2-58香水と拒絶
『楽しんでるかー!!』
「「いぇーーい!!」」
仲間たちがハイテンションで盛り上がっている。
俺はさっきの紗英の様子がずっと胸にひっかかっていて
まったく楽しめないでいた。
カラオケを楽しむ仲間を横目に
俺は端の席でずっと黙って考え込んでいる。
俺が手を差し出したとき、
紗英は俺を拒んだ…。
何でだ?
俺は紗英に何か嫌がることをしてしまったのだろうか…?
俺は紗英に嫌われたくなくて、
手を出さないように我慢してきたつもりだ。
バレンタインの日だって
キスしそうになったのを額に軌道修正して堪えた。
紗英を大事にしていきたくて
気を使ってきたのだが…
何か記憶のない間にやらかしたか…??
考えても見当がつかずに頭を抱える。
「竜聖君。元気ないね?」
板倉の友達の工藤杏奈が俺の隣にやってきた。
こいつ…なんか馴れ馴れしいんだよな。
板倉の友達だから我慢してるけど、
ツンと鼻につく香水が気持ち悪い。
「あぁ…俺のことはほっといてくれ。」
『竜聖さん!!テンション低すぎッス!!』
加地がマイクを持ったまま叫ぶ。
俺は加地を睨むと叫んだ。
「うるせーよ!マイク放せ!」
「りゅー、今日はバレンタインのお詫びで来てるんだから
つまらなさそうな顔しないでくれる!?私たちに失礼でしょ!?」
板倉の言葉通り、今日はバレンタインのお詫びという名目でここに来ている。
俺がチョコを受け取らなかったせいで傷ついたそうだ。
板倉もその友達二人もそうだったらしい。
今日遊んでくれたら許すとのことだったのでついてきたが…
はっきり言って苦痛以外の何ものでもない。
「まぁまぁ、あずさ。今竜聖さんはハートブレイクなんだよ。」
「はぁ!?」
ハートブレイクって何だ!?
俺は黙ってることができず美合を見据える。
「っぶはっ…っ!…ハートブレイク…ナイスな例えだ。」
ジュースを飲んでいた相楽が噴き出す。
板倉たちは話が見えないというように首を傾げている。
『紗英さんのことッスか!?そうッスよね!!』
加地マイクを置け!!
「彼女に誘い断られる彼氏なんてそうそういねぇだろ。
気を使ってやらねぇと。」
「美合!!黙れ!!」
俺が一喝すると美合は首をすくめて黙った。
俺は舌打ちして席に座る。
気を使うのはお前らだ!まったく。
でも今の話の流れが女性陣に火をつけたらしい。
板倉以外の女子が俺に詰め寄って来た。
「えっ!?さっきの子って竜聖君の彼女??」
「えぇっ!?知らなかった!想像とちがーう!」
工藤ともう一人の女子である浪川凛が口々に言う。
工藤は香水臭いし、浪川は化粧が濃い。
近寄られて眩暈がしてきた。
「でも、何だか似合わないよね?」
「うん。真面目そうで竜聖君と真逆タイプって感じ!」
それを聞いて俺は机を叩いて立ち上がった。
盛り上がっていた室内がシーンと静まり返り、俺に視線が注がれる。
これは聞き捨てならなかった。
俺の悪口ならまだしも、紗英の悪口なんか聞きたくもない。
「帰る。」
それだけ言い残して部屋を出た。
気持ちが悪い…
きつい香水の匂いも過剰なスキンシップも反吐が出そうだ。
紗英に会いたい。
会ってこの荒んだ心を綺麗に洗いたかった。
俺は駅前のカラオケ店を飛び出すと、まっすぐ紗英の家に走った。
***
今まで何度も家まで送ったことがあったので
紗英の家にはすぐ着いた。
インターホンの前で一息つくと、勇気を出してボタンを押した。
ブツッと音がしてスピーカーがつながると、
紗英のお母さんだろうか?女の人の声が聞こえる。
『はい。どちら様ですか?』
「あ、あのっ!紗英さんの……友人の吉田といいます。
紗英さんはおられますかっ?」
友人か彼氏かどっちを言おうか迷って、彼氏と言い出す勇気はなかった。
『紗英の?えーっとごめんなさいね。
まだ紗英は帰って来てないのよ。』
「え…?あ…そうですか…わかりました。ありがとうございます。」
お母さんの声はちょっと不審がっていたが、
紗英が帰ってないのは本当のように感じた。
俺は別れた時のことを思い出して少し不安になった。
紗英…どうしたんだ…?
別れたのは一時間以上も前だ。
帰っていないなんておかしい。
俺はとりあえず近くを探そうと決めると走った。
俺が紗英を見つけたのは探し始めて三十分ぐらい経った頃だった。
紗英の家と俺の高校の間くらいの距離にある公園のベンチに座っていた。
紗英は下を向いたまま何か考え込んでいるようだった。
「紗英。」
俺が声をかけると紗英は顔を上げて目を見開いた。
俺は走ったので体が熱かった。
制服のボタンを開けて空気を通す。
「吉田君…どうしたの…?」
紗英はまっすぐ俺を見て尋ねた。
俺は紗英の様子が気になっていたのは本当だったので
思っていたことをそのまま口に出した。
「さっきの紗英の様子が気になって…俺…何かしたか?」
紗英は少し考えたあと目を伏せた。
眉間に皺が寄る。
何を考えているのかが気になった。
「……私って…吉田君の彼女だよね?」
「へっ!?もちろん!」
紗英の質問の意味が分からない。
紗英は俯いて手を握りしめると顔をあげて言った。
「じゃあ、私にキスして!」
「―――――………っぅえ!?」
紗英の顔は少し赤くて真剣だった。
俺は紗英の本気の目を見つめたあと、周囲に視線を向けた。
公園内には親子連れや小学生が遊んでいて、
中にはご老人や俺たちと同じ学生服の姿もちらほらいる。
こんな人目の多い所で紗英にキスなんてできるわけない。
紗英にそんな恥ずかしい思いはしてほしくない。
「…だ…ダメだ。…できない。」
俺の返答に紗英の表情がみるみる変わった。
泣きそうな顔になると急に立ち上がった。
俺をよけて走って行こうとするので、
俺は紗英の手をとって自分に引き寄せた。
今行かせたらいけない予感が体を咄嗟に動かした。
抱きしめようと手を回したとき、紗英に突き飛ばされた。
「やだっ!!」
俺は突き飛ばされた反動でその場に尻餅をついた。
俺は呆然としたまま紗英を見上げた。
「……香水…。」
紗英は泣きそうな顔でそう呟くと俺に背を向けて走り去った。
俺は紗英に嫌だと言われたことがショックで動けなかった。
泣きそうな紗英の顔だけが目に焼きつき、
いやっと言う声が耳にずっとエコーしていた。
読んでいただきましてありがとうございます。
板倉のお友達はそんなに悪い子じゃないつもりです…




