3-4トラブル
「あの二人を二人っきりにしていいわけ?」
海から潜って出てきたら、浜口が顔をしかめて訊いてきた。
俺は顔の水気を手で払ってから浜辺の二人を見た。
並んで何か話しているのが見える。
「竜也なら別に大丈夫だよ。あいつ、紗英にだけは手を出さないよ。」
「何?その自信?」
浜口が鼻で笑う。
俺は中学のときの竜也と再会してからの竜也を見て、確信した事を告げた。
「俺が今まであいつといて気づいたことだけど、あいつは見込みのない女とは付き合わない性格だから。」
「ふ~ん…見込みねぇ~…。」
そうあいつは自分から告白したことのない奴だ。
執着心もなくて、飽きたらさようなら。
女の子に冷たくしているのを何度も見たことがある。
そんなあいつが竜聖の事を今も想っている紗英に手を出すはずがない。
「でもさ、沼田さんに見込みがあったらどう?」
「はぁ?」
浜口は二人を親指で示しながら言った。
「だって竜聖君だっけ?その人がいなくなって何年経ったと思ってるのよ。
人の気持ちなんていつ変わるか分からないんだし、沼田さんももしかしたら山本君の事好きになるかもしれないじゃない?」
紗英の気持ちが変わる…?
そんな事があり得るのだろうか?
俺が今まで見てきた紗英はどこか遠くを見ていて、今もあいつの事を待っているんだと思っていた。
思い出させたくなくて、あえて話題を避けてきたけど…
もしかしたら…変わることもあるのか…
浜口の言葉が胸にひっかかった。
どや顔でこちらを見てくる浜口に水をかけると、俺は浜辺に向かって泳いだ。
一応念のためだ。
そして足がつくところまで来たとき、紗英が竜也から離れて走っていくのが見えた。
竜也はそれを追いかけるでもなく見送っている。
あいつ…紗英に何言った!
俺は水飛沫をあげながら紗英を追う。
人混みに見失いそうになったが、海から抜ければこっちのものだった。
野球部の体力なめんなよ!
紗英の背中に追い付いて、手をつかんだ。
紗英が驚いて振り返ってから俺を確認して足を止めた。
「紗英っ…!どうしたんだよ?」
紗英の瞳が震えていた。
紗英はそれを隠すように俺から目を逸らすと、首を横に振った。
「なんでもないよ。ちょっと山本君と言い争っただけ。」
紗英はそう言うと俺の手から離れた。
俺はどう見ても何でもないようには見えなかったので、追求しようと口を開ける。
それを遮るように紗英は「お手洗いに行ってくる」と言い残して背を向けて走っていった。
俺は紗英に聞けないなら、あいつに聞くしかないと思い来た道を戻る。
パラソルの下で変わらずに寛いでいる竜也の所に行くと、前に立ち見下ろした。
「お前、紗英に何言った?」
竜也は面倒くさそうな目で俺を見て、ため息をついた。
「別に。世間話してただけだよ。」
「世間話で紗英があんなに取り乱すはずないだろ!?何の話をしてたんだよ!!」
どうでもいいという態度の竜也を見て、頭に血が上った。
「うるさい奴だな。竜聖のこと聞いてただけだろ?
あいつの最後の姿知ってるの彼女だけだし、聞いてみたかったんだよ。」
「お前っ――――!!バカか!!」
俺が今まで避けてきた話題をふって、紗英を傷つけた無神経な竜也が許せない。
俺は拳を握りしめて一歩竜也に近づいた。
「紗英は今でも竜聖のこと待ってるんだよ!それなのに傷口抉るようなことしやがって!」
「待ってるって何?何年前の話してんだよ。
お前らがそうやって竜聖の話題避けて、彼女を気遣ってやったつもりかもしれねぇけど、それが彼女を前に進めなくしてるんじゃねぇのかよ。」
竜也の言葉が胸に刺さる。
俺はそれが紗英のためになると思ってそうしてきた。
傷つけたくなくて、守ってあげたくて…
でも、それが彼女を前に進めなくしていたのだろうか?
「しっかり現実と向き合って、過去にしなきゃいけねぇんだよ。
帰ってこない奴に囚われて、人生棒に振ってもいいってのか?俺はそうは思わないね。」
「……でも…それでも、俺は紗英を傷つけたくない。」
俺は自分を信じたかった。
「俺のただの自己満足かもしれねぇけど…。
紗英はあいつがいなくなってから泣かなくなった。俺たちに気を使わせないためだと思う。
なら、それに応えて話題避けるのがそんなにいけない事かよ!俺は無理する紗英が見たくないだけなんだよ!!」
真剣な顔で宣言した俺を見て、竜也がさっきと変わらない態度で言った。
「じゃあ、俺がどうしたら満足なわけ?」
「とりあえず謝れ!!許してもらえるまで、謝り続けろ!!」
竜也はやれやれという表情で「分かったよ。」と言って立ち上がった。
そして俺の肩に手を置くと、耳元で言った。
「お前…まだ好きなんだな。」
俺はその言葉にカッとなると、海へ向かっていく竜也の背に「大きなお世話だ!!」と叫んだ。
竜也はケラケラと笑いながら歩いて行く。
俺はその背が竜聖のようで、蹴り倒したくなったがその場に座り込んで大きく息を吐き出した。
***
海で遊び疲れた俺たちは今日泊る旅館へ向かうことになった。
あの後、紗英は竜也を避けているようだった。
竜也はやっぱりいつものスタンスを崩さず、避けるのなら近づかずといった風で見ていてイライラする。
何かきっかけを作らないとダメだな…と頭の中で策を練る。
そうして悶々と考えている間に旅館に到着した。
俺は先輩からもらった紹介状を手に車を降りて、一番に受付へ向かった。
旅館は小ぢんまりとはしているが趣があり中々良い。
仲居さんか女将さんか分からないが、着物の女性に紹介状を見せて訊いた。
「紹介で来た本郷といいますけど、予約って入ってますか?」
「あぁ、はいはい。8名様でご予約の本郷様ですね。大きいお部屋お取りしていますよ。
ご案内しますね。」
俺は先輩のことだから予約が入ってないかと心配したが、大丈夫だったので安心した。
俺は後ろで様子を見守っていた皆に声をかけると、女将さんの後をついていった。
女将さんはある部屋の前で止まると、扉を開けて中に入っていった。
「こちらのお部屋になります。8名様との事だったので、大きめのお部屋になります。
お布団はちゃんと並べられますので、安心してくださいね。」
俺は女将さんの言葉に一瞬思考が止まる。
8名様…大きなお部屋?
嫌な予感がして俺は女将さんに詰め寄った。
「あの!俺たち男4、女4なんですけど…まさか同じ部屋なんて事ないですよね!?」
「あれ?そうなんですか?どうしましょう…
ご用意させていただいたのはこのお部屋だけなんですけれども…」
「えぇっ!?」
俺は嫌な予感が当たり、思考が完全に止まった。
後ろから非難の声が飛んでくる。
「あのっ!!他に空いている部屋ってないんでしょうか?」
浜口が動きを止めた俺に代わって訊いた。
女将さんはしかめた顔で考え込むと、首を振った。
「今日はお泊りのお客様も多くて…このお部屋しかご用意できないんですよ…。」
俺たちはどうしようかと考え込む。
しんと静まり返った室内に声を上げたのは山森さんだった。
「もう!仕方ないよね!!一晩だけだし、我慢しよう!」
彼女の声に女性陣がしぶしぶ頷いた。
俺は山森さんが天の助けに見えた。
でも彼女はすごい形相で「変なことしたら廊下で寝てもらうから」と吐き捨てた。
これには俺たちも頷かざるを得ない。
自制しようと肝に銘じた。
それから俺たちは先に露天風呂があるという浴場へ向かった。
俺はずっと口を開かない紗英が気になったが、圭祐に促されて廊下で紗英たちと別れた。
「くーっ!!癒されるなぁ~…。」
哲史が露天風呂に浸かりながら大きく伸びをしている。
俺は露天風呂の淵にもたれかかって空を見上げた。
「さっきはどうなることかと思ったよ。」
「はは!だな!!すず達が許してくれて良かったよな。」
「ホント、お前は何かやらかすと思ってたんだよ。」
「うっせーよ。だいたい俺のせいじゃねぇし。」
哲史や圭祐から非難され俺は不機嫌だった。
黙ったまま目を瞑っている竜也が気になって声をかけた。
「おい。仲直りできたのかよ。」
竜也は目を開けると言った。
「いや、なんかタイミングがなくてな。だいたい…俺、避けられてるだろ。」
分かってたのか…と思い、俺はふと頭に浮かんだ事を提案した。
「そうだ!肝試ししようぜ!!確かこの裏に墓地があったはず。」
「肝試し~??」
「お前と紗英ペアにしてやるよ。だからそのときに話せよ!」
「何だその上から目線…。」
「二人っきりにさせてやるって言ってんのに、腹立つ奴だな!」
俺が紗英とペア組みたいわ!という欲望は胸に留めて、続けた。
哲史や圭祐も興味津々という顔で俺の話を聞いている。
「夕飯食べ終わったら、墓地で肝試し!
二人ずつのペアで墓地を一回りして、悲鳴上げずに帰ってきたペアの勝ち!
勝ったペアにジュース奢るってことで。」
「いいなぁ!それ!」
「俺、やりたい!」
竜也以外は賛成してくれた。
竜也ははぁ~と大げさにため息をつくと「勝手にやれば」と投げやりに返事した。
俺は心の中でガッツポーズを作ると、我ながらの名案に鼻が高かった。
読んでいただきましてありがとうございます。
次は竜也と紗英の絡みになります。




