2-49強がり
目の前に紗英の顔がある。
今、この瞬間だけは紗英が俺のものだと実感した。
でも、ゆっくりと開けられた瞳を見て確信した。
これは俺と同じ気持ちで応えてくれたわけじゃないと…
紗英の顔に触れる手が震える。
紗英は俺に同情している。
中学のときに憧れたあいつを見る紗英の目。
今、目の前の紗英の目はそのときのものとは別物だ。
やっぱり…紗英の中には…
こんなに近くにいるのに、すごく遠い。
その現実が俺の胸に突き刺さる。
俺は紗英から少し離れると、
俺の服を握りしめている紗英の手を握った。
「…紗英。…自分の気持ちに正直になってくれ…。」
「…え…?」
紗英の手がビクッと震えたのが伝わってくる。
「紗英の中には…あいつがいるだろ…?」
「……あいつって…?」
紗英は本当に分かっていないような顔だった。
俺は胸に渦巻く悔しさと嫉妬を押さえつけて告げた。
「竜聖。」
紗英が目を大きく見開いた。
紗英の瞳が動揺して震えているのが見える。
そんな様子を見て俺は背中を押す覚悟を決めた。
「紗英。中学のときのように後悔しないために、今道を間違えちゃダメだ。」
中学のとき、竜聖を目で追っては
悲しい顔をする紗英を何度も見てきた。
今、紗英の同情にのっかって紗英を手に入れられたとしても
俺はその顔を自分自身がさせてしまう事になる。
あのとき彼女のそばで支え続けると自分に誓った。
紗英が幸せになるなら、俺は紗英を手放したっていい。
「竜聖のところに行け、紗英。」
紗英は俺の服を掴んだまま首を横に振る。
「…やだっ…。……いやだっ…」
紗英は泣きながら首を横に振り続ける。
紗英が俺の事を想って、泣いている。
今、紗英の中にいるのは俺だけだと分かっただけで
心に満足感が広がっていく。
俺は紗英の手を引き離した。
「充分だ。紗英。」
紗英はまだ首を振って、手を俺に伸ばそうとしている。
その仕草で少なくとも俺は
紗英にとって手を放したくない存在だと感じることができた。
目の奥がだんだん熱くなってきて、必死に我慢する。
「紗英。俺を見て。」
俺は紗英の肩を両手で掴んで、紗英の体を支えた。
紗英は首を振るのをやめて俺を見つめてくる。
涙に濡れた瞳が俺を映す。
「俺は大丈夫だ。紗英から離れたりもしない。
紗英とはずっと友達だ。だから、友達として聞いて。」
俺は心と反した、強がりを口に出す。
「紗英、気持ちが分からないなら、竜聖のところに行って確かめてこい。
俺は紗英に後悔してほしくない。ずっと笑っていてほしい。
だから…行け、紗英。」
紗英は何かを我慢しているような、そんな顔になった。
紗英が震えていないことに気づいて、俺は紗英から手を放した。
紗英は両手で自分の顔を隠すと立ち上がった。
少し歩いて顔を拭うと、俺に振り返った。
「翔君…ありがとう。」
俺は紗英を見上げた。
紗英の目にはいつもの温かさが戻っていた。
「私…翔君のこと大好き。」
紗英はそれだけ言うと教室を走って出て行った。
俺は紗英の出て行った扉を見つめて動けなかった。
我慢していた涙が目から溢れてくる。
これで良かった…
自分の心に言い聞かせる。
届きかけた手が目の前で離れていった。
開いていた手を握りしめて床に叩きつけた。
紗英のことをあきらめなければいけない現実に
まだ目を向けることはできなかった。
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