2-72違和感
どうも、竜聖さんの舎弟の加地ッス…
新学期が始まって早三か月が過ぎ、俺たちの周りも変わって来たッス。
一番変わったのが、お昼を食べるメンバーが増えたことッス。
竜聖さんのクラスメイトの宇佐美先輩ッス。
この宇佐美先輩すごく優しくて紗英さんに似てるお人ッス。
その宇佐美先輩は竜聖さんの彼女である紗英さんの事をよく聞いてくるッス。
俺は竜聖さんの自慢の紗英さんなので、包み隠さず全部話したッス。
俺が見てきた竜聖さんの事も漏れなく…
ニコニコ聞いてもらって気持ち良かったんスけど…
何だかたまに怖い顔をするときがあるんス。
それがちょっと引っかかっているッス。
竜聖さんは今日も宇佐美先輩に紗英さんの自慢話をしてるッス。
紗英さんの話を熱心に聞いてくれる女の人なんていなかったッスから嬉しいんですかね。
目を輝かせているッス。
俺はそんな楽しそうな二人を見て寂しいッス。
俺が竜聖さんの隣でああやって話してたッスから…
ポジションを奪われた感じッス…
美合先輩も相楽先輩も最初こそ彼女を相手に話してたっすけど
なぜか最近は距離をとって二人で話していることが多いッス。
俺はそんな分裂した二組を見ているしかできないッス。
どうしたら前みたいにバカな話で盛り上がれるんスかね?
竜聖さんは放課後勉強するために帰っちゃうんで、この昼休みが唯一集まれる時間だったんスけど…
何だか、バラバラになっちゃうようでイヤッス…
今日はここにいても仕方ないんで、教室に帰ることにするッス。
***
七月に入った蒸し暑いある日のことッス。
俺が家に帰ろうと廊下を歩いてたときッス。
中庭と校舎の影になった俺たちのたまり場に竜聖さんが昼寝しているのが見えたッス。
傍に教科書や問題集の山が見えたんで、勉強の休憩中だと思うッス。
俺は久しぶりに竜聖さんと二人で話すチャンスだと思って下駄箱に走ったッス。
靴を履きかえて中庭に走って竜聖さんの姿を見つけたとき、傍に宇佐美先輩がいるのが見えたッス。
俺は足音を立てないようにゆっくり近づいて様子を見ていたッス。
すると宇佐美先輩が寝ている竜聖さんに覆いかぶさったッス。
俺は驚いて思わず声をかけたッス。
「竜聖さん!!」
宇佐美先輩がこっちを見て、慌てて竜聖さんから離れたッス。
俺は宇佐美先輩から目が離せなくて、その場から動けなかったッス。
宇佐美先輩は立ち上がって俺に近づくと耳元で言ったッス。
「内緒にして?」
そのときの宇佐美先輩の目が忘れられないッス。
冷たくて、鋭い光を持った目だったッス。
明らかにいつもの宇佐美先輩じゃなかったッス。
宇佐美先輩はそれだけ言うとどこかに行ってしまったッス。
「加地か?」
竜聖さんが目を覚まして俺を見ていて、少し緊張が解けたッス。
俺はさっきのが何だったのか必死に考えたッスけど…
俺はバカなんでよく分からなかったッス。
「どうした?お化け見たみたいな顔して?」
俺は竜聖さんに近寄って、感じたことを訊いてみたッス。
「あの…宇佐美先輩って…何考えてるんスかね…?」
「宇佐美?」
竜聖さんは少し考えたあと言ったッス。
「何考えてるかは分からねぇけど、良い奴だよな。
お前がそんな事訊くの珍しいな?何かあったのか?」
まったく宇佐美先輩を疑ってないような竜聖さんに確信のないことは言えないッス。
俺は笑って首を横に振って答えたッス。
「何もないッス!すみません!勉強の邪魔してしまったッス!!」
俺は竜聖さんに不自然にならないように笑顔を浮かべたッス。
竜聖さんは安心したように俺を見たので、俺は挨拶してその場を立ち去ったッス。
俺は宇佐美先輩に対する違和感が消えなくてモヤモヤしていたッス。
誰かに聞いてほしくて俺は美合先輩と相楽先輩の元へ向かったッス。
三年生の棟は人が少なくなっていて、美合先輩たちはすぐ見つかったッス。
俺は先輩の教室に入ると、変な汗をかきながら言ったッス。
「美合先輩!相楽先輩!聞いてほしいッス!!」
「んあ?加地が教室来るの珍しいな。」
「変な顔してどうした?」
俺は美合先輩と相楽先輩がいる窓際まで来ると俺の感じた違和感を伝えたッス。
「宇佐美先輩のことなんスけど…なんていうか…分からなくなってきて…
こう…気持ち悪いっていうッスか…説明しにくいんスけど…」
俺は感じたことが上手く言葉にでなくて困ったッス。
でも美合先輩たちには伝わったみたいだったッス。
「分かってるよ。あいつ、どう見ても竜聖さん狙いだしな。」
「ええ。本性を出さないのがムズムズするんですよね。」
二人の言葉に俺は驚いたッス。
宇佐美先輩が竜聖さんの事を好きだってこともッスけど、二人がとっくの昔に知っていた事にもッス。
俺は全く分からなかったッス。
「でも!紗英さんの話聞いてるッスよ!?普通好きだったら聞くの嫌じゃないッスか!?」
俺の疑問に美合先輩が眉間に皺を寄せて言ったッス。
「そこだよ。分からねぇのは…あの女、何考えてるのか全然見えねぇ。」
「竜聖さんは良くも悪くも好意的な人間には信じてしまう人なので…俺たちが竜聖さんの気持ちを無視して動くわけにもいきませんし…。手詰まり状態です。」
二人が距離をとってたのはそういう事だったんスか!
竜聖さんのことをしっかり考えている二人を見直したッス。
「でも…なんかこのままはダメな気がするんス!!どうしたらいいッスか!?」
俺は歯痒くて何かしたかったッス。
美合先輩は相楽先輩と顔を見合わせると、険しい顔になったッス。
「竜聖さんと紗英さんの間に割り込めるわけはねぇと思うけどよ…確かになんかあいつ怖い気がするんだよなぁ…。」
「一か八か竜聖さんに話してみますか?」
相楽先輩の言葉に俺たちは頷いたッス。
もうそれしかこの気持ち悪さを解消する術はないッス。
「俺、さっき竜聖さんに会ったッス!今ならまだ中庭にいるかもッス!!」
俺の言葉に美合先輩が一番に走り出したッス。
俺と相楽先輩は後を追いかけて中庭に向かったッス。
俺たちが中庭に着いたとき、竜聖さんは宇佐美先輩と一緒にいたッス。
俺は嫌な予感が過ったッス。
「竜聖さん!!」
声に反応した竜聖さんはこっちを向いたとき、明らかに怒気に溢れた目をしていたッス。
俺は出会った頃の竜聖さんを思い出して背筋が凍ったッス。
「お前ら、俺に隠してることがあるだろ?」
竜聖さんから発せられた言葉の意味が分からなかったッス。
美合先輩や相楽先輩も同じで身に覚えのないことに戸惑っているようだったッス。
「今謝れば許してやる。正直に言え。」
竜聖さんの目は本気だったッス。
でも何の話かまったく見えないッス。
「竜聖さん。何か…誤解してないですか?
俺たち隠してることなんて何もないッスよ?」
「そうですよ。…そこの宇佐美に何言われたんですか?」
俺は剣幕な様子に見ている事しかできなかったッス。
「宇佐美がお前らから聞いたと言って教えてくれた。
これは俺たちしか知らないことのはずだ。言えよ!!」
「何の話か見えないっすよ!!隠し事って何のことなんですか!?」
「俺たち…竜聖さんを裏切るような事はしないです!信じてください!!」
竜聖さんは埒が明かないという表情になると、
俺たちの横を通って歩いて行く。
俺は咄嗟にすれ違う竜聖さんの腕を掴んだッス。
「竜聖さん…何に対して怒ってるんスか?」
竜聖さんは俺の手を振り払うと、冷たい目で俺を睨んだッス。
「自分で考えろ!」
竜聖さんは吐き捨てるように言って早足で立ち去っていったッス。
俺は何が起きているのか信じられなかったッス。
呆然としていた俺の後ろで美合先輩が動いていたッス。
「おい!!竜聖さんに何言いやがった!?」
俺が美合先輩の怒気に驚いて振り返ると、美合先輩が宇佐美先輩を壁に押し付けて怒っていたッス。
「何?私は聞いたまま伝えただけだよ?それがいけない事だった?」
「聞いたままって…俺たちが何をしゃべったってんだよ!!」
宇佐美先輩は暗く冷たい目を細めて笑ったッス。
俺はその笑顔を見て背筋がゾクッとしたッス。
「お母さんのこと。」
それを聞いて俺は見当もつかなかったッス。
美合先輩は心当たりがあるようで宇佐美先輩を押さえつけてる腕が震えていたッス。
宇佐美先輩は震えている美合先輩の手を振り払うと美合先輩のそばを離れて、俺と相楽先輩の間を通っていったッス。
そのとき相楽先輩が俯いてかすれた声で言ったッス。
「何でお前が知ってる。」
宇佐美先輩は相楽先輩の隣で立ち止まったッス。
相楽先輩は肩を震わせて続けたッス。
「俺たちはそのことを誰にも言ってない。話に出したこともない。
何でお前が知ってんだよ!!」
宇佐美先輩は「さぁね」と言って微笑んだあと、立ち去って行ったッス。
俺は意味が分からなくて口が挟めなかったッス。
お母さんのことって何なんッスか?
相楽先輩や美合先輩に聞こうにも様子がおかしくて動けなかったッス。
俺の知らない何かが動いているのが気持ち悪くて、目の前には不安しかなかったッス。
ここから竜聖のグレた理由へと切り込んでいきます。
高校生編もあと少しです。




