2-59友達の言葉
私は吉田君から逃げるように家に帰って来ると
さっさと靴を脱いで自分の部屋に駆け込んだ。
部屋に入ると鞄を投げ捨てて、ベッドに倒れ込んだ。
倒れ込んだのと同時に我慢していた涙がベッドの布団を濡らしていく。
顔を押し付けて泣き声を隠す。
できないって言った…
あんなに勇気出して言ったのに…
できないって…
何で…!?
いいよって言ってくれるのを待ってた。
いつもの照れた顔で笑ってくれると思ってた。
それなのにっ…っ…!!
吉田君の服からするツンと鼻につく香水の匂い。
あの女の子の姿がちらついて気持ち悪い…
あの子に触った手で私を抱きしめようとしてた。
香水の匂いをさせたままの手で…
もう嫌だっ……!!
考えたくない!
顔を上げて枕を手にして叩きつけようと手を振り上げたとき
部屋がノックされて部屋の外から声がかかった。
「紗英?帰ったんでしょ?大丈夫なの?」
私は母に心配させたくないので、
顔を手で拭うとなるべく明るい声で答えた。
「大丈夫!今、着替えてるから開けないでね。」
「ええ。あ、さっきあなたのお友達って方が訪ねて来たわよ。
吉田さんって方。あなた男の子の知り合いなんているの?」
「……うん!と、友達だよ。ありがとう。」
私は友達という言葉が胸に引っ掛かった。
母は「そう。」というと部屋の前から離れて行ったようだった。
足音が遠ざかっていく。
私は持っていた枕を握りしめて、また目に涙が滲んできた。
友達って…
どういう事…?
今度は枕に顔を押し付けてうつぶせになる。
もう何を信じればいいのか分からなくなっていた。
***
その日から私は吉田君と話をしていない日が続いていた。
一緒に帰る約束だった日も吉田君は現れなかった。
私は吉田君が何を考えているのか分からなくて
自分から会いに行く気にはならなかった。
吉田君のあの日の行動や言動を思い出しては悲しくなる。
前は心がウキウキして温かくて幸せだったのに、
今は心がささくれ立って棘が突き刺さっているような感じだ。
全部悪い方へ考えてしまい、その度に涙が滲む。
今日も休憩時間に思い出してしまい
慌てて目尻を手でなぞり、涙を隠した。
そんな私の所へ涼華ちゃんが嬉しそうにやって来た。
顔が紅潮していて興奮しているのが分かる。
涼華ちゃんはいつもと同じように私の前の席の椅子に座ると
私と正反対の顔で告げた。
「紗英ちゃん!木下君と付き合うことになったよ!!」
「えっ!?」
私は驚いて涼華ちゃんの顔を見るしかできなかった。
涼華ちゃんは目の前にピースした。
「紗英ちゃんに言われた通り、気持ち伝えたら俺も…だって!!
本当にありがとう紗英ちゃん!!」
木下君の物真似を交えながら話す涼華ちゃんを見て、
久しぶりに心が温かくなった。
「おめでとう。涼華ちゃん。良かったね。」
「うん!!ホワイトデーにデートするんだ!制服デート!!
楽しみ~!!」
デート…かぁ…
はしゃぐ涼華ちゃんが羨ましくて自然にため息がこぼれた。
すると涼華ちゃんに気づかれたようで、
真面目な顔になり私をじーっと見て尋ねてきた。
「紗英ちゃん、何か変だね。何かあったの?」
私は幸せそうな涼華ちゃんの気持ちを落ち込ませたくなくて
首を横に振った。
「何でもないよ。」
「嘘!!見てたら分かるんだから!話して!!」
「で…でも…。」
「いいから!!紗英ちゃん私の悩み聞いてくれたじゃない!
今度は私がお返ししてあげる番!!」
ドンと胸を叩いて笑う涼華ちゃんが頼もしく見えた。
私は少し迷ったが、言葉に甘えようと理由を説明した。
「私、彼女の自信なくなっちゃって…
本当に吉田君は私のこと好きなのか分からないんだ。」
あのときの事を思い出して顔をしかめる。
「この前、女の子と一緒に歩いてるの見ちゃって…
それで嫉妬したっていうか…付き合ってる実感なかったし…
キスして!って言ったら拒絶されちゃった。」
涼華ちゃんは私の話を真剣に聞くと、私の手を握った。
私は驚いて涼華ちゃんを見つめる。
「そんなの不安になって当然だよ!
紗英ちゃんすごくよく頑張ったんだね。キスして!なんて言えないもん。」
頑張ったと言われたことが嬉しかった。
涙が出そうで目を閉じて耐える。
「でも、紗英ちゃん。私に言ったみたいに相手に気持ち伝えなきゃ。」
「え…?」
涼華ちゃんは微笑むと握っている手に力をこめた。
「彼氏さんが何を考えて紗英ちゃんにそんな態度をとったのか
聞いてないよね?何か理由があったのかもしれないよ。」
公園での吉田君の行動を思い出そうと記憶を探る。
「向こうもそうかもしれない。紗英ちゃんが何を考えてるのか分からなくて
行動に移せないんだとしたら…どう?これは確かめないといけないと思うよ。」
涼華ちゃんの言葉はスッと私の中に沁み込んでいった。
そういえば…私理由も言わずに一方的に言ってたかもしれない。
確信がほしくて、焦っていた。
私は少し前向きに考えることができた。
一度きちんと話をしよう。
私は涼華ちゃんを見つめて笑うと頷いた。
「ありがとう、涼華ちゃん。私、確かめに行ってくるね。」
涼華ちゃんは安心したように笑ってくれた。
涼華ちゃんがいてくれて良かった。
私一人で考えていたら、
きっと吉田君と話をするなんて答えは出なかっただろう。
彼女の声援に応えるためにも、勇気をださなきゃ。
読んでいただきましてありがとうございます。




