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勘違い系○○  作者: 流音
第二章:高校生
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2-74お母さん

俺は三人と別れたあと、家に帰って来た。

部屋に閉じこもって耳を塞ぐ。


塞いでいても宇佐美の声が耳に響いてくる。


『お母さんに殺されかけたって本当?』


――――違う!!…違う!違う!!


殺されかけたんじゃない!!

あれは絶対そんなんじゃない!


静かな部屋にいると首筋にあのときの感触が蘇ってくる。

閉じ込めたはずの嫌な記憶が溢れてくる。

遠くでインターホンの音が聞こえた気がして、強く耳を押さえた。




***





中学二年の終わりごろ…


俺は部活を終えて家に帰ってきた。

すると居間にいた母さんが俺がバレンタインにもらったチョコレートの袋を鋏で切っていた。

俺が大事にとっておいた紗英からのチョコレートの袋だった。


俺は母さんの異様な姿に居間の入り口で固まった。

母さんは顔を上げるといつもの笑顔で「お帰りなさい」と言った。

俺はひきつる顔で「ただいま」だけを絞り出した。

母さんは袋を切る手を止めずに言った。


「竜聖…このチョコレートの袋だけ母さん見てないわ…

どうして他のチョコレートと一緒に見せてくれなかったの…?」


俺は冷やりとした空気に声が出なかった。

俺は紗英のだけは部屋に隠しておいたはずだった。


「これ…あなたの好きな子からもらったものなんでしょう?」


「……だ…だったら…何?」


俺は何とか言葉に出した。

俺の言葉に母さんは鋏を置いて立ち上がると、こっちにゆっくりと近づいてきた。

そして俺の肩に手を置いて、俺の顔をじっと見つめた。


「竜聖が一番好きなのは母さんでしょう?」


母さんの笑顔が怖かった。

でも嘘は言えなかった。


「……好きな子が…いる。」


震える声で言ったとき、母さんに押し倒された。

力強い両手で首を絞められた。

俺は母さんの手を引きはがそうともがいた。

苦しかった。


「竜聖まで母さんを捨てるの」


涙を流しながら母さんはそう言った。

他にも何か言っていた気がしたが、息が苦しくて意識が朦朧としていて聞こえなかった。

もがく手に力が入らなくなってきたとき、父さんの怒鳴り声が聞こえて呼吸が楽になった。

息ができるようになった瞬間、視界が回復して最初に見たのは倒れた母さんとその前に立つ父さんだった。


そのあとはあまり覚えていない。

気が付いたら母さんはいなくなっていて、父さんは仕事ばかりで家に帰ってこなくなった。


俺は時折あのときの感触が呼び覚まされる毎日を送っていた。


生きている意味や俺の価値なんかを考えては心が荒んでいった。

そんなとき板倉に全部打ち明けて、心の重みが楽になった。

忘れ去ることで自分を保った。


でもその代償か好きだという感情を悪いものだと思い込みどこかへ隠してしまった。

誰にも好意を寄せずに、その場限りの関係を作っていった。


でも――――


紗英だけは違った



再会しただけで心が震えた。

会いたかったって体中が叫んでいた。


隠していた感情が顔を出した。

でも臆病で中々行動におこせなかった。

傷つけることもたくさんしてしまった。


でも紗英は俺を見てくれた。


好きだと言ってくれた。


俺はいつの間にか母さんの影がなくなっていることに気づいて顔を上げた。

自分の部屋が静まり返っている。


部屋を見回しても母さんの影はない。


さっきまで響いていた声もなくなっている。

胸を押さえて目を閉じた。


心臓の音に耳を傾けていると生きていると実感する。


もう大丈夫だと目を開けたとき、玄関の開く音がした。

父さんが帰ってきたのかなと思い立ち上がると、

階段を駆け上ってくる音がして扉を自然に見つめる。


「吉田君!!」


扉を開けて姿を見せたのは紗英だった。


「紗英!?」


紗英は俺を見て安心したように表情を崩すと、その場にへたりこんだ。


「良かった…いた…」


紗英は泣きそうな顔で掠れた声で呟いた。

俺は紗英のそばに行くと事情を訊いた。


「どうしたんだ?そんなに慌てて…」

「どうしたって…駅に来ないから心配になって…あとケンカのことも…」


ケンカと聞き、美合たちの事を思い出して顔をしかめる。

あいつら…何で俺の話を宇佐美にしやがったんだ…

誰にも知られたくなかった、同情されたり蔑まれたりするのが嫌だったからだ

それに―――俺はあれは何かの間違いだと今でも信じている。


紗英は俺の服を掴むと遠慮がちに言った。


「……お母さんのこと…聞いたの…。」


その言葉に俺は咄嗟に首元に手をやった。

感触が戻ってきそうで恐れた。


「美合さんたちを責めないでね…私がお願いしたの…宇佐美さんの言葉が怖くなって…」


「宇佐美?」


紗英の口から宇佐美の名前が出ることが不思議だった。

紗英と宇佐美は面識がないはずだ。


「でも…ここにいてくれて良かった…。」


紗英は俺を見て笑ったあと、俺の首に手を回して抱き付いてきた。

俺は首にやっていた手に紗英の胸が当たり、心臓が跳ねる。

息を浅くしてなるべく動かないように固まった。


「辛い事…何でも話してほしい…。吉田君がいなくなっちゃいそうで…怖い…。」


紗英の腕に力が入り、体が震えていた。

本当に心配してくれていたことが伝わる。

紗英の吐息が耳に当たるのを感じたとき、

俺は今まで我慢していた理性が崩壊した。

紗英を床に押し倒すと首筋に顔を埋めた。

紗英の首に唇を落とすと紗英の体がビクッと震えた。

そのあと顔を上げて紗英の顔を見ると紗英が涙目で俺を見ていた。

頬が紅潮していたので、嫌がられていないと確信し紗英の唇に強く口づけた。

お互いを求めるように何度も口づけた。

頭がぼーっとしてくる。

そして自然に紗英の制服に手を忍ばせようと動かしたとき、

紗英が「吉田君」と言った声に我に返った。


俺は手を止めてその場に固まった。

耳に恭輔さんの声が響く。


全身に汗がどっと出てくるのを感じて紗英の上からどいた。


――――何やってんだ!俺!!


俺は紗英から距離をとり、しゃがんで顔を隠した。

俺は誓いを破りそうになった事に自己嫌悪し、紗英の姿を見られなかった。


「よ…吉田君?」


紗英の声が背後から聞こえてくる。

俺は勇気を出して振り返ると勢いで口に出した。


「紗英、俺を殴れ!!」


振り返って目に入った紗英の顔は頬が赤く紅潮して、優しく俺を見つめていた。

紗英はゆっくり俺に近寄ると両手で俺の首に手を当てた。

俺は過去のこともあり、体が勝手にビクッと震える。

でも紗英の手は柔らかく、くすぐったいだけだった。


「紗英?」

「……殴らないよ。……ちょっと怖かったけど、嬉しかったし。」


紗英は照れ臭そうに笑った。

俺はその笑顔がまぶしくて目をギュッと瞑って開けてから

首にあった紗英の手を握って自分の前に寄せる。


「俺…恭輔さんの誓いを破らないよ。でも、一つ宣言させてほしい。」


紗英は恭輔さんの名前が出て目をパチクリしていた。


「俺が18になったとき、紗英に永遠の愛を捧げるよ。」


意味が通じたのか、紗英が大きく目を見開いた。

俺は紗英の左手を自分の手のひらにのせると持ち上げた。


「紗英を俺にください。」


心臓が大きな音を立てる。

俺は本気だった。


母さんの苦しい記憶をどこかへ追いやったのは

紗英と積み上げてきた思い出だった。


紗英が隣にいれば、俺は何が起きても正しい道に戻れる。

そんな直感がした。


彼女を手放してはいけない――――


その気持ちから出た誓いだった。







竜聖のトラウマが明らかになりました。

あと一話で高校生編も終了です。

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