出したんだから!」
加地君は大人しくなると、美合さんから事情を訊いている。
一通り説明を聞いたあと、深刻そうな顔で私の方を向いた。
「俺…宇佐美先輩に違和感感じてたんッス。あのときに紗英さんに言っておけば良かったッスね!すみません!!」
床に手をついて謝る加地君に私は首を振った。
「ううん!加地君のせいじゃないよ。皆気づかなかったの…だから、大丈夫。」
私の言葉に安心したのか加地君は笑った。
そして皆の方に向き直ると話し始めた。
「宇佐美先輩を見かけたのはついこの間ッス。
俺、専門卒業して…今見習いって感じで働いてるんスけど…
その仕事場に移動するときに見かけたんス。一人で歩いてどこか行く所だったみたいッス。」
「それ…場所はどこ?」
「ここから5駅ぐらい先の海の見える公園ッス。」
「そのとき竜聖さんの姿はなかったのか?」
「一人だったッス。」
加地君の答えに全員が落胆するのが分かった。
私も期待していただけに、少しショックだった。
「あ、でも指輪してたッス!左手に!」
これに皆の顔が加地君に向いた。
加地君は自分の左手を見せながら言った。
「これは確かッス!俺それ見て恋人いるんだな~って思ったんスから!!」
この言葉に皆の視線が今度は私に注がれるのが分かった。
私は横目で皆を見ると笑顔を作った。
「…恋人が竜聖さんとは限らないし、…結局居場所は分からないわけだ。」
「だな…。竜聖さんなわけないだろうし…」
「そうそう。宇佐美さんは関係ないよ!きっと!!」
皆が気を使ってくれるのが痛かった。
私は嫌な予想をしてしまいそうで、考えるのをやめた。
宇佐美さんを探したとして吉田君が見つかるとは限らない。
結局二人の接点は分からないままなんだ。
私はどこにいるのかも分からない吉田君に問いかけた。
今、どこにいて…誰と一緒にいるの…?
どうして何も言わずにいなくなったの…?
私の事…忘れてしまったの…?
懐かしいメンバー勢揃いでした。
加地君は場を和ませてくれるので重宝します。




