3-11実家
お盆の週に入り、私は実家に戻ってきていた。
ひさしぶりの家を見上げてから、玄関へ。
「ただいまー」と言って入ると待っていたのかお母さんが走ってきた。
「紗英!おかえりなさい。暑かったでしょ?
荷物はそこに置いて、リビングにいらっしゃい。
冷たいお茶を入れてあげるから。」
私はお母さんの言葉に甘えて、
鞄を玄関に置きっぱなしでお土産だけ持ってリビングに向かった。
リビングに入ると帰ってきていたのかお兄ちゃんが出迎えてくれた。
「おう。お帰り。」
「お兄ちゃん!帰ってたんだ。」
私はお兄ちゃんの向かいのソファに腰かけた。
「ちょうど会社も休みだしな。家の方がゆっくりできるし、快適だろ?」
「社会人になっても全然変わらないよね…。」
自堕落なお兄ちゃんを見て、ため息をついた。
お兄ちゃんは大手のスポーツ用品メーカーに勤めている。
翔君が受けた会社だ。
こんな兄が受かるんだから、きっと翔君も大丈夫な気がしてくる。
「そういうお前は就活どうなんだよ。」
「うん。一応楽器店の講師は内定もらったんだけど、
高校の教員の空きがあるみたいでそっちも受けてみようかなってところ。
お盆明けたら行ってくるつもり。」
「紗英も頑張ってるのね~。はい。」
お母さんがお茶をテーブルに置いて、私のななめ横に座った。
私はそのお茶をありがたくいただくと、お兄ちゃんに言った。
「お兄ちゃんって会社でどんな仕事してるの?」
「何でそんな事聞くんだよ?」
「友達でお兄ちゃんの会社受けた人がいるから。」
お兄ちゃんは何か思い当たったのか「ああ!」というとにや~っと笑った。
「新しい彼氏か?」
「違うよ!!友達って言ってるのに!」
「へいへい。そういう事にしときますか。」
お兄ちゃんの言い方になんだか腹が立つ。
「俺は今、営業回りばっかだよ。若手は皆そうさ。そのお友達にもそう言っておけよ。」
鼻で笑いながら、まだからかってる兄に仕返ししたくて私はずっと思ってた事を口に出した。
「お兄ちゃんって彼女いないの?」
これには兄もダメージを受けたらしい。
大げさに胸に手を当てて俯いた後、恨めしそうに私を見た。
「うるさいな!俺は仕事一筋なんだよ!紗英みたいにホイホイ言い寄られたりしねぇの!」
「言い寄られって私、ずっと彼氏いないんですけど!!」
母の前で普通に彼氏だの彼女だのと話すのは恥ずかしかったが、
身に覚えのないことで誤解を与えるのが嫌だった。
すると兄は急に立ち上がると部屋を飛び出した。
何なんだ?と首を傾げていると兄が手に私のケータイを持って戻ってきた。
「ちょっ!!それ、私のケータイ!!」
私が取り返そうと立ち上がると、兄はケータイの画面を私に突き付けてきた。
「見ろ!男からの着信ばっかじゃねぇか!!」
「だから、友達だって言ってるじゃない!!」
私は背の高い兄の腕にしがみついて、ケータイに手を伸ばすが届かない。
ラグビーをやってただけあって力が強くて私が揺らしてもビクともしない。
兄は私のケータイをいじると今度は朗読し始めた。
「なになに…今から家行ってもいいか?翔平とやらからのメールだな。」
「いやーーーー!!やめてーっ!!!」
私は顔に熱が集まってくる。
そのメールだけ読まれたら、確かに彼氏からのメールみたいだ。
兄はまた操作すると違うメールを読み始めた。
「えーっと…今度は…また翔平とやらからか…お前、どうみてもこいつと付き合ってるだろ。」
「ちがうってば!!!」
「なになに…今度―――」
「恭輔。何やってる。」
低い声がリビングの入り口から聞こえてきて、私とお兄ちゃんは揉み合いをやめて視線を向けた。
そこにはお父さんが仁王立ちして立っていた。
私はお兄ちゃんから離れてお父さんの方を向いた。
お父さんはお兄ちゃんから私のケータイを取り返してくれると、私に渡してきた。
私はそれを受け取るとカニ歩きでお母さんの横へ移動した。
「恭輔。お前もいい大人なんだから、もう少し落ち着いたらどうだ?」
「はい…。」
お兄ちゃんが蛇に睨まれた蛙のように小さくなっている。
お兄ちゃんは昔からお父さんにだけは逆らえない。
体が大きいのにお父さんを前にすると10歳の子供に見える。
「紗英の彼氏よりお前がまず相手を見つけることだろ。変な嫉妬でからかうんじゃない。」
「……はい。」
お兄ちゃんの態度に満足したのかお父さんは私たちの方に振り返ると言った。
「紗英。お前も大きな声を出すな。外まで聞こえていたぞ。」
「はい。ごめんなさい。」
私は素直に謝った。
お母さんは空気を和ませようと立ち上がるとお父さんの荷物を受け取った。
「ささ!みんな揃ったんだから、一緒にご飯食べましょう!」
お母さんの提案に私は頷いた。
お兄ちゃんも反省したのか、頭を掻きながらテーブルの上を片付け始めた。
***
実家に帰ってきた次の日。
私は懐かしの友と会うため、暑い日差しの中を歩いていた。
蝉の声がうるさいぐらいに響いている中学の通学路を歩いていると、
色々なことを思い出す。
麻友や夏凛とたくさん話したこと。
翔君と受験勉強しながら歩いたこと。
板倉さんに嫉妬していたときのこと。
吉田君に初めて恋したときのこと。
私はきっと吉田君の事は忘れられない。
きっとずっと好きなままだと思う。
たとえ一生会えなかったとしても、きっと変わらない。
このままずっと独りかもしれないなと思うと笑みが漏れた。
そして目を細めて道の先を見ると、仲良く歩いてくるカップルが見えた。
太陽の光が目に入ってはっきりと見えなかったが、私は二人を知っている気がした。
足を止めてその二人が近づいてくるのを待っていると、声をかけられた。
「沼田さん!?」
聞き覚えのある声に私は彼女が誰か分かった。
板倉さんだった。
彼女は私に駆け寄って来ると、懐かしそうに笑った。
「久しぶり!懐かしいね~。」
「久しぶり。高校以来だね。」
私と板倉さんが言葉を交わしていると、板倉さんの彼氏が追いついてきた。
私はその人を見て驚いた。
「み…美合さん!?」
「あれ?紗英さん。お久しぶりっす。」
私は二人を指さして、交互に見た。
板倉さんは優しく微笑むと美合さんと腕を組んだ。
「驚いた?私たち付き合ってるんだ。」
「…びっくりしたよ。いったい何がどうなったの?」
二人の接点の見えない私は驚くしかなかった。
「付き合い始めたのは大学に入ってからなんだけど…そのりゅーのことで…私すごく落ち込んでさ。
そのときに美合に支えてもらって…気持ちに気づく…みたいな??」
照れ臭そうに話す板倉さんの顔は幸せそうで輝いていた。
美合さんも横で照れながら笑っている。
「沼田さんは…その後…どう?」
聞かれて私は一瞬戸惑ったが、自然体を装うと言った。
「変わらないかな。普通に大学生活送ってるよ。」
「そう…。やっぱり…りゅーまだ見つからないんだね…。」
板倉さんは悲しそうに顔をしかめた。
すると美合さんが私を見て、口を開いた。
「竜聖さんに関係あるかは分からないんすけど、加地が宇佐美を見たって言ってたんですよ。」
「加地君が…?…でも、何で宇佐美さん?」
宇佐美さんの名前が出てきて、私は首を傾げた。
彼女とは一度しか会っていない。
吉田君の失踪に彼女は関係ないと思うのだけれど…
美合さんは何か関連づけることを知っているみたいだった。
「宇佐美は竜聖さんがいなくなったあと、同じように高校辞めてるんすよ。」
「え?どういうこと…?」
「俺も最初はただの偶然だと思ってたんすけど、高校卒業してからあった同窓会で嫌な話を聞いちまって…。」
板倉さんは私と同じでこの話を知らなかったようで、真剣に話を聞いている。
「嫌な話って…?」
「…その、宇佐美が高校のときに竜聖さんをストーカーしてたって話っす。」
「え!?」
ストーカーという犯罪用語に私は駅で会った宇佐美さんの姿が脳裏に過った。
そういえば何だか気持ち悪い人だったな…。
「俺たちは竜聖さんに近くて気づかなかったんすけど、竜聖さんのいるところに宇佐美ありと言われるほどだったらしいっす。
そんな宇佐美が今ここに帰ってきてるって聞いたら、なんか竜聖さんと関係あるんじゃないかと思っちまって…。」
「宇佐美さんって私たち同じ中学じゃなかった?ねぇ、沼田さん!」
「え…?…中学?」
板倉さんに訊かれても、私は吉田君と宇佐美さんの関係が気になって頭が上手く回らない。
板倉さんは顔をしかめながら目を瞑って思い出そうとしている。
「そうだった気が…するんだけど…クラスも多かったし…うーん…でもいた気がするんだよね…」
「あ…卒業アルバム見たら分かるかな?」
私が言うと板倉さんは「それだ!」と私を指さした。
「私の家すぐそこだから、確認しに来ない?あ、でもどこか行くところだった?」
私は麻友たちと約束があったが、気になってしまったので板倉さんについて行くことにした。
ケータイを取り出して、一件だけメールさせてもらうと
私は板倉さんと美合さんと一緒に板倉さんの家へ向かった。
その道中、胸が変にざわめいてきていて、
嫌な想像ばかりしてしまって気分は最悪だった。
懐かしい面子が勢ぞろいの回でした。
次回も懐かしい顔が出てきます。




