3-9動揺
俺は今、スポーツ用品の大手メーカーの集団面接の順番待ちをしていた。
周りには体格の良い同年代の男子学生やキリリとした表情の女子大生が並んで座っている。
さすが大手だけあって人数が多い。
俺は待たされている時間が苦痛で、考えてきた受け答えが頭から零れ落ちそうだった。
俺はここが第一志望だったので、できれば最終まで行きたい。
そして入社できれば万々歳だ。
俺の人勢設計に一歩近づく。
俺は気負いすぎて気持ちが悪くなってきた。
トイレに行こうかと考え始めたとき、前のグループのメンバーが部屋から出てきてしまった。
俺は番号を呼ばれて立ち上がった。
そのとき前のグループとすれ違い、その中に見覚えのある顔があり驚いて振り返った。
若干猫背の背中に声をかけた。
「竜聖っ!?」
その男は足を止めて振り返った。
俺と目が合うと、顔をしかめて首を傾げている。
俺はそいつは竜聖だと思った。
表情も体格も以前のままだ。…いや身長は少し高い気がする。
髪は少し短くなっているが、俺を見る目つきも、少し茶色がかった瞳の色も高校のときの懐かしい姿を思わせる。
あいつは俺を見ても何も言わない―――どころか怪訝な目で見てくる。
俺は話しかけようとしたが、係り員の人に背を押されて面接開場へ連れていかれた。
竜聖は俺を初めて見たような態度で背を向けて去っていく。
俺は面接中、さっき会った竜聖の表情が気になって面接を失敗した。
何をしゃべったか何も覚えていない…
最悪だ!!
久しぶりにあいつを見たことで取り乱しちまった!!
今更後悔しても取り戻せない。
俺は悔しくて唇を噛んで、拳を握りしめていた。
そして俺が面接を終わって出てくると、もうあいつの姿はなかった。
面接が終わり、帰ってしまったのだろう…
面接も再会した竜聖のことも上手くいかずに、俺は頭を掻きむしった。
「くそっ!!」
胸に変な動揺が広がっていく。
こんなところで会うなんて思わなかった。
俺は紗英の顔が浮かんでは、竜聖の事を伝えるべきか迷った。
あいつに一目でも会えて嬉しい反面、あいつの変な態度がひっかかり素直に喜べない。
あいつは…なぜ俺に一言も声をかけなかったのだろうか…?
それが分からずにもやもやして気持ち悪かった。
***
俺は大学に戻って来ると、圭祐を捕まえて話を聞いてもらった。
「へぇ…それ本当に竜聖君だったのか?」
圭祐は自販機で買ったスポーツドリンクを飲んでから言った。
俺はスーツのシャツを脱いで半袖シャツになると袖を捲りあげた。
「あいつだと思ったんだけど…4年も会ってねぇし…ちょっと自信なくなってきた…。」
「まぁ、お前が最終面接まで進めたら、もう一度会えるかもな。」
「それを言うなよ!!ただでさえ凹んでんのに!」
俺は今日の面接を思い出して落ち込んだ。
よりにもよって一番行きたい会社で失敗するなんて、俺は運に見放されてるとしか思えない。
圭祐は横で笑いながら、俺の肩を叩いた。
「まぁ、こればっかりは仕方ないよ。諦めるんだな。
それよかお前…海以降、紗英ちゃんに会ったか?」
「んあ?紗英?…そういえば会ってないな…。
帰った日の夜に電話したけど出なかったし、疲れて寝ちまったんだと思って気にしなかったよ。
就活でバタバタしてたのもあって…で、その紗英がどうしたんだよ?」
圭祐は何か迷っているようだったが、手を組んでモジモジさせながら言った。
「海から帰った日に紗英ちゃん車の中で寝てしまってさ…
竜也君にお願いして部屋まで運んでもらったんだけど…二人っきりだったわけだし…どうなったのかな…って思って…。」
俺は海で手をつないで帰って来たときの二人の姿を思い出した。
二日目、何があったのかあの二人はすごく仲良くなっていた。
竜也に限って…ないと思いたいが…確認のために聞いた。
「二人と別れたのって何時ぐらいだ?」
「えっと…十時過ぎかな…。」
俺が電話をかけた頃の時間だ。
あいつ…電話に気づいたはずなのに何で電話に出なかった?
俺は嫌な予感がしてケータイを取り出して、紗英に電話をかけた。
圭祐が不安な顔で覗き込んでくる。
呼び出し音が鳴っているが、電話に出ない。
俺はザワザワしてくる気持ちを抑えて電話を切ると、今度は竜也にかけた。
竜也は何度か呼び出し音が鳴った後、電話に出た。
俺は少しほっとした。
「竜也!!お前、今どこだ!?」
『第一声それってどうなの?』
竜也はあきれた声で言った。
俺は気が焦っていたので、早口で続ける。
「いいから!お前、今どこにいるんだよ!」
『どこでもいいだろ?――――何?俺に会いたいわけ?』
「お前に会いたいんじゃねぇよ!いいから答えろ!」
『意味分かんねぇ奴だな。今は大学にいるに決まってんだろ?』
竜也の返答に俺は体中の緊張が解けた。
やっぱり…勘違いか…
はぁ~と大きくため息をつく。
「そうか…悪かったな…」
『何なんだよ…あ、そうだ。ちょっと話したいことがあるんだが…今日、夜時間あるか?』
「今日?」
俺は連絡のつかない紗英が気になっていたので、今夜は紗英に会いに行きたかった。
「今日はちょっと…明日じゃダメなのか?」
『……そうか。じゃあ、明日でいい。』
「悪いな。俺がお前の家に行こうか?」
『あぁ…俺がお前の家に行くよ。夜でいいよな?』
「ああ。六時以降なら大丈夫だと思う。」
俺が答えると竜也は『じゃあ、明日な。』と言って電話を切った。
俺はケータイを閉じて、横で黙っている圭祐を見て笑う。
「何の心配もなかったよ。」
「そうか…俺の思い違いで良かった。」
圭祐はほっとしている。
俺は立ち上がってズボンに突っこんでいたシャツを出して空気を通すと鞄を持った。
「じゃ、俺行くな。紗英の家に行ってみる。」
「また、何かあったら相談しろよ?」
俺は圭祐に「ああ」と答えてから手を振って別れた。
***
俺が紗英の家のインターホンを押すと、紗英が短パンにタンクトップ姿で出てきた。
「はーい。ってあれ?翔君。どうしたの?」
俺は紗英の姿がこの間の水着姿と重なって見えて視線をそらした。
「よう。電話に出ないから心配になってさ。」
「電話?…あぁ!今部屋の掃除してて気づかなかった。」
紗英はそう言って扉を大きく開けて、俺を中に促した。
「暑いでしょ?お茶でも入れるよ。」
「おう。」
俺は紗英の部屋に入って、いつもの場所に座った。
床に手をついて天井を見上げる。
紗英は開けていた窓を閉めて、冷房を入れてくれた。
「翔君。スーツ姿だけど就活してたの?」
「んあ?…あぁ…俺が一番行きたいスポーツ用品メーカーの集団面接。
緊張して失敗したけど…。」
俺は竜聖に会った事は伏せて話す。
紗英は「そうなんだ」と笑いながら、お茶を入れて持ってきてくれた。
差し出されたグラスに「サンキュ」と言って、早速いただいた。
「私はさ受けてた所返事待ちだったんだけど、
昨日大学に行ったら私立の教員募集があってそこ受けてみようかなって思ってるんだ。」
「へぇ。紗英が先生やるの?」
「うん。私たちが行ってた西城と似た学校で小学校から大学まである所なんだけど、中学と高校の音楽教員と他の教科の募集がかかってて…せっかくだしダメもとで…。」
紗英はグラスについた水滴を指で落としながら笑った。
俺はお茶を飲み干すと、自信のなさそうな紗英を見て励ました。
「大丈夫だって!紗英ならきっと教師になれるよ。俺が保証する。」
紗英は微笑むと「ありがとう」と言った。
俺は話題を探して、目を泳がせて少し下を向いた。
少しの沈黙が流れた。
すると紗英が何か思い出したように立ち上がった。
そして雑巾を手に戻って来ると言った。
「ごめん。ちょっと掃除手伝ってくれない?」
「えぇ?」
「そこの上が届かなくて、翔君背高いからダメ?」
紗英は本棚の上を指さして手を合わせている。
俺は何だか雑用のようで気が進まなかった。
「何でそんなに掃除してんだよ?俺、面接で疲れてるんだけど…」
「だって…もうすぐ実家に帰るから…その前にと思って…。ね?ダメ?」
「やだよ。今来た所なんだから、もう少し休ませてくれよ。」
「もうっ!役に立たないな!いいよ。後で山本君に頼むから。」
紗英はむくれてプイッと顔を背けた。
竜也の名前が出て、俺は姿勢を正して紗英を凝視した。
紗英は雑巾を持ってまた台所に引っ込んだ。
「ちょっ!竜也が何!?あいつ、紗英の家に来てんの!?」
俺が問い詰めると紗英は顔だけ見せて答えた。
「海以降、よく来るんだよね。私が電話しないからかもしれないけど。」
「なっ!?」
俺は竜也が紗英の家に来ている事を初めて知った。
てっきりあの海だけだと思っていたのに…どういう事か分からない。
俺がもっと詳しく訊こうと口を開きかけたとき、インターホンが鳴った。
「あ、噂をすればじゃないかな?」
紗英は楽しそうに笑って扉に向かう。
俺は開いた口が塞がらず扉を見つめる。
紗英が「はいはーい。」と言って扉を開けると、扉の前に立っていたのは竜也だった。
「暑いな!今日は色々買って来たぞ、ご要望通り…」
竜也は紗英にそう言ったあと、部屋の中にいた俺に気づいて驚いている。
俺は片手を上げて「よう。」とだけ言うと、竜也を睨んだ。
俺と竜也の間で不穏な空気が流れた。
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