2-66遊園地Ⅱ
私たちはジェットコースターに乗る前にお昼を食べることになった。
それぞれフードコートで注文したものを陣取っていた席に持ってくる。
私は普通のハンバーガーとポテトに飲み物のセットだ。
だいたい皆も同じようなメニューだった。
ハンバーガーにかぶりついていた木下君が私と吉田君を交互に見てくる。
何だろう…?
何か顔についているんだろうかと思ったときハンバーガーを置いて木下君が口を開いた。
「二人はさ、付き合ってるんだよね?」
「う、うん。」
「じゃあさ、もうする事しちゃった?」
木下君の問いに私は全身の血流が速くなり、体が熱くなった。
吉田君も同じようで横でハンバーガーを置いて食ってかかっている。
「なっ!?そんな事聞くか!!普通!?」
「だって気になったからさ。
どんなタイミングで関係進めるのか初彼女持ちとしては参考に。」
横で涼華ちゃんが真っ赤な顔で口をわなわなと動かしている。
すると翔君が話にのっかってきた。
「俺も気になるな。答えろよ?竜聖。」
吉田君は何か言おうと真っ赤な顔で口を開けたり閉めたりしていたが、
観念すると木下君から目線を逸らしてため息をついた。
男性陣の目が吉田君に集まる。
私は言うの!?と気が気じゃなかった。
「俺には理想があるんだよ。」
「理想?」
理想という言葉に私たちも吉田君に注目した。
「初めてって大事だろ?
だから、シチュエーションとかムードって必要なんだと思うんだよ。」
それを聞いて私はいつか聞いた話を思い出した。
乙女チックな吉田君再登場だ。
「星を見上げながらってのもいいし、夕焼け見ながら浜辺ってのもいい。
でも一番は遊園地の観覧車かな…すごくロマンチックだろ?」
赤い顔で生き生きと言う吉田君を見て、皆の動きが止まる。
私は知ってるだけに笑みがこぼれる。
すると翔君が噴き出したのをきっかけに皆が笑い出した。
「りゅーせー!!お前すっげーロマンチストだなぁ!!」
「そんなこと考えてる奴がいることに驚いたよ!!」
皆にバカにされて吉田君は「うっせぇ!理想だっつっただろ!!」と恥ずかしそうにふてくされた。
ずっとお腹をかかえて笑っていた木下君が笑いを抑え込むと吉田君に向かって言った。
「じゃあ、まだ何もしてないんだ?何か竜聖君の印象変わったよ。」
吉田君は木下君を見ていつものクシャっとした笑顔になった。
私は二人が仲良くなったみたいで嬉しかった。
そこへ水を差すように翔君が割り込んできた。
「ふっ…竜聖。お前ただのバカだったんだなぁ~。」
「はぁ?」
翔君は立ち上がって吉田君を見下ろすと勝ち誇ったように言った。
「俺は紗英とキスを済ませている!!俺の勝ちだ!」
突然の告白に私は立ち上がってそばにあった鞄を投げつけた。
「バカーッ!!何っ!?何言ってんの!?!?」
「あたっ!!」
私は怒り心頭して翔君を睨んだ後、
ふと視線に気づいて視線を下ろすと吉田君が呆然とした顔でこっちを見ていた。
私はその表情を見て居た堪れなくなる。
ぐっと奥歯を噛んで我慢すると吉田君から視線を逸らして座った。
「翔平!空気読め!!アホか!」
「事実を教えてやっただけだろうが!!」
「時と場所を考えろよ!!」
木下君が翔君を叩いて怒ってくれている。
私は無言でハンバーガーにかぶりついた。
私は吉田君がどう思ったかが怖くて、吉田君の方向が見れなかった。
***
昼食後、私たちはジェットコースターに乗るために長蛇の列に並んでいた。
私は黙ったままの吉田君が気になって、隣を横目で見上げる。
吉田君は険しい顔で何か考えているみたいだった。
翔君とのこと…どう思ったかな…?
自分からきちんと説明しておけば良かった…。
今まで言えなくて逃げてきた自分に後悔した。
前で楽しそうにしゃべる木下君と涼華ちゃんを羨ましそうに見た。
すると木下君がその視線に気づいたのか、私に振り返って訊いた。
「沼田さんはジェットコースター大丈夫?」
「うん。これは平気。」
「そっか!俺、初めて乗るからワクワクしてるんだ!」
「初めて!?」
「うん。」
今時初めてなんて人がいることに驚いた。
木下君は隣の涼華ちゃんに視線を戻すとまた涼華ちゃんとしゃべり始めた。
私はまだ黙っている吉田君を見て、ため息をついた。
ジェットコースターは並んでいる間は長かったけれど、乗ってしまえば一瞬だった。
楽しかったなぁ~と思って周りを見回すと
木下君が下を向いて気持ち悪そうにしていた。
涼華ちゃんが横でおろおろしている。
反対側では浜口さんも同じ状況になっていた。
「どうしたの?二人とも…?」
私は二人に尋ねる。
「初めて乗ったけど…これは…ダメだ…。」
木下君は涼華ちゃんに連れられてフラフラとベンチに横たわった。
その隣のベンチでは浜口さんが翔君にへばりついている。
口元を押さえているが、本当に気持ち悪いのだろうか?
「紗英ちゃん…私、木下君とここにいるからどこか回ってきて?
終わったらここに戻ってきてくれればいいから…。」
「え…本当に大丈夫?」
「うん。せっかくの遊園地だし…ね?行ってきて?」
私がじゃあお言葉に甘えようかと吉田君を見上げたとき、
吉田君が私の手を握って歩き出した。
「えっ!?吉田君??」
吉田君はどこか目的地があるのか私を引っ張ってどんどん歩いて行く。
何か…怒ってる…?
雰囲気がピリピリしている吉田君の背中を見ながら、少し不安になった。
そして無言のまま連れてこられたのは、観覧車だった。
私は観覧車を見上げてから吉田君を見た。
吉田君はさっきと同じ真剣な顔だったが、
観覧車に乗るときに私の手を握る力が強くなった。
私たちは観覧車の中に片側に並んで座った。
扉が閉められると外の音が聞こえにくくなり静かな時間が流れた。
私は沈黙が嫌で話題をふった。
「吉田君!この観覧車一周15分だって!結構長いね。」
中に貼ってあった説明のシールを指さして言ったのだが、反応がない。
私はため息をつくと吉田君の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?吉田君…?何か変だよ?」
吉田君は私と視線を合わせると、眉間に皺を寄せて言った。
「あいつの話…本当なんだよな…?」
「…え?」
「キスの話。」
私は吉田君から目が離せない…はっきり言うべきか迷った。
吉田君は私とつないでいる手を自分の顔の前にもっていくと
私の手の甲を口元に近づけた。
私の手の甲に吉田君の熱い吐息がかかる。
そんな仕草に私は鼓動が速くなっていく。
「俺は…まだ紗英にできてないのに…何でだろって…思って…
嫉妬でおかしくなりそうだ…。」
吉田君は目を瞑って辛そうな顔をしている。
でも不謹慎なことに、私は嫉妬してくれていることが嬉しかった。
胸がどんどん苦しくなる。
「前、紗英が触っていいのは俺だけだって言ってくれて…嬉しかった…
でも…あれから…大事にしなきゃって思ってきたのに…
まさか…あいつに先越されているなんて…」
最後は消え入りそうな声で言う吉田君に、私は何か返さないとと必死に頭の中で考えた。
そのときにふと今の状況とお昼に話していた吉田君の言葉が頭に浮かんだ。
私は吉田君と握っている手に力を入れると、気持ちが伝わるように告げた。
「吉田君…今、観覧車の中だよ…?」
吉田君がゆっくり目を開けて私と視線が交わる。
お昼に言ってた理想通りだよ…吉田君…
声に出さずに目で伝えたあと目をゆっくりと閉じた。
吉田君が顔の前にあった私とつないでいた手を下すのが分かった。
すると私の頬に吉田君の手が触れてきた。
触れられた瞬間ビクッと反応してしまう。
目を閉じているので触覚が敏感になっている。
私の顔に吉田君の吐息がかかるのを感じたとき、私の唇に吉田君の唇が触れた。
怖々触れてくる唇に私は少しだけ目を開ける。
吉田君の顔が目の前にあって、私と同じように吉田君の目が薄く開いた。
少し開けた視線が交わったとき、触れた唇に少し力が加わった。
今度は怖々じゃない、少し力の入ったキスだった。
熱い息がかかって、だんだん苦しくなってきた。
頭がぼーっとしてきて、どれくらいの時間が経ったのか分からなくなる。
そして私たちは名残惜しそうに唇を離すとお互いの呼吸に耳を澄ませた。
私が目を開けたとき、吉田君の顔が紅潮していて瞳が潤んでいた。
その顔を見て私は嬉しくて自然に笑顔になる。
すると今度は私の頬にあった吉田君の手が
首の後ろに回って私をグイッと引き寄せた。
そのまま抱きしめられて、私は吉田君を優しく抱きしめ返す。
「……幸せで…死にそう…。」
私の耳元で吉田君が呟いた。
私は笑うと言った。
「…ふふっ……死んじゃ嫌だよ…。」
吉田君は「うん。」と言って抱きしめる腕に力を入れた。
私はこのままずっと観覧車が止まればいいのにと思った。
次で遊園地編おしまいです。




