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勘違い系○○  作者: 流音
第三章:大学生
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3-10竜聖の真実


俺は今、沼田さんの部屋で翔平と向かい合って座っていた。

翔平は明らかに敵視している目で俺を睨んでいる。

まぁ…それも当然だろう…

翔平は沼田さんのことが中学の頃からずっと好きで…

俺の事を信用していたわけだから

きっと心の中では裏切り者と思っているに違いない。

でも決してやましい気持ちがあったわけではない。

何だかあの日の沼田さんの涙が頭から離れなくて、また一人で泣いているのではないかと思うと足が自然にここへ向いていただけだ。


沼田さんは俺の持ってきた食材やアイスなんかを冷蔵庫に直している。

背中から喜んでいるのが伝わってくる。


俺は黙って出されたお茶を飲んでいると、翔平が口を開いた。


「どういうつもりだ。」

「何が?」


翔平の取り調べに俺は本心を話すことを心に決めた。

翔平はテーブルに手をついて前のめりになると、小声で言った。


「あれから何度も紗英の家に来てるなんておかしいだろ!?

お前、紗英に惚れたんだろ!?」


どストレートに言われてお茶を吹き出しそうになった。

変な動悸がしてくる。

こいつコレしか頭にねぇのか…?

俺は平常心を心掛けて、咳払いすると答えた。


「俺が?まさか!沼田さんの家に来る理由なんて友達だからに決まってるだろ?

何でも色恋につなげるなんて、おかしいだろ。」


翔平が眉を吊り上げて、少し考えている。

でも翔平は簡単には信じようとしない。

当然だろう。

こいつの目には沼田さんしか映ってない。

俺は横から現れたライバルってとこか…


「さっきの会話…付き合っているカップルみたいだった。何ご要望されてんだよ。」


よくそこまで聞いてたな…と感心した。

変に勘ぐってくる翔平にだんだんストレスが溜まっていく。


「以前来た時に手ぶらで来るなんてって怒られたから、今回は食材を持って来たってだけじゃねぇか。」

「紗英がよく来るって言ってた。どんぐらい来てんだよ。」

「んーと…まだ二回か三回目ぐらいじゃねぇか?」


嘘だ。ほぼ毎日来てる。

ここで本当のことなんて言ったら、いつか三人で語り合うという俺の夢が消えてなくなる。

俺は直感でそう思った。

俺と翔平の関係まで壊したくはない。

いつかあいつが戻ってきた時のためにも…


翔平は俺の嘘に気づいてるのか疑り深い目でじーっと見ている。

くそっ…これが竜聖ならすぐ信じるのに…こいつ…しつこいな…

俺はここで翔平に話したかった事を思い出した。


「あ、それよか電話で言ってた話したいことなんだけどさ!」


俺が切り出すと翔平は前のめりを止めて、普通の姿勢に戻った。

とりあえず話題を変える事には成功したようだ。

俺は喫茶店の店員に聞いたことを沼田さんに聞こえないように

あいつの隣に移動すると小声で言った。


「俺、竜聖のこと知ってる奴に会ったんだよ。それで話を聞いて驚いた事があってさ。」

「竜聖?――――…何だよ。」


翔平は何か心当たりでもあるのか目を泳がせて何か思い返しているようだった。

俺はその反応が気になったが、店員から聞いた言葉をそのまま伝えた。


「竜聖は記憶喪失なんだと。」

「はぁ!?」


翔平の反応は店員から聞いた俺の反応と一緒だった。

俺だって信じなかった。

でも、話を聞いていく内にあいつが戻ってこない理由が分かった。



―――――喫茶店の店員の話



竜聖君は記憶喪失みたいなんですよね。

それも中学や高校の記憶がすっぽり抜けちゃってるみたいで…

高三のときに事故にあったみたいでそのときに…

今はそんな自分を受け入れて生きてるって言ってたのを聞きました。


私…大学一年のときに彼に会って…一目ぼれだったんですよ…

でも、横にはいつも可愛い彼女がいて、最初から失恋してたんですけど。

あるときそんな彼女とあなたみたいにすごい壮絶に別れ話してて…

私、チャンスだと思って竜聖君に猛アタックしたんですよね。

そのときに仲良くなって、色々話聞いたんです。

気が付いたらベッドの上で、壮絶な別れ話してた彼女だけが自分を知ってたって悲しそうに言ってました。

俺は心に穴があるって…

記憶を取り戻したくても自分がどこにいたのかも、何も分からない…だからここにいるしかないって…


だからあなたが竜聖君の過去を知ってるなら、私会わせてあげたいんですけど…

竜聖君…大学辞めて留学しちゃって…私もこっち来ちゃったから、何も分からないんです。

ごめんなさい。



俺は店員から聞いた話を翔平にすべて伝えた。


「竜聖は東京の大学に行ってたみたいだ。でも、一年の夏にアメリカに留学したらしい。

桐谷っていう竜聖の新しい家族の事情みたいだった。」


翔平は話を聞き終えると、思いつめたように言った。


「…俺…今日、竜聖に会った。」

「は!?」


翔平の言葉が信じられなかった。

俺は振り返って沼田さんに気づかれていないのを確認すると

台所とここの部屋の間の引き戸を閉めた。

沼田さんが「何で閉めるの!?」と声を上げたが

「大事な話してるから!」と答えて翔平に詰め寄った。

翔平は就職試験の会場で竜聖に似た奴と会ったと告げた。

自分の顔を見ても知らない人を見たような顔だったと。

俺の話を聞いて納得したようだった。


「記憶喪失だったら…俺の顔分かるわけねぇよな…。」


翔平は自嘲気味に笑った。

でも、声が震えていてショックだったことを物語っていた。

俺は翔平ほどショックは受けなかったが、

確かによく考えてみると今まで生きてきた記憶がなくなるなんてどれだけ寂しいものなのだろうか…

世界にたった一人になったような気持ちだろうか…

想像しても…実感が湧かない…


でも今あいつは帰ってきていることが分かった。

それもスポーツ用品メーカーの面接に来ているなんて…

高校時代あいつが言っていた進路そのものだったので、俺は少し希望が見えた気がした。

あいつの記憶が戻る可能性は0じゃない。

少なくとも進路は覚えているので、いつか俺たちのことも思い出すはずだ。

そう思ったが、その反面このことは沼田さんに絶対に知られてはならないと思った。

今もあいつを想って苦しい思いをしているのに、あいつの事情を話してしまったら全部抱え込んでもっと苦しめることになる。

俺はそれだけは断固として避けたかった。

あいつの記憶が戻るまで絶対に会わせないようにしなければ…

俺は翔平と二人で協力しようと口を開いた。


「翔平、竜聖の事は死ぬまで黙ってろよ。沼田さんの前で言ったら俺がお前を殺すからな。」

「ああ。分かってるよ。」


翔平も同じことを思っていたようで、俺は翔平と肩を組んで誓った。


「沼田さんと竜聖は会せたらダメだ。俺たちで阻止するぞ。いいな?」

「俺もそう思ってるよ。紗英をこれ以上傷つけるのは嫌だ。」


俺たちは目を合わせると手を合わせて固く握った。

そこへ引き戸が開いて、沼田さんが顔を覗かせた。


「もう話いい―――って何してるの?暑いのに肩組んで…変なの。」


沼田さんにすごく蔑まれた目で見られて、俺たちは笑って離れた。


そのあと俺と翔平は沼田さんの掃除に付き合わされてから、

夕食をご馳走になって二人そろってアパートを出た。


夜道を並んで歩きながら、俺は翔平に言った。


「お前…そのメーカーの試験受かる自信…あるか?」

「……ない。俺、動揺して面接失敗したし。」

「使えねぇなぁ。竜聖がどこにいるかだけでも分かれば良かったんだけどな…」

「すみませんね。そういうお前はどこに就職すんだよ?」

「俺は普通の商社だよ。サラリーマンだな。内定もらってるし、そこに行くことになると思う。」

「そっか…」


俺は黙ってしまった翔平を横目で見た。

まだ思いつめた表情している。


こいつ…態度に出過ぎだろ…

沼田さんにバレるのも時間の問題だな…


俺はため息をつくと翔平に言った。


「お前、竜聖のこと消化できるまで沼田さんに近づくなよ。」

「は!?」

「そんな態度じゃすぐ気づかれんだよ!見え見えな落ち込み方しやがって。」

「……そっんな…事も…あるけど…。

でも!そんな重大事実知ってよく落ち着いていられるな!お前には感情が抜け落ちてんのか!?」


翔平に突っこまれて俺は自分の落ち着きように気づいた。

俺は竜聖の事を聞かされても何も感じなかった。

何か大事な感情が抜け落ちたみたいに、思考だけが研ぎ澄まされていた。


そうか…人づてに聞いたことで実感が湧かないだけなんだ。


翔平は実際に竜聖を見ている。

だから俺よりも感情的になっているんだろう。


俺はあいつがいなくなったときも、今回も蚊帳の外であいつ本人からは何も聞かされていない。

その事実が俺の感情に欠落をもたらしている

そう思うと言い様のない虚無感が胸に広がった。


なぜ何も言わないのか…


なぜ俺だけ会えないのか…


なぜ…――――



俺は当事者になれなかったことが、こんなにむなしいものだとは気づきたくなかった…。





読んでいただきましてありがとうございます。

竜聖の真相が明らかになりました。


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