2-47嫉妬
俺は家に帰って来ると、部屋に閉じこもった。
紗英の悲痛な声が耳にへばりついて離れない。
こんなクリスマスにするつもりじゃなかった。
紗英の喜ぶ顔を見て、笑って、最後には告白するつもりだった。
それが何でこんな事になってしまったのか…
結論は簡単だ。
俺がただ単に竜聖に嫉妬したんだ。
竜聖の家に二人っきりで泊ったと聞いたとき、
目の前が真っ暗になったようだった。
何もなかったのは紗英の態度から分かっていた。
分かっていたのに…
あいつに嫉妬して冷たい態度をとってしまった。
ごめん…
心の中で繰り返す。
謝ったって解決するわけじゃない。
もう…限界なんだ…
紗英が好きで…
俺だけのものにしたくて…
欲望だけがどんどん心の中で大きくなっていく。
もう自分の気持ちを伝えるしかない。
紗英との仲を取り戻すにはそれしかない。
それしかないと思っていても
いざ紗英の前で行動が起こせるかは分からない。
俺は紗英を前にした想像をして、心が怯えているのを感じた。
***
年末の練習が終わり、俺は家でぼーっとしていた。
いつもだったら紗英が練習を見に来るのだが、
クリスマス以降紗英は一度も姿を見せなかった。
自分のせいだと分かっている。
分かってるからこそ、謝りに行きたかった。
でも紗英に会いに行こうとすると足がすくむ。
紗英の顔を見るのを怖がっている自分に情けなくなる。
ベッドに倒れ込んだとき、部屋がノックされ母親が顔を出した。
「翔平。竜聖君が来てるわよ。」
「は!?竜聖?」
俺はベッドから飛び起きると、母親を押しのけて玄関に走った。
あいつが俺の家に来るなんて中学以来だ。
玄関の扉を開けて外に飛び出すと、竜聖が寒そうに肩をすくめてこっちを見ていた。
「よ。」
片手を上げて普通に挨拶してくる奴に、毒気が抜かれるようだった。
俺はため息をつくと、竜聖のいる門まで歩いて行く。
外は寒く上着を持ってくれば良かったと思った。
「何の用だよ?」
「いや…クリスマスには迷惑かけたなって謝りに来たんだよ。」
俺はあの日の事が呼び起されて顔をしかめた。
紗英の声が耳の奥の方で響く。
「紗英から聞いたと思うけど、
俺が風邪をひいたから一晩一緒にいてくれただけで
何もしてないからな。」
「知ってるよ。」
俺は紗英のフォローをしてくる竜聖にイライラしてきた。
こいつのまっすぐで裏表のない所に腹が立つ。
「…知ってるのか…じゃあ、クリスマス何があった?」
竜聖の目つきが変わった。
鋭い目つきで俺を見据えている。
「紗英がお前と会ったあと、俺の家にきた。
顔面蒼白で何時間外にいたのか分からないが、手も体もすごく冷たかった。」
竜聖の言葉に全身の熱が引いていく。
紗英と別れたときの事を思い出して、まっすぐ竜聖の目が見れない。
「何があったか聞いても…紗英は教えてくれなかった。
その日は俺の心配だけして帰って行ったんだ。お前なら知ってんだろ?」
紗英の悲痛な声がだんだん大きく聞こえてくる。
だんだん息が荒くなって、目の前が白い息でふさがれる。
竜聖は表情を変えず俺を追及してくる。
「答えろ。翔平。」
「………お前には関係ない。」
やっと声が出た。
竜聖は俺の言い方が気に入らなかったようだった。
「関係ないなら、心配させるような事すんじゃねぇよ!!」
「うるさいな!!誰もがお前みたいにまっすぐいられるわけじゃねぇんだよ!!」
ずっとため込んでいた嫉妬心が言葉になって飛び出す。
「俺はいつだって自分勝手なんだよ!!紗英のそばにいるお前にムカつくし、
紗英に触る奴がいたら殴りたくなる!
それに…お前のプレゼントに喜んでる紗英なんか見たくなかった!!」
竜聖は黙ったままで俺の言葉に耳を傾けている。
俺はこいつに言うことじゃないと
頭では分かっていても止まらなかった。
「俺が一番に笑わせてあげたいし、紗英の一番は何でも俺じゃないと嫌なんだよ!
それなのに…っあとから出てきたお前に、何で…何でっ!!!」
言い切って顔をしかめると、目尻にじんわり涙が滲んだ。
握りしめた拳が痛む。爪が食い込んでいるようだった。
「それで…?俺に嫉妬だけして、お前は何もしないのかよ。」
竜聖の冷たい言葉に顔を上げる。
竜聖はあきれたように息を吐くと、不服そうに言った。
「俺はお前に嫉妬してたけど、
今は勝負に出ないお前は全然怖くねぇよ。」
「は…?」
「俺だったら全部紗英に伝えるね。結果はどうあれ、選ぶのは紗英だ。
紗英が幸せになるなら喜んで身をひく覚悟だってある。」
竜聖は門から離れると、俺に背を向けた。
俺は言われた言葉が頭の中でグルグルと巡っていた。
「今のお前はライバルでもなんでもねぇな。」
竜聖はそれだけ吐き捨てるように言うと、
ポケットに手を突っ込んで去っていった。
俺はその背中を見つめながら、
言われっぱなしの自分が情けなかった。
あいつはやっぱり中学の時に憧れた奴のままだ。
まっすぐで一本芯が通ってる。
誰より人のことを考えられる、優しい心を持っている。
自己中で自分勝手な俺とは正反対で、羨ましかった。
読んでいただきましてありがとうございます。




