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勘違い系○○  作者: 流音
第三章:大学生
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3-3影


7月16日――――――


私は机の引き出しを開けて、懐かしいものを取り出した。


吉田君の家のカギだ。


私はそれを見つめてから握りしめて目を瞑った。


『必ず一番に会いに行く!!』


吉田君の言葉が耳に響く。



私は目頭が熱くなってくるのを眉間に力を入れて堪えると、カギを財布の中に大切にしまった。

そしてアパートを出て、私はある場所へ向かった。




***




久しぶりに実家の最寄駅に降り立つ。

私は変わらない駅前を眺めてから、足は実家ではなくまっすぐ彼の家へ。


そう吉田君の家へと向かった。



吉田君の家に近づいてくると、心臓が嫌な音を鳴らし始める。


もしかしたら……もしかしたら――――


逸る気持ちで足を動かす。

期待と不安が胸の中でせめぎ合って、気持ち悪い。


私は吉田君の家の前で足を止めると、ドクンドクンと大きく脈打つ胸を押さえて顔を上げた。

吉田君の家を見て、人気がないのが分かると鼓動が落ち着いてくる。


やっぱり――――


私は吉田と書かれた表札に触れてから、念のためインターホンを押した。

反応のない扉を見つめて、私は門に手をかけて俯いた。


帰ってる…わけないよね…


私は吉田君がいなくなってから、毎年この日にここへ足を運んでいる。

もしかしたら帰っているんじゃないか…という勝手な希望だ。

私は門に手をやったまま、ズルズルとその場にしゃがみこんだ。


耳にあの日の言葉が響く。


『必ず一番に会いに行く!!』


彼はそう言って笑っていた。

夜の闇に消えていく背中を見送った。


何で…あのとき無理をいってついて行かなかったんだろう…


自分の選択を後悔した。

吉田君がいなくなってから、何度考えただろう。

ああすれば良かった、こうしておけば良かった…


私は後悔ばかりが浮かんでくるので、無理やり頭の隅に押しやって今まで支えにしてきた言葉を思い浮かべた。


『俺が18になったとき、紗英に永遠の愛を捧げるよ。』


『紗英を俺にください。』


大丈夫…きっと大丈夫…

彼はそう言ってくれた…

私も彼に誓った。


ずっと待ってるって…


私は顔を上げて立ち上がると、大きく息を吸い込んでその場を後にした。


今も背中から吉田君の私を呼ぶ声が聞こえてきそうで

私は奥歯を噛みしめて、グッ前を向いた。




***




吉田君の家に行った三日後―――――


私はすっかり海の話を忘れていて、慌てて準備して外に出た。

外には圭祐君が車に乗って待ってくれていた。


私はしっかりカギを閉めるのを確認してから、圭祐君に駆け寄った。


「ごめん!!お待たせしました!」


「いいよ。荷物どうする?トランクに入れようか?」


圭祐君が運転席から出てきて優しい笑顔で言った。

私は首を振ると持っている鞄の紐を握りなおした。


「大丈夫。だってすぐ着くんだよね?」


「あぁ。だいたい一時間半くらいかな?

翔平の先輩の紹介だからちょっと不安なんだけど…。」


圭祐君の言葉に激しく同意した。

料金の安さも相まって不安が過る。


車の後部座席のドアを開けてくれた圭祐君にお礼を言って、私は車に乗り込んだ。

中には美優ちゃんと涼華ちゃんがいた。


「紗英ちゃん!久しぶり!」


助手席に座っている美優ちゃんが手をひらひらさせていた。

美優ちゃんは大学4年になってから、圭祐君と付き合っている。

恋バナをしてくれない美優ちゃんなので、何がどうなって付き合うことになったのか知らない。

でも、並んでいる二人を見ていると幸せなのが伝わってくる。

チャンスがあったら聞いてみようと心に決めた。


涼華ちゃんは隣に座った私の肩を叩いた。


「紗英ちゃん、水着どんなの持ってきた?」


第一声がそれか…と拍子抜けしながらも、私は鞄を抱きしめて答えた。


「普通の水着だよ。3年くらい前に買ったやつ。」


私の答えを聞いて涼華ちゃんはげんなりした様子でため息をついた。


「いつまでたっても変わらないなぁ~…」


バカにされたような言い方がひっかかったが、涼華ちゃんは毎回私の服装等にダメだししてくるので軽く聞き流すことにした。


私は走り出した車の窓の外を見ながら、夏の日差しに目を細めた。





海に着いたのは11時を回った頃だった。

車を駐車場に止めて、私たちは翔君たちと合流しようと歩き回っていた。

向こうは木下君の車で来ているはずだ。

私は駐車場の中を涼華ちゃんと並んで歩きながら、翔君の姿を探した。

前を歩く圭祐君がケータイで翔君と連絡をとっているようだった。

辺りを見回してキョロキョロしている。

そして翔君たちを見つけたのか、動きを止めた圭祐君を見て私は圭祐君と同じ方向に目を向けた。


私は駐車場の出口付近に集まっているグループに翔君の姿があるのが見えた。

そして、翔君の隣にいる人に目が留まって私は足の力が抜けた。

後ろに尻餅をつく形でへたりこんで私はその人の背中から目が離せなかった。


「…よ…吉田君……?」


向こうが私たちに気づいて振り返る。

振り返ったその人を見て、私は緊張していた体の筋肉が弛緩した。

その人は吉田君じゃなかった。

背格好はすごくよく似ていて驚いたけど、振り返った顔には見覚えがあった。


その人は山本竜也君だった。


中学以来、久しぶりに会ったのでその変わりように驚く。

あんなに背が低かったのに、今は吉田君と同じくらい。

黒髪に若干の猫背な姿が本当によく似ている。


私は横で驚いている涼華ちゃんに腕を持って起こされて、やっと自分を取り戻した。

彼女の声が耳に届く。


「紗英ちゃん!どうしたの?」

「ご…ごめん。何でもない。」


私は何度も目を瞬かせて、気持ちを入れ替える。

翔君たちと合流するとなるべく自然体を装った。


「紗英。さっき転んでたけど大丈夫か?」


翔君が無邪気に笑いかける。

私は「うん。」とだけ答えて隣に立つ山本君を見つめた。

山本君は私の視線に気づいて、私を見て微笑んだ。


「沼田さん。久しぶり。」

「…久しぶり…。中学卒業以来だね。」

「ははっ!そうだな。今日はよろしく。」


山本君は私に手を差し出してきた。

私はその手を握って握手すると、「こちらこそ」と言ったあとじっと山本君を見る。

山本君は不思議そうに顔を傾けていたけれど、私はその仕草に吉田君が重なって目が離せなかった。

そんな私に気づいたのか、翔君が割り込んできて言った。


「じゃあ、着替えて海に集合しよう!!」


私は握っていた手を放すと、一度しっかり目を瞑ってから彼は違うと自分言い聞かせた。



私たちは女子更衣室で着替えを済ますと、浜辺にやってきた。

私は水色のビキニの上に半袖のパーカーをはおっている。

鋭い日差しに目を細めながら、男性陣を探す。

意外と分かりやすい場所に固まっていて、すぐに見つかった。

涼華ちゃんや美優ちゃんが彼氏のもとへ走って行く。

二人は水着を褒められて嬉しそうにしていた。

浜口さんは翔君の隣に行くとまた何か言いあっていた。

そんな皆の様子を見ながら、私はバレないように小さくため息をついた。


「もう疲れた?」


急に上から低い声が聞こえてきて、驚いて見上げた。

そこには山本君が立っていて、私は思わず顔を逸らした。

さっきのため息…聞かれた?

山本君は私の顔を覗き込んで笑った。


「沼田さん。水着可愛いよ。」


急な褒め言葉に私は顔に熱が集まった。

さらっと言う山本君の慣れた様子に戸惑う。


「なんで…そんなこと言うかなぁ…。」

「ははっ!照れてる。でも、機嫌直ったでしょ?」


子供みたいに笑う山本君を見て、やっぱりさっきのため息が聞こえていたんだと思った。

上から目線で私のご機嫌をとってくる山本君に、私は変な気持ちだった。

…女の子慣れしてるなぁ~…

スッと私の荷物を持って歩き出した背中がまた吉田君の背中に重なる。

私は吉田君の影を追い払うように、頭を振った。


私たちはパラソルを二本立てると、その下に荷物を置いた。

そして誰かが荷物番をしていなければいけないとの事だったので、私が引き受けた。

後で交代すると言い残して皆は海に飛び込んで行った。

私はパラソルの下でぼーっとしながら、遊ぶ皆の姿を見つめた。


いいなぁ…


楽しそうに水を掛け合ったり、抱き付いて海の中に潜る皆を見ていると

吉田君と触れ合ったときの事を思い出して切なくなった。


みんなから目を逸らしたくて、そのままゴロンと横になると目を瞑った。

光の遮られた視界の中で、吉田君の背中が見えた気がした。



私は冷たい濡れた何かに触られて目を開けた。

ぞわっという悪寒が走って思わず、体を起こす。


「おはよう。」


私は悪寒のした場所を手で触り、隣に座っている山本君を見つめた。

山本君は水に濡れた手で私の太ももに手をやっていた。

私はそれを手で払いのけると、いつここにやってきたのか分からない山本君を睨んで言った。


「何で触ってるの?」


「荷物番なのに寝てるのが悪いんじゃん?」


私は言葉に詰まった…確かに寝てたら荷物番じゃない。

山本君はどこからかジュースを取り出すと、私に渡した。

私は受け取ってからジュースと山本君を交互に見る。


「荷物番やってると思って買ってきたんだけど、必要なかったかな?」


私は山本君の優しさにさっきの事には目を瞑ることにして、お礼と謝罪を告げた。

山本君は満足そうに私を見て笑うと、ジュースを開けて飲んでから言った。


「俺、沼田さんと一回話してみたかったんだ。」


私はジュースを飲んでから、山本君を見上げた。


「竜聖の…こと、聞いてみたくてさ。」


吉田君の名前が出ただけで心臓が跳ねた。

私はジュースを持った手が動かせない。

山本君は優しい笑顔で私を見つめて言った。


「俺が高校時代に見てきた竜聖は、沼田さんにベタ惚れだった。

ちょっとしたことで浮かれたり、落ち込んだり…

あんなに毎日を楽しそうに過ごしている竜聖を見たのは…あのときだけだ。」


山本君は私を見つめる目を細めて、懐かしそうにしている。


「沼田さんはどうだった?竜聖といて…」


訊かれて私は少し俯いた。

思い出して話すのは嫌だった。

話してしまったら、過去の事だと諦めることになりそうで…怖い。


「……何で…そんな事訊くの?」


山本君の顔から笑顔が消えた。

私はジュースを持つ手に力を入れて吐き捨てた。


「過去形で訊かないでよ!」


私はジュースを置くと、立ち上がって走り出した。



私の中では過去じゃない…


吉田君との未来につながっているんだ



私はそう信じたくて吉田君の影を追いかけて走った。





読んでいただきましてありがとうございます。

冷静担当の山本君登場回でした。

今後、彼が大きく関わってきます。

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