2-60誤解と理解
俺は紗英に拒絶されたショックで生気が抜け果てていた。
いつもと同じ昼休み、仲間たちと昼ご飯を囲んでいたが食欲が湧かない。
校舎の壁にもたれかかって、空を見上げているとあれは夢だった気がしてくる。
「竜聖さん…どうしたんッスか?」
「さぁ…?ここんとこ、ずっとああなんだけど…。」
「授業中もぼーっとしてるらしいですよ。」
仲間たちが遠慮して小声で話しているのが聞こえてくる。
空を見上げたままため息をつく。
俺は…一体紗英に何をしたんだ…?
この一週間ずっと考えているが、答えが見つからない。
公園で見た紗英の真剣な顔。
キスしてと言われて驚いた。
紗英との初めてはもっとロマンチックにしたい。
あんな場所でするもんじゃない。
そう思っての答えだったのだが…
それが紗英には許せないことだったのだろうか?
俺を突き飛ばしてまで…嫌がるほどの…
ここまで思い返してお腹の辺りがギュッと痛くなってきた。
俺は手でお腹を押さえて痛みに顔をしかめる。
紗英……会いたい……
でもまた拒絶されるのが怖い。
この痛みはストレスからくるものかなと結論付けた。
「竜聖さん。悩みがあるなら話してくださいッス!」
加地が心配そうな顔で俺のそばに寄って来た。
それに続いて美合と相楽も寄って来る。
「竜聖さんがどしっと構えてくれないと、俺たち不安なんですよ。」
「そうそう。良いアドバイスはできないかもしれませんが、
話してみると楽になるもんですよ?」
俺は仲間たちの優しさに少し感動した。
こいつらでも気を使えるんだな…。
でも、俺と紗英のことをおいそれとは話せるわけがない。
紗英の面子にも関わる。
「いいんだ。ほっといてくれ…。」
仲間達から目を逸らして、
また空を見上げたとき校舎の窓から板倉が顔を覗かせた。
「あ、りゅー!!あんたねぇ!この間!!」
「あずさ!!」
板倉が文句を言っているのを美合が何やらジェスチャーして止めた。
この間…?って何かしたか…俺?
回らない頭で過去を振り返る。
「本当だ!竜聖君!この間はごめんねー!何か気に障ること言ったんだよねぇ!」
「あんなに怒るとは思わなくて、ごめんなさい!」
板倉の隣から工藤と浪川が顔を出した。
俺は二人の言葉を聞いて、この前行ったカラオケのときのことを思い出した。
「あぁ…別にいいよ。」
工藤のツンと匂う香水が鼻について、紗英の最後の言葉を思い出した。
『香水』って言ってたな…。
まさか…
ここで紗英が泣きそうな顔になった理由に
一つの可能性が頭に浮かんだ。
立ち上がると、校舎から距離をとってブレザーを脱ぐ。
「りゅ…竜聖さん?」
加地が俺の行動を不審がっている。
工藤の香水の匂いのしない場所で自分のブレザーを嗅いだ。
…匂う…気がする…。
鼻が慣れつつあってはっきりと分からなかったが、
工藤の香水の匂いが確かに俺のブレザーから匂っていた。
俺はブレザーを地面に投げ捨てると、工藤達に振り向いて指さした。
「この前の事は許すから、もう俺に近寄るな!!」
「はぁ!?こんの、りゅーのアホ!!!!」
「えぇ~!?」「何それ~!?」
板倉含め女性陣に大ブーイングだったが、
俺はこいつらに嫌われたって構わないので容赦なく言った。
加地達はポカーンとして俺を見ている。
くそっ!!絶対変な誤解させてる!!
俺はシャツやズボンにも匂いがついてるんじゃないか
気になって鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
でも鼻が慣れてしまってよく分からない。
俺はその場で地団太を踏みながら頭を掻きむしると
ある人物の顔が思い浮かんだ。
その人物の元へブレザーを拾って走った。
加地達が俺の急な行動に驚いて声を上げていたが、
そんなことに言葉を返す余裕はなかった。
***
「竜也!!」
俺は竜也の教室まで走って来ると、竜也を呼んだ。
竜也は教室の自分の席で本を開いて読んでいた。
俺の声に反応した竜也は顔を上げると俺を見た。
俺はそれを確認して教室の中へ入って行く。
教室の中の生徒が驚いて、俺をよける。
「竜聖、また何の用だよ?」
竜也は本を閉じて俺をげんなりした様子で見ている。
俺は手に持っていたブレザーを差し出すとあるお願いを言った。
「俺の匂い嗅いでくれ!!」
「はぁ!?」
教室の生徒からヒソヒソ声で何か言われているが、
俺は竜也だけまっすぐに見つめる。
竜也ははぁ~とため息をつくと、腕を組んで椅子にもたれかかった。
「あのなぁ、誤解されるような事言わないでくれるか?
俺とお前ができてるみたいじゃねぇか。」
「そんな関係じゃないのは分かってるよ。」
できてるって何だ?と疑問が頭によぎる。
男同士だし、別に変じゃねぇだろ?
このときの俺にはBLという知識はなかった。
後で知ってかなり恥ずかしい思いはしたが…
「はぁ…っていうか嗅がなくても、
お前きっつい香水の匂いプンプンすんだけど。」
その言葉に俺は持っていたブレザーを落とした。
さすがに匂うと言われてショックだった。
「ど…どうすればいい!!俺はこの制服どうしたらいいんだ!!」
「おい、落ち着けよ。」
俺は竜也に詰め寄った。
この距離感で匂うなんて、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
「とりあえず洗濯すれば?
ブレザーは洗濯機ってわけにはいかねぇかもだけど…
つか、自分で香水つけたわけじゃねぇの?」
「俺はそんな洒落たもん持ってねぇよ!」
「じゃあ、彼女の香りだしいいんじゃん?」
「違うから困ってんだよ!!」
俺の言葉に竜也は顔をしかめた。
眉間に皺を寄せて睨まれる。
な…なんだ…?
「もう浮気か?」
「――――っちっげぇーよ!!!!」
俺は竜也の机を思い切り叩いた。
そうだよ!普通は自分の匂いじゃなかったら浮気だって思うんだよ!
紗英に竜也と同じ誤解をさせている確信をもった。
今まで気づかなかった自分が情けなくて、歯痒かった。
「ははーん…もしかして彼女に誤解されたか。」
見透かされて俺は急に恥ずかしくなる。
竜也は面白そうに笑っている。
「お前、変にまっすぐで隠さねぇからなぁ~…
どうせその香水臭い姿で会いに行って拒否られたんだろ?」
「…う………!」
その通りだったので言い訳できない。
竜也はからかっているのかお腹を抱えて笑っている。
不幸を笑われているようで腹が立ってきた。
「ははっ!じゃあ、もうすぐホワイトデーだし仲直りするしかねぇな。
何かとびっきりのお返し用意して、正直に謝るんだな。」
「お返しか…。」
ホワイトデーはしっかりお返しするつもりだった。
でも何がいいのか分からずにまだ用意できていない。
俺はせっかくなので竜也に聞いてみることにした。
「とびっきりのお返しってどんなんだ?」
竜也は上を見上げて考えたあと、急に噴出して爆笑しながら言った。
そんなに面白いものか…?
「…ふはっ…一ついいのがあるぜ?」
「な…なんだ…?」
「花束だ!」
俺は聞いてその場で固まった。
俺が花束を持っている姿を想像しかけて、やめた。
目の前の竜也はお腹を抱えてひーひー言いながら笑っている。
きっと俺と同じ想像をしているんだろう。
俺に花束なんて似合わない事この上ない。
「からかってんだろ。」
「…っひ…!…大真面目だよ!…っふ…似合わないからこそ本気伝わりそうじゃん?」
笑いながら言われたのでは説得力はないが、
確かに一理あると思った。
しばらくその場で悩んで、
竜也の笑いを我慢している顔を見て
少し前向きに検討しようと決めた。
読んできたいただきましてありがとうございます!
次はホワイトデーになります。




