2-55バレンタインデー
今日はバレンタインデーだ。
俺は期待に胸を膨らませてワクワクしていた。
付き合ってすぐバレンタインデーなんて
なんてタイミングがいいんだろう……
昨日紗英から学校が終わったら教室で待っていてほしいと言われた。
俺の高校で待っていていいのか…と思ったのだが、
どうも紗英が俺の高校まで渡しに来てくれるようだ。
迎えに行くのになぁと思いながらも、
なんだか何か理由があるようだったので従うことにした。
放課後まであと二時限もある。
俺はこの昼休みが長く感じて仕方がなかった。
俺のそばではニコニコしながらチョコを数える仲間たちがいた。
「お前ら、だらしねぇ顔になってるぞ。」
「え~?だってバレンタインですよ!浮かれるのは当然ですよ!!
竜聖さんだっていっぱいもらってるじゃないですか!!」
「俺は受け取ってねぇよ。」
「えぇ~勿体ねぇ~…。」
すごくがっかりした顔で見てくる美合に俺はため息をついた。
俺は紗英以外からは受け取らないと決めていたので
直接渡しに来た子には断っていた。
間接的に机の中に入っていたチョコに関しては名前があれば返してきた。
ないものに関しては加地にやった。
「竜聖さんは本当真面目ですよね。
チョコぐらいもらったって紗英さんは何とも思いませんよ」
「俺が嫌なんだよ。」
「竜聖さんマジかっけーッス!!もう惚れちまうッス!」
加地が俺の腕にまとわりついてくる。
最近加地のスキンシップにも慣れてきた俺は、そのままでほっておく。
そこに板倉が友達を二人連れてやって来た。
「りゅー!ちょっといい?」
「何?」
「分かるでしょ!!来て!」
板倉に命令されるように言われ、俺はその場から動かずに言った。
「俺は受け取らねーよ。悪いな。」
「はあ!?何それ!!」
板倉が俺に大股で近づいてくると、しゃがんで俺の服を掴み上げた。
いつも思うがこいつ本当男勝りだな。
「女子の純粋な想い打ち砕こうっての!?」
「純粋って…お前も知ってんだろ?
俺、紗英と付き合ってんだよ。紗英以外のチョコは受け取らねぇ。」
横で加地がまた「かっけー!かっけー!」と騒いでいる。
板倉は俺の服を掴んでた手を、ドンと俺に突き返すように離す。
俺は反動で後ろに少し傾いた。
「ムカつく!」
板倉は吐き捨てるように言うと俺に背を向けて
友達の女子に声をかけている。
そこへ美合が急に立ち上がって声をかけた。
「あずさ!!」
板倉が不機嫌そうな顔で振り返った。
美合は引き留めたものの何か言おうとしているが声が出ていない。
すると板倉は自分の持っていたチョコの袋を美合に投げた。
美合が慌ててそれをキャッチする。
「あんたにあげる。そこの人はいらないみたいだし。」
板倉はそう言ってさっさと歩いて行ってしまった。
チョコを受け取った美合はずっとその背中を見ていた。
俺はそんな美合を見て微笑んだ。
あいつ…はっきり言えばいいのに…
俺は美合の気持ちに気づいていたが、加地や相楽は知らなかったようで
コソコソと俺に近寄って来ると小声で尋ねてきた。
「あの…美合先輩ってもしかして…」
「竜聖さん!知ってましたか!?」
「ああ。見てれば分かるだろ?そっとしとけよ。」
二人が美合をからかいに行こうとするので
俺は二人の頭を押さえつけた。
美合はこういうからかいにブチ切れるタイプだ。
そっとしておくのが一番いい。
俺は内心喜んでいる美合を見ながら、
紗英の事を考えて目を閉じた。
早く放課後にならねぇかなぁ…
***
来た!来た!!放課後だ!!
俺は6時限の授業が終わるとウキウキしすぎておかしくなりそうだった。
紗英は授業が終わったからといってすぐ来るわけじゃない。
西城からだと30分はかかるだろう。
俺は荷物だけまとめておくと、クラスメイト達が帰っていく姿を眺めた。
しばらくすると教室には誰もいなくなり、
外からは部活動をする生徒の声が聞こえてくる。
冬にしてはポカポカと陽射しが気持ちよくて眠たくなってくる。
あくびをするとウトウトしてきて机に突っ伏してしまった。
俺は人の気配に気づいて目を覚ました。
ツンとした香水の匂いがして目を開けると、
誰かが走り去る足音が聞こえた。
俺はぼやけた目をこすって顔を上げると、
机の上に一つの箱が置かれているのが目に入った。
俺は驚いてそれを手に取ると立ち上がった。
明らかにバレンタインのチョコレートの箱だ。
誰が置いていった!?
俺は足音が聞こえていたのでさっきの事だろうと
走って廊下に出たが誰の姿も見えなかった。
俺はこれをどうするか悩んだ。
見た所名前もない。
加地はもう帰ってるだろうし…
重い足取りで席に戻ったとき、声がかかった。
「吉田君。」
聞きたかった声に俺は急いで振り返った。
そこには紗英が俺の教室の扉にひっついて
中を覗き込むように立っていた。
俺は手に持っていた箱を机の中に押し込んだ。
「紗英っ!」
「あっ!こっち来ないで!」
俺は紗英の所に行こうとしたが、
紗英は手を出してそれを止めた。
何をしようとしているのか俺には分からない。
紗英は少し照れくさそうにすると、
教室の入り口にまっすぐ立って口を開いた。
「私…中学の時、自分でチョコレート渡さなくて後悔したの。」
紗英の言葉に俺は中学のときの事を思い出した。
今いる場所が中学の教室とダブって見える。
「だから…今日、やり直しをさせてほしい…いいかな?」
俺は紗英を見つめて頷いた。
紗英は微笑むと鞄とマフラーを廊下に置いて、
チョコレートの袋だけを手に持った。
そして深呼吸してから俺の方に歩いてきた。
俺はゆっくり近づいてくる紗英から目が離せない。
紗英は俺の前まで来ると袋を俺に差し出した。
「吉田君。受け取ってください!」
紗英の目が俺の姿を映している。
紗英は少し頬が赤くなっていて、俺は同じように顔に熱が集まった。
「私は吉田君が好きです。」
俺は紗英から受け取ると照れくさくて視線をそらした。
「ありがとう…。」
俺の言葉に紗英の緊張が解けるのが伝わってきた。
俺はこんな演出に胸が熱くなった。
俺も中学のときのことを後悔していた。
ずっと夢に見るぐらいに…
でも今は違う。
目の前に紗英がいて…俺を好きだと…。
思い返して涙が出そうだった。
紗英はずっと俯いている俺が気になったのか、
しゃがんで俺の顔を覗き込んだ。
「開けてみて!自信作なんだ!」
紗英の嬉しそうな笑顔に、
俺は笑顔で返すと袋の中に手を入れた。
中には白い箱に赤いリボンでラッピングされた
手のひらサイズの箱が入っていた。
リボンをとって箱を開けると、
中から出てきたのはあのときのチョコケーキだった。
「前よりはおいしいはずなんだ。食べてみて!」
俺は切り込みの入った一片を手に取ると
中学時代の事が頭に浮かんだ。
あのときは泣きながら食べて
しょっぱいのか甘いのか分からなかった。
一度唾を飲み込んで口に入れる。
口の中に入れると甘さの中に苦味があるのが分かった。
でも、しょっぱくはない。
それがすごく嬉しかった。
「おいしい。」
泣きそうになるのを堪えて、精一杯の笑顔で紗英を見る。
紗英は満足そうに笑っていた。
そんな紗英がすごく愛おしくて、紗英の額に俺の想いをのせてキスをした。
紗英が驚いて俺を見上げている。
「ありがとう。すごく嬉しい。」
紗英はまたさっきと同じ笑顔に戻ると
俺の手を優しく包んでくれた。
中学の後悔だらけだったバレンタインデーが
今、幸せでいっぱいのバレンタインデーに変わった。
それが言葉に現せないぐらい嬉しかった。




