2-46悲しいクリスマス
私は駅前で翔君を待っていた。
翔君を待っている間も吉田君の事が気になっていた。
吉田君ちゃんと寝てるかな…?
考えかけては首を振る。
今から翔君に会うのに吉田君のことばっかり考えちゃダメだ。
ふんっと息を吐き出して気合を入れ直す。
すると走って来たのか翔君が息を荒げてやって来た。
「紗英!早いな!!」
「翔君…走って来たの?」
翔君は眩しい笑顔を浮かべて息を整えている。
「向こうから紗英がいるのが見えたから、
待たす時間をちょっとでも短縮しようと思って。」
翔君の言葉に胸が温かくなる。
いつも翔君と一緒にいると気持ちが明るくなる。
これは彼の才能だなと思った。
「翔君、どこで遊ぼっか?」
「俺、昼飯まだで…できたらどこかで食べたいなぁ。」
「あ、私も食べてないんだ。どこか入ろっか?」
吉田君の心配ばっかりしていて
昨日の夜から何も食べていないことに気づいた。
翔君は自然に私の手を握ると「こっち」と歩いて行く。
そんな何気ない仕草にドキドキしてしまう。
私達は近くのカフェに入ると、空いている席に座った。
コートを椅子の後ろにかけるとメニューを開いた。
翔君もメニューを見て考えている。
「あ、あれ?紗英、そんなペンダントしてるなんて珍しいな。」
メニューから顔を出して翔君が私の首元を見ている。
私の首元には吉田君からもらったばかりの雪の結晶のペンダントが光っている。
私はそういえば家で着替えはしたけど、外していなかったと思った。
そのときの事を思い出しながら、自然と笑顔になる。
「これさっき吉田君にもらったんだ。」
「さっき?」
ここでハッと気づいて翔君の顔を見た。
翔君の顔から笑顔が消えていた。
「竜聖と遊んだのって昨日じゃなかったっけ?」
「え……えっと…その…、吉田君風邪ひいて倒れちゃって…
お家誰もいなくて…そのまま帰るなんてできなくて…」
「泊ったってこと?」
しどろもどろ言葉を並べ立てたが、
翔君にさらっと言われてしまい肩をすくめて頷く。
翔君の纏う雰囲気が変わったのが分かった。
きっと男の子の家に泊まるなんて良くないって怒られると思い
目を瞑ったが、怒声は飛んでこなかった。
私はゆっくり目を開けると翔君は怒っていなかった。
むしろ翔君の表情は怒られるよりも私の心にダメージを与えた。
そんな悲しげな、寂しそうな顔だった。
翔君は黙ったままメニューを置くと上着を手にして立ち上がった。
突然の行動に私は慌ててメニューを置く。
翔君は肩を震わせて出口に向かって歩いて行く。
私はコートと鞄を手に取ると後を追いかけた。
店員さんに「すみません」と言い残してお店を出る。
お店を出たところで、翔君を引き留めたくて叫んだ。
「翔君!!」
翔君は足を止めてくれない。
私は走って追いかけると、翔君のダウンコートを掴んだ。
やっと翔君が止まって、私は一息つく。
「翔君、待って。お願い…。」
唾を飲み込むと、
立ち止まってはくれたけれど振り向いてくれない翔君に言い訳する。
「吉田君、本当に辛そうで熱も高かったの。
私、ほっとけなくて…お父さんも出張だったみたいだし…
翔君も吉田君の友達なら…分かってくれるよね…?」
私は翔君のコートを握りしめる。
分かってほしい…それだけを祈っていた。
でも、返ってきた言葉はそうじゃなかった。
「…なんで……友達って…」
私は顔を上げて、翔君の顔を見ようとした。
でも下を向いている事しかわからない。
「……俺って…紗英にとって何なんだろう…」
「えっ…?」
ここでやっと翔君が私に振り返った。
振り返った翔君の目を見て、私は固まってしまった。
いつもあんなに温かい翔君の目がすごく冷たい目に感じたからだ。
コートを握りしめた手が私の意志に反して全く動かない。
翔君はポケットから何かを取り出すと私に差し出してきた。
「クリスマスプレゼント。」
翔君は私の手が動かないのを見兼ねて、
私の手をコートから無理やり引きはがすと
手にプレゼントを押し付けた。
私はそれを見ている事しかできない。
翔君の冷たい目を見てから胸がザワついて
息ができないぐらい苦しい。
「竜聖、まだ熱下がってないんだろ?
行ってやるといいよ。」
翔君はそう言い残すとまた私に背を向けて歩き出す。
私は息を吸い込むとその背に向かって声をかける。
「――――っ待って!!翔君!待って!!」
聞こえているはずなのに翔君の足は止まらない。
私は追いかけようとするが、足が震えていて前に進んでくれない。
翔君の背中が霞んで見える。
私の目から自然に涙が流れて頬をつたっていく。
私はその場にしゃがみこんで押し付けられたプレゼントを握りしめた。
「お願い…っ…行かないで…っ!!」
私の声は冷たい空気に溶けて消えてなくなった。
***
私は翔君に置いて行かれた場所のすぐそばにある
花壇の植え込みに座っていた。
翔君からのプレゼントが手に張り付いて動かない。
涙も止まらない。
目の前を腕を組んだカップルが笑いながら通り過ぎて行く。
今朝、私は吉田君が好きなのかもしれない…って思ってた。
でも、今は翔君に拒絶されてこんなに胸が苦しい。
私は自分の気持ちが分からない。
どうすればいいの…?
プレゼントを握りしめたまま、俯く。
次から次に涙が溢れてプレゼントを握りしめた手に落ちていく。
何が悲しくて涙が出るのかも分からなくなってくる。
翔君は何であんなに悲しそうな顔をしていたんだろうか?
私が何か傷つけたということは分かる。
でも何が原因なのかが分からない。
私は手に持っているプレゼントが
涙でぐしょぐしょになっているのに気付いて、
顔を手で拭ってから開けてみることにした。
リボンを解く手が震える。
包装紙を開けて、出てきた箱を見て見覚えがあると思った。
ゆっくり箱を開けて中を見て私は驚いた。
中に入っていたのは小さな指輪。
私がしているペンダントと同じデザインだと思う
雪の結晶がリングの輪のところに削ってある。
中央には一粒の小さな青色の石がついている。
チェーンがついていて、首から下げられるようになっていた。
さっきの翔君の言葉を思い出してまた涙が流れる。
私のペンダントを見て嬉しそうだった。
デザインが一緒だったからかもしれない…。
私は指輪の箱を握りしめて、その場から動くことができなかった。
そして私の気持ちを表すかのように
止んでいたはずの雪がまた降り始めて、私の手に当たった。
読んでいただきましてありがとうございます。
あと数話で三人の仲に決着がつきます。




