2-73仲良しの女の子
私は駅前で吉田君を待っていた。
でもいつもの時間になっても姿が見えない。
もしかしたら授業が長引いてたりするのかも…
私はもう少し待ってみようと駅の柱にもたれかかった。
そのとき西ケ丘高校の女の子に声をかけられた。
「こんにちは。」
私はその子の顔を見て、図書館のあの子だと分かった。
あのときはこの子の存在が怖くて目を逸らしてしまったけど、目の前のこの子は柔らかい雰囲気をまとっていてあのときと同一人物とは思えなかった。
その子は私を見て微笑むと話しかけてきた。
「沼田…紗英さんですよね?」
「え…?何で名前…。」
「私、宇佐美麻里っていいます。吉田竜聖君と同じクラスなんです。」
名前を知られていることにドキッとしたけれど、吉田君のクラスメイトと聞きホッとした。
でもそのクラスメイトの人が私に何の用なのか疑問が過る。
「三年になってから竜聖君と話をすることが多くて…彼女の紗英さんのことたくさん聞いてたんですよ。
一度話してみたいな~と思ってたら、お一人でおられたので声かけちゃいました!」
人懐っこそうな笑顔で笑う彼女に少し緊張が緩んだ。
でも私は『竜聖君』と呼ぶ彼女に胸がチリっと焼ける感じがした。
「そうなんだ…。」
「今、少しお話ししてもいいですか?」
私ははっきり言うと話したくなかったが、好意的な目で見られると断ることなんてできなかった。
「吉田君が来るのを待ってるから…少しなら。」
私の返答を聞いた彼女は嬉しそうに笑うと言った。
「じゃ、ちょっとだけ!紗英さんは竜聖君のこと好きで付き合ってるんですよね?」
「うん。そうだけど…?」
「じゃあ、竜聖君の色んな顔見たことあるんですよね?いいなぁ~。」
彼女はこんな話を聞きにここに来たんだろうか?
何が聞きたいのか…本心を隠しているようで気持ち悪い。
「今日、大変だったんですよ。竜聖君とお仲間がケンカしちゃって仲間割れ!」
「え?」
彼女は先程までの雰囲気が変わり、挑戦的に私を見た。
嫌な汗が首筋を伝う。
「さっき竜聖君のこと待ってるって言ってましたけど、来てないですよね?
私はケンカと関係ある気がしますけどね?」
その言葉を聞いて私は足を前に動かして走った。
吉田君の所へ行かなきゃいけない気がした。
すると後ろから「待って!」と呼び止められ、私は足を止めて彼女を見た。
「紗英さん?私と竜聖君の関係、気にならないんですか?」
私は言っている意味が分からなかった。
クラスメイトだと言ったのは彼女だ。
「竜聖君に会ったら、ココ見てみてください。」
彼女は制服のシャツを引っ張ってから首元を指さした。
どういう事?私は疑問で頭がいっぱいだった。
彼女は目を細めて笑ったあと、告げた。
「見れば私たちの関係が分かりますよ。」
彼女は固まっている私を楽しそうに見たあと、行ってくださいというように手を振った。
私はゆっくり視線を前に向けると彼女に背を向けて走った。
ずっと背後で彼女が見ているようで、気持ち悪かった。
***
私は吉田君の家に来るとインターホンを押した。
誰もいないのか扉は開かなかった。
私は吉田君の行きそうな場所に向かうことにした。
ホワイトデーに花束をもらった公園、図書館など一緒に行った場所を探す。
でもどこにも姿がない…。
私は最後の望みで西ケ丘高校に行くことにした。
ケンカのことも気になるので、何か分かればいいとすがりつく思いだった。
西ケ丘高校の校門前の通りに出たとき、ちょうど帰るところの吉田君のお仲間の三人組を見かけた。
私は駆け寄って声をかけた。
「待って!!」
「紗英さん?」
美合さんが荒い息に喘ぐ私の肩を支えてくれた。
私は息を整えると、三人を見て訊いた。
「吉田君知らない?」
「竜聖さんですか…?…帰ったんじゃないですかね…分からないっすけど…」
いつもははっきり答えてくれる三人の煮え切らない返事と態度に私は首を傾げる。
心なしか三人の元気もない。
その様子を見てケンカのことを訊くことにした。
「吉田君とケンカしたって本当?」
「な…なんで…知ってるんすか?」
「宇佐美さんって人から聞いて…」
宇佐美さんの名前を出すと明らかに三人の様子が変わった。
加地君は怯えているような表情を浮かべて、美合さんと相楽さんは顔をしかめて悔しそうな顔をしている。
「今日…吉田君が駅に来なくて…探してるんだけど…関係あるなら教えてほしい。」
私は美合さんの腕を掴んで懇願した。
美合さんは少し考え込んで首を横に振った。
「…紗英さんは聞かない方がいい…です。」
「…どういう事…?」
私は意味が分からなくて、美合さんと相楽さんを見る。
二人は視線を合わせないように顔をそむけていた。
そこへしびれを切らしたのか加地君が動いた。
「俺も教えてほしいッス!!竜聖さんのお母さんの事って何なんスか!?」
加地君の言葉も私には理解できない。
お母さんって何の話?
加地君の言葉に相楽さんがあきらめたような顔で告げた。
「少し、場所を変えましょう。」
「相楽!!」
「美合、隠していてもいつか分かることだと思う。それに紗英さんの力が必要だ。」
相楽さんの言葉に美合さんが悔しそうに引き下がる。
一体どんな話なのか想像もつかなくて私は言い様のない不安が胸いっぱいになっていった。
相楽さんが私たちを連れてきたのは人気のない路地だった。
外から見ると影になっていてよく目を凝らさないと誰がいるのか見えなくなりそうだ。
相楽さんはそこで私たちに振り返ると話し始めた。
「竜聖さんのご両親が離婚しているのはご存知ですよね?」
私は吉田君のお父さんから聞いた話を思い出して頷いた。
「俺たちが知っているのも板倉さんから聞いた話なので、詳しくは知らないんですが…
竜聖さんは中学のときにお母さんに殺されかけたことがあるらしいです。」
「―――――え!?」
殺されかけた…?
私は耳を疑った。
「正確には首を絞められたそうですが、運よく帰って来たお父さんによって阻止されたみたいです。
それからご両親は別居して、最終的に離婚になったようです。」
話を聞いている間に足が震えてきた。
「お母さんがどうしてそんな事をしたのか…理由までは知りません。
でもこのことは竜聖さんのトラウマであり、私たちは触れることを避けてきたんですが…」
「宇佐美の奴がなぜかその話を知っていて、俺たちから聞いたと言いやがった。」
美合さんが悔しそうに膝を拳で叩いた。
私は現実感がなくて震える体を支えることしかできない。
「竜聖さんは俺たちと初めて会ったときは誰も信じていない冷たい目をしていた。
でも、紗英さんと会って変わったんです。きっとトラウマを忘れるぐらい幸せだったんだと思うんです。」
「でも、完全にトラウマが消えたわけじゃない。このままほっておいたら昔の竜聖さんに戻っちまうかもしれねぇ。」
二人は私を見つめると顔をしかめて言った。
二人の目が潤んでいるのが私の目に映った。
「紗英さん…竜聖さんを助けてください。」
「俺たちじゃ無理なんです…。」
二人の震える肩と加地君が泣くのを我慢している顔を見て、
私は自分の震えを抑えるように手を握りしめた。
「吉田君のところに行ってくる…。」
私はまっすぐ二人を見つめて言った。
二人は目を見開いて私を見た。
そして自分の顔を手で拭うと、何度も頷いていた。
「話してくれて…ありがとう。」
私はそれだけ言って彼らに背を向けて路地を出た。
そして足はまっすぐまた吉田君の家へ向かう。
高校生編終わりまであと二話です。




