2-57広がる不安
だんだん春に近づく三月―――――
私は翔君が絡んでくることもなくなり、平和な毎日を送っていた。
急に現れなくなってバレンタイン以降一度もしゃべっていない。
前はあんなに絡んできたので不思議で仕方なかった。
以前圭祐君が言っていたことを思い出した。
『もう翔平の事は気にしなくていいから!』
彼はそう言っていた。
何か関係あるんだろうか?
まぁ気にしても仕方ないか…と気持ちを切り替えると
バレンタインのときの吉田君が頭を過った。
あの日は本当に幸せだった。
辛い過去だったバレンタインが最高の思い出になった。
でもちょっと不服だったのが…あのおでこのキスだ。
吉田君は翔君と違って私に全然手を出してこない。
あの場面もおでこじゃなくて口でも良かったはず…
ムスッとしながら考える。
女の私がこんな事思うのもいけないのかもしれない。
でも、吉田君といるとどんどん欲張りになる。
私が課題で忙しかったっていうのもあるけど、
休みの日に二人で出かける事もないし…
それに付き合って三か月目でキスもしてないってどうなんだろ?
まぁ以前事故チューはあったけど。
何だか胸がもやもやする。
吉田君は本当に私が好きなんだろうか?
こんな事本人に聞かないとわからないのは分かってる。
でもバレンタインのときも私は好きですって言ったけど
吉田君は言ってくれなかった。
私は好きだから生まれる不安に流されていきそうだった。
そんなとき私と同じように気分の落ち込んでいる涼華ちゃんがやってきた。
「どうしたの?」
大げさにため息のつく涼華ちゃんが気になって声をかける。
涼華ちゃんは私をちらっと見たあと、またため息をついた。
「幸せな紗英ちゃんには分からないよ。」
その言い方に少しイラッとした。
私には私の悩みがあるんだから!!
キッと涼華ちゃんを睨むと、私は机を叩いた。
「分かるかもしれないじゃない!!話してみて!」
涼華ちゃんは仕方ないなぁって目で私を見ると、
私の前の席の椅子に座った。
「あのね…木下君のことなんだけど…」
「うんうん。」
「バレンタインでチョコ渡したの。」
「えぇ!?」
二人が進展していることに驚いた。
いつの間に!前までは好きじゃないって否定してたのに!
「義理だって渡したんだけど…
やっぱり本当のこと言えば良かったかなって後悔して…。」
涼華ちゃんの気持ちが痛いほどよくわかる。
私も味わった気持ちだ。
「で、あとで言いに行こうと思ってスポーツ科に行ったら
木下君…たくさんチョコ貰ってて…クラスの女子と仲良さげにしゃべってたんだ…。」
「涼華ちゃん…」
「どうしたらいい?あの日から私、上手く話せなくなっちゃって…
会っても避けちゃうんだけど…嫌われたくない…。」
最後は消え入りそうなぐらいの声で言う涼華ちゃんを見て胸が痛くなる。
好きだから…避けちゃう気持ち…分かるなぁ…
私は唯一ともいえる方法を涼華ちゃんに伝える。
「涼華ちゃん。気持ち伝えよう。」
「え?」
「やっぱり思ってることは相手に伝えるしかないと思う。
大丈夫。きっと上手くいくよ。」
そう相手がいる以上、相手に聞くしかないんだ。
私は吉田君の姿を思い浮かべて自分自身も決意した。
涼華ちゃんは口をまっすぐ引き結んだあと、
私を見て頷いた。
「わかった。頑張ってみるね…」
「頑張って!」
涼華ちゃんは少し固い笑顔を浮かべて席を立つと自分の席に戻っていった。
私はその背中を見て、私も吉田君に聞こうと心に決めた。
***
私は学校が終わった後、吉田君の高校のそばの角に来ていた。
さすがに校門までは足が進まなくて、校門の見えるここに身を潜めている状態だ。
こっそり校門を見ながら吉田君が出てくるのを待つ。
きっとびっくりするよね…
今日は約束してないし
一度目を閉じて、緊張を解すように息を吐く。
気持ちを落ち着けるとまた目を校門に向ける。
下校する生徒がちらほらいる中に吉田君が見えた。
私は走って行こうと一歩足を踏み出したとき
吉田君の腕を掴む女の子の姿が見えた。
出しかけた足をひっこめて隠れる。
え…?見間違い…だよね…?
私は胸に広がる不安を押さえて、もう一度覗く。
するとやはりそこには吉田君と一人の女の子。
周りにはお友達の美合さんや相楽さん、加地君に板倉さんともう一人女の子。
私は吉田君の腕を掴んでいる女の子から目が離せなかった。
その子は茶髪で板倉さんみたいに顔が小さくてかわいかった。
全体的な雰囲気がふわふわした女の子って感じで、守ってあげたくなるような子だった。
手を振り払おうともしない吉田君を見て
私はその場から逃げるように走り出した。
なんで…っ…なんで…!!
走りながら胸に不安だけが広がって溺れてしまいそうだった。
さっきの光景が目に焼き付いて離れない。
色んな可能性を考えては嫌な気分になる。
吉田君は私の事が好きではなくなった…
あの子のことが好きになった…
私に別れを切り出せないでいる…?
そこまで考えて私はつまずいて転んでしまった。
「――――…った!!!」
足と手を擦りむいてしまい痛みに顔をしかめる。
起き上がって確認すると手のひらと足から血が滲んできていた。
痛みのせいなのか胸に広がる不安のせいなのか
目の奥が熱くなり涙が目に溜まる。
「…うぅ……っ…っひ……っ。」
俯いて声を上げて泣いた。
足の傷口に涙が落ちて沁みる。
そんなことない…きっと大丈夫…
吉田君は私の事が好きなはず…
信じたい気持ちが胸の中を占めていく。
でもあの光景がちらついて自信がなくなる。
もう嫌だ…
「紗英っ!?」
私は驚いて顔を上げた。
すると目の前に吉田君が息を切らせて立っていた。
私は信じられなくて目を疑った。
「やっぱり紗英だった。さっき後ろ姿が少し見えて…
信じて走ってきて正解だった。」
吉田君は嬉しそうに笑っている。
その笑顔を見てると不安が少し晴れる。
さっきのはやっぱり…思い違い…?
「わ!怪我してるじゃんか!紗英、立てるか?」
吉田君が私に手を差し出してきた。
私は手をとろうとして、さっきの光景がちらつき手をひっこめた。
「だ…大丈夫…。」
自分ひとりで立ち上がるとスカートの汚れをはらった。
吉田君は不思議そうな顔で手をひっこめた。
「あ!紗英さん!!」
「あ、本当だ!」
顔を上げると追いついてきたのか吉田君のお友達と板倉さん、
それにさっきの女の子が吉田君の後ろに見えた。
「沼田さん。…足怪我してる。大丈夫?」
「あ…うん。平気。」
板倉さんに心配されて私は精一杯の笑顔で返す。
そこにさっきの女の子が出てきて吉田君の隣に立った。
「竜聖君、これからカラオケ行くんだよね?」
竜聖君…?
私は目を見開いて身動きがとれない。
そこに加地君が楽しそうに私の前にやってきて言った。
「そうッス!紗英さんも一緒に行きましょうよ!!」
「えっ…?」
「カラオケ!どうッスか?」
私はぐっと奥歯を噛むと、鞄を持っている手を握りしめた。
まっすぐ加地君を見て笑顔をつくる。
「私はいいよ。皆で楽しんできて?じゃあ。」
痛む足を我慢して背を向けて歩き出す。
「あ、じゃあ。俺も紗英と帰るよ。」
吉田君の声に驚いて振り返る。
あの女の子が「えー!?」と文句を言って引き留めている。
加地君たちも残念そうだ。
私は顔をしかめると、吉田君を見て言った。
「吉田君は皆と楽しんできて。私は大丈夫だから。」
吉田君が戸惑っているのが見えたけど、
私は構わずに背を向けて走った。
私を引き留める吉田君の声が聞こえたけど
もうあの場にいたくなかった。
あのままあそこにいたら自分を嫌いになりそうだった。
吉田君を信じられない自分がいることを認めたくなかった。
二人に少しすれ違いが出てきます。
しばしお付き合いください。




