3-2寂しい気持ち
俺は紗英に招待され、紗英の家にご馳走になりにやって来た。
帰り道で食材の調達は手伝わされたが、今は台所で何か作っている。
その背を見つめて声をかけた。
「何か手伝おうか?」
「いい。ここ狭いし。座ってて。」
紗英は野菜を切っているようで、気持ちいい包丁の音が聞こえる。
俺は断られたので仕方なく部屋を見回した。
部屋には電子ピアノにベッド、本が並んだラックに勉強机にはパソコンがのっていた。
俺はそばの棚を見ると埃に少し汚れたテディベアがあるのが目に入った。
俺は見覚えがあって、それを手にとった。
これ…
「あ、それ見ちゃった?懐かしいでしょ?」
紗英はテーブルの上にサラダを並べて言った。
「翔君が高校の文化祭のときにくれたテディベア。可愛くて気に入ってるんだ。」
俺は思い出した。
そうだ…俺が景品の中から選んで紗英に渡したものだ。
こんなに古いものを大事にとってるのが何とも紗英らしい。
俺はムズムズする気持ちを押し隠して、テディベアを棚に戻した。
そこへ紗英が麺だけ入ったお皿とお茶を持ってきた。
そしてコップを二つ並べると俺の前に座った。
俺はテーブルの上に注目して訊いた。
「これ…何?」
「うん?サラダ麺だよ。さっぱりするから食べてみて。」
勧められて俺はサラダを麺にぶっかけて、特製のソースだという液体をかけると口に運んだ。
うん。ソースとサラダと麺の相性がいい。
ただ――――
「おいしい…。でも…これじゃあ腹が減りそうだ…。肉ないの?」
俺が文句を言うと、紗英はトマトにフォークを刺して言った。
「私は夏バテで食欲ないの!そこは私のメニューに合わせてくれないと!!」
紗英は口にトマトを放り込んで、俺を睨む。
俺は口を尖らせると、頭を下げて謝った。
「で?海の相談って何?」
紗英に話を振られて、俺は本題を思い出した。
「あぁ、紗英がメンバーによって考慮するって言ってただろ。
だからどんなメンバーだったら来るのかなって思ってさ。」
「来るメンバーってカップルばっかりじゃない?私は一人になりたくないだけ。」
そういわれてメンバーを思い返した。
山森さんに哲史のカップル。
吉岡さんに圭祐のカップルだろ。
で俺に浜口…確かに…でも厳密にはカップルばかりじゃない…
それは俺と浜口はそんな関係ではないからだ。
紗英はずっと誤解しているようだが、浜口は今では気の合う友達って感じだ。
過去には告白されたり色々あったけど…
俺はやっぱり紗英以上に好きになれる奴に出会えなかった。
告白された子と付き合ったりしてみた。
でも傍にいるだけで疲れてしまって自然体になれない。
そんなときに紗英の姿を見てしまったら、
気持ちがグイッと引き寄せられて終わりという繰り返しだった。
本当…恋わずらいとはよく言ったものだ。
今も紗英と二人っきりという状況に心臓が嫌な音を奏でている。
紗英が俺を友達と思っているので、俺もそれに合わせてきたのだが…
「結局メンバー一緒なんでしょ?私は遠慮するよ。」
紗英は迷った様子もなくサラッと言う。
俺は紗英と行きたい!
何か良い案はないか思考を止めずに考える。
そこで一人の男の顔を思い出した。
「そうだ!竜也も誘ってみるよ!!」
「竜也って…山本君?中学のクラスメイトの…」
「そう!!バイト先で久しぶりに会ってさ!あいつ独り身らしいし、ちょうどいいかも!」
「その言い方…数合わせみたいで失礼じゃない?」
「いいの、いいの!!まぁ、竜也と二人っきりにしたりはしないからさ!
なぁ、紗英も行こうぜ!!」
紗英はしばらく悩んだ後「山本君が行くならね。」と言った。
俺はあいつなら紗英に手を出すこともないし、安心できるのでちょうど良かった。
早速竜也に連絡しようとケータイで竜也のアドレスを探す。
紗英はサラダを平らげようとお皿に張り付いたレタスと格闘している。
俺は竜也のアドレスを開いて電話をかける。
何回かコール音が聞こえた後、竜也が電話に出た。
「あ、竜也?」
『お前なぁ…俺今からバイトなんだけど?』
「おっと、わりぃ。じゃ、手短に。
今月の19、20日なんだけど、空いてる?」
『…急な話だな。でも、運よくそこの日は空いてるけど。』
「やった!じゃあ、その日空けといて!海行くから!」
『うみぃ?おい、俺は――――』
「じゃ、当日迎えに行くからよろしくな!」
俺は半ば強引に約束を取り付けると、電話を切った。
後で何か言われようとも、紗英を連れていけるなら万々歳だ。
紗英は俺の満足そうな顔を見て怪訝な顔をしている。
「山本君、大丈夫だったんだね。」
「ふっふっふっ。これで、紗英も参加な!」
俺は紗英にピースして勝ち誇ったように笑った。
紗英は食器を片付けながら「はい、はい」と適当な返事をした。
俺は頭の中で海のプランを考えながら、床に寝そべった。
紗英が食器を洗う音を聞きながら、一段落して安心したからか眠ってしまった。
俺は夢の中で久しぶりに竜聖の姿を見た。
あいつは高校のときの姿のまま、俺を一瞥したあと背を向けて歩いていく。
俺はあいつの背に追いつきたくて必死に追いかける。
でも、どれだけ足を動かしても一向に追いつけない。
息が苦しくなってくる。
俺はあいつの背中に向かって、あいつの名前を叫ぶ。
でも声に出ない…あいつに聞こえない
あいつがどんどん遠くなったとき、一人の女性があいつの隣にやってきて一緒に並んで歩いていく。
その女性が紗英に見えて、俺は二人の名前を力の限り叫んだ。
「――――紗英っ!竜聖っ!!」
俺はそこで目を覚まして、体を起こした。
「―――っくりしたぁ~…。どうしたの?翔君?」
俺は全身汗びっしょりで、息が荒くて肩で息をする。
紗英が驚いて俺に近寄ってきた。
俺は定まらない瞳を紗英に向けて、さっきの夢が身近な事に感じられて怖くなった。
不安を消したくて、側にあった紗英の手に自分の手を重ねて握り締めた。
「…翔君?」
紗英は黙っている俺を見て不思議そうな顔をしている。
俺は紗英の手の温かさを感じて、少し安心した。
俺は自分を落ち着かせるように言った。
「…大丈夫。何でもない…」
俺は自分の夢が信じられなかった。
竜聖の奴が出てくるなんて初めての事だ。
夢に出るというのは真相心理を表すというし、
俺はどこかであいつの事を探しているのだろうか?
竜聖がいなくなって四年。
俺は紗英を置いていったあいつが許せなかった。
紗英は竜聖を想って、悲しみに折れてしまいそうだった。
表には出さなかったけれどそう…感じた。
俺は何もできない自分を不甲斐なく思いながらも、いなくなった竜聖を憎みきれない部分もあった。
寂しかった。
もっと話せば良かったと後悔した。
今更気づいたって遅い。
あいつはもういない。
――――やっぱりあいつは俺の中で友達なんだ。
そう思って俺は目を閉じた。
読んでいただきましてありがとうございます。
次からは高校時代あまりからまなかった山本君が出てきます。




